09
クラリスの言った通りにそれからすぐに影として生きていくための教育が始まった。
白く長いローブを靡かせながら近づいた垂れ目の男は優しく笑う。大きな杖をコツンコツンと音を立てながらつく姿は聖職者そのものだ。
ソフィアにはその優雅な立ち振る舞いがとても綺麗に見えた。だが、その歩き方には少し違和感を覚える。
左脚をつく時の音も軽い金属のような音だった。
「こんにちは、ソフィアさん。僕はルイ・カークス。君の座学の教育係を担当する事になった、宮廷魔法師だ。」
魔法師の言葉を聞き、ソフィアは目を輝かせた。
村にいた時に噂で聞いていた魔法使いが目の前にいる。さっきまで感じていた違和感の事などすっかり忘れてしまった。
その事実は幼い少女を高揚させるのに充分だった。
「本当に魔法使いなの?」
「本当だよ。ほら。」
ルイはそう言うと、少し目を細めてパチンと指を鳴らす。
たちまち、ソフィアの持っていたペンとノートが浮かび上がり、するりとルイの手に収まった。
その光景に目を奪われるソフィアに、ルイはまた笑いかける。
「信じてくれたかな?」
ハッとしてソフィアは我に帰る。
「ハイ!ルイ先生!!」
元気よくそう笑うと、ルイは少しだけ驚いたように目を見開いてからまた優しく笑う。
「いい返事だね。さぁ、授業を始めようか。」
ルイの授業はとても楽しかった。最初の授業ではこの国の歴史を習う。
◇◇◇
この国の始まりは、今は亡きブロフト王国まで遡ります。ブロフト王国は広大で、この大陸全てを支配していました。
しかし、大きくなりすぎて1人の王では統制が利かなくなり、各地で内戦が勃発していました。
そこへある一族が、国王にこう申し出たのです。
小さな地域に分け、それぞれを統治させてはどうかと。国王は、反対しました。
「私に王を降りろと言うのか。」
そう言って、その一族を牢に閉じ込めてしまいます。
ルイの授業は楽しかった。まるで御伽話を聞かせるような語り口調で、穏やかに時間が流れていく。
ソフィアはルイ先生の事が大好きになった。
「どうなっちゃったの…?」
「大丈夫。」
その一族の考えに賛同した国王の使用人達が彼らを逃してあげました。
「この使用人達の血筋は、今この屋敷、モント宮に使えている彼らに受け継がれているんだ」
「そうなの…すごい!!」
一族は話し合いました。
内戦を止めるには、やはり今のままではダメだ。
そこで彼らはバラバラに各地に赴き、それぞれで国を築き上げて統治しました。
そしてかつてのブロフト王国の王をジワジワと制し、最後には降伏させて、その地も新たな国として治めたのです。
そしてその中でもリーダーとなる国をこの国、ナイトレイ帝国と定め、国同士の秩序をも守り、和平条約が結ばれて1000年に渡る平和が実現したのです。
「他の国の王もこの国の皇帝も元は同じ一族だったなんて…だから仲がいいのね。」
「驚いた?」
「少し…でも、どうしてですか?」
ソフィアは悲しそうな目でルイを見つめる。
「1000年も平和なのに、どうして影が必要なの?影はいつからいたの?」
「…」
ルイは困ったような、悲しいような笑顔を見せた。
「君は頭の回転が速いね。影の起源は諸説あるんだ。極秘中の極秘で、資料が少なくてね。最近では大陸外からの来客も相手にしないといけない。そんな時は影が対応するんだよ。」
「そう…」
「僕がこの帝宮に入った時にはすでに居たから…300年くらい前にはもう影は存在した事になる。僕はね、この帝宮で1番長く働いているんだ。」
「…んん?」
ソフィアは何か引っかかった。
「ルイ先生は何歳なんですか?」
「え?」
ルイはキョトンとした顔を見せて、ふわりと笑う。
「さぁ…忘れてしまったな。」