第1006話 渡り綱の勝利
敵の前線に投げ捨てられるように転がる鉄砲隊とその鉄砲隊を守ろうとした槍兵の死体。そして、絶え間なく響く銃声ごとに倒れていく敵の魔法兵…
「緒戦は上手くいっている様に見えますな」
隣で同じ光景を眺めていたマグナブリルがポツリと呟く。
「あぁ、そう見えるが依然として、予断は許されない状況だ」
マグナブリルの呟きに答える。
「そうなのですか? 私にはランベルト卿は良くやっているように見えるのですが…」
「確かにランベルトは良くやってくれているよ、思った以上の出来だ。だが、緒戦はこちらがきっちり準備しておいたのと、敵がバカをやってくれたお陰で勝てているだけだ。こちらが敵以上のバカをやれば、あっという間に戦況はひっくり返される」
そこで、エイミーが発言する。
「私もキング・イチロー様の意見に肯定です。確かに先程の緒戦で1000名近くの戦力を削ることができましたが、依然敵の数は三万近く…それに対してこちらは七千です。通常であれば、小手先技など使わず力押しだけですりつぶされる戦力差です」
確かにエイミーの言う通り、敵は千人倒して二万九千、対してこちらは七千…ガチでぶつかり合えば一人が一人を殺し合っても敵は二万二千残る…負けるのは必至だ。
単純な数の話で言えば、こちらが一人殺される間に敵を五人殺せば勝つことができるが、現実ではそんなことはあり得ない。
実際、前のループでは敵兵に囲まれた蟻族たちが大立ち回りをしたが結局数の暴力に圧し潰されてしまったのだ。互いに一人ずつ戦う勝ち抜き戦のようなことができれば、蟻族のいる俺たちはいい戦いができるかもしれんが、実際の戦いは遊びではないし、敵にはアネレイトスもいる…
そこまで考えて俺の中に疑問が湧き上がる。
そう言えば、前回のループでは初っ端から、アネレイトスが神の拳を使って、城下町を更地にしてきやがったが、今回はやってこない…どうしてだ?
それに、敵の指揮の仕方も何だか凡将そのものだ…前のループのような切れがない…
「キング・イチロー様! 敵が動きました!」
エイミーの声に、俺は思索の海から上がり、顔を上げる。
敵軍は、盾を構えた槍兵が幾重にも横列に隊列を組み、慎重な足取りで進行してくる。
そこへランベルトが先程のように魔法攻撃を行うが、敵もそこまでバカではないようで、ちゃんと魔法兵による魔法防御を張っており、魔法攻撃を無効化してくる。
「ちっ! 教科書どおりの戦い方だな!」
「はい、キング・イチロー様、しかし、今はその戦い方をされるのが一番困ります。アレを試されますか?」
エイミーがチラリと見て作戦許可をねだってくる。
「あぁ、やってくれ、使えるものは何でも使ってみなければならん!」
エイミーは俺の許可を得ると、陣地にいる蟻族に向き直りコクリと頷く。すると陣地にいた蟻族たちが、ロープを付けた壺をくるくるとハンマー投げのように回して遠投する。
その壺は山なりに飛んで、進行してくる槍兵隊前の中央に落下して、パリンと割れる。
「ハハハ! 敵は油壷でも投げて火計でもするつもりだったか知らんが、ちゃんと狙いもつけられんようだし、そもそも火がついておらん! 先程の攻撃はまぐれだったようだな!!」
敵の隊列の前に落ちた壺に敵将ラグランは高笑いを始める。隊列を組んで行進する兵たちも鼻で笑って足を進めていたが、異変が起き始める。
「うぐっ!!」
「なんだ!?」
「くさっ!!!」
猛烈な悪臭が漂い、鼻で笑っていた兵は鼻が曲がるような思いをしはじめ、吐き気を催してくる。
「くっ! またしても毒か!? 神官兵!! すぐさま解毒の魔法を掛けろ!!」
隊列の中に数名いる神官兵が直ちに解毒魔法を掛け始めるが、全く臭いは収まらない。
「何をしているのだ!! 全く臭いが消えんぞ!」
兵たちが神官兵に苦情を言い始める。
「解毒魔法は既にかけています!」
「じゃあ、なんでこの臭いが続いているんだ!!」
「これは毒ではありません! ただの悪臭を放つ液体です!!」
「ただの悪臭だと!?」
兵たちは両手に槍と盾を持ち、鼻を摘まむ事はできない。なので、口で息をしようとするが、口の中に含んだ悪臭の為、更に吐き気を催す。
「ふぅ…カローラ一家が攻めてきた時に作った臭水…どう処分しようかと考えていたが、まさかこんな使い道があるとはな…」
この猛烈な悪臭を放つ臭水は、カローラ一家が攻めてきたときに、領民たちを人質にされないようにつくったものである。そして、作った当時よりも、発酵・熟成が進み、更に猛烈で凶悪な悪臭を放つようになっていたのだ。
そのころ、前線の陣地のランベルト達は攻撃の準備をしていた。
「観測兵! 状況はどうだ!?」
「はい! 敵は予想通り中央の進行がもたつき、隊の両側だけが突出する形になっております!」
「よし! では突出した両端を切り取るぞ! 絶対にタイミングを忘れるな! 弓兵! 観測兵の報告に合わせて援護射撃をしろ!」
ランベルトの言葉に合わせて軍楽隊がドラムロールを撃ち鳴らし、王国軍の突撃兵が赤い兜を被り直し、突撃の準備を始める。
皆がゴクリと唾を飲み、静かに号令を待つ。
「行け! レッドヘッド! 敵を穿て!!」
「「「「うぉぉぉぉぉ!!!!」」」」
ランベルトの号令と共に土嚢の影に隠れていた赤い兜の突撃兵が、身を乗り出し、ドンドンとドラムが鳴り響く中、敵目掛けて飛び出していく。
「ラグラン将軍! 敵が突撃を仕掛けてきました!!」
副官のダグラスが叫ぶ。
「突撃を仕掛けてきたところで寡兵だ! 盾で受け止めそのまま踏み潰せ!!」
槍兵はラグランの指示に従い、突撃兵に盾を構えようとした。しかし、その時、自分たちを目掛けて無数の矢雨が降り注いでくるのが見えた。
槍兵たちは将軍の指示か、それとも眼前の矢雨に対応するのか選択に迫られる。
「あが」
だが、一人の兵士の頭部に矢が突き刺さり、そのままバタリと倒れる。仲間の一人が倒されたことに、槍兵たちはすぐさま頭の上に盾を構えるが、イアピース王国軍の突撃兵達は目前まで迫っていた。
イアピース王国軍突撃兵―その者たちは、軽い軽装の装備で、普段から突撃の訓練を繰り返し、通常の歩兵とは比べ物にならない瞬発力の突撃能力を持っている。それは、以前敵対関係にあったウリクリの騎馬隊に対抗するための部隊であり、突撃してきた敵の騎馬隊が引き返す時に、加速の乗っていない騎馬隊に追いすがり致命打を与える為に選抜された部隊なのである。彼らは赤い兜を被っており、ウリクリからは「レッドヘッド」と呼ばれ恐れられていたのである。
また、イアピース王国軍はそのレッドヘッドと、弓兵、そして観測兵と連携して、ピンポイントの援護射撃を行えるように特訓しており、今回もレッドヘッドと槍兵が接敵するタイミングを見計らって、敵の槍兵だけに矢雨が降り注ぐように狙いを定めていたのだ。
その芸術的な連携プレイに槍兵たちは成す術も無く、すれ違いざまのレッドヘッドの一撃により部隊が削り取られて行くように討ち取られて行く。
「我が軍は何をやっているのだ! 一方的にやられているではないか!!」
ラグランはかんしゃくを起こしたように喚き立てる。
「ラグラン将軍! もうしばらくお待ちください!!」
そんなラグランを副官ダグラスは宥める。すると、イアピース王国軍の陣地から響き渡る軍楽隊のドラムのリズムが変わり始める。
「撤収だ!!」
敵の突出した部隊を蛇が獲物を締め上げるように取り巻いていたレッドヘッドたちは、流れに沿って次々と自陣に戻っていく。
そして、多くのレッドヘッドが陣地から差し出された数多く梯子を使って土嚢の防壁を上ろうとしていた時、人類連合軍から鉄砲の発砲音が響く。
タァァーーーン!
「ぐっ!!」
梯子を登っていたレッドヘッドの何人かが被弾する。人類連合軍は軍を推し進めた時に、壊滅した鉄砲隊の装備を回収し、それで反撃を仕掛けてきたのだ。
「敵も流石にそこまでバカではないか… 撤収の合図が遅ければ、かなりの被害が出ていたであろう… 観測兵! 敵鉄砲隊の位置を割り出し、阻害射撃を行え!」
ランベルトは敵の発砲に即座に対処の指示を飛ばす。弓兵たちは観測兵の座標情報を元にすぐさま反撃を行うが、敵も弓矢による曲射に対策して、鉄砲隊は槍兵の大盾防御の後ろ側におり、先程のように簡単には被害を与えられずにいた。
こうして、両軍の残存兵力は人類連合軍2万七千人ほど、王国軍六千九百人となり、両軍のにらみ合いが始まったのであった。
現在、はらついを年内で完結させるように、頑張って執筆中です。
しかし、今年も残り一週間程ですね…書き上げることができるでしょうか…
まぁ、書き上がったら、年末に一気に残りを話数を投稿するつもりでおります。
恐らく十数話ぐらいを一気に投稿することになるでしょうね。
その時は、年越ししながら『はらつい』という物語が、どのように完結するかを
ご覧ください。m(__)m




