第998話 黒雲の足音
普段は冷静沈着なブラックホークが血相を変えている姿に、俺はパチパチと目を瞬かせて驚く。
「どうしたんだ? ブラックホーク、敵と接触したという連絡を入れた後で、帰還したそうだけど…」
ムルティさんの友情の余韻が残る俺は、目元に残る涙を拭いながら、尋ねる。
「俺たちは敵と遭遇…いや、正確には“発見”したんだが、ただ事じゃない! やつら、レグリアス方面から、軍隊を推し進めている… 恐らく、イチローが以前話していた、前の時間軸の人類連合軍だと思う!」
その言葉に俺は頭の上から冷や水を浴びせられたように驚き立ち上がる。
「何だって!? それは本当なのか!? そいつをどこで見つけたんだ!?」
すると、ブラックホークは大陸地図が張ってある黒板のところにツカツカと早足で進み、地図上の一点を指し示す。
「俺が人類連合軍と思しき軍隊と遭遇したのは、ここ! 魔族領よりのレグリアスとホラリスの国境線沿いだ! 俺が見た時には、軍隊は国境のレグリアス側にいたが、軍旗を確認したところ、レグリアスの国旗を掲げておらず、見たことのない国旗を掲げていた!」
そう言って、ブラックホークは魔族領・レグリアス・ホラリス・ベルクードの四国の国境が交わる部分を指差した。
「マジか…ベルクードの国旗というわけでもなかったんだな?」
「あぁ、間違いない! ベルクードの物でも、もちろんホラリスの物でもなかった。ただ、月明かりがあったと言えども、夜だったので正確なことはいえんが、軍隊は強行軍を行うための騎兵や兵員輸送馬車の割合は多かったが、装備が統一されておらず、様々な国の軍隊が寄せ集められたような状態だったな」
「なるほど、前回のループで人類連合軍が突如姿を現したように思えたのは、兵員輸送馬車などを使って強行軍をしてきた結果なのか…」
それで、あの時の俺たちは対応する暇なく、押しつぶされてしまったのか…
「それにだ、イチロー、奴らの軍勢の中央には、王族や指揮官用の行軍用の馬車ではなく、高貴な貴婦人を乗せる為の馬車があった。恐らくそれが、前回の時間軸で猛威を振るったというアネレイトスという人物の馬車なのであろう…そんなものも見かけたぞ!」
「奴…奴が来たのか…」
アネレイトスという名前に俺は戦慄が走る。前回のループで、蟻族たちが命をかけて作ってくれた血路…俺はその血路を使いアネレイトスに肉薄し、バラバラに切り裂いてやったが、それでも奴は涼しい顔で復活しやがった…
その後、奴は領民や俺の仲間たちを、まるで蟻でも踏み潰すかのように無慈悲に蹂躙し尽くした…許せねぇ…アイツだけは絶対に許せねぇ…
俺は怒りの闘志を込めて拳を握り締める。だが、いくら俺が前回の知識を使い、溢れんばかりの怒りの闘志を胸に秘めてアネレイトスと戦っても、堕神したとは言え、神と人間、敵う訳がない。
そこで、俺はミリーズに向き直る。
「ミリーズ! 改めて聞くが、例のものはどうなんだ!?」
「えっ、えぇ… イチローに言われた通り、いつでもできるようにはしているわよ! でも…本当に成功するの?」
急に話を振られたミリーズは戸惑いながら答える。
「あぁ、儀式の準備がちゃんと整っているのなら、大丈夫だ! 信じてくれ!」
ミリーズは未だ信じられない様子だが、俺には確証がある。ミリーズがその儀式さえちゃんと実行すれば、俺の計画は成功するはずだ。
「イチロー様、アネレイトスの対処の件は大丈夫そうですが、その前に、その人類連合軍なるものがホラリスを通ってこのアシヤ領に来るのはおかしくはないですか?」
次にマグナブリルが声を掛けてくる。
「あぁ、確かにおかしいな…スタインバーガー教皇には俺の娘のシロを嫁に出しているんだし、先々代教皇アリスの呪いだって解いてやったんだ。俺たちを裏切る訳がない! ちょっと、直接聞いてみるか!」
マグナブリルにそう答えると、俺はスタインバーガー教皇との通信用魔道具を取り出し、念話による直接対話を試みる。すると、時を待たずしてすぐに反応がある。
(はっ、はい! スタインバーガーの妻のシロですにゃ!)
シロの慌てている様な念話が響く。
(俺だ、アシヤ・イチローだ、シロ、なんだか慌てている様だが、ホラリスで何か起きたのか?)
尋常ではない様子で慌てるシロに理由を尋ねる。
(あっ! イチローお父様! それが…突然、海を隔てたセントシーナより上陸攻撃がありまして、ホラリスは今、混乱中ですにゃ!)
「えっ!? ホラリスにセントシーナからの攻撃!?」
シロの言葉に、俺は思わず声を上げ、俺の声に、皆がガタリと動く。
(はい!そうですにゃ! セントシーナの急な攻撃に、先々代教皇のアリス様が陣頭指揮をなさって対応し、夫は各部署から人員を集めて後方支援を行っておりますにゃ!)
「先々代アリス教皇が陣頭指揮に立って応戦しているのか?」
なんてことだ…もしかして、魔族の連中はこの時を見計らって、この大陸内だけではなく、他の大陸にも影響力を及ぼしていたのか!?
(それで、イチローお父様はどうされたのですにゃ? 今はホラリスも忙しいので、イチローお父様の要望には応えられないかも知れませんにゃ…)
(いや、別に何か頼むつもりではなく…スタインバーガー教皇に以前話した、人類連合軍って奴らがレグリアス方面からホラリスに侵入しようとしているって話をしようとしていたんだよ!)
(えっ!? それはレグリアス方面からの敵の増援ということなのですかにゃ!?)
慌てていたシロの念話が、更に慌て驚いたものになる。その後、魔道具の使用者を切り替えるガサゴソとしたノイズが入ったかと思うと、念話の声がシロからスタインバーガー教皇へと変わる。
(イチローお義父さん!! 先程の話は本当ですか!?)
シロ以上に慌てて動揺した念話が響いてくる。
(あぁ、本当だ! 遺跡攻略作戦で囮に出していたブラックホークからの情報で、約2時間ほど前に、魔族領寄りのレグリアスとホラリスの国境付近に、人類連合軍と思しき軍勢を見たと言っているんだ!)
(なんですと!? ただでさえ、沿岸部のセントシーナの急襲で忙殺されて余裕が無いというのに北方方面からの増援なんて…手が回りません!)
スタインバーガー教皇は悲鳴のような念話を上げる。
(いや、敵は、ホラリス領内を通過するだけだと思う、目的はこのアシヤ領に攻撃を加えることで、今回のセントシーナの急襲も、人類連合軍をホラリスに足止めさせないための陽動だと思う!)
しかし、改めて考えると、陽動や囮を考えていたのは俺たちだけではなく、敵も考えていたとは…それも同じタイミングで…
(そうかも知れませんが、敵が聖都ホラリスに進攻しないとも限りません…兵力を南の沿岸部に集めている今、聖都を守り切るのは難しいですな…)
教皇は苦渋に満ちた念話を漏らす。
(だったら、各部隊との連携が取りやすいように、借りていたホラリス馬車を返そうか?)
「ブラックホーク、お前が使っていたホラリス馬車は、ホラリスに行くぐらいの魔力は残っているんだよな?」
教皇にホラリス馬車の返却を提言した後、ブラックホークに確認をとる。
「ホラリスに飛ぶぐらいの魔力は残っている。だがしかし、飛行には支障がないが、敵からの攻撃で損傷している状態だ。その事についても話がある! 教皇との念話が終わった後で話すつもりだ」
「マジか…でもまぁ、飛行に支障がないのなら、構わんだろう」
俺は通信用魔道具を握りなおし、その事を教皇に伝える。
(今一台、カローラ城に戻ってきているんだが、敵の攻撃で損傷を受けていて、飛行には支障はないそうだ! 残る一台も帰ってきたらそちらに向かわせるつもりだが、それでいいか?)
(はい! お願いします! 今は猫の手も借りたい状況なんですよ!)
念話の向こうから、「シロのことかにゃ?」という声が聞こえたが、喉から手が出る程、緊急の連絡係になるホラリス馬車を欲していることが伝わってくる。
(分かった! すぐにでもホラリス馬車を送り返そう、また何かあったら連絡してきてくれ! 手伝えることは手伝うつもりだ!)
(ありがとうございます! イチローお義父さん! 何かありましたら連絡します!)
そうして、スタインバーガー教皇との連絡が切れたのであった。




