臭いと馨り
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喫茶店の入り口の前に、知った顔が立っているのを遠目に確認する。
「あれ、誰かお客さんが来ているようだぞ。」
蓮が知り合いなのかと剣に確かめる。
「ん?アレは…刑事だよ。蓮、急いで匂いをすぐに消しなさい。我々の匂いは強すぎる。」
剣が真顔で言う。
「ああ、例の識別できる刑事たちってことか。分かった、匂いをギリギリまで抑えるよ。」
理解し、承諾した。
店のすぐ近くまで着ると、1人は鍵穴を熱心に覗いていたが剣たちが近寄ると後ろを振り返った。
もう一人は携帯を耳に当て、電話をかけている。
その電話のコール音が鳴ると同時に、店主の持つ携帯電話がブーブーと振動した。
バイブ音に気が付き、女が後ろを振り返る。
「あ、出掛けていたのですね。」
そう声を掛けてきたのは女刑事の甘草であった。
「ええ、出掛けておりました。店内に入らないのですか?」
そう、剣が言うと、
「ええ。鍵が掛かっているようで中には入れませんでしたが。かなり待ちました。お出かけであったなら電話に出てくださいよー。」
相当待っていたのか、電話に出なかった事が気に入らない様で笑顔で文句を言う。
「ハハ、ごめんなさい。直ぐに開けますから。ああでも、私はこの通り手がふさがっているのでね。甘草君がドアノブを回してくれませんか?もう開くと思うから。」
剣がそう答えると、しぶしぶ女刑事がドアの前まで歩み寄り、ドアノブを回す。
カチッと音が鳴り、鍵が開き、ドアノブが廻る。
ドアベルが鳴る。
「あ、開いた。どうぞ先に、中に入って。」
そう女刑事甘草は、威勢よく益田と店主たちに声を掛け、得意げに最後尾から店内へと入っていく。
カウンターに甘草が座り、その横に部下の益田が緊張した様子で周囲をキョロキョロ見渡し、腰を下ろす。
カウンター内へと店主は入り、蓮は三毛猫が寝ているスペースの横のテーブルへと腰かける。
三毛猫はいない。
お散歩中のようだ。
「すっっっげぇぇぇぇええ臭い。充満する百合の花の臭いで頭がおかしくなりそうだ。」
益田がいきなり愚痴を漏らす。
「こらっ、すみません。こいつ、まだ特務課の刑事になったばかりだから何も知らなくて。」
甘草は鞄から取り出した液体をハンカチにプッシュして染み込ませ、益田の鼻と口に押し当てる。
益田は少しもがくと何かに気が付き、ハンカチの香りを嗅ぎだした。
「これ、臭いが感じなくなりますね。」
「そうよ、ある方が開発した特異臭専用の消臭剤よ。落ち着くまでそれを鼻に当てていなさい。」
甘草はそう言いながらスプレーを店内にふりかけ始め、消臭剤を撒く。
「彼は随分と鼻がきくようですね。」
店主が聞く。
「ええ、他の者より鼻が効くものですから、王シリーズと居合わせるとかなりキツイらしく、馨りの所為で体調を崩すこともあるくらいなの。“天草”の血筋の中でも嗅ぎ分ける能力が非常に高いんです。新人ですが将来有望な逸材ですよ。」
甘草が益田のことを得意げに話すので、益田は褒められて照れているような、期待に不満を持つのか困ったような、何とも言えない顔をしていた。
「へえ、そんなに凄いのですか。」
ジッと店主が益田を見つめる。
益田は、店主の見つめる瞳の奥に、そこはかとなく恐怖を感じとる。
「あの先輩、もしかして、こちらの方も人じゃないのですか?」
益田が甘草に近づき、小声で聞く。
「あっ、この店内では秘密は漏れることはありませんので、その手のお話を普通に話してもかまいません。私は、猫の王の監視役、もとは猫の猫田剣です。この喫茶店の店主をしています。こちらは私の息子の蓮です。」
店主が、甘草が答えるよりも早く発言した。
蓮も紹介されたので、首をヒョコッと下に振り会釈をする。
「あ、猫だったのか…臭いが薄い…俺は昨年度から警察庁刑事特務課に配属しております。天草家分家の益田家次男、益田豪と申します。これからよろしくお願いします。」
益田も丁寧に返す。
「分家…ね。うちは本家だけど、当主の嗅ぎ分け能力が低いからって、分家から陰口言われ続けているのよ。自分の所の方が優れてるみたいな~だからなんだよってーの!」
甘草が愚痴る。
「そうなのですか?本家と分家では全く別物なのに。」
「そうです、そうなんですけど…皆、知らないのですよ……まあ、知る機会がないですからね。教えるの禁句だし。父は甘いから、言いたい奴には言わせているって感じで、逆に舐められてしまっています。」
店主がその会話には似つかわしくないニヤニヤと笑う気色の悪い表情でその話を聞いている。
少し気味が悪いがいつものことなので誰も触れる事はない。
益田は不信に思っているが、平和主義者なので声には出さない。
それよりも、カウンター越しに向かい合う益田は、この話は初めて聞いた天草の話だったので、かなり驚いている。
益田は話の詳細を甘草から聞きたがったが、甘草はそれ以上、口を割らなかった。
「そろそろ、本題に入ったら?」
蓮が空気を読み、口を挟む。
益田が声に振り返り、蓮を見る。
子供じゃないかといった見下した目を向けてくるので、自分の方がこの男よりも遥かに年上なのにと考え、蓮は苛立った。
「そうですね、蓮の言う通りですよ。それで、どのような事件なのでしょうか?」
店主が甘草に聞く。
「何故、事件だと分かったのですか?もしかしてすでにご存じでしたか?」
と、甘草は期待に満ちた目で店主へと質問を返す。
「いいえ、存じておりません。あなた方がワザワザここまで来たという事は、こちらで何か、調べる用事があったのかなと思いまして、刑事の用事と言ったら事件の捜査かなと安易に考えただけのこと。違いましたか?」
「合っています。実は、半年くらい前に九州の方である遺体が見つかりまして調べてみると殺人でした。それを皮切りに次々に同一人物の犯行とみられる連続殺人事件が各地で起きているのです。同様の事件が東北でも起きていないかと捜査にやってきまして、ついでに特殊課の新しい刑事のお披露目をと、こちらに寄らせていただきました。どうです、彼は?」
そう言い終えると、甘草は店主を真剣な顔つきでジッと見つめる。
「ええ、あなたの勘は当たっていると思われますよ。今後が期待できるのではないでしょうか?甘草さんならば問題ないと思われますが、大事な後輩の面倒をしっかりと見てあげてくださいね。」
店主はニタリと笑みを浮かべ、そう言った。
「もちろん、私がしっかりと見させていただきます。」
甘草が大きく声を張り上げた。
それに驚く益田。
「良かったですね、益田さん。頼もしい先輩が傍に居て。」
「あ、はい。先輩の事はとても尊敬しています。」
彼は甘草をとても慕っているようだ。
表情が物語っている。
「おい、話しが脱線しているぞ。」
と、蓮が怒る。
「それでは、先程の事件を詳しく教えてください。」
店主が慌てて話の修正をする。
益田が詳細な説明を始める。
最初の事件は半年前。
H県の船着き場付近で起きている。
被害者は、当初、口から血を流して倒れていたので病院へと搬送さられた。
外傷は見当たらなかったが、血を吐いた形跡があり、ほぼ虫の息であった。
病院に着く前に亡くなったという。
その後、念のためと義務付けられているリトマス紙検査が使われた。
平凡な刑事にはユリの馨りを嗅ぎ分けられないので、事件、病死に関らず死体が出た場合、特殊な紙を用いて、王が人間にした者かを調べることが義務付けられている。
後で何かあった場合に備えて、先に調べておくのだ。
特殊な紙は、検体の体液に触れると特定の色に変わるように作られているので、これを知る者の間では理科の実験でお馴染みのものと被せ、リトマス紙と呼んでいる。
それにより、病院で行われたその検査で、紙の色の変わり、この遺体は人ではないと確定された。
この遺体はエンゲル(王の手により形を変えた者)であった。
担当医は即座に各署の特殊課担当へと連絡を入れる。
解剖をして見ると、恐ろしいことが発覚した。
外傷がないにも関わらず、心臓が潰されていたのだ。
とても人間の仕業とは思えない犯行である。
「現在同様の報告が九州で10件、関西で5件、関東で2件と、次々に報告が上がってきています。」
「だから、東北にも調べに来たのですね。」
「はい。」
「それで、どうでしたか?」
「まだ、報告はありませんでした。」
「そっかぁ~怖いね。用心しないといけないね。」
「これにより、上層部の一部がヒトの王の犯行ではないかと疑う者もいて、もしくは……あ、いえ、愚かにもそのような事を口にする者が出始めているので…」
甘草はバツが悪そうに話し、下を向く。
「ヒトの王の犯行ね、それはないと思うよ。そんなことをやったら目立ってしまい存在が世間に知れ渡ってしまう。ヒトの王にとって最も嫌う事であり、デメリットでしかない。それに、王シリーズは無暗に人間を殺したら、消される契約を政府と結んでいる。知っているよね?そんなリスクを冒してまで、危険なことはやらないでしょう。」
甘草を見つめ、店主が答える。
「そんな契約があるのですか?王が…消せる?」
益田が初めて知った様子で、質問してくる。
「あるよ。私からは話せないけど。」
「…そうですか。」
関心を持ったようだが、店主が語らないとキッパリ言い切ったので、益田はそれ以上追及してこない。
政府の話を聞いてしまったら身を危険に晒すというリスクを本能的に回避したのかもしれない。
「犯人に繋がることで、分かっていることはあるのですか?」
店主が甘草に聞く。
「実は、まだ何も分かっていません。中には我々には把握出来ていなかったエンゲルも含まれていました。何処で知り得たのか…どんな人物が犯行に及んでいるのかが、全く予測できていません。」
甘草が悔しそうに返す。
「そうですか。では、エンゲルは皆狙われる対象になり得るということですね。恐ろしい。我々も気を付けなければいけませんね。もっと情報を集めなければなりません。鳥の王からの報告は?」
質問を遮るように、甘草が答える。
「鳥の王は、行方不明です!!」
必死に訴える。
「えっ、連絡は?」
「無いです。」
「手掛かりは?」
「無いです。」
「生死は?」
「分かりません。」
「…いつから?」
「公安がいうには、先週、定例報告で会ったが最後だとか。その後の報告はありません。」
その質問で、店主は導き出したようだ。
「もしかして、エンゲルだけでなく、王シリーズも狙われているのですか?」
「おそらく、そうであると思われます。」
甘草は自信なさそうに小さな声で答えた。
「そう言えば、猫の王は?ここに居ると聞いてきたのですが、居ませんね。」
益田がキョロキョロと首を動かし、店内を見回す。
「猫の王は、今、ある人を元気づけに出かけているので、ここにはいません。出来るだけ一人にさせたくないという、お気に入りの者がいるのですよ。」
「へぇ~まるで人間みたいだ。」
少し子馬鹿にしたように聞こえなくもない益田の言葉。
「ええ、そうですね。人間のようです。」
喫茶店のカップを磨きながら、店主は表情を動かすことなく答えた。
「しかし、王シリーズも狙われていると言うのならば心配です。ここからの行動も慎重に考えなければなりませんね。避難も考えねばなりません。」
そういうと顎に手を添え、眉間に皺を寄せ、店主は悩むポーズをする。
「まだ狙われていると確定したわけではありませんし、何かあれば俺達が駆け付けますよ。ね、先輩。」
「ええ、そうです。何かあれば私達に連絡を。」
刑事の二人は心強い言葉をくれる。
「分かりました。私の方も王たちに協力を要請し、情報を集めてみます。何か分かりましたら、ご連絡いたします。」
刑事たちの話は、これで一通り終えたようだ。
新幹線の時間があるからと、もっと店主と話をしたがる益田の背中を甘草がグイグイ押して、2人は店を出る。
店の入り口まで店主が見送りに来ると、益田が大きく手を振り、また来ますと大きな声を上げていた。
タクシーを止め、2人は乗車した。
2人を最後まで店主は見送った。
タクシーの姿が全く見えなくなってから、店内に戻る。
店内のあの定位置には、すでに猫の王が横たわっていた。
「ニヒも聞きましたね、王シリーズに声を掛け情報を得ましょう。まずは、学校へ行き、管理者である用務員の八木さんにユグとシーラの五稜郭への移動を指示しなければなりません。こちらは蓮、お願いできますか?」
「ああ、いいぞ。」
「ニヒ、君はクイーンのもとへ、ふたりで都周辺の情報収集をお願いします。これはかなりの危険が伴うので、都内へあなた達は直接足を踏み込まぬように行ってください。」
「ああ分かった。」
ニヒがスクッと立ち上がり、傍からは猫の鳴き声にしか聞こえないがそう返答した。
「私は大阪へ。虫の王に会ってきます。それでは皆さん、行動開始です。」
***
同時刻の東京。
ある繁華街の路地裏で、スクープをものにしようと、ある記者がカメラを抱きかかえ、転移に居る有名人への張り込みに奮闘していた。
彼の名は本田環。
元猫であり、今はマンチカンになった白崎の飼い主で、雑誌記者をしている。
彼は猫語が理解できるので、王やエンゲルが起こした事件などの協力者としても働いている。
そんな彼の背後に、歩み言い寄る二つの不気味な人影。
1つは少年、もう1つも成人には達していない青年のようだ。
彼らはとてもよく似ている。
「みぃーつーけた!!ねえ、エイトー、アレでしょう?」
少年が青年に尋ねる。
「おい、イレブン。少し声を落とせ。感づかれたら逃げられる。今、写真を確認するから…ああ、アレだな。」
青年が手に持った写真と、本田を見比べて、小声で返す。
「よーし、じゃあ、チャッチャと終わらせて、侍、見に行こうぜ。」
屈伸運動をしながら、イレブンと呼ばれた少年がそう言った。
「今の日本に、侍はいないよ。」
エイトと呼ばれる青年がボソッと呟いた。
ストックが無いので、時間のある時に書いては投稿、書いては投稿となっています。
よろしかったら、気長にお付き合いください。