08
それから数日、ミアに何もかもを世話されるのにも少しずつ慣れて来た。
毎日城のどこかでクラリスと会い、親交を深めていく中、クラリスからソロソロ教育が始まると教えられる。
「マナーの先生は怖いけれど、座学の先生はとても優しい魔法師さんなんですよ。」
「そう、なの…」
「不安ですか?」
「ちょっとだけ。クラリス様とミア以外、ほとんど話した事ないし…」
「ソフィアさんなら大丈夫です。何かあったら私もお手伝いしますし。」
「うん。ありがとう、クラリス様。」
2人で手を繋ぎ、微笑み合う。この人は、本当は影なんて必要がないくらい強いんじゃないかと、ふと思った。
「そう言えば、皇太子殿下にはお会いになられましたか?」
「いいえ。まだ…どんな方?」
「私も最近あまりお会いできていないんですけど…素敵な方です。とても。お優しくて、いつも堂々としていらっしゃって…」
「ふーん?」
「な、なんですの?」
「皇太子殿下の事、大好きなのね!目がとてもキラキラしてるわ。」
「な、な、…私ったら…!そんな顔をしていましたか!?」
アハハと大きく笑う。こんな話題を話したのは初めてだ。
村では同年代といえばアルベルトしか居なかった。今思えば、アルベルトの事を好きだった…のかも知れない。
一緒に大人になって、ずっと側にいると、思っていた。
「ソフィアさん?」
「え?」
「急に暗い顔をされたので…大丈夫ですか?」
「あ…大丈夫!平気!私、部屋に戻るね!」
「ええ、ごきげんよう…」
涙が流れる前に、立ち上がった。
(ダメだ。泣くな。ここへ来るまでに充分泣いたじゃない。)
涙を引っ込めるのに夢中になり、城内をあちこち歩き回った。
気がついた時には、来たことのない庭園の前だった。
小さな柵扉を開けて中に入る。
美しい薔薇が咲き誇り、中央には噴水が見えた。
感動ですっかり悲しみが小さくなったソフィアは、吸い込まれるように噴水に近づく。
澄んだ水に少し触れようか迷っていた時、どこからか声が聞こえた。
「よう、久しぶりだな。」
驚いて顔をあげる。噴水の奥に、人がいた。
輝くような銀髪と、澄んだ青い瞳の男の子だった。
少年はスタスタと近づいてきて、目の前で自信ありげな笑みを見せる。
「クラリス様がこんな時間にこんな所にいるなんて珍しい。もしかして、俺に逢いに来てくれた?」
ぐいっ、と顔を寄せてくる少年。キョトンと不思議そうな顔をするソフィアに、少年はやっと気がついた。
「お前、クラリス様の影か。通りで顔を赤くしないと思った。」
「あなたは?」
「ああ、俺はイアン。ルディウス皇太子殿下の影だ。」
ああ、そうか。とソフィアは思った。
婚約者に影がいるくらいだ。皇太子自身の影も当然いるだろう。
「私はソフィア。クラリス様の影として最近来たの。」
「歳は?俺は11歳なんだ。皇太子殿下と同じだ。」
「クラリス様と同じ。10歳よ。」
イアンはニコリと笑う。
「困った事があったらなんでも言えよ?可愛いお姫様。」
「なっ、子供扱いしないで!一歳しか変わらないじゃない!!」
イアンはまた自信ありげな笑顔をソフィアに見せた。
「そう言うなよ。意外と頼りになるかも知れないだろう?」
「貴方こそ、私を頼ってもいいのよ?」
イアンは声を上げて笑う。
クラリスとのあまりの違いに胸が高鳴った。
面白く、どんな言葉が返ってくるかわからない彼女に興味をそそられたのだ。
「わかった。じゃあ、何かあったらそうさせてもらうよ。」
イアンは手を差し出してまた自信ありげに笑う。
「これからよろしく。影のお姫様。」
「こちらこそ。影の皇子様。」
2人は噴水の前で握手を交わした。
お互い、胸いっぱいの不安と安堵と期待を抱きながら。