陸上部
走れなくなった私は親友の彼氏と寝た。
どうしてそうなったかというと、走りすぎで脛が痛くなったのが始まりだ。
医者に見せるとシンスプリントと言われ、二ヶ月間運動が禁止される。それでも我慢ができずに走っていたら皆から怒られて、ついには家族からも走ることを禁止され、監視役がついた。それが幼馴染の智樹で、親友の由美の彼氏だった。
由美が同じ陸上部で智樹が野球部。私は律儀に部活が終わるまで待って、三人で一緒に帰ったりもする。だけど、自分が走れない陸上部を眺めるのは苦痛で、そして退屈だった。
耐えきれなくなった私は一人で帰るようになる。それを何回か繰り返しているうちに何故だか智樹も付いてくるようになる。
「ついてこなくてもいいのに」
なんてぼやくと、ニカッと笑ってこう答えられる。
「お前んとこの父ちゃんと約束したからな、それに由美も心配してたから放っておけねぇよ」
「あっそ」
空返事でも彼は気にするそぶりもなく私の後をついてきた。
気晴らしに最寄りじゃない駅で降りても律儀に後ろをついてくきた。面白くなかった。
彼の行動も、無為に時間を潰すしかない私も、走っている由美も、全てが面白くなかった。撒いてやろうと足に力を入れて走ってみるも、すぐに脛が痛み、智樹に追いつかれてしまう。そして怒られた。
それでも、少しだけ感じた風は気持ちよかった。
そうしているうちに一ヶ月が経って、走れないままの私にもやっぱり慣れてなくて、これがあと一か月続くのかと思うとゾッとした。
イライラが募っていく私は部活で走っている由美が妬ましくて、強く当たってしまう。始めは由美も流してくれていたが、甘えているうちに私と話してくれなくなる。それでも智樹は私を見張り続けていた。
「もうついてこなくてもいいんじゃないの?」
「目を離したら走るだろ」
「私なんかよりさ、由美の方が大切じゃないの?」
「大切だけど今は由美よりお前の方があぶねーだろ」
なんてことをいけしゃあしゃあというのがムカついて、喧嘩でもずればいいのに、なんて願う。すると、本当に喧嘩したらしく、私たち三人の間はギクシャクとなった。
そのことについて、智樹に責められる。
「自分がうまくいってないからって人に当たるなよ!」
「じゃああんたも野球できなくなってみればいいよ!」
「今お前のせいで部活行けてないじゃねぇか!」
その通りだった。なんの反論もできなくなった私は押し黙る。彼はそのまま続けた。
「お前のせいで由美とのデートもできないしさ!今日だって本当は!」
力強く肩を押されて私は尻餅をつく。
「埋め合わせ……」
「何が?」
「埋め合わせ、私がしたらいいんでしょ?」
「どうやって埋め合わせるんだよ」
「別に、ただ体を使うだけよ」
血走った目が、私を見ていた。
一週間が経った。私たち二人と一人はギクシャクしていた。
由美は部活で走りにいき、その間に私と智樹はセックスをする。セックスと走ることは全く似てもいない。ただ、疲労感と苦痛が残ることだけは同じだった。
二週間が経って。足の痛みはほとんどなくなっていたが、以前ほど走ろうとは思わない自分がいた。由美とも仲直りをして、私たち三人は表面上だけ元に戻る。三人で帰り路を歩き、そして二人と一人に別れ、二人はセックスをする。何度肌を重ねても慣れることはなく、異物感だけが心と体にヘドロのようにへばりついていた。
さらに一週間が経って私は医者に行く。オーバーワークをすればまた再発すると脅されるも走ることが許可される。翌日には意気揚々と陸上部へと顔を出した。
久しぶりに足を動かして風を感じる。あれほど切望していた陸上だった。そのはずなのに、走ることが楽しくなかった。明らかに心と体が重く感じたのだ。
私が本調子をつかめないまま。高校最後の大会が近づいていた。
リレーの走者を決める選考会が開かれていた。四人いるうちの三人は決まっているも同然で、最後の一人は私と由美のどちらかだった。
純粋にタイムで決めることになり、私たちは促されるままスターティングスタートの姿勢をとる。その時、不意に由美と目が合った。彼女は負けないから、なんて闘志に満ちた顔つきをしていた。私は……。
私はどんな顔をしていたのだろうか。
先生が笛を吹く。地面を蹴る。だけど楽しくない。風を感じない。散漫な気持ちで走った私は大負けをする。
どうしたの、と彼女が聞いてくる。私は顔をうつ向かせながら呟いた。
「まだ、脛が痛い気がする」