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リーテ国は豪雪地帯ではありませんが、北東のエルニカ海から吹き付ける冷たい風の影響で殆んどの地域で夏場以外は大体肌寒いです。
「生姜のカクテルかな」
呟いて、撥水紙の傘を手に馴染みのバーに急ぎます。夕方のスァクの町は霧雨に打たれて陰気な印象です。2つある地味の時計塔の内、西側の方が近く、時報の鐘を鳴らしていました。
僕はハーフエルフなので、雨季ともなれば角当てと呼ばれる耳カバーをつけないと耳の先がかじかむ日があるくらいです。
ハーフエルフより耳が長い素のエルフ族は冬用? と錯覚しそうな厚い物を付けている人もいます。
ただこれを付けてると他種族に女性に見え易いらしく、ゆったりめの僧服等を着て後ろ姿や薄暗い場所だと、そこそこの確率で男にナンパされたりするんですよね。
日に5回男にナンパされた時はさすがに背中に貼り紙を貼り、額にハチマキをして、
ワシ、男なんじゃ!
と書こうかと思ったくらいです。
美的感覚が違うノーム族とドワーフ族にはそうでもないですが、ロングレッグ族とフェザーフット族はグイグイ来ます。
男だと言っても「いや、イケる!」と攻めて来る方もいますが、僕、ノンケです・・
何なら婚活中ですしね!
「くっそ~、飲まないといけませんねっ」
別にアル中ではないですが、憂さ晴らしが必要でした。
安くはない結婚相談所にマッチングされた女性と、今週は4人会食をしました。
1人目、フェザーフット族20代中盤。胸、大きい方、化粧アクセサリー強めです、道具屋店員兼週数日バニーコスガールズバー勤務。
「年収は~、そんなに求めませんけどぉ~、ん~~っ、900万ゼムくらいなかぁ? あと、竜車か2頭立て馬車はほしいかも~。あとは持ち家とぉ、庭でワンちゃんをぅ」
2人目、ロングレッグ族20代前半。痩せ型です。化粧アクセサリー薄め、何か知ってる人と同じタイプのような? 鍵師兼布製装備補修業。
「店始めようと思ってんだよ。冒険者辞めたくてさ、金出してくんねぇか? 子供は適当に2人くらい産んでやっからよ。あんま興味ねーから、道具使ってやんよ? どういうのが好みだ? 色々持ってきたんだが・・」
3人目、ロングレッグ族19歳。容姿は整ってらっしゃるけど、目が据わってる感じ。家事手伝い。
「新しい神についてお話しませんか? 私達の集会があるのです! この世は、マルベロォエルスモノス率のよって発生したモノホシノウノベモ場による物で、不完全な物なのです。 貴方はホラっ! キュベウハリーイェム獣に憑かれていますねっっ? 祓わなくては! 今なら真なるマルベロォエルスモノス聖水がたった5万ゼムで購入できま」
4人目は、ハーフノーム族で妙齢。個性的な格好をしてらっしゃいました。仕事は魔法道具屋の倉庫管理を担当。
「レズでSなのよ。ほら、あたしらハーフノームやあんたみたいなハーフエルフって寿命長いだろう? 子供欲しくなってさ。あんた中々いい線行ってるから試しに女装して、シバき回させておくれよ? あとはあたしが上に乗」
・・今週はこんな具合でした。
あのですね、
僕、そこまで高望みはしてないんですよっ?!
馴染みのバー、夜霧のクロスチョップ、にたどり着きました。
すぐ盗まれるから傘立てはカウンター近くにあります。水滴をなるべく払った傘を入れ、カウンターのお気に入りの席が空いていたので座りました。
「生姜の利いたのを頼みます」
「僧侶が日が暮れきる前に言う台詞じゃないな」
ドワーフ族のバーテン、ヒロシが呆れています。
「僕は冒険者は辞めました。寺院や教会にも勤めてません。町営の治療院付きで、昨日は夜勤で、今日は有給です!」
「あー、はいはい。スァクバック、でいいな?」
「いいですねっ、生姜強めでお願いしますよ」
手際良く、カクテルは作られました。癖の強いリーテ国のジンに、スァクレモン果汁、ジャンジャーエールを合わせて作られるスペシャルなドリンクです。
「くーっ、最高!」
3種の風味のベースが鼻腔と舌と胃と脳を貫くようなのですっ。
「また婚活失敗か?」
「そうなんですよぉ」
僕はお酒は大好きですが、さほど強くないので量は程々です。
「何か、ですねぇー。前のパーティーの皆は全体的に好転してる感じなんですけど、僕は、フィアンセに逃げられるわ、婚活連敗だわ・・酷いもんですよっ!」
僕は酔うと泣き上戸でもあるので、泣き出しました。
美味しく飲んで、愚痴を言って、あとは号泣すれば気分スッキリするのです。
「ロディ。詰まる所、お前は人間的に浅いから、土壇場で回らないんだ」
「うっっ」
それに関しては薄々自覚している所ではあります・・
損したり、上手くゆかなかったり、自分にガッカリしても、翌日には仕事はあるのです。
治療院では僕は主に外科分野を担当しています。僧侶は3級、薬師は4級、骨接ぎ師は4級持っていますが、キャリアで言ったら外傷対応が圧倒的に多い冒険者上がりなので、この級取り構成だと取り敢えず外科分野に回されるもんです。
回復魔法も外科処置が甘いと変な風に定着しちゃいますし、一般の方は驚く程、自己回復力が低いので、神経を使う仕事ではあります。
「はい、腱の復元具合はいいですね。リハビリはコリカ治療院が専門です。紹介状は書いておくので」
「あそこ厳しいんだろう? サマーファン先生が最後まで診てくれよぉ」
「いや、ウチはリハビリ専門じゃないのですよ」
患者さんを宥めて帰ってもらい、次の予約の方のカルテを確認していると、
「先生、町長から召喚状が! 至急にとっ」
補助用の各種回復薬を取りに行っていた 猫人族の看護師が慌てて診察室に戻ってきました。
「え?」
町長? 有名な方ですが会ったことはありません。
しかし、行かないワケにもゆかないのです。僕は・・
町営治療院の職員なので!
久し振りに乗った走竜が引く迎えの竜車から降りて、少しの間だけ傘を差して町役場の本館に入ります。
出入口の内側にいた番人は種別はちょっとわかりませんが、街中ではやや珍しい安くは雇えない蜥蜴人族でした。
身長3ジロリ(2メートル)はありますね。僕は2,34ジロリ(1,56メートル)なので冷然と見下ろされました。
「傘はそこに入れろ、俺が見張っている」
持っている槍で傘立てを差してきます。
「それは、どうも。はは・・」
愛想笑いをして、僕は薄暗い本館2階にあるはずの町長室に向かうのでした。