第1013話 二人の勇者
魔王幹部であり、魔族の中でも特に異形の存在であるムレキシド…
奴はアネレイトスが消え去り、人類連合軍が逃げ出した戦場に姿を現し、その畏怖という言葉を体現するかのような姿を、群衆の前に見せつけていた。
シュリが攫われた時に奴とは言葉を交わしたが、姿を直接見るのはリリエルを追撃していた時から二回目である。
だが、その時と比べて、奴の姿が明確に異なるのは、以前は死蝋のような人の身体に全体を覆われた巨大な球体だけであったが、今のムレキシドの前面には巨大な男性の顔が付いており、その顔が、俺のことを激しい怒りの形相で睨みつけていた。
「アシヤ・イチロー…!」
ムレキシドは恨めしい表情に怨嗟の声で俺の名を呼ぶ。
「何だよ…ムレキシド… おめえもアイツ等みたいに逃げ出さないのかよ… まぁ…俺にとってはシュリのことがあるからな… 逃げ出さず俺の前に出てきてくれる方がありがたいが…」
俺は聖剣を取り出す。
「私が逃げ出すだと? ありえん!!」
ムレキシドは断言する。そして、ただの怒りや怨嗟でなく覚悟を決めた顔で語り始める。
「私は魔族の未来の為…繁栄を守る為に、今、ここにいるのだ!」
「魔族の未来…繁栄を守る…為だと?」
ムレキシドは視線を上げ、天を仰ぎ見て答える。
「あぁ… アネレイトスが消え去った今…我々魔族の悲願―《デュシアメーノ・フォス》捧げられし光計画を成すことも…血塗られた栄冠を我らの手にすることも敵わぬ… 我ら魔族の希望は絶たれてしまったのだ… これもあの時…プリニオを御せなかった私の責任だ…」
なるほど…アネレイトスが消えた所為で、俺を人類の敵に見立てて人類から最悪の魔王セクードを復活させる力を集めることが出来なくなったんだな… それに、アネレイトスが消える前に人類連合軍で俺たちを潰すことが出来なかったのは…やはり、プリニオが抜けていたことが大きいのか…
「このままでは、人類は力を結集し、やがて我々魔族を追い詰めていくことであろう… その時、人類の旗頭となり、魔族を追い詰めるのは… アシヤ・イチロー! お前だ!!!」
ムレキシドは俺を直視して、俺の名を叫ぶ。
「だから私は、同胞の為…魔族全体の余命をほんの少しでも延ばし、未来への道を切り開く為! アシヤ・イチロー! 何としてもお前を倒さねばならないのだ!!!」
ムレキシドのその言葉は、ただ計画を潰されたことに対する怒りや恨みではなく、ムレキシド自身の守る者の為の、覚悟の言葉であった。
俺はムレキシドの言葉に、前のループでの俺の姿を重ね合わせる。
あの時の俺は人類の未来を…俺たちが足掻いた爪痕を残す為に、敵わぬと分かっていても果敢に最悪の魔王セクードに挑んだ。
今のムレキシドも同じだ。魔族の未来の為…同胞の為、俺たちに果敢に立ち向かおうとしているのだ。
いわば、俺が人類の未来の為に戦う人類の勇者ならば、ムレキシドは魔族の未来の為に戦う魔族の勇者なのだ。
「今、この星の上での繁栄の未来を、私と…アシヤ・イチロー…お前とでどちらが手にするのかで、雌雄を決する時なのだ!!」
ここまで覚悟を決めた相手に、説得や話し合いは無粋だ。誠心誠意、答えなければならない。俺も覚悟を決めた。
「あぁ…分かった、ムレキシド! お互い譲れないものを背負っている者同士だ! 受けて立つ!」
俺は聖剣を構えて戦闘の準備をし、俺の後ろでは同じくシュリのことでムレキシドに怒りを持つカローラとポチが構え始める。
ムレキシド…奴は強い! 今まで戦ってきた敵…恐らく同じ魔王幹部のアクロレインよりも強い強敵であろう。だが、このムレキシドを倒さなければ…その先にいるシュリを助け出せないし…魔王を倒すことはできない!!
聖剣を握る手に力がこもる。
そこへ後ろから複数の足音が響き、声が掛かる。
「いよいよ、俺たちの出番だな…イチロー」
その声に振り返ると、デュドネの姿があった。いや、それだけでなく、デュドネの復讐同盟のメンバーや、ハワード率いるラッシュレクレスリーのメンバー、ブラックホークとルミィのペア、プリンクリン、そして、ロアンのパーティーからの俺の仲間、アソシエ、ミリーズ、ネイシュの姿もあったのだ。
「工作員相手には全く手柄を立てられなかったからな、ここで手柄を立てておかないと城主の道が遠のいちまう!」
ハワードが双剣を構える。
「軍同士の組織の戦いでは出番がなかったからな… 本来の冒険者らしい仕事をするか...ルミィ! ついて来い!」
「はい! ブラックホークお兄様!」
ブラックホークとルミィが息を合わせて戦闘準備をする。
「遺跡には連れて行って貰えなかったから、ダーリンにここでいい所を見せておかないとね!」
プリンクリンが、いつもの魔法少女のような恰好でステッキを構える。
「プリンクリンに負けないように、私たちも頑張らないとね!」
アソシエもワンドを構える。
「戦闘ではあまり役に立たないけど、私も頑張る! それよりも、ミリーズは大丈夫なの?」
ネイシュは様々な暗殺道具を準備しながらも、ミリーズを気遣う。
「えぇ、大丈夫よ、ネイシュ、さっき、魔力回復薬も飲んだし、プリンクリンから強壮剤も貰ったわ! 24時間だって戦えるわよ!」
ミリーズはランランになった瞳で答える。
そこへ一人、遅れてやってくる人物がいた。
「最初の話では、剣を使う鬼神とやらが、わしの相手じゃったが、その相手の姿が見えぬからといって、何もせず引き籠っておる訳にもいかぬな」
腰に剣を携えながら、ノブツナ爺さんがやってくる。
「ノブツナ爺さん!」
皆の存在も心強いが、剣の手ほどきで未だに勝てていないノブツナ爺さんが参加してくれるのはかなり心強い。そして、ノブツナ爺さんはムレキシドを一睨みしてポツリと呟く。
「して…わしが、別に奴を倒してしまっても構わんのじゃろ?」
ノブツナ爺さんがその言葉を言うと、別に大口や自己の過大評価ではなく、本当に倒してしまいそうな凄味があった。
「あぁ! 遠慮はいらん! ガツンと一発食らわせてやってくれ!」
「そうか、ならば、期待に添えるよう努力しよう…」
そう言ってノブツナ爺さんは不敵な笑みを浮かべる。
「では! 行くぞ! カローラ! ポチ! 俺に続け!」
「はい! イチロー様!」
「わぅ! がんばる!」
俺たちは、バルコニーから城壁に飛び移り、そして、城壁の上から城下町の屋根に飛び降りて、前線―その先のムレキシド目掛けて駆け出す。
アソシエ達や、ノブツナ爺さん、冒険者たちも後に続く。
「来るか…仲間を引き連れて、アシヤ・イチロー! ならば、私も出させてもらうぞ!」
ムレキシドの体表の人の手足がもぞもぞと動き、凝集して人の形になって、ぽたりぽたりと雫が垂れるように、人型が生み出されて行く。
「ちょっと待て! あれは!?」
その中に、俺たちが苦戦した敵…鬼神の姿があったのだった。




