第984話 螺旋を捨てて、深淵へ飛ぶ
ポチが走るたび、土埃が舞い上がり、撃ち破られた扉の古代の彫刻が一瞬だけ照らされる。その度に、アソシエが慙愧に堪えない溜息を漏らす。
「今は、急がなくちゃいけない時…でも…」
確かに、遺跡の扉の彫刻を見れば、慎重に取り外して好事家に売れば相当な金になるだろうし、考古学者が俺たちの行いを見れば、助走を付けて殴りつけてきそうな行いである。
だが、金を稼ぐ機会を失おうが、考古学者から批難を受けようが、俺…いや、俺たちにとってはシュリの存在には変えられないものである。
だからこそ、アソシエは嘆息するものの、それ以上の言葉は言わずにいる。
「しかし…他の遺跡と違って、魔物とかの敵が出てこないわね…」
ミリーズがそんな言葉を漏らす。
「それは、満月の夜にしか現れないみたいだし、扉も閉まっていたから、遺跡を寝床にする魔物がいなかったんじゃないのか?」
遺跡や洞窟は、既に誰かによって探索され、その事によって扉が開かれ、そこに入り込んだ魔物が住み着いて寝床にすることが多い。だから、冒険者が遺跡や洞窟を探検する時に、魔物と遭遇するのはそういうことなのだ。ちなみに出てくる財宝も魔物に殺された冒険者の遺品が出てくることが殆どで、元々遺跡に置かれたものは、既に誰かによって持ち出されたことが多いのだ。
「あっ、イチロー様! そんなことを言ってたら、遺跡を守るゴーレムが出てきましたよ!」
俺たちが進む廊下に、扉と同じように精巧な彫刻が施された大理石のゴーレムが立ちはだかる。
「生物なら私の闇の触手で楽勝ですけど、非生物のゴーレムは、ちょっとキツいですね…」
その遺跡のゴーレムはご丁寧な事に、金属製の武器と盾を装備しており、ポチに乗って疾走しながらの対処は難しそうであった。
「なら、俺に任せろ! 聖剣! 行ってこいっ!!」
俺は手にしていた聖剣を魔法の補助もつけて、ゴーレムに向けて砲弾のように投擲する。
ツッコーンッ!!!
高速で撃ち出された聖剣はゴーレムが盾を構える暇なく、その胸の中央に命中して、その大理石の胸を貫く。そして、ゴーレムはそのままただの石像となって、ゆっくりバタリと倒れ込む。
「戻れ! 聖剣!」
俺はゴーレムを倒した事を確認すると聖剣を呼び戻す。
「ゴーレムを一撃? イチローもいつの間にか強くなったのね…」
ミリーズが感心した声を漏らす。
「いや、聖剣とディートのお陰だよ、前にディートがゴーレムの仕組みのことを教えてくれたからな、燃料となっている魔石の部分を破壊してやれば、一撃なんだよ…まぁ、聖剣あってのことだからな」
「そうよ、私に感謝しなさい、イチロー」
ゴーレムを一撃で倒した事の説明に、戻ってきた聖剣が自慢気に語る。まぁ、聖剣が無くても、ディートの話ではゴーレムは燃費が悪いそうだから、時間を掛ければエネルギー切れになって動かなくなるけど、急いでいる今はそんなことはしていられない。だから、聖剣、様様といったところだ。
「あぁ! 分かってるよ! だから、またゴーレムが出てきたときには頼むぞ!」
「いいわよ! 任せなさい! イアピースで英気を十分すぎるほどに養った私に敵う者などいないわっ!」
「イアピースで英気を養ったって…いつ養ったんだよ…」
聖剣とそんな会話を交わしながらも、俺と聖剣は次々と立ちはだかってくるゴーレムを聖剣キャノンで屠りながら遺跡の奥へと突き進む。そして、何体ものゴーレムを屠った後、一枚の扉を打ち破ると、大きな縦穴の空間に辿り着く。そこは、丁度大樹の根にあたる部分のようで、大樹の大きな根が縦穴の地下に向かって伸び続けている。
俺たちはポチに騎乗したまま縦穴の淵に辿り着き、その縦穴の中を眺める。大樹の巨大な主根は縦穴の底に向かってずっと伸びており、その主根から幾つも生える側根…これも一本一本が丸太か柱程の太さがあるが、それぞれが縦穴の側面に繋がっており、その側根が邪魔になって、縦穴の底を見る事は出来ない。そこから縦穴の壁面を見てみると、壁面を掘るように螺旋式の地下に繋がる階段というか、段差が広すぎて通路にしか見えない道が続いていた。
「ひぃっ! 深っ! こういう深い縦穴って…ヒュンとするわね…」
アソシエが縦穴の中を覗き込んで身体をビクリとさせる。
「……アソシエ、もしかして高いところが苦手なのか?」
「ち、違うわよ! ただ想像しただけで膝が震えただけよ!」
「それで、イチロー、どうやって降りるの?」
一番後ろのネイシュが聞いてくる。
「降りるって、壁に螺旋通路があるから、それで降りるんじゃないの? それ以外の方法ってある?」
そのネイシュにアソシエが尋ねる。
「いや、時間短縮の為に、飛行魔法で飛び降りるとかするのかな?って思って、でも、魔法を打ち消す区域があれば、真っ逆さまに落ちるから危険だと忠告しようと思って」
「ひぃっ! 確かに遺跡なら、そんな罠が仕掛けてあっても不思議じゃないわねっ! それで、イチロー! どうするのよっ!」
ネイシュの魔法禁止の罠の説明に、落下する自分の姿を想像してしまったアソシエは、ビビりながら降り方を俺に聞いてくる。
「確かに、魔法禁止のトラップは怖いな… カローラが闇の触手で翼を作って飛行すると言っても、広い場所で飛行魔法の補助があってこそだもんな…でも、チマチマ螺旋通路を使っている暇も無いし…」
「そうよ! 急がば回れって言葉もあるでしょ? だから、安全に螺旋通路を使いましょう! 元々、ポチに騎乗して高速で移動しているんだから、無理に飛び降りなくても大丈夫よ!」
なんか、アソシエの奴、やけに飛び降りるやり方を否定するな…やっぱり、高所恐怖症なのか?
そんなことを思っていると、カローラが口を開く。
「イチロー様、イチロー様、だったら、私の闇の触手で、イチロー様が使っている見えないワイヤーみたいに、そこらに闇の触手をワイヤーのように張り付かせながら飛び移って行ったらどうですか?」
「あぁ、俺のインビジブルワイヤーのことか、普段は高い所を上り下りしたり、敵を巻きつかせたりしているけど、大人数でパルクールみたいなことはやったことがないな… 普通にロープみたいな使い方はできないのか?」
「底までの深さがどれだけあるのか分からないですし、数はありますけど、あまり距離を伸ばすと闇の触手の強度が落ちるんですよね、だから、メインの根っこから生えている枝のような根っこにつかまりながらだったら、降りていけますよ」
そういって、カローラは主根から幾つも生える側根を指差す。
「じゃあ、それでいくか! チマチマ降りてらんねえからな! それで、危ない時は螺旋通路に入ればいいし、ポチ!カローラ! やってくれるか?」
「はい! イチロー様! ポチ! 私が闇の触手を根っこに伸ばして引っ張るから、それに合わせて飛び移っていって!」
「わぅ! わかった!」
カローラとポチはそう答えたかと思うと、早速、闇の触手を側根に伸ばし、それに合わせてポチが飛び出す!
「ひぃっ!」
アソシエが短い悲鳴を上げるがそれを無視するように、カローラは次々と新しい側根に闇の触手を伸ばし、それに合わせてポチがドッグランではしゃぐ犬のように飛び移っていく。
「あっ」
そんな中、ビビっていたアソシエが何かに気が付いたように声をあげる。
「やっぱり、魔法禁止区域だわ… 私の防御魔法が消えてる…」
「私の神聖魔法も効果がかなり弱くなっているわ… ホント、飛行魔法で降りなくて良かったわね…」
アソシエが防御魔法が消えたことに声を上げ、ミリーズも神聖魔法の効果が弱まったことに声をあげる。神聖魔法も魔法であるが、純粋な魔法と違い、一部は神の奇跡の行使なので、魔法禁止区域でもある程度の効果が残っているのだろう。
「カローラ! お前の闇の触手は大丈夫か?」
「私も闇の触手が影響を受けていますが、自分自身を強く保てば大丈夫です!但し、遠距離ではそうもいきません!」
カローラの方の闇の触手は魔法というよりか、魔法の源である魔力や魔素の実体化というものなので、カローラ自身の拡散しそうになる魔素を押しとどめようという意思に左右されるのであろう。
「分かった、じゃあ闇の触手が保てる範囲で移動してくれればいい! それでも螺旋通路を使うよりかは速いからな!」
カローラはコクリと頷くと、先程よりも近場の側根に闇の触手を伸ばしていく。
そして、その側根を飛び渡って縦穴を降りていくと、とうとう縦穴の最深部が見え始めてきたのであった。




