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第994話 怒りの水面に映る影

 俺たち一行は地下から上がり、重要な話をする為に執務室へと向かう。ただ、俺たちやレーヴィの作戦の結果を情報交換する為ではなく、今後の対策…そう対策だ…ソーマ入手の望みが絶たれた今、シュリをどうするかを真剣に――そして、非情に考えなければならない…


 もし…出来る事ならば、寄生魔に寄生されていたとしても、シュリを捕えて拘束し、他の対処方法が見つかるその日まで、囚人のように飼い殺しすることだって考えた。


 でも、どうだろう…本当のシュリはそんなことを望むのだろうか…いっその事、死を望むかも知れない…


 そもそも、普段は人化しているが本来のシュリの姿はれっきとしたドラゴンである。人化状態からドラゴンの姿になれば、とても地下牢で捕えておくことなんてできないし、シュリの必殺技のドラゴンブレスビームを吐かれた日には、物質的にも人的にも多大な被害がでてしまう…


 だから、俺が今考えている対処方法なんて、捨て犬や捨て猫を拾ってきた子供の飼わせて欲しいと駄々をこねる屁理屈となんら変わらないことぐらい、自分自身でも痛いほど良く分かっていた。それでも未だ諦められない思いが、俺の中にはあったのだ。


 そんなことを考えながら歩き続けていると、目的地である執務室の扉の前に到着する。


 執務室前を警護する蟻族は俺の姿に気が付くと、執務室の扉を開け放つ。


「ダーリン!」


「イチロー様!」


「キング・イチロー様!」


「イチロー様! よくぞ、ご無事で」



 明け方近くというのに、俺たちの帰還を待っていた、プリンクリン、ティーナやエイミー、マグナブリルが俺たちの姿を見て立ち上がる。誰も彼も、俺の表情や態度で何があったのかを察したのか、強張った表情をしている。



「今戻った、これから作戦結果の報告と情報交換…そして、今後の対策を考える… 囮に出ている組に、帰還命令を出してくれ」



 遺跡攻略が終わった今、これ以上囮を行う必要はない。だからこれ以上、身を危険に晒す囮組には帰還してもらわねばならない。



「了解です、イチロー様、まだ囮を続けているカーバル北回りルートのデュドネ班に帰還命令を出します。ホラリス南回りのブラックホーク班は、既に帰還の途についているそうです」



 俺の言葉にマグナブリルがそう答えると、執務室の隅で、オペレーターのように待機する肉メイド達にアイコンタクトを送る。すると、メイドの一人が木板に付けた魔石をマジマジと確認してから押し割る。終生つがいの鳥の魔石なので、片側が割れるともう片方も割れてしまう魔石だ。これで出払っている囮組にも連絡が取れるのだ。



「デュドネ班には今、帰還命令を出してくれたのは分かったが、ブラックホーク班が既に帰還の途についているとは、一体どういうことなんだ?」


「それは分かりませぬ…接敵の報告があった後、ブラックホーク組の帰還を示す魔石が割れただけなので… 割れた時間を考えると、城に戻るのはもうしばらくかかるかと…」


 

 マグナブリルはそう答えて、執務室に持ちこんだ黒板に目を向ける。そこには、各班の随時連絡状況が時刻付きで記されており、およそ二時間前、ブラックホークたちが接敵してから10分程の時間で帰還報告がなされていたと記されていた。


 俺たちも確かにブラックホークの接敵を受け取っていた。だが、その後俺たちは遺跡に突入していたので、その後の状況を観察する暇など無かったのだ。



「まぁいい、ブラックホークたちに何があったのかは、本人たちが戻って来てから聞こう、今はレーヴィの報告を聞きたい…」



 そういって、俺はいつもの領主の席に腰を下ろし、顔をこわばらせて腰を下ろすレーヴィを見る。



「魔王城での作戦はどうなった? 何があったんだ? 包み隠さず話してくれ」



 椅子に腰を下ろした俺は、前のめり気味に尋ねる。



「あぁ…話すよ…魔王城で俺がどうしたのかを…」



 レーヴィは肉食獣を目の前にした草食動物のように脅えて冷や汗を流しつつも、罪を告白する囚人のような重苦しさを漂わせながら語り始める。


 レーヴィの話では作戦通り、先ず城の離れに囚われていたぼっさんの救出に向かい、そこで元気そうなぼっさんと再会し、魔道具を渡して、城にテレポートするところを見届けたようだ。次に本城のプリニオの部屋に向かい、プリニオの部屋に俺が書いた脅迫状にも見える手紙を置いたそうだ。そして、部屋に戻ってきたプリニオは青い顔をしながら俺の手紙を読み、何処かに立ち去ったかと思った後、魔王城内に警報が鳴り響き、ぼっさんを監禁していた離れに、連行されていくプリニオの姿を見つけたらしい。


 なるほど、その経緯から、プリニオが手紙を読んで後に、ソーマを入手しようとして見つかったと考えたんだな…それは恐らく間違いないだろう、だが、あのプリニオをあれ程までに憔悴させるとは、一体何があったんだ?


 そんな疑問が沸き上がったが、それはプリニオ本人が目を覚ました時に聞けばよいことであろう。それよりもレーヴィの話の続きだ。


 レーヴィは魔王城の警戒態勢が落ち着いたころに、再び離れに侵入し、念の為に憔悴しきって眠っていたプリニオを予備のテレポート魔道具でこのカローラ城に送った後、レーヴィにとっての宿敵であり、DQNの最後の一人ユウセイを見つけて、屠ってきたそうだ。

 

 そこでユウセイは前回のループと同じように鬼神を召喚したそうだが、それをとある方法でやり過ごしたそうだ。何気にレーヴィは凄いことをやってのけていることが分かった。


 しかし、レーヴィの話を全て聞いたところで、思うところもある。それは、レーヴィは俺に詫びを入れる為に土下座していたが、今の所、レーヴィには俺に詫びるような失態はないと考える。

 テレポートしたはずのぼっさんが城に姿を現していないのは、魔道具に問題があったのだろう。ソーマの取引が成立しなかったのは、プリニオがヘマをした所為だ。


 かと言って、今の俺は「はい、そうですか」とサラリと流せるような精神状態でもない。それだけ、ソーマの入手の手段―シュリを助ける方法が失われたことがショックなのだ。


 そんな俺の前に、グラスに入ったレモネードが差し出される。



「キング・イチロー様、レモネードをお召し上がりください」



 そう言って、レモネードを差し出したのは蟻族のトロワであった。しかし、折角トロワがレモネードを差し出してくれたのだが、今の俺はそんな気分ではない。



「いや…いいよ、下げてくれ…」



 そう言ってレモネードを断わろうとするのだが、トロワは更にレモネードを押し進める。



「いいえ、キング・イチロー様、これでも飲んで、気をお鎮めください、今のイチロー様の顔は酷いですよ」


「俺の顔が…?」



 真剣な顔をしてそう述べるトロワに、俺はレモネードに視線を向ける。するとレモネードの水面に映る自分の顔は酷く険しくて、今にも誰かを殴りそうな悪人面になっていた。



(これが…今の俺の顔?)



 ハッとして、レーヴィの顔や、その他の者の顔を見る。全員俺のことを恐れている様な腫物でも見るような目で俺を見ている。



(あぁ…俺がこんな顔をしていたから…レーヴィは土下座までして詫びを入れてきたのか… レーヴィに酷いことをしちまったな…)



 そう考えた俺は、心を落ち着け、顔から殺伐さが消えるまで、レモネードの水面に映る自分の顔を見続ける。そして、顔から殺伐さが消えたところで、レモネードをあおり、レーヴィに向き直る。



「レーヴィ、すまなかったな…お前を追い詰めるような顔をしちまって…」


「えっ!?」



 レーヴィは俺の言葉に驚き、更に伏せていた顔を上げて、険しさの消えた俺の顔を見て更に驚く。

 


「ぼっさんの件もプリニオの件も、そして、ソーマの件も…お前が悪いんじゃない…お前はよく頑張ってくれた… それに…俺たちだって…ソーマを手に…入れられなかったんだからな…」


「…やはり…イチローもか…」



 レーヴィは小さく漏らす。俺の顔色や態度から、俺たちもソーマを手に入れられなかったことを分かっていたのだろう。だからこそ、レーヴィは自分の作戦が失敗したことに、内罰的になっていたのだろう…


 その様子に、こんなことをしていたのでは、物事は更に悪い方向にしか進まないと考える。以前のマグナブリルの言葉でも、失敗したことを悔やむよりも、失敗を挽回する次の手立てを考えることが重要だと述べていたはずだ。今がその時である。


 そこで、俺は顔を上げ、レモネードを差し出してくれたトロワに向き直る。



「トロワ」


「はい、何でしょう、キング・イチロー様」



 トロワは先程の硬い表情ではなく、少し柔らかい表情で答えてくる。



「ちょっと、ディートを呼んできてくれないか? ぼっさんが使ったテレポート魔道具のことで聞きたい事があると伝えてくれ」


「分かりました、キング・イチロー様」

 


 トロワはいつもの物腰で答えたのであった。


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ゴンさんみたいな顔…?
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