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第985話 赤き根脈の祭壇

 縦穴の一番上から覗き込んだ時は、幾重にも生え出る側根の為に、一番奥底の様子はうかがえなかったが、こうして縦穴を降り進めると、一番下の底が間接照明のように淡白く仄かに光っている様子が見える。



「あそこが一番底になるのか… ポチ! カローラ! ゴールが見えたからといって、気を抜かずに降りてくれ! 罠があるかもしれんしな!」


「イチロー様! ここまで下にくると脇から生えている根が細くなってきたので千切れそうなんです!螺旋通路を使う方がいいかもしれません」


「わかった、カローラ、ここまで降りてきたら無理にショートカットしなくても大丈夫だろう、螺旋通路を使ってくれ」


「了解です! イチロー様!」


 

 カローラは細くなってきた側根から螺旋通路の端に闇の触手を伸ばすと、ポチを誘導して外壁に彫り込むように作られた螺旋通路の中に飛び込む。



「わぅ! ちゃくち!」



 ポチはスタッと軽やかに螺旋通路の上に着地をする。



「よし! このまま下に向かって走ってくれ!」


「わぅ!」



 颯爽と螺旋通路を駆け抜けるポチの上で、俺は縦穴の中央の根を見続ける。



(もし、ソーマが…この大樹の根のしたたりから出来るのであれば… この穴の終着点にその設備とソーマがあるはず… 待ってろよ! シュリ!!)



 そうして、長い螺旋通路を走り抜けた結果、通路の傾斜が緩やかなものになっていき、その通路の奥に縦穴側に開く出入口が見えてくる。



「よし! あそこだ! あそこから最深部に入れるぞ!」



 ポチは螺旋通路のL字になった最終部で、車のドリフトのように曲がりながら、通路から縦穴の最深部に突入し、ゆっくりと歩き出す。


 縦穴の最深部はプロ野球とは言わないまでも、小学生のソフトボールぐらいは出来そうな広さがあり、外壁の一面には長い年月を経ているはずなのに、まるで昨日完成したばかりのように風化や劣化がなく、整然とした幾何学的な彫刻が施されており、また、地上の大樹の極太の根が縦穴をまるで根で三つ編みをしているかのように螺旋状にねじれながら垂直に降りて来て、中央部分にその根の先端を、まるで宗教的に天からもたらされた聖杯でうけるような建造物が設置されていた。


 確かに中央部分の設置物は宗教的建築物のような装いもしているが、それでいて研究室の装置のような装いもある。円錐形に垂れ下がってきた大樹の根を、宗教的とも科学的ともとれるような装飾の白銀の漏斗で受け止め、その下では、大樹の根から滴ってきた赤い血のような液体が細いガラス管のようなものを通っていく様子が、ガラスの密閉器を通して観察できるようになっており、その下の部分は大樹の赤い液体を精製しているのか、それとも熟成させているのか分からないが、魔術的であり科学的な装置がところどころ確認ランプのLEDのように光りながら稼働していた。



「これは…もしかして…ソーマの精製装置なのか?」



 俺は装置を見上げて思わず声を漏らす。



「ちょっとこれ…やっていることが凄すぎて…何をどうやっているのか…私には分からないわ…」


「そうね…純粋魔法だけでなく、神聖魔法や、錬金術…その他の技術も使っている様ね… ディート君がいれば色々調べられるんだけど…」



 ミリーズとアソシエも、唖然としながらソーマの設備を見上げて、そんな言葉を漏らす。するとカローラも俺の背中で声を漏らす。



「しかし、この設備は…誰が、何時、何の為に作ったんでしょうね… そもそも、ソーマは…何の為に作った薬なんでしょう?」



 カローラの疑問は俺も感じていた事だ。最初にソーマという存在をセクレタから知らされた時は、元々は別の目的で作られた薬が、寄生魔に対しても効果があるだけと考えていた。しかし、ホラリスの禁忌の書庫でいくら調べても、歴史の中にソーマの記述はなかった…それは、本来の目的で使用された形跡がないことを指し示す可能性が高い。

 では、ソーマは元々、寄生魔に対する対抗策として作られた秘薬ということなのか? だが、寄生魔自体、今期の魔王セクトリアによってつくられたものである。

 だったら…今現在、現れた寄生魔の為に、誰が、何時から、ソーマを精製する巨大な設備を作り上げたというのだ… それじゃ、まるで、誰かが俺みたいに未来を…


 ――そんなわけがない、と思いかけた時…



「イチロー! とりあえず、ソーマを探しましょう!」


「おぉ…そうだな…ネイシュ…今はソーマを探しに来たんだったな…」



 ソーマは、シュリを救う唯一の手段であるが、その出所・起源の不可解さに俺は思索の海に溺れかけていたのであるが、ネイシュの声で呼び覚まされる。


 そして、一足先にポチから降りていたネイシュに続いて、俺たちもポチの背中から降りていく。



「じゃあ、手分けしてソーマを探していくか…恐らく、上の大樹から滴る樹液のようなものを蒸留とか精製とかしていると思うから、上のガラス管を通る液体を見る限り赤色の液体だと思う」


 

 皆にそう言って、中央の装置の上部樹液の収集部分のガラスの密閉容器の中を通るガラス管を指差さす。すると、その後にアソシエが手を上げながら割って入るように声をあげる。



「はいはいはーい! 後は私からの忠告だけど、それらしいものを見つけたからといって、すぐに力任せにこじ開けたりしないでねっ! 皆、魔法薬の精製とか詳しくないでしょ!?」


「魔法に寄らない毒薬の製造なら詳しいけど、魔法薬はわからない、でも鍵開けなら任せて!」



 アソシエの言葉にネイシュが得意げな笑みを浮かべて答える。



「そうね、鍵開けが必要な時が来れば、ネイシュにお願いするわ、後、装置を魔法でしらべようともしないでね!」


「えっ? どうしてなの? アソシエ」



 ミリーズが首を傾げて尋ねる。



「それはこれだけの設備を使って精製している秘薬よ! きっと繊細な工法やバランスで成立している薬だと思うの、だから、ちょっとした余計な魔法でも、その薬効が無くなってしまうかもしれないよ、だから、魔法を使わず目視で! そして、装置を壊さないように! もしかしたら、シュリの分だけではなく、もっと必要になるかもしれないでしょ?」


 

 遺跡の扉をガンガン壊していったことに対する忠告だと思ったが、ちゃんと意味があるようだ。なるほど、確かに後々のことを考えれば装置を動かしたままにしておいた方がいいな。



「分かった、壊さないようにしながら調べていくよ、じゃあ、手分けして探すか」


「そうね、鍵開けが必要な場所があったら、私に…」



 ネイシュがそう言いかけたところで、急に押し黙り、なぜだか縦穴の上を見上げ始める。



「どうした? ネイシュ、そんな何もない所を見る猫みたいなことをして…」



 そんなネイシュの姿が気になった俺は、ネイシュに声を掛けた。すると、ネイシュは上を見上げたまま答える。



「ちょっと…上の方で物音がしような気がして…」


 ドゴォォーーーーン…



 ネイシュがそう言いかけた途端、縦穴の遥か上方の遠くから轟音が鳴り響く。



「えっ? なに? 雷?」


「――来る!」



 唖然と上を見上げるアソシエに、ネイシュは表情を引き締めて警告を発する。俺もうなじのあたりがピリピリと嫌な予感を感じたので、納めていた聖剣を取り出して握る。



 ヒュゥゥゥゥーン… ズゴォォォーーーン!!!



 そんな俺たちの中心に、突然、稲光のような速さで、漆黒の存在が落下する!!!



「やはり…ここに来ていたのか…アシヤ・イチロー…」



 その漆黒の存在は人の形をとりながら立ち上がり、言葉を発したのであった。





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