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【ライブラリ・ダンジョンにまつわるエトセトラ】

【ライブラリ・ダンジョンにまつわるエトセトラ】

 あんた、私の話を聞きたいのかい?

 こんな老いぼれをわざわざ訪ねて来たんだ、よければ付き合っておくれよ。

 孫たちも、もう何度も聞いたからって苦笑いでね。いや、確かに呆れるぐらい話したと思うが、まったく薄情だよ。


 私の親は冒険者でね。そんな二人に連れられてずっと旅をしていたんだ。色々な街を転々として、どこかに長く住んだことはなかった。完全な根無し草ってやつさ。目的とかそういうのは知らないよ。私が十になるかならないかの頃に、流行り病でまとめてあっさり死んじまったからね。それで、文字もろくに読めないガキが一人で生きていくには冒険者になるしかなかった。生きるのに必要なことは一通り教わっていたから、そんなには困らなかったよ。ただそれまでと同じように、身一つでフラフラと生きていたのさ。


 あれは私がまだ若い頃……そうだね、五十年は前だ。ある日、森で狩りをしていた私は運悪くでっかい魔獣に遭っちまった。この小屋ぐらいはありそうな背丈にトゲトゲした毛、鋭い爪。いかにも腹が減ってますって目でこっちを睨んでた。全然敵わなかったよ、刃なんてはじかれるくらい硬くてさ。腹の傷も深くて、これはもう終わりだーって、そんなとき……


 もう本っ当に、すごかったんだよ!! 飛び出してきた男の人が、あの硬い魔獣の毛皮をまるで紙みたいにスパスパッと斬り裂いて、あっという間に倒しちまった。今でも思い出せる、その剣筋が恐ろしく綺麗で…………で、…………して、それから…………

 ……ん? ああ、そうだね、これぐらいにしておくよ。あの子たちにも、きりがないからこのあたりを省略しろっていっつも言われるんだ。

 ともかく、助けてくれた騎士様は怪我した私をそのままにしておけないと、魔女のところに連れてってくれたんだ。


 どんな魔女かって? 魔女といえばそりゃ、お伽噺にもなってるあの魔女様だ。

 ライブラリ・ダンジョンに棲む『記憶の魔女』──あんたも知ってるだろ?

 彼はあの魔女の眷属で、そんでもってそんな騎士様に私は惚れちまったのさ。



 私は彼に『好きだ、傍にいたい、稽古をつけてくれ』──なんてつきまとってダンジョンに居座った。……まあ、今思うに、さびしかったんだろう。天涯孤独、まだろくに人生経験もない十代の小娘だったんだ。「動けるようになったらすぐ出ていけ」って魔女は言ったけど、なんだかんだ積極的に追い出したりもしなかったしね。

 ライブラリ・ダンジョンについてかい?

 残念ながら、はっきりとは思い出せないんだ。あの中でしばらく暮らしてはいたが、肝心な部分はぼんやりさ。あそこを出ると、その記憶が曖昧になる。そういう魔法がかかっているらしい。

 お伽噺のとおり本がたくさんあったことや、私の使っていた部屋がどうだったとか、あそこで飲んだ茶が美味しかったとか、そういうことは何故か忘れないでいるんだ。不思議だろ。私はあそこで文字の読み書きを覚えて、あのテーブルで本を読みながら、短くはない時間を過ごした。はずなんだ。


 魔女は──あの人は、誰かが傷つくのを見過ごせない質でね。騎士様はそんな魔女の望むことを総て叶えてやりたかったんだろう。私なんざ全然眼中にないって気がつくのはすぐだったさ。

 ん? 旦那?

 そうだね、旦那にもここで出会ったのさ。私と同じように、怪我したところを拾われたんだ。

 あいつはあの騎士様と同じ国の生まれだったみたいでね、憧れて同じように騎士になったんだと。あの美しい剣捌きはあいつも大好きだったからね、むしろどちらの方が騎士様を好きか顔を合わせるたび喧嘩してたくらいさ。こんなに長い時間共に生きることになるなんて、あの頃は思いもしなかったけどね。

 ……もう少ししたら、あいつのところにも行けるかねぇ……



「もう、おばあちゃんたら、足を怪我したぐらいで大げさな」

「だって素振りをすると怒るじゃないか」

「当たり前です、家の中では危ないでしょうが」

「あーーー体が鈍って死んじまうよ!」

「すみませんね、こんな祖母で。話を聞いてもらって助かります」


 客人への茶を出しに来た孫は、最後には私を無視して奥に引っ込んで行った。

 『ライブラリ・ダンジョンの話を聞きたい』と訪ねてきた突然の客人は、孫よりも若くまだ少女と言っても差し支えない年頃で、その雰囲気からどこぞのお偉いさんのお忍びなんだろうと思った。後ろには護衛らしき男が控えているのもそれらしい。頬の大きな傷跡──なんだかあの人みたいだね。あいつが似たような傷を顔にこさえた時は、お揃いだなんて強がりを言っていたっけ。


「それで、そのあとは?」

「ああ、それでね────」



 久々にすっかり話して、大分満足した。ダンジョンの話を聞きたがる輩はたまに訪れるが、こんなに長く話し込んだことはなかなかない。話のお礼にと、東方で好まれるという珍しい茶葉を置いて客人は去っていった。それはどこか懐かしい香りがする。


 『総ての本』があると言われるライブラリ・ダンジョン。お伽噺にもなるぐらい昔から存在するそれは、その性質上場所も特定されておらず、けれどもその目撃情報は世界中の様々な場所で時折話題にのぼる。この辺りでは、その話をするのはもう私だけだ。

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