3.陛下の提案
1年前、父が腹心の部下数名と消息を絶った。
母はとうに病死し、兄弟もいないため当然俺がグスタフ候を継いだ。
そして数ヶ月後、俺はシェスク公に秘密裡に呼び出され、父が魔王討伐の命を受け、魔王国に潜入したが帰還していないことから恐らく討伐に失敗したであろうとの説明を受け、父に代わっての魔王討伐を命ぜられた。そして聖剣(笑)を授かり、爵位を叔母に譲って、側近1人と公爵が付けてくれた3人の計5人で魔王討伐に向かった。
王都から1ヶ月かけてたどり着いた国境の村を拠点に魔王討伐に向かおうとしたのだが件の魔獣……じゃなくてクマが出没してなかなか先へ進めない。
最初の襲撃で馬が全滅してしまって移動が遅くなったこともあり、魔王城に向かおうとしてはクマに阻まれ、返り討ちにしたクマを土産に一旦村に戻って出直し……という日々が3ヶ月程続いた。
ちなみに村はクマの獣害で男手が減っていたので食料や毛皮を持ってくる俺達は村民達からたいそう感謝された。
危うく当初の目的を忘れてそのまま猟師生活を続けそうになっていたが、村の付近の個体はあらかた片付いたのかクマの目撃情報が少なくなり、ようやっと魔王城に向けて出発したのが1週間前。
そして現在魔王城……いや、王城で歓待されているわけだが。
「俺の父上はどうなったか知らないか?1年前に魔王討伐の密命を帯びてここに来たはずだ。いや、もしかしたら熊にやられてたどり着かなかったのかもしれないが」
「……御父上はここに来たよ。クマの襲撃を受けて従者ともども深手を負いながらね……」
「!」
「まあ、手厚く治療したので今では元気に回復されているが。せっかくこちらを頼って亡命してくれた者を粗略には扱わないよ」
「はあ!?亡命!?魔王討伐じゃなくて!?」
「さっき説明しただろ。魔王なんて信じてるのは若い世代だけだ。君の父上は政争に敗れてシェスク公爵に幽閉されたところを脱出して亡命してきたのさ」
「ん……しかしそうだとするとシェスク公爵は親父に逃げられてしばらく息子の俺を放っていたのか?爵位の継承も邪魔されずにアッサリ済んじまったけど?」
あ、あとその爵位の譲渡も。
「シェスク公爵は近々の国外亡命を考えている。公爵は情報や物流を統制して私服を肥やしてきたけどさすがに限界だと悟ったんだろうね。だから君の父上の逃亡を表沙汰にして騒ぎを大きくすることよりも自分の財産を早急にとりまとめることを優先したのさ。その上で君に魔王討伐を命じて手間を掛けずに厄介払いしたということだ」
「あ、あのクソ公爵が!」
「まあ、魔王討伐の筋書きを書いたのは僕だけどね。公爵はそれと知らずに乗ってきたわけさ」
「だよな!だからあの聖剣(屑鉄)が俺に回ってきたんだよな!」
「まあ、そう怒らないで。他になるべく早く君にこちらに来てもらう方法がなくてね。少々強引な手段を取らざるを得なかったのさ」
「俺に来てもらう?何で?」
「そのことについては順に説明していくよ。ともかく御父上はウチの王都の王宮で暮らしているからそっちに行ったとき会いに行くといいよ」
「え?ここ王宮じゃないの?」
「こんな山中に王宮構えてどーすんの。ここは有事の際のための砦だよ」
「言われてみれば」
月をバックに山中にそびえ立つヴィジュアルが魔王城として絵になりすぎて、ここを王宮だと思い込んでしまったが、よく考えてみるとここで国政を執行するのは無理すぎる。王宮は王都にあるよな。
「あれ?じゃあここに陛下達が居るのは?」
「君たちの動向は掴んでいたからそれに合わせて僕らも移動してきたんだ。というかあの村の国境線近くからこの城にたどり着くように道を整備して立札設置して一日の移動距離ごとに小屋建築して井戸掘って保存食用意して君たちを誘導したからね。うっかりどこかの集落に迷い込まれてそこの住民と戦闘になっても困るし」
「そこまで手間かける必要あった!?」
なんかいっつもちょうどいいところに小屋とか井戸とか保存食とかあるなーとは思っていたんだけど。
そういえば3日目あたりで側近が「なんかアドベンチャー系ボードゲームやらされてるような気が……」ってボソッと独り言つぶやいてたな。
「だってこっちが『話し合いたい』なんて言っても聞いてくれそうもなかったし、かといって捕えようとすればこちらに相当の犠牲が出る。君らとんでもなく戦闘力高いし。かといってこちらの戦力を増やし過ぎて山に逃げられても面倒。なんとか君と話し合える状況をつくりたかったんだよ」
「お手数おかけしました……まあ、事情もわかったし、コンラート陛下のお言葉に甘えて本城にお邪魔したときに父に会うことにするよ」
「それがいい。あ、なんかうちの若い女官と仲良くなってるみたいだから『お前の新しいお母さんだ』って紹介されるかもしれないけどできれば受け入れてあげてね」
「ちゃっかり何やってんのあのオヤジ!?あいつが失踪してから俺どんだけ苦労したと思ってんの!?」
俺をここに送り込んだシェスク公爵と並んでオヤジの名を俺の『ボコるリスト』に追加した。
「さて、ここから本題だ」
「本題?」
「ああ、御父上を引き留め、君を早くこちらに呼びたかった理由さ――君か、御父上か、ラマニア国王にならないか?」