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「落下」

 ホウキから振り落とされた僕は、あのブルドッグみたいな犬が追いかけるよりも速い速度で頭から地面に向かって落ちていく。


 どんどんと地面が目の前に迫ってくる。僕は恐怖で目をつむり、ひたすらに死を待った。


 それから何秒が経ったのだろうか。怯えながら目を開けてもまだ僕の体は地面に触れることなく落下中だった。死への恐怖で時間間隔がおかしくなったのかもしれない。頭の中が使い過ぎたコンピューターのように熱くなっていくような感覚がある。僕の生存本能が、この状態からでも死を避けられる方法が無いか知恵を振り絞ろうとしているのだろうか。


(もう一度目を閉じるべきか……。いや、でもこのまま目を開け続ければ、僕は永遠に地面に落ちずに一生生きられるかもしれない……)


「ミクジ君・・・?」


 突然、女性の綺麗な声が僕の頭の中に響いた。天使のお迎えの声が、ついに来たのかもしれない。死の瞬間も、不思議と痛みは感じなかった。僕の体は天使に持ち上げられるかのように軽くなり、優しく天へと浮いていく。


「ないすきゃっちぃ~!」


 優しい声が耳元から聞こえてきたかと思うと、天使のような柔らかい腕と体が僕の背中を包み込んだ。ついに天国に着いてしまったのだと僕は思った。生前は人一倍死への恐怖心が強いように思えた僕だったが、その天使の腕の中にいる心地よさから、死んでしまうのも悪くはないもんだな、と思った。


「ミクジ君、何してたの?」


 僕の耳元で天使がささやく。意識が薄れていて気が付かなかったが、その声はどこかで聞いたことのある声だった。僕は声の聞こえる方へ振り向くと、笑顔のツグミさんと、今にもキスができそうな距離で目が合った。赤い唇が僕の脳内に血を連想させる。


「うわぁっ、ツグミさん⁈」


 僕は驚いて、ツグミさんの腕を振り払った。ここは天国ではない、まだ僕は現世で生きている……!だが、このまま逃げないと、今度こそ殺されてしまう。やっぱり死ぬのは嫌だ!!僕は恐怖に怯えながら、誰かに助けを求めようと校舎の方を目掛けて駆け出した。


「バウッ!」


 気付かないうちに足元でお座りをしていた犬の鳴き声に驚いた僕は慌ててこけそうになると、ツグミさんが僕の手をつかみ、優しく体を支えた。


「そんなに嫌がらなくても~。私が君の命を救ってあげたんだよ?」


 ツグミさんは不満そうな顔で僕の腕をひっぱってきた。


「あ、はい。ご、ごめんなさい。すみません。」


 怒らせたら殺される。出来るだけ腰を低く、相手を刺激しないように台詞を作り出して言葉にしていく。相手はレンをあんな姿にしてしまう魔法少女だ。いつ僕が殺されてしまうか分からない。そんな相手に僕は現在進行形で腕を引っ張っられ続けており、まさに絶体絶命だと思った。命が何個あっても足りない。


「ホウキで飛ぶ練習してたの?ミクジ君、飛ぶの上手くなったね!」


 絶体絶命の状況に冷や汗が止まらない僕だったが、急にツグミさんに褒められて、何も言葉が出なくなる。胸の中で糸が複雑に絡まったような、何とも言えない気持ちになった。


「でも、高く飛ぶことだけを意識しちゃだめだよ。ちゃんと前に進むことも一緒に意識しなきゃ!」


「ああっ!だから上にだけどんどん飛んじゃったのか!!」


 予想もしていなかったアドバイスに、僕は感心して大きな声を出してしまった。絡み合った糸の先を引っ張ると、するりと解けていくような、そんな気持ちよさを感じた。確かにあの時、僕は逃げることに精いっぱいで、飛ぶことにだけしか意識が行っていなかった。ツグミさんは僕から腕を離したかと思うと、そのまま手を優しく僕の頬に添えた。


「そうそう。私も最初上にしか飛べなくて、危ない目に何度もあったの。君を見てると、なんだか昔の私を見ているみたい。」


母親が幼い子供を愛でるかのように、優しく見つめながら細く柔らかい手で僕の輪郭をなぞる。今感じている鳥肌が立つような感覚は恐怖心なのだろうか、恋心なのだろか、それとも他の何かなのだろうか、自分でもよく分からない。ただ、不思議と心地よくはあった。


「……ツグミさんにも、僕みたいに魔法が下手な時期があったんですね」


僕はツグミさんから目をそらしながらも話を続ける。


「そりゃあそうだよ!……っていうとちょっと失礼だけど、私も最初から魔法が得意だったわけじゃないよ。そういえば今度魔法のテストもあるし、今度一緒に練習する?」


「え、いいんですか?……でも」


 レンは、どうなったんですか、という一言が僕の喉まで出かかったが止めた。今は会話の流れに身を任せるしかない。レンのことを彼女に聞いたとしても、嘘をつかれるか、僕が殺されるだけだ。


「いいよ!私も練習しなきゃだし!じゃあ詳しくはまた明日学校で話そっか」


「……あ、はい!今日はありがとうでした……!」


 僕がそういうと、ツグミさんはにっこりと笑って手を振って、取り出したホウキに跨り校門を出ていった。ただ一人の魔法少女が下校しただけのことだが、僕にとっては目と鼻の先で殺人ハリケーンが過ぎ去ったかのように感じた。一瞬ですべてが吹き飛ばされてしまったような、そんな感じだ。ただ、僕の頬には残り香のようにツグミさんの細い手の感覚が残っていた。


(……ひとまずは、なんとか助かってよかった。)


 今日、たった一日の間に何度死ぬかと思ったか分からない。でも何とか僕は生き残ることができた。


 明日からの僕の学校生活は、これまでとは全く違う学校生活になるだろうと思った。クラスの女子は、みんな信用できない……。休み時間はいつも読書している大人しいあの子も、幼馴染で昔からずっと仲のいいのアイツも、男子とやけに距離が近いあの子も、きっとみんな本性はツグミさんと同じなんだ。


「絶対に、魔法少女だけは好きになってはいけない……。好きになると、きっと僕は殺されてしまう」


 僕は校庭で一人、小さくそう呟いた。

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