第二王子と婚約者候補の転生令嬢
「マルティネス嬢?」
「……なんでもございませんわ、殿下」
ある昼下がり、第二王子殿下との定例お茶会の席で。私は思い出してしまった。ここがいわゆる乙女ゲームの世界で、彼がその攻略対象だということを。
内心の動揺を今生で培った淑女の仮面に押し隠して、なんてこともないように返事をした。どうせいつも大した話はしていないのだから、当たり障りのない返事をしながら並行で脳内を動かす。
さて、あのゲームはどんなお話だったかしら。
ここイグディシアは、物語によくあるような異世界ファンタジーな世界だ。魔法や精霊、モンスターが存在していて、王族や貴族、平民といった階級が有る。
ゲームは貴族に引き取られたヒロインの学院入学から始まる。私は第二王子マクシミリアンの婚約者として登場するライバル役。いわゆる流行りの「悪役令嬢」などではなく、普通に学院でヒロインと切磋琢磨する間柄だ。
授業を選択し、ステータスをあげ、そのステータス如何によって学院内外で様々な出会いのチャンスをつかめる。一般的な科目の他、料理や剣術、魔法の授業もあるし、実戦演習を選べばモンスターの討伐訓練などもある。ストーリーが一本道ではないからどのような進み方をするかわからないところが厄介だ。
それに、たとえばここがあのゲーム世界でなく前世ネット小説で流行っていたような転生改変ものだったら困るし、そうでなくても王子がヒロインとキャッキャウフフする様を当事者として近い距離で巻き込まれるなんて御免被りたい。私は面倒なことが嫌いなのだ。
ただでさえ乗り気でなかったが、なんとかして婚約者候補を辞退したい。そう、幸いなことに私はまだ婚約者候補の一人なのだ。婚約者の正式な決定は一年後で、今は候補にあがった令嬢とそれぞれ交流の機会を持ち、資質や相性を確かめる期間となっている。
我がマルティネス家は歴史はあれど特に力もない伯爵家。第二王子に釣り合う年齢ということで数合わせに選ばれたに過ぎず、出世欲の薄いお父様に伝えればなんとかなる可能性はあるのではないだろうか。貴族としての責務を放棄するつもりはないが、できれば今後の人生に響かない形で穏便に進めたい。
さて、一体どんな理由をつけてこの婚約を辞退するべきか。