14 告別式
告別式当日。
小鳥の声すら聞こえない、静かな朝だった。
ほぼ眠れていなかったが、誰にもじゃませれず、ゆっくりと主人と娘とで過ごせたからか、朝は精神的には安定してた。
7時に朝食の準備ができたと会場の人が呼びに来てくれた。
暖かいお味噌汁が美味しかった。
鮭と卵焼きと納豆と。定番の和朝食。
やっぱり食欲が無く、お味噌汁と納豆しか食べれなくて、あとのおかずは娘にあげた。
娘も量は食べられなかったが、卵焼きが甘くて美味しいと、ニコニコして食べてた。
朝食が終って、しばらく部屋で主人のそばで過ごしていたら、係の人が「そろそろ、ご主人を祭壇のほうに…」
と、連れていかれてしまった…悲しい…
泊まらなかった家族も皆集まってきて、ふと思った。
あれ…??そういえば、お布施って…いつ渡すんだ???
昨日、渡してないよなぁ…と思ってたら、義妹が渡してくれていた。
何から何まで…ほんと、ありがたい。
着付けの人が来て、ヘアセットと着付けをしてもらった。
ふわふわくせ毛の私の髪を真っすぐ伸ばしてオールバックにして固めて詰め物詰めてきっちりとまとめていく。
黒い紋付やし…極道の奥さんやん…マジで思った…汗
どうせなら…もうちょっとかわいい着物姿、旦那さんに見て欲しかったな…って思った。
ボツボツと…弔問客が来だした。
とたんに背中がザワザワする。
なんか嫌だ。
ソワソワ落ち着かない。
お寺さんが来てちょっとしてから、会場の人から「喪主様、ご住職様がお呼びです」と声がかかった。
「寄付の催促だよ。閻魔帳(寄付帳)渡されるから、私に持ってきてね。あの住職、話長いから適当に逃げておいで」
と、義妹がアドバイスをくれる。
葬儀のお布施とは「別に」寄付を催促とゆうか強要されるらしい。
どうせ取られるから…と、お布施に足して一度に渡したら、それでも別途請求された親戚が居てる。
…なんとも…銅臭にまみれれた坊さんだ…。
1対1で話すのは嫌だな…と思いながらも、用意した寄附金の入った封筒を握りしめ、住職控室に向かう。
ノックして返事をまち、ドアを開ける。
住職用の狭い控室。
座卓を挟んで奥。ふかふか座布団に金蘭豪華な袈裟を着た坊さんが座っていた。
草履を脱いで手前の座布団に座る。
紙を一枚頂いた。
『令和四年 二月十四日 寂
行年 五十五歳
戒名 篤敬院 金門賢精居士 霊位』
紙には、そう書いてあった。
戒名の説明をしてくれた。
篤敬…誠実で慎み深い
精金…混じりけのない金。「精金良玉」とは純粋で温和な人を讃える言葉。
門…物事の入り口。
賢…名前から一文字。
誠実で慎み深い、純粋で温和で、とても価値のある人。そこに至ることができる人。
年齢が本当は53歳なのに55歳と書いてあるのは宗教上の年齢の考え方だそうな…。
前もって言われてた通り、閻魔帳を見せながらなにか言ってきたが頭に入らない。
篤…篤姫と同じ字… 篤姫…誰だっけ?
金門…こんもん…崑崙とも聞こえるねえ…聖山…神様のお山…?金でできた門?成金みたい…ちょっとこの部分、嫌。
賢精…けんせい じゃなくて けんしょう って読むんだ… 精…妖精さん??? 主人は童貞じゃないぞ?ああ、あれは魔法使いか…
戒名の文字を拾って取り留めない思いが巡る。
主人の名だと…認めたくなく、頭が拒否している。
【行年 五十五歳】 とゆう文字に目が引き寄せられる。
……
55歳…それなら あと2年は生きているはずなのに…。
聞いてるうちにすごく悲しくなって、ポロポロ涙が止まらなくなった。
戒名…付けられちゃったんだ…死んだ人みたいやん…。
死んじゃったんだ…旦那さん…死んじゃったんだ…
戒名が思いっきり現実を突きつけてきたような気がした。
涙が止まらなくて…どんどん溢れてきて…どうしようもなくて、嗚咽が漏れる。
「いい戒名ありがとうございます」とだけ言って、すぐに義妹のところに行った。
「戒名付けられちゃったよぉ…死んだ人みたいやん。嫌やぁ…」
義妹に閻魔帳渡しながら子供の様に泣いた。
「大丈夫。まだケンちゃん居てるからね。ちゃんと居てるよ。」
義妹は声をかけてくれたけど、戒名ついたのが悲しくて悲しくて…。
弔問客お迎えしないといけないのに涙がなかなか止まらなかった。
今日も前の職場の人が来てくれた。
仲の良かった人。
ヤギを飼ってて、主人と一緒にヤギを見せてもらいに家まで行ったことのある人。
「雅美さん…この度は…」
「白さん…」
またポロポロと涙が出てくる。
10歳以上年下の白さんに泣きつくわけにはいかない…と、頑張った…。
月曜日だったから、昨日よりは少なかったけど、それでもいっぱい来てた。
お付き合いのある議員さんも来てくれた。
時間になって昨日と同じように、喪主席に座る。
祭壇の主人の写真を見ると、昨日は花で半分隠れていたのに、今日は写真が全部見えた。
会場の人が気が付いて見えるようにしてくれたのかな…?
式の間中、ずっと主人の写真を見てた。
ちょっと悪そうに笑ってる主人。
カッコつけちゃって…なに笑ってるん…アホ…。
祭壇に飾られてる主人の写真が花にかこまれて…読経も聞こえて…なんか不思議だった。
お焼香のときもなんか、フワフワとゆうか、グルグルとゆうか…世界がなんかグラグラしてて…立ってられたのが奇跡だったような気がする。
全てを満たし、永遠終わらないと感じられていた読経が終わった。
法話が少しあり、僧侶は退室していった。
係の人が前に立つようにと案内をしてきた。
最期の挨拶だ。
用意していた紙をとりだす。
マイクを握りしめ、ゆっくりと読み始める。
「本日は、公私ご多忙のところ、亡き夫 飯島賢二 のために、ご会葬くださり、誠にありがとうございます。
夫と出会って十三年ほど。
結婚生活はもうすぐ六年目に入るところでした。
習慣も言葉も違う、遠い大阪から来て、戸惑うことの多かった私と娘を、夫はとても優しく支えてくれました。
本当に、とても優しくて、真面目て、誠実で。
こんな私にもったいない、男前で素敵な人でした。
すこし頑固で、不器用なところもございましたが、笑顔が優しくて、働き者で、こんなに家族思いの人は他には居ないと確信できるほど、素晴らしい人でした。
そんな夫との…あまりにも急で、あまりにも早すぎる別れに何と言って良いか……
これから夫は空から私達家族を見守ってくれていると信じて、生きてまいります。
今後とも、故人の生前と同様に、残された私ども家族に、ご厚誼、ご支援を賜りますよう、お願いいたします。
本日はありがとうございました。」
喪主の挨拶は…しっかりしなきゃと、頑張った。
どんなに良い人だったか、どんなに素敵な人だったか…いっぱい惚気たった。
きっと聞いてる主人は真っ赤になってたと思う。
読んでる途中で涙で文字が見えなくなって…ちょっと時間がかかったけど、ちゃんと最後まで読めた。
頑張った。
最後のお別れで参列者がお花を入れる時、棺に寄り添って、ずっと主人の手を握ってた。手を握って、キスして、頬に当てて…
離れたくなかった。離したくなかった。退くつもりもなかった。
誰がお花を入れに来てくれたとか全然みてなかった。
ただ、1秒でも長く主人の手に触っていたかった。
最後に、主人の好きな黒糖饅頭と、煙草を手に持たせてあげて……
…そして、棺の蓋が締められた…。
もう会えない。
もう二度と手を握れなくなった瞬間だった。