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第992話 爆ぜる遺跡、崩れゆく希望

 上半身だけとなったアクロレインから放たれる凶暴な閃光――それはアクロレインの最後の悪あがき、自爆攻撃の閃光であった。



「危ないっ!」



 その閃光が発する前の瞬間、アソシエの声が響き、アソシエとミリーズの防御魔法が俺とポチを包み込む。そして、視界全体が真っ白になるような閃光と、空間全体を埋め尽くすような轟音が鳴り響き、防御魔法に包まれている俺たちを地震のように揺らし始める。


 二人が放ってくれた防御魔法は、爆発の衝撃波や熱を完全に防御してくれたが、それでも、防御魔法を通過する凶暴な閃光が、灼熱の太陽光のように、僅かに熱が上がるのを感じさせる。


 俺はそんな状況の中、ただ唖然と…ただ呆然と… 閃光に包まれた遺跡――ソーマ精製装置のあった場所を見つめることしか出来なかった。


 プリニオとの取引でソーマを手に入れることを失敗したであろう俺には、この遺跡でソーマを手に入れるしか手段は残されていなかった。つまり、この遺跡は最後に残された希望であったのだ。


 だが、今目の前では、その遺跡がアクロレインの自爆により、凶暴な閃光と猛烈な爆音に包まれている。



「おい…嘘だろ…」



 目の前の認めたくない…信じられない光景に俺は独り言を漏らすが、その声は爆発の轟音で掻き消される。


 その認めたくも信じたくもない光景に、俺は思わず自然に手を伸ばしていた。そして、その指先が防御魔法の結界を超えた時、チリリと突き刺すような痛みを感じる。



「マジかよ…」



 その痛みに指を伸ばしていた手を引き戻し、その指先を確認する。すると、指先は赤く焼けただれており、その痛みが目の前の光景が幻ではなく現実であると、俺に強く認識させた。


 そして、俺は再び顔を上げ、目の前に広がる光景に目を向ける。どれほど、その光景を見続けていたか分からないが、真っ白で凶暴な閃光は徐々に薄まっていき、再び辺りの光景が見え始める。

 それは爆発前の静寂とした遺跡の光景ではなく、まるで戦火に見舞われた場所のような光景であった。

 あちこちに爆発によって赤い炎が燃え上っており、爆発によって吹き飛ばされた瓦礫が至る所に散らばっている。そして、ソーマ精製装置のあった場所には、砕かれた石材・割れたガラス・ひしゃげた金属などの残骸しか残されていなかった。



「うそ…うそだろ…?」



 俺はその光景を立ち尽くして、ただ呆然と見守ることしかできなかった。


 そんな中、俺の目の前の光景に、黒い小さな影が現れる。そして、残骸となった遺跡の跡をくすぶり炎が上がるのも気にせず漁り始める。



「ソーマ! ソーマはどこ!? 絶対にソーマを見つけて、シュリを元に戻すんだからっ!」



 その瓦礫を漁る小さな影は、カローラであった。


 カローラは、闇の触手と自分自身の手を使い、お気に入りの衣装が、煤や火の粉で汚れるのも気にせず、無我夢中で遺跡の後を、ソーマを求めて漁り続ける。


 その姿に俺も我に返り、ミリーズたちの張ってくれた防御魔法の中から飛び出す。防御魔法の外は、指先を焼いた先程とは異なり、肌を焼くほどの熱さではなかったが、それでもむせかえる様な熱気を帯びていた。


 俺はそんな熱気を気にせず、遺跡の跡地まで辿り着くと、カローラのように瓦礫の山を掻き分けて、ソーマを探し続ける。



(遺跡への出発前、神アシュトレトは最後まで諦めるなと言っていた…もしかして、今この時の事を言っていたのか? ならば、遺跡を掘り返せば、爆発を免れたソーマが出て来るかもしれん!!)


 

 そう自分に言い聞かせる…信じ込ませると、まだ、爆発の熱が残る瓦礫に、俺は火傷することを気にせず、俺は必死に瓦礫をかき分けていく。すると、聖剣も自らの刀身を動かして、瓦礫の山を掻き分け始めているのが視界の端に見えた。そして、聖剣だけでなく、アソシエ、ミリーズ、ネイシュ、そして、ポチも必死に瓦礫の中を掻き分け始める。


 俺やカローラだけではなく、みんなもシュリを救うために必死なのだ。


 そんな皆の姿を見て、俺も再び、瓦礫の山を掻き分け、ソーマを探すことに専念する。その時、指先に火傷ではない、痛みを感じる。おもむろにその指先を見てみると、指先には火傷でも擦り傷でもない、切り傷があった。それは硬くて鋭利なもの――ガラスで切ったような切り傷だ。


 その切り傷に、俺は指先を切った場所を慎重に掻き分ける。すると、そこから、割れて中身が空っぽなガラス瓶が出てくる。よくポーションなどが入れられているサイズの小瓶だ。


 俺はそのガラスの小瓶を手に取り、顔の間近でマジマジと観察する。小瓶のガラスは色付きガラスではなく、無色透明のクリスタルガラスのようで、中身は残されていないが、ほんの少量…いや、一滴も満たない量だが、赤い血の色をした液体の跡が残されていた。


 この赤色の液体…アクロレインと戦う前に見た大樹の根から採取された赤い樹液よりも更に赤い血の色… このガラス瓶に入っていた液体こそが、大樹の樹液を精製したソーマに違いない!


 俺はそのガラス瓶を掲げて、皆に声を上げる。



「みんな! コイツを見てくれ!」



 俺の声に皆が手を止め、俺に向き直る。



「割れているがこんな小瓶を見つけた! 中に赤い液体の跡があったから、コイツがソーマの入っていたガラス瓶で間違いないようだ! みんな、このガラス瓶を探してくれ!!」



 皆は俺が掲げるガラス瓶に注目した後、瞳に決意を新たに、返事もせずに黙々と瓦礫を掻き分け、ソーマの捜索を再開する。


 その皆の姿を確認した後、俺も再び膝をつき、瓦礫を掻き分けソーマを探す。



(あの割れた一本だけではなく、他にも…割れていない無事なソーマがあってくれ!!)



 そんな祈る様な気持ちで手を動かし掘り進める。



「あ…」



 カローラの、闇の中に一筋の光でも見つけたかのような声がした。その声に俺はカローラに向きなおる。すると、カローラは呆然と何かを見ていた。俺はそのカローラの視線を追ってその先を見てみると、瓦礫の中に燃え盛る炎があった。


 今この場で、ただの炎を見てカローラが声を漏らす訳がない。俺は瞳を良く凝らして炎を見てみると、その炎の中には炎の色に照らされて輝く物体があった。



 ソーマの小瓶だ!!



 カローラはおもむろに炎の中にあるガラス瓶に手を伸ばそうとするが、激しい炎の熱でビクリと手を引っ込める。なので、次は闇の触手を使って炎の中のガラス瓶を取り出そうとする。


 カローラは慎重に慎重を重ねて、炎の中のガラス瓶を闇の触手で摘まみ上げようとする。そして、そのガラス瓶を摘まみ上げて持ち上げた時…



 パリンッ!



 ガラス瓶は炎の中で、小さな音を立て、砕け散った。



「あ」



 その光景にカローラは目を見開き、小さく声を漏らす。そして、砕けて落ちたガラスの破片がチリンチリンと甲高い音を響かせる。



「あ゛ーっ! あ゛ーっ! あ゛ーっ!!!!!」



 その音を皮切りにカローラは狂ったような叫び声をあげ、炎の中に飛び込んでガラスの欠片に手を伸ばそうとする。



「ダメ! カローラ!」



 そんなカローラをネイシュが素早く後ろから引きとめる。



「ダメよ…カローラちゃん…貴方のケガは私の聖女の力では癒せないのよ…」


「だって! だってっ! ソーマが… ソーマが無ければ、シュリがっ!!!」



 ミリーズが声を掛けるが、ネイシュに羽交い絞めにされたカローラは悲痛な叫びを上げながら、藻掻くように炎の中のソーマの割れた瓶に手を伸ばす。



「カローラ! 俺も破片を見つけたし、お前も見つけた! 探せばもっとあるはずだ! 探すぞ!!」



 カローラの目の前で、ソーマの瓶が熱で砕けたのは、正直、俺もショックだった。だが、逆を返せば、ソーマは俺が見つけた物だけではなく、他にもあったということだ!



 俺の言葉にカローラが、ネイシュを振り払って再び瓦礫の山を漁ろうとした時、俺たちの頭の上から轟音が響いたかと思うと、少し離れた場所に、炎を上げる大樹の側根が落ちてくる。


 その状況にハッとして頭上を見上げると、大樹の根に先程の爆発で火がつき、まるで、キャンプファイヤーの櫓のように燃え盛っていた。



「ちょっと! 大樹の根が!! 側根だけじゃなく、主根まで燃え移っているじゃないのっ!」


「ダメ! このままじゃ、次々と側根が落下してくるし、炎の毒が下に流れてくる!!」



 アソシエがこの世の終わりのような顔をして、ネイシュが今この場所がいかに危険かを口にする。



「でも! まだソーマを手に入れてないぞ!!」



 そのようなことを言われても、俺は諦めきれなかった。ここで諦めたら、もうシュリは…



「イチロー! まだ、プリニオの取引が失敗したか決まってないわ! これ以上、ここに居たら、私たちまで死んでしまうのよ!?」



 我儘を言う子供のような俺にミリーズが声を張り上げる。



「でも… まだ城からの連絡が…」



 そう言いながら、カローラを見ると、カローラは首を横に振る。やはりレビン・トレノの間でまだ連絡は来ていないようだ。



「まだ連絡が来ていないのは、すぐに失敗をしめすことじゃないわ! だから、早く戻りましょう!」



 ミリーズは必死に説得してくる。



「あっ! ダメ! 大樹の根が崩壊する!!」



 上を見上げて大樹の根の様子を見ていたネイシュが声を上げる。



「嘘だろ…俺はまだ、ソーマを…」



 俺も呆然としながら、その様子を見上げる。



「アソシエ! イチローをお願い! ネイシュはカローラを!」


 

 ミリーズがそう声を上げたかと思うと、ネイシュがカローラと共に一瞬にして姿を消し、そして、アソシエが近づいてきたかと思うと、俺の視界は一瞬で切り替わる。


 先程まで熱気に満たされていた空気とは異なり、少し冷たい空気が俺を包み込む。


 俺はアソシエと共にテレポート魔道具にて、カローラ城へと戻ってしまったのであった。




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