第1007話 軍師なき軍勢
手に汗握る両軍の激突が潮が引くように収束し、騒音が鳴りやみ、風の音が戻る。
俺は後に残された戦場を見渡す。そこには戦闘で殺し合った兵士の死体が無造作に幾つも転がっており、敵の陣地には深手に苦しむ負傷兵たちが軍の後方に引きずられて行くのが見える。
そして、自軍にも目を移すと、快勝のように思われた王国軍にも被害者が出ていることが分かる。
「完勝とは行かなかった訳か…」
ポツリと呟く。すると、俺の呟きにエイミーが反応する。
「はい、キング・イチロー様、今までの戦闘で鉄砲隊500、魔法兵数百、突出した槍兵を千数百、後はパニックを起こして友軍による踏み倒しで、三千人程の被害を出しておりますが、こちら王国軍の精鋭も百人前後の被害が出ております」
「三千…三千も倒したのに敵はまだ二万七千も残っているのか…」
三千と言えば、王国軍の半分弱の数だ。
「それにアレをご覧ください」
そう言ってエイミーは戦場を指差す。すると先程投げつけた臭水の後に敵が火魔法を掛けて燃やしている様子が見えた。
「炎によって、臭水を焼いて悪臭を除去しています。もう臭水攻撃は通用しないでしょう」
俺は糸電話を取って、前線のランベルトにも状況を尋ねる。
「ランベルト、そっちの状況はどうだ?」
「はい、アシヤ卿、こちらの被害は想定内です。しかし…これからが正念場になります。今までは小手先技で何とかなりましたが、これからは地力―数の力が物を言うようになります…まぁ、そうならないように考えるのが私の役目なんですけど」
ランベルトは、自信なのかそれとも俺に心配を掛けまいとしているのか、軽口めいた口調で答える。
「キング・イチロー様、私もランベルト卿の意見に肯定です。敵が戦力を小出しにして逐次投入するという愚策を行ってくれたお陰で緒戦は勝利を掴めましたが、我々が最も恐れるのは――敵が被害を無視した全軍突撃です。数に物を言わせて圧し潰すような戦い方をされると小手先の戦術では対処できません」
「そうだよな…三千人倒したといっても、敵はまだこちらの4倍近くいるんだもんな…」
「なので、敵に挑発を続けて、全軍突撃に意識が向かわないようにしなければなりません。でなければ…アレを使わなければなりません…」
ランベルトとエイミーもやはり現状のままで今後の戦況は厳しくなると告げてくる。それは俺も同感だ。寡兵が大軍を破ることなんて稀な話で、だからこそ歴史では良く語られるが、語られない多くの場合は寡兵が大軍に圧し潰されてしまうものだ。
現に前のループでは、寡兵だった俺たちは、アネレイトスの首を狙うという特攻しか手段が残されていなかったのだ。そして…
「あっ」
そこで俺はようやくあることに気が付く。
「どうされましたか? キング・イチロー様」
「いや、ようやくあることが分かったんだよ」
俺はエイミーに向き直る。
「あることとは?」
「前のループでは、敵は初手でアネレイトスの神の手を使ってきたし、城下町を更地にした後、全軍で蹂躙してきたが、今回のループではそのやり方を行わない…その理由を考えていたんだが、それは…プリニオだ…前のループではプリニオが軍の指揮をしていたが、だが今回のループでは俺たちがプリニオを抑えている… だから、今回の敵は鈍いのか!」
敵軍の指揮にキレの無さを感じていた俺は、パチリとパズルピースが嵌ったかのように納得する。敵軍をプリニオが指揮していれば、今までの戦略は成功していなかっただろう…幸いなことだ。しかし、依然として俺たちが不利な状況は変わっていない。俺が合点がいっただけのことなのだ。
だが、俺の話を聞いたエイミーは少し明るくなった顔で俺を見る。
「なるほど、敵は『凡将』が指揮をしていたのですね?」
エイミーは『凡将』を強調して話を続ける。
「ならば、今までの敵の行動は理解できます。私は隙を見せて我々を油断させて陥れる為の芝居ではないかと考えて警戒していたのですが、事はやりやすくなります」
「そうなのか?」
「はい、敵が鉄砲隊が壊滅したと見せかけて、軍の後方に大量の鉄砲隊を温存していることを考えて、我々蟻族たちの陽動を出せなかったのですが、出しやすくなります! 陽動を出せれば、敵に全軍突撃を考える暇を奪う事が出来ます!」
一方、人類連合軍側では、副官ダグラスが上司のラグラン将軍に全軍突撃を提案していた。
「ラグラン将軍、ここは戦力を小出しや、逐次投入などせず、人類の敵アシヤ・イチローの一党ならびに、アシヤ・イチローに与するイアピース王国軍を、全軍を持って蹂躙してやりましょう! 数に物を言わせば、奴らは手も足もでません!」
ダグラスは自信を持って提案する。しかし、上司のラグラン将軍はダグラスの「数に物を言わせて」と言う言葉が非常に気に入らなかった。それというのは、集まった軍勢をただぶつけるだけという行為なので、自身の指揮能力が発揮できない、もしくは評価されないのではないかと考えたのだ。
(寡兵に大軍をぶつけるだけというのは、愚か者でもできる作戦だ…そんな作戦で勝利しても武功とは呼べぬではないか…)
そう考えるラグラン将軍にダグラスは辛抱強く説明して食い下がって説得を続ける。そして、ついにはダグラスに全軍突撃の許可をしてしまう。
(まぁ、良い…寡兵を大軍で圧し潰すのは、芸の無い無策な方法ではあるが、誰かに何か言われた時には、部下を育てる為に許可をしたと言えばよい…失敗した時にはダグラスに責任を取らせれば良いのだからな…)
ラグランはダグラスの説明に納得した訳でも、熱意に押された訳でもなく、ただ反論するのが面倒になったことと、責任はダグラスに押し付ければ良いと考えただけなのだ。
ダグラスはラグランのそんな理由を露知らず、作戦許可が降りたことに、小躍りしそうな程喜んでいた。
(弓兵を全て鉄砲隊に編成し、余りは歩兵に編入した時には副官の任から降りたくなったが、これでようやくまともな戦いができる!)
ダグラスは軍服を整え、気を取り直し、全軍指揮の準備に入る。そして、大きく息を吸い込み号令を掛けようとする。
「それでは、全軍…」
その時、兵たちが騒ぎ始める。
「ちょっと! あれは何だ!!」
「空を飛んでいるぞ!!」
ダグラスは兵たちが騒ぎ、指差す方向に視線を向ける。すると空には軍を挟み込むように飛行する影が幾つも見えた。
「あれは、アシヤ・イチロー配下の蟻族の集団! 何をするつもりだ?」
蟻族のことは城下や近辺の地域だけではなく、この人類連合軍の中でも良く知られている存在だ。一体一体の戦闘能力が非常に高く、その上に飛行可能であり、脅威とみなされていたのだ。
「確かに蟻族は警戒すべき存在…しかし、その数は100名程しかいない… 奇襲を仕掛けてきたとしても、組織的な被害を出すことはできないし、こちらの銃撃で落としていけばよい… それよりも敵イアピース王国軍をすりつぶす方が先だ!」
ダグラスはその様に判断していた。そしてその判断は正しかった。しかし、彼は軍の最高責任者ではなかったのだ。
飛行する蟻族から白煙が上がったかと思うと、少し遅れて銃声が響き、隊列の中に着弾する。
ヒュン! ヒュン! ヒュン!
「ひぃっ!!」
その銃撃は、将軍ラグランの直ぐ近くを掠めて着弾し、彼の心臓を跳ね上げさせたのだ。
「将軍!?」
ラグランの短い悲鳴にダグラスは振り返る。
「後退だ! 後退!! 敵は我々が全軍前進するタイミングを見計らって、私の狙撃を企てていたのだ!! すぐに引き下がれ!!!」
そのラグランの声に突撃準備をしていた全軍は後ろに後退していく。
その頃、イチロー側では、エイミーとランベルトが糸電話で会話をしていた。
「どうですか? 我々蟻族の狙撃は?」
「あぁ、申し分ない! ばっちりだ!! 奴さん、血相を変えて後退指示を飛ばしている様だ」
「なるほど、やはり敵は思った以上の『凡将』だったようですね、殺さないように気を付けないと…」
エイミーとランベルトの作戦とは、敵将ラグランを狙撃するように見せかけて、敵の全軍突撃を思い留まらせることにあったのだ。そして、その作戦は見事成功したのだ。
「フフフ…これで奴らの全軍突撃を思い留まらせることができた、後は、あの臆病者を殺さないように気を付けながら、小出しに出てくる部隊を削って…後二万…いや一万削れば、俺たちの勝ちだな…」
ランベルトは敵を全滅させることが勝利とは考えていない。敵兵を削り、自分たちが負けていると思い込ませれば、士気が崩壊して勝利をつかめると考えていたのだ。
その時、観測兵の一人が声を上げる。
「ランベルト副長!! 新たな軍団が見えました!」
その言葉に、頭の中で、これからの勝利の方程式を描いていたランベルトは冷や水を浴びせられたように驚く。
「どこからだ! どこの軍だ!!!」
ランベルトは観測兵に吠える。
「北方方面より謎の軍団! 土煙により軍旗が確認できません!!」
ランベルトに戦慄が走ったのであった。




