第981話 月下の急襲
イチロー達、遺跡攻略組が遺跡に到達する前、ホラリス方面の南回りルートの囮を行っていたブラックホーク組は、ホラリスの領域を超え、レグリアス地域に入ったばかりであった。
そこでブラックホークが運転席側に身を乗り出して、運転手に尋ねる。
「魔族の目を引くために、あまり速度を出さず、高度も低めに飛行していたが、魔力の残量はどうだ? いざという時に魔族を引き離せるぐらいの魔力は残っているか?」
すると、運転手は前を向きながら振り返らずに答える。
「はい! 先々代教皇アリス猊下の命令で、最大限の協力をするように言われてますから、予備の魔石も一杯積んでおります! もし、何かあっても、ここからホラリス…いえカローラ城まで最大速度で飛行を続けられますよ!」
「そうか…」
ブラックホークは様々な状況を想定し、対処できるように考えていた。ブラックホークの主な役目は囮であるが、もしもイチローの遺跡攻略組が魔族に襲撃を受けたのであれば、急ぎ駆けつけようとも考えていた。
だから、囮としてイチロー達の邪魔にならない距離を保ちつつも、直ぐに駆けつけられる距離でなければならない。そして、後者の場合は全力で駆けつける為の力ーーこの場合はホラリス馬車の魔力を温存して無ければならなかったのだ。
今までのところ、魔力の温存は上手くいっているが、疑問もあった。
(これだけ人目につくように、街や集落の上を経由するルートを通ってきたが、未だに魔族が現れないのはおかしい…)
そして、ブラックホークは不安げな顔をして、小粒の魔石が張り付けられた板を持つルミィを見る。
(それに、カローラ城から、ぼっさん…母田参次という人物の救出と、プリニオが取引に現れたという連絡も一切ない…これは救出対象が既に死んでおり、その上でプリニオが取引を拒否して、レーヴィが魔王城内で陽動作戦を行っていて、それが功を成しているということか?)
ブラックホークは作戦開始時刻を指し示す懐中時計を眺めながら、状況をそう判断する
(ならば、どうする? 我々はこのままこのルートで囮を続けるべきなのか、それとも、万が一に備え、遺跡に向かおうとする魔族を阻止する場所へ赴くべきなのか…)
ブラックホークは、最初に与えられた任務を遵守するのではなく、自分のなすべき最善策はなにかを考える。確かに自分たちに与えられた任務は囮であるが、それは戦術レベルでの話だ。戦略レベルでの目的は遺跡を攻略してソーマを手に入れることであり、囮をするのもその遺跡攻略組に負担をかけないためである。
改めて戦術レベルで考えても魔族と接敵していない状態では囮の任務を果たせているとは言えない。なので、もっと魔族領側に寄って魔族の注意を引くか、もしくは魔族が遺跡に監視を付けていた事を考え、魔族の増援が進むルートに立ちはだかるべきかを考えたのである。
そんな時、ホラリス馬車を運転していた運転手から声が上がる。
「なっ! なんだ! あれは!?」
「どうした!? 何事だ!?」
ブラックホークはすぐに思考を止めて運転手に向き直る。
「ちょっとあれ! 軍隊と思われるものがホラリス方面に向かって進行しています! もしかして、ホラリスに攻め入るつもりなのですか!?」
運転手が指差す先には、月明かりの中を行進する軍隊が見えた。ブラックホークは即座に望遠魔法を使って軍隊の詳細な様子を観察すると、レグリアス方面から行進しているのに、レグリアス国の旗を掲げず、見たことのない旗を掲げていた。また、どうやって用意したのかは分からないが、軍馬や人員移送用の馬車などが数多く配備されており、かなりの強行軍を行っている様に思えた。
また、軍の司令官か最重要人物なのか、どちらか分からないが、高貴な人物を運ぶ馬車が軍の中央にあり、その馬車は軍の司令官が乗っているにしては、繊細で洒落た作りの外装をしており、とても軍隊には似つかわしくない様相を醸し出していた。
「あの軍隊に、あの馬車… 以前、イチローが話していた、アネレイトス率いる人類連合軍という奴か!?」
人類連合軍ーーそれはイチローの語った前のループで、アシヤ・イチローを人類の敵であると宣言し、断罪するためにカローラ城に攻め入った軍隊である。イチローの話では、アネレイトスだけでなく、その軍隊にイチロー側は成すすべなく蹂躙されたと聞いていた。
「もし…あれが…イチローの言う通りの軍であれば… 我々だけではどうにもならんぞ!!」
普段から冷静沈着なブラックホークの額に冷たい汗が流れる。
そして、次の瞬間!
ドゴンッ! ドゴンッ!
「きゃぁっ!!!」
爆発を耳元で鳴らした様な轟音と、カクテルのような激しい揺れが馬車を襲い、ルミィが悲鳴を上げる!
「敵襲です!!」
運転手も悲鳴のような声を上げる。
「そんなことは分かっている!! 誰が、どこからかを言え!!」
ブラックホークは激しい揺れに倒れそうなルミィを支えながら怒声を上げる。
「そっ! それが…どこからか分から… あっ! もしかして、あれかっ!?」
運転手はハンドルを握り締め、必死に機体のコントロールを保ちながらもフロントガラスの外を指差す。
「なに!? あれか!? あの月のところか!?」
ブラックホークの瞳には、満月を背に、このホラリス馬車目掛けて、急降下してくる一団が見えた。最初は月の上に撒いたゴマ粒のようにしか見えなかったが、奴らが近づくにつれ、その月に照らされたシルエットが鮮明になる。
「あれは飛行型の魔族人!? リリエルを追っていたのと同じタイプか!? しかし…数が多すぎる!!」
リリエルの時とは比べ物にならない数の魔族人が、大軍の弓兵の放った矢のように迫ってくる!
「ヤバイ!! かわせぇぇぇぇ!!!」
「くっ!!! 全力でやってますっ!!!!」
あまりの数の多さに、流石のブラックホークの背中に悪寒が駆け上がり、運転手も悲鳴に近い叫びで、アクセルを踏みハンドルを切る!
その急激で強烈なGに運転手もブラックホークも、そして蟻族やルミィも内装の壁に叩きつけられる。だが、そんな事は構っていられない数の多さだったのだ。
そして、視界とフロントガラスの端に、無数の黒い影が走り抜ける。
(躱したか!?)
ブラックホークが頭の中で叫んだ瞬間!
ガッガッガッガッガッ!!!
車体を叩きつける無数の音が鳴り響いたかと思うと、車体の外から無数の黒い矢が室内に突き刺さってくる!
「魔法ではなく矢!?」
ブラックホークは安堵するとともに疑念が生じる。この馬車を撃ち落とすのであれば、先程のように魔法の一斉発射をすれば、航行不能に陥るか悪くすれば爆発四散していた事であろう。なのにどうして、車体へは有効性の低い弓矢を使ったのか…
ブラックホークがそんな疑念を感じていると、突き刺さった黒い矢がうねうねと動き始めた!
「なっ! なんだ!? これは!? もしかして…寄生魔!!!」
ブラックホークが生理的嫌悪感を感じつつも、それが何者であるか理解した瞬間、それは意思をもってブラックホークに襲い掛かる!!
「お兄様っ!! 危ないっ!!!」
その状況に、ルミィはすぐさま頭頂部から闇の触手を伸ばして、ブラックホークに襲い掛かる寄生魔の群れを鷲掴みにする。
「カローラ姉さんの話では、闇の触手ならコイツを掴める…うっ! きゃぁっ!!!」
イアピースでシュリの寄生魔を掴んで引き抜こうとしたカローラの話では、闇の触手なら、寄生魔に寄生される事はなく触れることが可能だと、ルミィは聞いていた。しかし、同じことをしようとしたルミィの闇の触手に寄生魔が寄生するために侵蝕を始めたのである。
「ルミィィィ!!!」
妹の危機に、ブラックホークはすぐさま疾風か閃光のような速度で動く。魔族の転生者から奪った漆黒の剣を振るい、浸食されたルミィの闇の触手を切り離す。
「運転手ぅぅ!!! すぐさまドアをあけろぉぉぉ!!!」
「了解ですっ!!!」
猛獣が吠えるようなブラックホークの叫びに、運転手はドアの開閉コックを引きちぎらんばかりの力で強く引く。
ガコッ! ゴォォォォォォ!!!
扉が開くと同時に、全力で航行する外の凄まじい風が車内に流れ込み、車内を濁流の渦巻きのようにかき回す。
「みんなぁぁぁ!! 車外に吸い出されるなぁぁ!!!」
ブラックホークは寄生魔に侵蝕された痛みに苦しむルミィを抱き締めながら、大声をあげる。
「お…お兄様…離さないで…」
ルミィは痛みを堪えながらブラックホークの胸の中で呟く。
ブラックホークたちは激しい嵐を耐え抜くように、車内に吹き荒れる暴風に堪える。その状況をブラックホークは薄目を開けて眺める。そして、寄生魔の最後の一匹が車外に吸い出されるのを確認すると声高に声を上げる。
「よし!! 扉を閉めろぉぉ!! そして、脱兎の如く、流星の如くに逃げ出せ!!! わき目を振るなぁぁ!!!」
「アイアイサーッ!!!!」
運転手はドアの開閉のコックを押し込みながら、アクセルペダルを渾身の力を込めて踏み抜く。するとホラリス馬車は凄まじい加速のGを生じながら戦場を後にする。
ブラックホークは胸の中で震えるルミィに目を落とす。
「…どうしてだ…寄生魔に寄生されないはずの、闇の触手がどうして… 俺たちは、何と戦ったというのだ…」
そして、ブラックホークは急ぎカローラ城に戻り、レビンとトレノを使ってイチローに直接コンタクトをとろうと考える。
(イチロー… 気を付けろよ… 今回の寄生魔は尋常ではない… 早まったことはするなよ…)
ブラックホークたちを乗せたホラリス馬車はカローラ城へ向けてひた走り続けるのであった。
※最近の冷え込みで体調を崩し気味です。
皆さんもお気を付けくださいね。




