バケモノになりたい化け物
時は昔ある貧しくも幸せな村があった そこにはある神様が祀られており そこにはいつも揚げたての油揚げが捧げられていた
「この世の者、あの世の者からな」
そう告げた空狐の顔は何もかも諦めたような顔をしていた。だがどこかこうなったのも致し方ないという雰囲気も持ち合わせている。
「詳しくは話してもらってもいいか? あ、勿論絶対とは言わんが」
「ふふ……いや話そう。お主には知る権利がある」
そう話すと空狐は昔のことを思い出すように言葉を紡ぎ出した。
「遥か昔、日本の都が京であった時代、その頃わしは妖でもない、ただ長生きしただけの狐であった。が、ある時打ち捨てられた社を見つけ住み着くようになった。そこにはまだ神気が染み付いていたのだろう。わしは着々と人間界の者としての己を消していった。時が流れ戦国の世、ある時社の前に人の子が倒れていた。奴は死にかけでな。その時にはわしは妖の身であったから術をかけ、治した」
「なんで治したんだ? 人一人直しても特に利益なんて無いだろ」
(あれ……なんで俺今なんて言った……? 今の言葉って命と利益を天秤にかけてねぇか?)
言葉の意味を考える間もなく俺の口から出た言葉は一瞬本当に俺から出た言葉なのか疑ってしまうほどの物だった。
驚きの中見上げると、空狐の表情に少し歪みが見える。とても薄く目を開きその奥に墨色の瞳を携えている。
そしてその表情は俺に向けられているようだ。何か、奥の方を覗くような視線を向けられる。
「うむ、その時の感情はとうの昔に忘れた……ただの気まぐれか術の試しでかけたか。いずれにせよただの気まぐれよ。それにしてもお主からそのような疑問が出るとは……何か訳ありのようだがお主はわしが思うよりずっと傲慢のようだ」
「あ、いや……いや何でもない。話を続けてくれ」
俺の身に何が起こっているか気になりはするが今は空狐の話が先だ。話の腰をこれ以上折ってはならない。
「そうか、では……奴は息を吹き返すと一目散に逃げていった。人の子などこんなものかと気にしてはおらぬかったがいつの間にか供え物が置かれるようになり、社が掃除され、身の回りの世話をしてくれる奴ができ人の子は直ぐ側に根城を構えるようになった。参拝に来る人の子はわしの心を癒やしてくれた。それから天狐様に役目をいただき、妖魔界の森の主となった。少なくとも他から見ても良い暮らしをしていただろう。だが……」
昔を懐かしみ朗らかな表情をしていた空狐から一変、憎しみと悲しみに溢れ、ついさっき見た表情とは比べられ無いほどに歪んだ顔をしている。
空狐の背後は黒く揺らめき、地が空が歪み息をするたびに肺に針が突き刺すような痛みが走る。少しでも痛みを和らげようと距離を取ろうにも足は動くことはない。
(久しぶりのこの感覚、やっぱ神さんだろこいつ。本人が認めていないだけであいつらと同じ、人の身に余るほどの物を持ってやがる)
「…………はっ……すっすまん! 息しとるか!? 体は砕けてないか!? 動けるか!?」
「ぶっ……………ふぅ……はぁ……大丈夫だ。生きてる」
一気に緊張が解け息を大きく吸い込み気持ちを落ち着かせる。ちらりと外を見れば視界の真ん中では空狐が心配そうにこちらを覗いている。
「迂闊だった。いくら神ではないとはいえ……またわしは他の者に当たった……すまな」
「ストップ。ごめんはいいからそこら辺を詳しく」
「・・・お主、凄いな。…………お主が望むなら……ふうっ……わしは和やかな日々を過ごしていた。だがある日、村の若者が姿を消した。それは丁度刈り入れの時期でな。村の残ったまだ幼い者や女手で収穫していた。たまたま町に働きに出ているのだろう、帰ったらこんな時期に出るなと夢枕に立とうと、わしは愚かにも軽く考えていた。だが帰ってこない。それどころか暫くするとまだ幼い青年の者も消えた。それから村の外の者が度々訪れるようになりその者は大概ある小さな箱と衣服、それと小さな勲章を持っており、それらには消えた村の者の薄い妖気が染み付いていた。人は死ぬと妖魔になるならない関係なく過去の残滓が妖気となり現世に食らいつく。勘が鋭いお主なら分かるだろう?」
「村の者は突然と消えたのでは無く村の外に呼ばれそのまま散った。しかも勲章があるということは人の目に届く範囲、つまり妖魔関連でも無く、災害でもない。人の手によって命の灯火を消している」
勲章と小さな箱とその者の死。ということは箱の中身は十中八九遺骨だろう。
そして戦国以降の民間人が駆り出された死者が出る戦い。死と勲章が結びつくのは戦死による叙勲、太平洋戦争か。
「事を把握した時には遅かった。空からは火の雨が降り注ぎ家々は炎の波に呑まれた。わしは村の者に信仰されていた身でありながら何も出来なかった。いや、何もしなかった。恨まれても仕方がないことをした。ふふっ、ははは……」
(そこまで思うならなんで村の人を護ってないんだ? 術が使えるなら「どうとでもなるだろ……か。わしはどうとでもできたはずだがな……。人の子を見守る立場の者が必要以上に人の世に関わると罰が下る。所詮わしは我が身惜しさに何もせぬかった愚か者よ」
(ちゃっかり心読んで合わせるなよ……)
「生活の息吹やその名残、人の子らの妖気すら消えた。その時だっ……!」
──ビリッ
「つっ……」
体の芯から震える感覚。一瞬でも気を抜けばもうここに立つことは出来ないだろう。
獣共は嵐が過ぎるのを待つかのようにじっと耐え忍び、森中はざわめき木々は風もなく揺れる。
先程とは比較することすらおこがましいほどの威圧感が神でもないたった一匹の獣から放たれる。
彼の怒り、憎しみ、悲しみに沈み込む。それは針、というより鉛のようで押しつぶされそうになる。その色は黒くまともに動けない。
「ここ、日本の者ではない異国の者が現れた。粗奴らはあろうことか村に押し入り物資を漁り始めたのだ。遺体を平気で踏み抜き、かろうじて残っていた家すら乱雑に扱う。その時わしは……わしはっ!! 全てを壊した……。今度こそ何も残らない。皮肉な物だ。あれほど愛した村の証を消し去ったのはあの火の雨でも、異国の者でもない。わしなのだから」
怒りが悲しみに変わった。威圧感はマシになり少し息を整える。
だがあれほどの怒りを凌駕するほどの悲しみは想像を絶する。
威圧感は薄くなったがそれでも空狐は牙を剥く。まだ暫くは動けないだろう。
「わしは妖魔界に戻りこの森で身を休めた。だが信仰を失い残っていた神力も怒りに身を任せ使い果たし、もはやわしには何も残ってはいなかった。わしを知る者をもういない。そのままわしは祠で眠りにつきここは主を失い荒れ果てたという訳だ。我が後継者よ。一つ聞いていいか」
「……構わんよ」
「……お主はわしが怖いか? 恐ろしいか? 得体のしれぬ者だと畏怖するか? 人をいたずらに威圧し信仰を集めるだけ集めて何もせず人の子を利用する。神ともてはやされるだけの愚かで軟弱者の狐をお主はどう思う」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
ここで前回の小話を、妖怪となった狐の位ですがちゃんと順番がありまして妖狐、気狐、空狐、天狐となっております。詳しくはググってください。ひとまず物語としては上の者には逆らえないとだけ覚えていただければ充分です。
もしよろしければ評価もよろしくお願いします。読んでくれるだけで嬉しいのですがまた嬉しさで咽び泣きます。
それでは次回も是非読んでいってくださいね。




