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第982話 満月が照らす真実

 時は遡ることプリニオがムレキシドに拘束される前。大陸北西部のカルナスーレグリアス方面では、ホラリス方面の南に向けて行軍する軍隊があった。


 その様子を上空から監視する一団があった。


 その一団は地上の人類で構成された軍隊とはことなり、異形の者たちーーつまり魔族で構成されており、その中でも一際異彩を放つ存在が二体あった。一つは黒い甲殻類のような殻を纏った軟体生物のような異形の存在と、もう一つは黒くモヤモヤとした輪郭の境界線が不明瞭な人型の影である。


 その二つの存在は、遥か下方の軍隊を見下ろしながら、二人は会話を交わす。



「アクロレインよ、なんとかここまで辿り着いたな… いくつかの重要な作戦が中止、または達成不能になって、計画の練り直しには数年かかるものだと思っていたが…」



 異形の存在であるヒドラジンが、黒い靄のような同僚のアクロレインに声を掛ける。



「あぁ、ヒドラジン、聖女ミリーズの殺害、聖女の喪失テオトコス・アポレイア計画、聖剣と勇者の損傷、聖体の欠損アテーレイア・トゥ・ミスティリウ計画が成し得なかったな」


「それと、カイラウルのシャーロット暗殺からはじまる、アシヤ・イチローに汚名を被せる、栄光の灰燼スタフティ・テース・ドクサス計画も行うことが出来なかった… これらは後に続く、人類側の軍勢を集める、愚かなる観客アノーイトイ・テアテース計画や、最終悲願である、捧げられしテュシアスメーノ・フォス計画の前提条件であったが、アネレイトス様のお陰でなんとか愚かなる観客たちを集めて指揮することが出来たな…流石はアネレイトス様と言ったところか…」


 そう言って、ヒドラジンは軍隊の中央、豪華な馬車の中にいるであろうアネレイトスに目を向ける。


 そもそも、魔族の計画では、聖女ミリーズを暗殺し、アシヤ・イチローと神秘の存在である聖剣を損傷させ、その存在の正統性・信ぴょう性を棄損させ、アシヤ・イチローと聖剣に対する人類の支持や名声を下げることが目標であった。

 その後、ミリーズ亡き後の聖女の座に、堕神した元女神アネレイトスがついて、アシヤ・イチローを偽物として断罪し、その時に人類全体のアシヤ・イチローに対しての怒りや憎しみといった感情を集めて、その力を持って、真の魔王であるセクードを復活させるつもりなのであった。


 なので、聖女ミリーズも死んでおらず、アシヤ・イチローや聖剣も無事な状態では、アシヤ・イチローのその正統性・信ぴょう性を棄損させることはできず、また、アネレイトスが聖女と名乗る妥当性が無かったのだ。


 しかし、魔族にとって幸運だったのは、そのような状況でもアネレイトスは、人々を信用させるほどのカリスマ性を持っており、アシヤ・イチローの思わぬ決断によってレグリアス乗っ取りの口実を失ったカルナスの者たちの傲慢な怒りが、アネレイトスの言葉を信じさせたことがある。

 そして、なによりも聖女が二人いる状態に説得力を持たせたのが、マリスティーヌの存在である。彼女は既に亡くなってしまっているが、すでに聖女がいるにもかかわらず、彼女は自身の努力と信念によって、自力で聖女の座に至った存在なのである。

 その事実が、一つの時代に聖女が二人並立可能であることを証明してしまったのである。


 アネレイトスと魔族はそのことを利用したのだ。



「後はアネレイトス様がアシヤ領に辿り着き、事を成してくれる筋書きであるが… 我らの失態を全てアネレイトス様に拭ってもらう結果となるな…そこが少し嘆かわしく思う…」



 ヒドラジンはそう漏らす。実際、ヒドラジンはカイラウルの一件以降、失態続きであり、アネレイトスの復活で功績を上げているアクロレインとは違って、名誉挽回・汚名返上の機会を得られずにいた。



「まぁ、そう言うでない、ヒドラジンよ、我ら魔族は今まで個人が功を焦ったために、敗北し苦渋を飲まされ続けていたのだ、だから、個人が功を焦るのではなく、魔族全体として功をなすように魔王セクトリア様も厳命されたであろう? それに今こうして人類に対して王手をかけているのは、ヒドラジン、其方の地道な努力の結果によるものだ。だから、自分のことを卑下することはない」



 ヒドラジンの良き同僚であるアクロレインは、そんなヒドラジンに気遣いの言葉をかける。



「そう言って貰えると救われる…私は良き友人を持ったものだよ、アクロレイン… ん! やや!?」



 礼を述べていたヒドラジンだったが、突如として異変を感じ取った。



「アクロレイン! 其方も届いたか!? 魔王様の城に人類のネズミが侵入したそうだ! それにプリニオが裏切ったようだ!」


「あぁ! 私にも魔王城からの通信が入った! なんでもソーマを手に入れようとしたようだな… しかし、今更どうしてソーマを… ん? あれは…ホラリスの特別な馬車ではないのか!?」



 アクロレインはヒドラジンの言葉に応える途中で、視界の端に小さく映る人類側の特異な乗り物ーーホラリス馬車を見つける。



「あれは確かにホラリスの使う特別な馬車だな…何故、このような時間・このような場所に飛んでおるのだ?」



 魔族は、ホラリスのスタインバーガー教皇の側に潜入させていた魔族の猫が排除されたが、それ以外にも鳥やネズミなどの動物に偽装して、ホラリスやスタインバーガー教皇の動向を探っている。なので、教皇専用のホラリス馬車が、この時間・この場所にあり得るはずがないことは分かっていたのだ。



 この状況に人類側の目的が何であるのかを考え込んでいたアクロレインは、何かに気が付いて、はっと空の月を見上げる。



「なるほど! そういうことか!!」


「そういうこととは、どういうことなのだ? アクロレイン!」


「奴らはプリニオを通してソーマを手に入れようとしていた…そして、今日は満月… 奴らは直接カルナスにある遺跡にソーマを探しに行くつもりなのだよ!」



 アクロレインは満月を指差しながらヒドラジンに説明する。

 


「しかし、アクロレインよ…今更、奴らがソーマを手に入れたところでどうなるというのだ? アネレイトス様率いる人類連合軍が成立し行軍している以上、もはや、大勢は決まっておろうに…」


「それは確かにそうだが、相手は我らが何度も煮え湯を飲まされてきたアシヤ・イチローだ… ソーマを使って何をしでかすか分からぬ…」


 

 アクロレインは腕組みをして、熟考する。



「ならばどうする? 魔王城に忍び込んだネズミのこともある… 我らの片方は魔王城に急ぎ、もう片方はあのホラリス馬車を撃ち落として、後はアシヤ領まで軍をすすめるか?」


「…いや、魔王城には行かぬとも良い…」


 

 アクロレインは静かに冷静に答える。



「なに? 魔王様の事が心配ではないのか!?」


「たかが人類のネズミ如きに害されるような魔王様ではあるまい、それに魔王城にはムレキシドがいる。大丈夫だ、ヒドラジンよ」



 声を荒げるヒドラジンにアクロレインは宥めるように答える。



「では、二人して、このまま進軍を続けるのか?」


「いや、軍の護衛はヒドラジンに任せる。私は念の為、遺跡に向かおうと思う」


「遺跡? 奴らがソーマを手に入れることを警戒するのはよいが、目の前のホラリス馬車を撃墜すれば大丈夫ではないのか?」



 するとアクロレインはヒドラジンの顔をじっと見る。



「いや…アレは…囮かも知れぬ、ホラリス馬車はホラリスだけにあるのではなく、アシヤ・イチローのところにも一台供与されたと聞く…ならば、今目の前にあるのは、ホラリスからの馬車で、イチローの馬車は別なルートを使って遺跡を目指しているのではないか?」


「囮? 別のルート!? なるほど… そのように考えるのなら、魔王城での騒ぎそのものが、我らの目を逸らすための陽動だということか?」


「そうだ、ヒドラジンよ、流石はわが友だ! だから、私は保険の為、遺跡へと向かう。其方はこのまま軍を推し進めてくれ! 何事もなければ、最後の一押しを決めた功績は其方のものになるだろう、そうすれば、ヒドラジン、其方の心配していた汚名返上・名誉挽回も叶う…どうだ?」


 

 そのアクロレインの言葉にヒドラジンは礼をするように小さく頭を下げる。



「そこまで、気を掛けてくれるとは… 私は本当に良い友人を持ったものだ、その提案ありがたく受けるとしよう! では、その手始めとして、あの者たちを追い払うとするか…奴らも本拠地に大軍が押し寄せるとなれば、ソーマなどに構っていられなくなるはずだ」


「あぁ、そうしてくれ! ヒドラジンよ! 私は早速、ソーマの眠る遺跡に向かうとしよう!」



 そうして、アクロレインは、漆黒の姿を夜の闇に融け込ませるように消え、ヒドラジンは、従えていた魔族人にホラリス馬車の迎撃を命令したのであった。



どうやら、風邪を引いていたみたいです。

皆さんもお気を付けください

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