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「ホームルーム」

「そろそろホームルームの時間よ!みんな3分前には自分の席に座って静かにしなきゃ。カップラーメンだって食べる時間の3分前にはお湯を入れなきゃいけないのよ?」


 教卓の上で長い足を組んで座っている彼女がこそが、このクラスの担任『メイ先生』だった。普通に教室に入ればいいのに、しばしば彼女は魔法を使い奇天烈なマジシャンのような登場をするのだ。


「ねぇみんな。ホームルームに入る前に、今月の私の給料について愚痴っていい?」


 メイ先生は眼鏡をクイッと上げて、早速よく分からない話をぶち込んできた。でもこれがメイ先生のいつもの感じなのだ。


「今月の私の給料、税金とか保険代とか払って、家賃と食費、そんで化粧品代にエステ代に衣装代に交際費に飼ってる猫の餌代とか払ってるとほとんど消えてくのよ。これじゃ貯金なんてできたもんじゃないわよねぇ」


 メイ先生は黒板の前に立って早口で喋ったかと思うと、チョークを片手に給料を何に使っているのかについて書きだした。そして『給料』と書いた文字に対して赤いチョークで下線を引き強調する。


「で、節約なんてこれ以上できようもないから、どうにかこの給料を上げないと私は女として生きていけないの。そんで、給料を上げるためには、私はアンタらを最高の魔法少女と魔法使いに育てて、教育委員会に評価されなきゃいけないのよ!」


 ほんの一瞬だけメイ先生が青春ドラマの教師役のように思えて感動しかけたが、よく考えると僕にとってはどうでもいいくらいと言って良いくらい個人的で、めちゃくちゃ私利私欲な話だった。こんなことを言う教師が普通にいるのが、魔法学校の特徴なのかもしれない。普通の学校に行ったことがないから実際のところ分からないが、多分これは普通ではないのだろうと感覚的に分かった。朝から僕たちは何を聞かされているんだろうか、と正直思った。クラスメイトの数人がクスッと笑う声が聞こえた。


「私は本気だからね!というわけで、これからの授業やテストはみんなもいつも以上に頑張ること。それで成績が上がったら私も君たちも嬉しい。成績が下がれば、私の財布は寂しくなるし、君たちは私から怒られる。だから、成績をクラス一丸で上げていきましょう。いいわね?」


 はーい、とクラスの皆が声を揃える、なんてことはなく、思春期の男女たちは静かにコクコクと頷いて意思表示をした。当然、わざわざ首を横に振るような面倒な奴はいない。言うことを素直に聞く僕達を見て、メイ先生は満足げだった。


「それと……」


 メイ先生は先ほどまでとは表情を変えて、すこし深刻そうな顔をした。ホームルーム中にこんな顔つきをするのは今まで見たことなかった。


「レン君という男の子を知っている人はいる?知ってる人がいたら、昼休みに職員室に来るように。細かい話はそこでしましょう」


(レン……!メイ先生はレンのことを覚えているのか……⁈)


 突然のレンの話に、僕は驚きと喜びで顔がゆがんだ。今までに使ったことのない表情筋を使った感じがした。レンって誰だっけと、クラスはまたホームルームが始まる前と同じようにざわめきだした。静かな池でもパンくずを投げ入れると飢えた鯉がワラワラと集まってくるように、クラスメイト達は何か話題になりそうなネタがあると本能的に黙っていられないんだろうなと思った。


(メイ先生に聞けば、レンのことが何かわかるかもしれない……。)


 メイ先生の話に対するツグミさんの反応が気になり、黒目だけを少し横に移動させて彼女の方を見てみた。他のクラスメイト達がざわめく中、彼女はただ窓の外を眺めて黄昏ているだけだった。そして、彼女の首元にはネックレスの青い宝石が窓から飛び込んでくる太陽の光を反射してキラキラと光っていた。


 僕がぼーっとツグミさんの方を眺めている間に、メイ先生のホームルームは終わった。大事な話を聞き逃してしまったかもしれないが、まあ今の僕にはレンの話以外は大して重要ではなかった。


(昼休みに職員室にいこう。まずはそこからだ。)


 ホームルームが終わり、1時間目の授業が始まるまでの休み時間に僕の机の前にミリンが来た。僕は椅子に座ったまま、ミリンの顔を見上げる。


「メイ先生の今日の話、ミクジはどう思った?」


 ミリンは僕の机に手を付き、前のめりに真剣そうな顔で僕の方を見て話す。今日遅刻ギリギリで学校に来ていた少女だとは思えない気迫だった。


「え、レンのこと・・・?」


 ミリンもレンのことを覚えているのかもしれない。もしそうだとしたら、何か新しい手掛かりが手に入るチャンスだ。


「えっと、そっちはよく分かんないんやけど、先生の給料の話の方ね!私たちが頑張らないと先生の給料下がっちゃうなんてかわいそうだよ~」


「……あ、うん、まあ確かにそうなのかもね。」


 僕は拍子抜けてしまったが、とりあえずミリンの話に共感しておいた。ミリンはやはりレンのことを覚えていないようだった。


「で、クラスで魔法が下手な魔法少女と魔法使いといえば、まあ正直私たち二人やん。これは先生からの私たちに対する戦況布告だよ~?」


 確かに、と妙にミリンの話に納得してしまった。僕とミリンはおそらくクラスの成績の平均値を下げているワースト2だ。(ちなみにワースト1はミリンだ、と僕は勝手に思っている。)メイ先生は今日の話で成績が悪いと怒るぞみたいなことも言ってたし、次のテストで悪い点数を出したらきっとめちゃくちゃ怒られたり補習を受けさせられたりするんだろうな……。


「だから、今度放課後にでも一緒に魔法の練習しようよ!もうすぐテストもあるし、それまでにさ」


 分かった、と僕が言うとチャイムが鳴った。チャイムが鳴ると、慌てて転びそうになりながらミリンは自分の席へと戻っていった。



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