第979話 宿敵の影
魔王城全体にけたたましい警報が鳴り響く。その音は、城の外壁で城の構造物の一部を偽装して身をひそめていたレーヴィの耳にも当然届いた。
(ちっ! プリニオの奴…ミスりやがったな!?)
レーヴィはプリニオが自室で手紙を読む様子を伺っていた。その様子からプリニオは、魔族に手紙を持ちこんだ者がいることを報告するよりも、イチローとの取引に応じる為か、酷く動揺している様子が見て取れた。
そして、落ち着きのない挙動不審な様子で部屋を出たかと思うと、一時間も経たず魔王城に警報が鳴り響いたのである。これは、プリニオがソーマの入手に失敗したとみて間違いないだろう。
(予定よりも早く、俺が侵入していることがバレたか、別に構わん。どうせ、魔族内に陽動をするのも作戦の内だからな… それに…)
レーヴィにはいつでも直ぐに、カローラ城へテレポートできる魔道具がある。だから、侵入がバレたと言っても、それがすぐさま命の危機に直結することはない。他にも、レーヴィが身体一つで魔王城内を逃げ回っているのなら、すぐさま発見されるだろうが、今のレーヴィは、プリニオが部屋を出た後、城の増築に使われた大きな石材を魔法でくり抜き、その中に隠れ潜んでいる。普段から石材の一つ一つを見憶えている者でもいなければ、侵入者であるレーヴィを発見することは不可能である。
(そうだ、騒げ! 騒ぎまわれ! ずっと俺を探し続けろ! 魔族の連中を出来るだけ多く、出来るだけ長く! ひきつけるのも任務の一つだからな)
レーヴィには、誰にも見つからないという確信があった。自分が探索する側なら、「普通は出入りできない構造物」をわざわざ調べるような非効率な真似は、まずしない。敵も同じはずだ──という読みである。自分であれば、そんな無駄な努力はせず、侵入者が作戦を実行するために目標に向かって姿を現した時に罠を張ることを考える。
魔族側にもそうしたプロの探索をする考えをするものがいれば、普通の場内の警戒も強化するだろうが、目的の場所…今回の場合はソーマの在処だが、罠を張って待ち受ける事に注力するに違いない。
無駄に捜索の手を広げて、プリニオに手に入れるように言ったソーマを盗まれでもすれば、命を持って責任を償わねばならないはずだ。だから、レーヴィはこれは慢心ではなく、心理戦…相手の心の読み合いだと考える。
なので、レーヴィ自身はずっと偽装した石材の中に隠れていればよい、ディートから渡して貰った収納魔法袋があれば、水も食料にも困らない。何時までも潜んでいられるのだ。
そして、魔族側が既に侵入者が城から逃亡したと思った頃合に、また何か活動してやれば、侵入者対策に人員を割く事になるだろう。
そうすれば、遺跡の攻略を行うイチロー達へ差し向けられる人員が減ることになるのだ。この事が、自分自身の重要な役目であるとレーヴィは考えていたのだ。
自力だけで何日も潜伏する技術の足りない自分自身に対して、ディートたち、頭の優れた者たちが、毎日毎日朝早くから夜遅くまで、くたくたになりながらも開発してくれた装備である。彼らの努力に報いる為にも、レーヴィは出来るだけ多く、出来るだけ長く、この陽動作戦を継続させようと考えていた。
レーヴィは収納魔法袋の中から水袋を取り出すと、乾いた口の中を湿らす程度に水を飲み、そして、針先ほどの穴から外の様子を覗き見る。すると侵入前は閑散としていた城内に慌ただしく走り回る魔族の衛兵の姿が見え、そして、やはりこの騒動で露見したのか、ぼっさんの幽閉されていた小島の離れから、女性の魔族が青い顔をして、本城に繋がる連絡路を駆けてくる様子が見えた。
(あーこの騒ぎで、一応、ぼっさんの安否確認をしたんだな、それでぼっさんがぬいぐるみに置き換わっていることに気が付いて、慌てて本城の方に連絡しに行っている訳か…)
現状、魔王城は総出で侵入者を捜索している状態なので、俺は外に出ることは出来ないので、ぼっさんのいた離れがどのような状態になっているかを眺めていたのだが、女魔族が慌てて本城に向かった後、暫くしてから女魔族が何名かの人員を引き連れて離れへと戻っていく。
そして、その内の一人、お偉いさんと思われる人物が、外で監視をしていた衛兵に説教を始め、他の者が離れ全体を家探しし始める。
(まぁ…そうだろうな…あの小太りのぼっさんが、短い時間で誰にも気づかれずに、あの離れから脱獄するなんて無理だと思うから、まだ離れの中に隠れていると思うわな…俺だってそうする)
俺もぼっさんを引き連れて魔王城ならびに魔族領から逃げ出せと言われたら断わっていただろう。しかし、一瞬でカローラ城へテレポートできる魔道具があったから引き受けることができた。
そうした離れを家探ししている様子を、休み休みに見ていると、警報の鳴った夜中から、次の日の日が沈み切るまで、ほぼ丸一日かけて家探しを行っていた様子が伺えた。
そこまで家探しをすると、既に離れにはぼっさんがいない事は分かったようで、家探しをしていた人員と、最初にぼっさんの世話していたと思われる人員、あの女魔族や、離れの入り口を監視していた衛兵、その他数名が離れから本城に歩いてくるのが見えた。
恐らく、あそこにいたぼっさんの世話係や監視員たちはぼっさん脱獄の手引きの疑いがあるので、処罰か総入れ替えの処置がなされたのであろう。
その代り、新しい人員が離れの方に向かい始める。
(ん? 新しい人員? もしかして、ぼっさんの他にも幽閉されていた人物がいるのか? それとも、あそこでなんらかの製造でも行っていたのか?)
そんなことを思いながら眺めていると、誰かが離れに引きずられて運ばれていく様子が見える。
(誰だ? 引きづられている様子から、新しい人員ではないが… ん? あれもしかして、プリニオか!?)
ぼうっと様子を眺めていたレーヴィは、目を凝らして改めて引きづられている人物を確認すると、それは気を失っているのか、それとも望みが消え失せて生きる屍になっているのか分からないが、確かにプリニオで間違いなかった。
そして、レーヴィは別の人物も発見する…
(あれは!?)
以前、似顔絵を見せられてただけで、直接見るのは初めてであるが、魂に刻まれた許されざる宿敵…転生者であるユウセイの姿を見つける。
(見つけた…見つけたぞ!!)
レーヴィの魂がうずき始めたのであった。




