第1003話 慟哭の牢獄
俺とネイシュは宇宙服のような防護服を着て、地下への階段を降りる。
「ちょっと、この防護服を着ながらだと、階段を降りるのが怖いな」
一段一段、足元を確かめるようにしながら階段を降りる。
「私も最初は転びそうになった。イチローも怖かったら壁に手を添えながら降りるといい」
後ろのネイシュが言ってくる。俺はその言葉に従って、壁に手を添えて階段を降りきる。すると、一番最初の牢獄にいるサキュバスたちが俺たちの姿に気が付いて声を掛けてくる。
「ねぇ…最近、その防護服を着こんで降りて来るけど… 新しい囚人はそんなに危険なの? そんなに危険な人が近所に入れられているのは困るんだけど…」
そんな苦情を言ってくる。
「いや、そんなこと言ったって、ここは元々そういう人物を閉じ込めておく地下の牢獄なんだから仕方ねえだろ… そんなに嫌だったら、お前たちの方が地下から出たらどうなんだ?」
「んー、ちょっと皆で相談するわね」
サキュバスたちは姉妹で相談し始める。
「あぁ、そうしてくれ、俺たちはその間に、その危険人物に会ってくるから」
俺とネイシュは、集まって相談するサキュバスたちを横目に、通路の奥に進んでいく。すると、通路の奥から、ヴラスタの悲壮な声が響いてくる。
「プリニオ様! プリニオ様! どうして、答えて下さらないのですか! やはり… 女の業を出してしまった私に… 落胆し失望してしまわれたのですか!?」
「…なんか、修羅場が繰り広げられてんな…」
そのヴラスタの悲痛な叫びにポツリと漏らす。
「えぇ、プリニオが目を覚ましてからというものの、ヴラスタの牢獄から離れた場所に、プリニオが黙って引き籠っているの」
「えっ? そうなのか?」
俺が実際に見たプリニオとヴラスタの関係性は、カイラウルの時に、プリニオがヴラスタを身を挺して庇ったところだけで、後はヴラスタからの思いを聞いただけである。もしかしたら、二人の絆はそんなに強い物ではなく、ヴラスタの片思いだったのであろうか?
そんなことを考えているうちに、目当てのプリニオの牢獄前へと辿り着く。
隣の牢獄からはヴラスタがプリニオの牢獄に向けて手を伸ばして悲痛な叫びを上げているが、当のプリニオはというと、ヴラスタから距離をとるように、牢獄の隅に膝を抱えてうずくまっていた。
そして、プリニオは俺たちの姿に気が付くと、ガバリと顔を上げ、悲壮な顔で訴えてくる。
「すまない! 私の牢獄の場所を変えてくれ! それがダメならヴラスタの場所を変えてくれ! 隣じゃダメなんだ!!」
その表情は、悲壮でありながらも、恐怖におびえた表情にも見えた。
「おいおい、プリニオ…そりゃねえだろ… ヴラスタはずっとお前のことを思っていたんだぜ? それなのにそんな仕打ちはねえだろ…」
「その声!! アシヤ・イチローなのか!? なら余計なことを言うな! そして聞くな!」
そのプリニオの言葉に俺はムッとする。他人の恋愛事情に口出しするなとでも言いたいのかよ…
そんな感じに考えていると、プリニオは髪を掻き毟りながら狂人のように声を上げる。
「私の中には寄生魔がいる! そして、魔族は寄生魔を通して私が見聞きしたことを聞いているんだ!!」
そのプリニオの告白を聞いて、予想通りの結果ではあったが、少し気持ちが重くなる。
「やっぱりか…」
俺は小さく呟く。
「そうだ! 私は寄生魔に寄生されており、私の見聞きしたことは全て魔族の知ることとなる…そんな私が人類に攫われたというのに、未だ処分されないのが不思議なぐらいだ… だが、私が余計なことを口走れば、寄生魔は直ぐに私の命を奪いながら飛び出し、近くの者に寄生することであろう… だから、頼む… 私に何も聞かず、何も言わないでくれ…」
プリニオは悲しみと恐怖に顔を歪めながら嗚咽を漏らす。
そのプリニオの姿を見て、一時でもプリニオとヴラスタの二人に嫉妬していた自分を恥じる。二人の再会は、織姫と彦星のような感動的なものではなく、ボニーとグライド、もしくはロミオとジュリエットのような悲劇の結末に近い物であったのだ。
俺はそんなプリニオの様子を、現実でありながらもどこか、テレビや映画でも見ている様に目を細めて見ていた。しかし、不意に一瞬、シュリの名前を思い浮かべる。
すると、俺のそんな視線に気が付いたプリニオが苦悶の顔で哀願してくる。
「アシヤ・イチロー… 私が今まで行った事は許されざる行為だ… そんな事は、今自分が陥っている状況で良く分かる… だが… 一つだけ…一つだけ! 私の願いを聞いてもらえないか!!」
あの時の自分も同じ顔をしていたと自覚する
「…なんだ、言ってみろ」
俺は感情も抑揚もない声で答える。
「ヴラスタを…ヴラスタを… 私の牢獄から…できるだけ遠い場所…安全な場所に移して貰えないか… 寄生魔が私の身体を突き破り… ヴラスタに寄生しないように… 頼む… 本当に頼む… アシヤ・イチロー…」
プリニオは五体投地でもするように、身体を床に投げ出し、地に頭をこすり付け、絞るように声を出しながら懇願する。
そのプリニオの姿に、俺の胸の内の思いが、爆発するように膨れ上がる。俺はその思いを胸の内に押しとどめる為に、拳を握り締め、ぐっと歯を食いしばる。
頭を下げながら小刻みに震えるプリニオに、歯を食いしばる俺。張り詰めた空気に暫し沈黙が流れる。
「イチロー…」
そこへネイシュが俺を気遣うように声を掛けてくる。
「…分かってるよ、ネイシュ… ヴラスタの牢獄の鍵を…開けてやれ…」
その言葉にプリニオははっと顔を上げ、隣の牢獄で様子を見ていたヴラスタが目を見開く。
「アシヤ・イチロー!!」
「イチロー様! 私はプリニオ様の…」
「黙れっ!!!」
俺は何か言いかけたヴラスタの言葉を怒鳴り声でさえぎる。その声にヴラスタはビクリと肩を振るわせて口を閉じる。
「ヴラスタ! おめえがプリニオの側から離れたくないのも分かる! でも! プリニオの気持ちも汲んでやれ!! お前が逆の立場だったら…それでもプリニオの側にいたいと思えるのかよっ!!!」
俺は動揺するヴラスタに目を合わせず、牢獄の中のプリニオを見て声を荒げる。
プリニオとヴラスタが俺の怒鳴り声にビクつく中、ネイシュがヴラスタの牢獄に近づきその鍵を開ける。
「ほら、ヴラスタ、こっちに来て…」
ヴラスタは無言で素直にネイシュの指示に従い、牢獄を出る。そして、通路に出たところで、隣の牢獄に顔を向け、中のプリニオの姿を見て一筋の涙を流す。
「プリニオ様…」
「ヴラスタさん…」
これから引き離される二人は互いに名を呼び合う。だが、プリニオはヴラスタから視線をそらすように顔を伏せる。
「ヴラスタさん…お幸せに…」
それはまるで死に別れるような言葉であった。その言葉にヴラスタは流れる涙をそのままに唇をかみしめる。
本当であれば、プリニオは人類を裏切った大罪人であるし、ヴラスタはその部下だ。ソーマの取引が成立しなかった今では、処分するのが妥当であろう。
だが、プリニオとヴラスタの姿に、俺は自身とシュリの思いを重ねていた。恐らく、ソーマを手に入れる前のなりふり構わない俺の姿は、今のプリニオと同じ姿、同じ思いだったと思う。
だから、俺はプリニオを処断することは出来なかった。それどころか、プリニオの願いを聞いてヴラスタを避難までさせたのだ。
そんな俺にネイシュが優しく手を添える。
「イチロー…分かってる…分かってるから」
そう声を掛けてくれたのであった。




