「ソウタとの作戦」
「……というわけで、ソウタはひとまず空を飛んで地上全体を見て欲しい」
僕はソウタと肩を組んで走りながら、これからの作戦についての説明を話した。
「本当にそんなやり方で大丈夫なのか?俺はもう少しお前が賢いもんだと思っていたが」
ソウタは不安そうな顔で僕の顔を横から見てくる。
「僕はそんなに賢くないし、魔法も上手くない。だからこそ、他の皆より頑張らないと役に立てないんだよね。僕は賢く指示を出す飼い主なんかじゃなくて、地べたを元気に走り続ける牧羊犬なんだよ」
僕はちょっと上手いことを言ったでしょう、という顔でソウタの方を見る。ソウタは不安そうな顔から、困ったやつを見るような顔に表情を変えていた。まさか、スベってしまったのかと僕は不安になる。
「ははは、面白いやつだな、お前。分かった、じゃあ俺は空に行ってるぜ」
ソウタはそう言って笑うと僕の肩をポンと叩き、何もない空間からホウキを取り出した。そして僕の隣で走りながら勢いをつけてホウキに乗り込み、そのまま高く空へと飛んで行った。僕があれほど苦戦した空を飛ぶ魔法も、ソウタはいとも簡単に使いこなし、蝶のように自由自在に動き回っているように見えた。少し悔しくもあったが、そんなソウタを僕は尊敬した。遠くで待機中のツグミさんとミリンは、不思議そうに空を見上げていた。
「どう、ソウタ君?!イノシシが居そうな場所は分かる?!」
僕は大きな声で空高くにいるソウタに呼び掛ける。最初に見つけた一匹のイノシシを追いかけるのに必死で、僕自身は他のイノシシを見つけていく余裕がない。そこで、ソウタに空から校庭を見下ろしてもらい、効率的にイノシシがいる場所の指示を貰うという作戦だった。ソウタはすぐにイノシシの場所に気付くことができるから、自分自身で走るよりも、俯瞰的に全体を見て指示を出す方が向いているはずだ。
「そのまま、まっすぐ走って!花壇の奥にまずイノシシが二匹いる!!」
イノシシを誘導しながらまっすぐ走っていくと、花壇の奥に言われた通り二匹のイノシシが居るのが分かった。僕は蛇行しながら走り、うまく計三匹のイノシシを合流させる。
「次に左前にあるでかい木の陰にイノシシが三匹、奥のフェンスのところで逃げようとしているイノシシが二匹、並んでいる三角コーンの一番左で中に隠れているのが一匹、校舎の目の前にあるごみ箱の中に隠れているのが燃えるゴミと燃えないゴミでそれぞれ一匹ずつ……」
上空からソウタからの指示が高速で飛んでくる。すごい、体が見えているイノシシだけでなく、全身を隠しているイノシシの場所まで分かるのか。僕は必死に指示に従い、それぞれの場所でイノシシを見つけては、一匹ずつ群れの中にまとめて追いかけていく。まさに、飼い主の指示に従う牧羊犬が、羊の群れをまとめていくように。
――僕はソウタの指示に従い、何匹ものイノシシを集め続けた。イノシシが集団から外れて逃げそうになると、ソウタが大きな声でそれを伝えてくれて、気が付けばなんとか十数匹のイノシシが集まってきた。だがそろそろ、ずっと走り続けていた僕は体力の限界かもしれない……。そういえば僕、昨日から寝てもいなかったんだった……。それにイノシシとかミリンとか、今日は何かと追いかけてばっかの一日で、ものすごく疲れたよ、パトラッシュ……。
「あとは最後の一匹だ!!さっきそこの草むらからグラウンドの方に逃げていった!ちょうどツグミさんとミリンちゃんがいる方向だ!!」
ソウタの声が、運動会のピストル音のように校庭の空気を震わせ響き渡る。僕はなんとか足に力を入れ直し、イノシシの群れを追いかけていく。あとは最後の一匹だけだ、どうにか最後まで走り続けないといけない。 僕は消えかかった蠟燭の火のようにフラフラと揺れながら、最後の一匹を追いかけつつ、群れの中に迎え入れるように走っていく。もうちょっとで全部のイノシシが一ヵ所に集められて、ツグミさんとミリンにバトンタッチができる。あと少しだけ、僕の体力が持てば
――ふいに僕の瞼は紐で繋げたおもりをぶら下げられたかのように重くなり、地面をひたすら蹴り続けていた脚には力が入らなくなる。体を支える力を失った僕は、旅行先でホテルのベッドにダイブするかのように豪快に地面に倒れ込んだ。土と砂の摩擦が僕の顔や体を繊細に痛めつける。口に入った砂利が舌の上を転がり広がっていくのが気持ち悪い。
(流石に、もう体力の限界だ……。体の中も外も痛い……。そしてこんなに痛いのにひたすら眠い……。)
どうにか残っていた力で地面から顔を上げると、今までせっかく集めてきたイノシシ達が、群れるのをやめて、別々の方向に動き出そうとしていた。約二十匹いるイノシシのせいで奥にいるツグミさんとミリンの姿は良く見えなかったが、きっとすごくガッカリしているんだろうな。一人だけイノシシにボコボコにされるし、一生懸命捕まえようとしても上手くいかない。僕はなんて情けない男なんだ。
「ここまでありがとうな、ミクジ」
倒れている僕の頭の上から低い声が聞こえた。それは上空からではなく、すぐ近くに立っているソウタの声だった。その声を聞いて、僕はさっきソウタに作戦を話した時のことをハッと思い出す。
『だからまぁ、ツグミさんにカッコいいところが見せられるんなら、お前の作戦ってやつに乗ってやるよ』
そうだった、ソウタの一番の目的は、ツグミさんにカッコいいところを見せることだったんだ。ソウタは僕が結局上手くいかないのを見越していて、最後は全部自分の手柄にしてやろうと考えていたんだ。僕はただ、うまく利用されたのか。必死で走り回った結果がこれか。悔しい。ただただ、悔しい。口の中に入った砂利の味がひどく不味く、敗北の味を素材そのまま味わっているかのように思えた。僕の人生はいつもうまくいかない……。
――突然、砂利まみれになった僕の体が、ふつふつと力を取り戻したかのようにゆっくりと起き上がる。驚いて自分自身の体を見てみると、僕の弱った体を支えるように、ソウタががっしりと肩を組んでいて、僕は何とか地面を立つことができていた。
「あともうちょっと、最後まで一緒に走ろうぜ、ミクジ!きつくなったら俺がお姫様抱っこしてやってもいいからさ!」
ソウタは肩を組みながら、僕の方を見て笑ってそう言った。ソウタは、全部自分の手柄にしてやろうなんて、これっぽっちも考えていないようだった。僕は痛みと複雑な感情で泣きそうになりながらも、なんとか声を絞り出した。
「……うん!ありがとう!!」




