モスコミュールと猫
「マスター、あの時のカクテルをもらえるかい?」
「承知しました。モスコミュールですね」
マスターはシェイクしてカクテルを作り、男にそれを差し出した。
グラスの縁にレモンを添えた黄色いオシャレなカクテルだった。
男は連れを連れてきていて、連れの後輩にも同じものを注文した。
遡ること数週間前、男は先のバーでマスターと話をしていた。
「マスター、私、ちょっと前に妻と喧嘩してしまいましてねー」
「…」
「素直に謝ることができずにいたところ、一匹の猫と道端で遭遇したんですよ。小さい頃捨て猫を飼っていたこともあり興味本意で後をつけていったんですね。すると、猫は路地裏に入っていってその日はなんともなかったんですけども、次の日に、同じ猫にまた遭遇して、またついて行ったんですよ。そしたら猫は、馴染みの道を外れて、おしゃれな洋服店を過ぎ、ある店の横を通り過ぎて行っていなくなったんですね。そしてふと見れば、その店は、今の妻と初めて行ったレストランでして、他愛も無い話で仲良くなった場所でもあるんです。」
「…」
マスターはちょっと食器を洗うのを中断して、何か言おうとしたけれどもやめて男の話を続けて聞いた。
「それからしばらくその猫は見かけなくなったんですけども、先日遭遇しましてね、また後をつけていくと、ある神社に入っていきましてね、その神社はこの近くにあるんですよ。」
マスターは、言った。
「え〜、この店のすぐ近くに猫を神様として祀っている小さな神社がありましてね〜商売繁盛や縁結びの御利益があるとかないとかで…それはさておき、奥様とは仲直りされたんですか?」
男はちょっと困り果てた感じで言った。
「…まだ仲直りできていなくてですね〜」
「それでしたら今度奥様と店に来たらいいですよ。とっておきのカクテルを用意しておきますので…」
「分かりました。ではまた後日。」
男は笑みを浮かべて店を出た。そして、夜空を見上げた。
「すごくきれいな三日月だな〜」 完