第993話 嫉妬と絶望の狭間で
むせかえる熱気と、炎に包まれた眩い遺跡から、瞬きする暇も無く、キーンと冷えた空気の薄暗い場所に移動した俺とアソシエ。そして、その後すぐに姿を現すポチとミリーズに、既にこの場所に移動していたネイシュとカローラ。
俺たちは間違いなくカローラ城にテレポートしていた。なぜなら、ここは予めテレポート先に設定していたカローラ城の地下牢の一つであり、その牢獄前には、これも予め配置していた蟻族たちが完全武装して立っていたからである。
ここをテレポート先に選んだのは、テレポート魔道具を奪われたり、またテレポートする際に敵に取りつかれた時のことを考えたからだ。牢獄の前にいる蟻族たちも、万が一、敵がテレポートして来た時に対処をする為である。
以上のことはこの作戦を計画した時に、俺とエイミーとで打ち合わせしたことなので、良く分かっている。分かっているが…この事がもう遺跡でソーマを探すことはできないことを、俺に強く認識させ、胸の奥で何かがポキリと折れるような音がした。
今から、再び遺跡に向かいソーマを探すとしても、一日近くの時間がかかってしまう… そのため、到着した時には、大樹の根は焼け落ちて、遺跡は埋もれてしまっていることであろう… そもそも、満月の時にしか現れない遺跡だ…次に現れるのは一か月ほど先になる…
つまり、遺跡でのソーマ入手の手段は絶たれたということなのだ。
そのことを認識すればするほど、身体の力が抜けて、床に崩れそうになる。だが、俺は神アシュトレトの言葉を思い返し、そして縋りついて、なんとか立っている姿勢を維持しようとする。
そして、ここに戻る前にミリーズの言っていた言葉を思い返し、辺りを見回す――レーヴィを探す為に… そして、そのレーヴィの姿は牢獄の外にあった。
レーヴィは俺たちが戻ってきたことを知ると、腰を下ろしていた椅子から立ち上がり、牢獄前へとやってくる。
「イチロー、戻ったのか」
俺たちの帰還をわざわざ牢獄前で待っていたレーヴィ、約束通り無事に戻ってきたようだが、その表情は、勝利を報告しに来た者のものではなかった。まるで処刑台に向かう者のように、顔が強張っている。その表情に俺の胸の内に沸々と嫌な予感が湧き上がる。
「キング・イチロー様、牢獄の鍵を開けました」
蟻族の一人がそう言って、牢獄から出ることを勧めてくるが、俺はそのままレーヴィの前に詰め寄り、鉄格子越しにレーヴィに尋ねる。
「レーヴィ、プリニオの件はどうなった? ソーマは? ソーマは手に入れられたのか?」
そう尋ねる俺に、レーヴィの表情がピクリと動く。だが、視線を落とすことなく、固い表情のまま、俺を見る。
「その件か… その件を話す前に、イチローに見てもらいたいものがある…」
「俺に見てもらいたいモノ?」
レーヴィの固い表情に希望を失いかけていたが、見せたいものがあると聞いて、俺の希望は頭を上げ始める。
皆が俺に気をつかい、使っていなかった解放された牢獄の扉を通り、牢獄の外に出る。そして、鉄格子越しではなく、直接レーヴィと対面することになる。
「じゃあ、ついてきてくれ」
そういってレーヴィは歩き出すのだが、その足先は地上ではなく、牢獄の更に奥に向かう。
「えっ? 上ではなく、奥に行くのか?」
レーヴィの背中に尋ねる。するとレーヴィはチラリと肩越しに振り返る。
「あぁ、こちらでいい、ついてくれば分かる」
そして、レーヴィは再び前を向き歩き続ける。その様子に、俺の胸の内の不安は再び湧き上がる。
(牢獄の奥へ進むということは…)
「ここだ、イチロー」
レーヴィが立ち止まり、俺に振り返る。その場所はヴラスタのいる牢獄の一つ手前の場所だ。そして、おもむろに牢獄の中に視線を向けると、誰かがベッドの上で横たわっていた。それが一瞬誰なのか分からなかったが、よく観察してみると、その人物はあのプリニオであったのだ。
「えっ!? プリニオ!? では、プリニオとの取引は成功したのか!?」
レーヴィは俺の言葉に視線を外すように目線を落とした後、悔しそうな、やるせなさそうな顔をする。
「いや…取引は出来なかった…」
「じゃあ、どうしてここにプリニオが!?」
俺は再び牢獄の中のプリニオを見る。確かに牢獄の中にいるのはプリニオだ。だが、俺が直ぐにプリニオであると認識できなかったのは、プリニオの黒い茶色の髪が白髪になっており、眠っているが肌艶は非常に悪く、まるで数十年分の恐怖を一晩で押し込められたような顔だ。
そのプリニオの姿から取引があまり上手くいかなかった事は分かっていた。だが、ほんのひとかけらの希望を持っていたのだ。
再び絶望に苛まれる俺に、レーヴィは身を震わせながら説明する。
「プリニオは…ソーマを手に入れようとしたことが魔族にバレちまったんだ… だから、捕まって牢獄にいれられたんだよ… プリニオが今のこんな姿になっちまったのは、恐らく、ソーマを手に入れようとしたのがバレた時に、すげぇー恐怖を味わったんだろうな… 俺が牢獄に行った時にはこんな姿になっていたんだよ…」
そして、説明を終えたレーヴィは、突然ガバリと俺に土下座をする。
「すまねえ! イチロー!!」
「レ…レーヴィ…」
突然、土下座をするレーヴィに俺は驚きもしなかった。だが、レーヴィの土下座に衝撃は受けていた。レーヴィが俺に詫びを入れるということは、すなわち作戦の失敗を意味するからだ。そして、作戦の遂行が色々ダメだったことは、今までのレーヴィの態度から、なんとなく分かっていたのだ。だから、俺はレーヴィが詫びることに驚かず、ただ最後の望みを失ったことに衝撃を受け落胆していたのである。
「プリニオのことは、俺にもどうしようも出来なかったが… ぼっさんを… ぼっさんを助けたはずなのにこちらに送られてきてないんだ!!」
続く、ぼっさんのことには、流石に俺も驚く。
「えっ? ぼっさん? レーヴィ、お前、ぼっさんのことで頭を下げていたのか…ってか、ぼっさんを助け出したって、ぼっさんは既に殺されていたんじゃなかったのか?」
俺たちが遺跡に向かっている間に、ぼっさんの救出の連絡は受けなかった。だから、俺はぼっさんが既に処分されていたものだと思っていたが、レーヴィの話ではそうではないようだ。
「いや、確かにぼっさんは生きていた、それで俺はテレポート魔道具で、ぼっさんをカローラ城に送ったんだよ…俺もちゃんと見届けた…なのに、俺がカローラ城に戻ったら、ぼっさんがテレポートされていないって聞いて…」
俺は頭が混乱していた。プリニオ経由でのソーマ入手に失敗したのも混乱の原因だが、レーヴィがカローラ城に送ったはずのぼっさんがカローラ城に来ていないということに何が起きているのか分からなくなった。
俺は混乱をおさめる為に、顔を上げて口を開こうとするが、その時の視界の端に、プリニオがいる牢獄にヴラスタが涙を流しながら、自分のいる牢獄から必死に手を伸ばそうとしている様子が見えた。
ヴラスタやプリニオがソーマを割った訳でもない、ただプリニオが魔族にバレてソーマの入手を失敗しただけだ… だが、そんなプリニオとヴラスタがこうして再会していることに嫉妬に似た苛立ちを感じて見ていられなくなる。
(俺たちは大陸の反対側にあるカルナスに赴き、必死に戦い抜いて勝利をつかみ取った…だが、ソーマは手に入れられず、シュリを助ける手段を失った… あの瞬間、俺は血の涙を流し、魂を絞り出すような絶叫を上げたくなった… それなのに、どうしてプリニオは…あいつだけが…大切な人…ヴラスタと再会できてるんだよ!!)
プリニオがどんな恐怖を味わったのか知らないが、憔悴しきって意識が無く、眠り込んでいる。だから、ヴラスタと再会したといっても、互いに顔を会わせることも言葉を交わすこともしていないだろう…
だが、プリニオは回復すれば、ちゃんとヴラスタと再会を果たすことが出来るのだ。一方で、俺たちには出来ない… その事が俺を激しく苛立たせた。
「レーヴィ…とりあえず、場所を変えよう…」
プリニオたちを見ていられなくなった俺は土下座するレーヴィにそう告げる。
「イチロー…」
レーヴィは頭を上げて俺を見る。
「俺も皆に…色々と話さないといけないからな…」
レーヴィにそう告げると、レーヴィに背を向けるように踵を返し、俺は一階へと向かった。




