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世界の終わりが始まった日  作者: 黒い猫
11/50

11 事故現場

遺影とスライドにする写真複数枚、会場で流す音楽を決め終わったら、あとは主人の眠る棺の側で、時を過ごした。

主人がそばに居てる。

主人の身体の側に居ることだけが私のやりたいことだった。


ぼーっとしながら主人の横で過ごす。

出来たら、もう、何にも邪魔をされたくない…。



そんな時、主人の職場から連絡があった。

 

「規制線が緩められて、現場のそばまで行けますが、来られますか?」と。

 

主人の側に居たかったけど、最後の場所を見ないわけにはいかない。


義弟も見たいとゆうことで一緒に行くことに。

義母と娘は、まだ無理とゆうことで留守番をすることに。


 


タクシーで迎えに来てくれるとゆうことだったが、義弟が断り、義弟の車で行った。

 

事故後に主人の会社に向かうのはこれで3回目。


 


1回目は事故の夜。タクシーで。

 


2回目は主人の愛車のS660を取りに行くときに。


会社の人がもってくると言ってくれたが、断った。主人の大事な車に他人が乗ることは許せない。しかも主人が最後に座った場所だ。


義弟に連れて行ってもらい、私が主人の車を運転して帰宅した。


 

そして今回が3回目。

主人が亡くなった現場を見に行く。



明るく晴れた日だった。




主人が通勤に使っていた裏道を走る。




主人と一緒に通ったことのある道。


(信号が無いからこの道を通ってる)


(爆走してるんじゃないの??)


(それは言えない)


(悪いやっちゃw)


あの時は笑いながら主人の運転してる車で通った道を、なぜか義弟の車に乗って通ってるのが不思議だった。


 


国道から逸れた農道の先に会社はある。

門のところで守衛さんに声をかけると案内の人が社屋から出てきた。


誘導され、奥に進み、事務所前のスペースに車を止めた。


そこから案内してもらって現場の方へ。


工場とゆうことで、ヘルメットを渡されたので被った。


 


平気だと思ってた。覚悟はできてると思ってた。


 


ゆっくりと工場内の道路を歩いてると、だんだんと、なぜか身体が重くなる。


足も重く上がらない。


地面が磁石になって足がくっついてるようだった。


 


晴れた天気のはずなのに、どんどん光が消えて暗くなっていくように感じた。


視界に斜がかかる。



一歩ずつ、現場に近づいてるのがわかるのか体も嫌がってる。



ドックン…ドックン…


やけに心臓の音だけが大きく聞こえる。


他の音は全く聞こえないのに、ただ自らの心臓の音だけが。


世界にはソレしか存在しないかのように。




動かぬ足を無理やり動かして、少しずつ近づいていく。


奥まで進み、道なりに右に曲がる。


「こちらです」


突然声が聞こえ、顔を上げると案内の人が建物の中を指し示していた。




大きく開いた建物の入り口から、作業してる音と、油の匂いと、大きな機械や資材が見えた。


広い…奥に向かっていろんな機械が並んでる…。


一番手前の見上げるような大きな機械のそばに並んでる人達が見えた。



そこにはその場に似つかわしくない白い花が浮かんでいた。


 


嫌だ。


 


どうしようもなく嫌だった。


 


見たくない。




足が動かない。


逃げ出したい。


 


心臓が痛い。息ができない。


 


でも、あそこに主人が居てた。


生きて居てた最後の場所。




見ないわけにはいかない。


 


ゆっくりと近づいた。


 


入口、入ってすぐの右側に休憩スペースがあって、テーブルと椅子が何個か置いてあった。


なんとなく、主人が座ってた椅子はここだろうな…と思った。


あとで説明を受けたが、やっぱりその場所が主人のいつもの休憩場所だった。


「座わって大丈夫ですよ」と言われたが座らなかった。主人が座ってるような気がしたから。


座る代わりに椅子の後ろから背もたれを撫ぜた。主人が座ってた椅子が愛おしかった。



浮かんでいるように見えた白い献花は会議室にあるような長机の上に置いてあった。



機械は本当に見上げるほどのとても大きな機械だった。


足元は油まみれで歩きにくかった。


こんなところで仕事してたら、油まみれになるよね。


主人の油まみれの作業服。洗濯するのにはもう一台別の洗濯機を用意しなければいけないほど。

ここで一生懸命仕事してくれてたんだ…。


感謝の念が湧き上がる。



「こちらが…です…」

案内してきた人が、とある場所を示した。

事故の…主人が最後に居た場所だ。


血痕は残っていなかった。



まだ規制線が張られていて、触れるほどには近づけないので義弟が持っていたレーザーポインターで指し示し「ここですか?」と聞いてくれた。


 


主人を挟んだ鋳型は外されていた。



機械の説明を受けた。

機械はボタンを二つ同時に押さなければ作動しないはずだった。


機械の両端には安全センサーがあって、万が一の時にも安全装置が働くはずだったと説明を受けた。




「なんで作動したんですか?」


「…わかりません。今、警察とメーカーとで調べています」


 


事故後何度も聞いたが、やはり同じ回答しか得られなかった。


 


機械の周囲を回る。


機械には主人の名前が貼ってあった。「作業責任者」の欄に。

 

機械の横の作業台に日報があった。


見覚えのある少し角ばった字。記入者に主人の名前があった。


これ…書いてたんだ…。


書いてあった文字を指でなぞる。


この時は生きていたのに…。


何とも言えない感情が湧き上がる。


 


機械の横には大きな鋳型があった。


「これが…?」


「…はい。警察に許可をとって外してありますがそれです。」


 


鋳型のそばにいってよく見た。


大きな鋳型。


そこでも場所を教えてもらった。


その場所のすぐ手前に大きな空間があった。


そこなら挟まれても無事だったのに。


「…なぜ…?あともう少し手前だったら…手だけで済んだのに。なぜ?」


「…」


答えられない質問をしたのはわかってる。でも聞かずにはいられなかった。


 


油の匂い。


大きな作業音。


広い広い建物内に鳴り響く。


 


主人が30年過ごした場所だった。





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