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ノルウェージャン・フォレスト・キャット

今話もお読みくださり、ありがとうございます。



ここは、東北の都市郊外にあるしがない喫茶店。

店名は猫屋という。


その店に観光で訪れたとは思えない皺の無い紺色のスーツを着た一人の男が入店した。


シャランシャラン。

ドアベルが鳴る。


その音に気が付き、店内で作業をしていた店主が入り口付近を伺う。

1人の男を確認すると、声を掛けた。


「わあ、お久しぶりですね。カピバラさん。」

店主が明るい声で名を呼んだ。


「テンシュ殿、私の名は神原(かんばら)ですよ。あなた、そのことを白崎さんに吹き込んだでしょう。彼の講義の際に聞かされましたよ。」

神原が入り口に近い座席に腰を下ろすと、嫌な顔を浮かべ愚痴を零す。


「ははっ、元の姿をそのままを言っただけなのに。ですよね?カピパラさん。」

 意地悪くニヤニヤ笑いながら、店主がにんじん、りんご、小松菜入りの野菜ジュース、それとスイートポテトをテーブルの上に置いた。


 まだ注文を受けていないのに置いた品物は、彼の好物、定番セットのようだ。


「まあまあ、これでも食べて落ち着いて。そして、色々と許してね。」

 店主が置いたドリンクセットを見たとたんに神原は頬を上げ、フォークを手にした。


 スイートポテトを口に頬張る。

 2口で食べ終えると、野菜ジュースに手を伸ばし、ゴクゴクと喉を鳴らし飲んでいく。


「ぷはあ、うまい!おかわり。」

 一瞬で完食した。


「今回の芋は茨城産の希少種を使って作ってみました。いかがでしたか?」

 店主が感想を聞く。

「実に美味であった。これ持ち帰りできるかい?奥さんと息子にも食べさせてあげたい。」

 ニッコリ笑顔で神原が尋ねた。

「流石は愛鼠家の神原さん、元カピパラの奥様にもご用意いたしますね。」

 と店主が言い残し、バックヤードへ向かう。

 戻ると、手には箱が用意されていた。

 その中にスイートポテトを詰めたようだ。

 神原に手渡す。


「ムフッ、これでチャラだ。」

 そう言いながら、神原は箱をじっと見つめて、ほくそ笑む。


「それにしても、カピバラさんがこちらに来るなんて、珍しいですね。何故こちらへ?」

 店主が聞く。


「ああ、先日の後処理だよ。あの後、少しお金のことで揉め事が起きたようだから情報操作をしにね。」

「岩田屋の大女将の件ですね。そうですか、結局揉めたのか…あの意地汚い義弟ですね。お手数をおかけしました。」


「いいや、大したことない。それよりも、これが私は食べたかったし、長官からの伝言もあったから。彼の事で託けをね。明日、彼が帰国するらしいけど、テンシュ殿は迎えに来なくていいって。空港へは、うちの部下に向かわせるから。彼には先に依頼主に報告へ行ってもらうことになっているのさ。その後、新幹線でこちらへと向かうことになる。あっ、新幹線は本人からの要望だよ。どうしても乗りたいらしい。」

「そうですか、わかりました。では、よろしくお願いします。」


 話し終えると、スイートポテト入りの箱を大事そうに抱え、神原は店を後にした。


  ***


 この一月ほど前。


 店主は相談を受けていた。

「でね、レシピを見て作ってみたけれど、どうにもうまく作れないらしいんだ。それで、テンチョーに先生をやって欲しいって頼んでくれって言ってくるの。しつこくてさ。どうしたらいい?」


 そうウンザリした顔で話をしてきているのは、この店の常連さんである瑞樹君だ。

 レシピというのは以前にお願いされて渡したボーロのレシピのことだろう。


「私が同じものを作るので、それを渡すではダメなのですか?」

 店主が聞く。

「なんかね、何度も作って貰うのは悪いから自分で作れるようになりたいらしいんだけど、そいつが言うにはテンチョーが作った時みたいな完璧なものが出来上がらないんだって。だから教えて欲しいって。あいつが作ったのを貰って食べてみたけど、美味かったし、テンチョーが作ったのと違いが分からなくてさ。」

 瑞樹は腕を胸の前で組み、首を捻っている。


「そうですか、では、一度、この店に来るように伝えてくれませんか?お話を詳しくしてみたいです。」

 店主がそう言うので、瑞樹は了承し、問題が解決できて、ほっとしたのか嬉しそうに軽い足取りで、帰っていった。


 翌日、瑞樹と共に、黒髪のおさげの少女と老婆が店にやってきた。


「じゃあ、これからサッカーだから。」

 と言って、瑞樹が店を出ようとドアに向かう。


 その後姿に向かって、少女がありがとうと瑞樹に声を掛けた。

 瑞樹が振り返り、真顔で手を振る。

 そしてすぐに向き直る。

 耳を真っ赤にしながら、店を後にした。


「いらっしゃいませ。話は瑞樹君から伺っています。ボーロを作りたいとか。」

 店主が席まで案内し、座るように促す。


「はい、そうです。あ、私は岩田華子(いわたはなこ)です。こちらが私の曾祖母です。岩田ハルです。実は、阿部君から頂いたボーロを正確に再現したくて…あの、あれには、何か特別なものが入っているのでしょうか?」

「いいえ、特には変わったものは使っていませんよ。」

「実は…」


 口をモゴモゴさせながら、少女が語り始めた。

 岩田ハルさんは数年前から痴呆が進み、今は、自分の息子も嫁さんも認識できないほどになっている。

 華子の家は、この近隣の人達が知らぬものはいない老舗の旅館で、ハルさんは数年前までバリバリ働いていた名物大女将であったので、外の施設には入れず、昔からハルさんを慕っていた仲居だった者をヘルパーさんとして雇い、面倒を見て貰っているというのだ。

 旅館経営で忙しいと小言を漏らす両親と祖父母は、介護には関与しない。

 ひ孫の華子も、習い事や付き合いもあるので、時間がある時に曾祖母の部屋へ顔を見に行く程度である。


 瑞樹からお菓子を分けてもらった日、その足で曾祖母のもとへ行き、一緒にお菓子を食べながら話をしたそうだ。


 呆けてから曾祖母との会話は、かみ合っていない。

 華子が話すと相槌のような声を曾祖母は出すのだが通じているのか分からない。

 曾祖母のモゴモゴと何を話しているか分からない会話に、分かっていないけれど華子もうんうんと返事するというモノになっていた。

 正直、虚しく、少し苦痛のときもある。

 でも、両親や曾祖母が忙しい時に、沢山構ってくれていた優しい曾祖母の記憶のある華子は、曾祖母に関わらなくなるという考えは持っていなかった。


 いつものように会話をし、曾祖母がお菓子を口にした後である。

 目に正気に戻ったのだ。

 そして、キビキビと話し始めた。


 信じられなかった。


 最初、痴呆による発作かと思ったくらい、急に行動を始め、シャキッとし始めた。

 ヘルパーさんも衝動的行動かと、またかと言ったように曾祖母へ近寄ると、曾祖母から声を掛けられた。

 いつもと雰囲気が違うようで、信じられないと言った表情をしている。

 返事をしないヘルパーさんにもう一度話し掛ける曾祖母の姿。


 その様子はいたって普通のものであったが、今の曾祖母からは異様な行動であった。


 着替えを嫌がり綺麗な格好をしなくなった曾祖母とは思えないほど、小奇麗に身支度を整えたかと思うと、岩田屋の旅館内、庭、外へと二時間ほど散歩しにいったという。


 その後、岩田家は今日の曾祖母の様子を知らされ、混乱したと言う。

 よく死期が近づくと、痴呆が一瞬良くなると言う噂があるという声に踊らされ、無駄に慌てたと言う。


 翌日、曾祖母はもとに戻っていた。

 不安と安堵が岩田家に渦を巻く。


 その翌日、土曜日だったので、華子は曾祖母のことが心配で一緒に過ごす事にした。


 小腹が空いたので、部屋の戸棚からお菓子を出す。

 昨日華子が持ってきた瑞樹からもらったあのお菓子の残りも、ヘルパーさんがきちんとしまってくれていたようで、そこに入っていた。

 そして、その菓子を見た曾祖母が勢いよく手を伸ばし、口にした。

 その瞬間、また、同じことが起こったのだ。

 この菓子が奇跡を起こしていると確信した華子は瑞樹に頼ったのだと言う。


 しかし、自分でいくら作っても、同じことが起こらない。


「なるほど!う~ん、あのボーロには特に何か手を加えてはいないのですが…魔法が掛かっているということなのでしょうねぇ。」

 店主がおかしなことを言う。


「へっ?」

 思わず華子も変な声をだしてしまった。


「冗談ですよ。そうですね~では、あのボーロを今ここで作りますので、もう一度曾祖母さまに食してもらいましょうか。」

「は、はい!」


 店主と華子は店のテーブルの上を片付けて、お菓子を作る準備をした。

 材料の計測や作り方など、説明しながら華子の横で店主が行っていく。


 オーブンに入れ、焼き上がるのを待つ時間に、ティータイムとなった。


 コップを口元まで寄せ、固まっている華子の表情がかなり険しい。


「チャイ、気に入りませんか?」

 店主が悲しげな表情で華子に聞いてくる。


「あ、いいえ…あっ、チャイ、はい、気に入りました…その、今、考え込んでおりました。これまでの行程、材料と言ったものは、私がレシピをいただいて家で作った時と、何ら変わりがないのです。」

「そうですか。とりあえず、食してみてからから考えましょう。」

「はい…そうですね。」



「はーい、出来上がりました。では、どうぞお召し上がりください。」


 香ばしい匂いのボーロがテーブルの上に置かれた。


 すると、先程まで椅子の背もたれに寄り掛かり、舟をこいでいた曾祖母が急に状態を起こし、

手を伸ばす。

 その光景に、華子は驚いた。

 次の瞬間、曾祖母は掌いっぱいにボーロを握りしめ、口にボーロを詰め込んでいた。


 咀嚼音が店内に響く。


 飲み込む音と共に、曾祖母が店主に話し掛け、流暢に会話を始めた。

 呆気にとられる。


 呆けていた華子に曾祖母は名を呼び、声を掛ける。

 三回目の呼びかけに、ようやく気が付いた。


「あら嫌だわ。華ちゃんたら、目を開けたまま寝ていたのね。」

 曾祖母がそう言った。


「大ばぁば、私が分かるのね。やっぱりこれなのね、これなのよ。」

「そのようですね。」

「でも、なぜ、私が作ったものではいけないのでしょうか?」

「う~ん?」

 店主と華子が会話を進め、曾祖母は置いてきぼりにされていたため、強い口調で割って入った。


「ちょっとあなた達、何なのです?私にも分かるように話しなさいな。」

 曾祖母はプンプンと怒っている。


 そんな曾祖母の当たり前のリアクションも、華子は嬉しく感じる。

 会話が通じているから。

 感情の反応を当たり散らすだけでなく返し、相手の返答も求めている。

 言葉のキャッチボール、当たり前の事なのに、こんな嬉しいことはない。


「大ばぁば、ごめん。ちゃんと話すね。」

 華子は曾祖母が痴呆になっていたからのことを話し始めた。


「そうかい、私はそんな状態に…華ちゃん、すまなかったね。」

 曾祖母が華子の右手を両手で包み、首を垂れた。


「いいよ、年を取ると仕方がない事なのだから気にしないで。それよりも、今の大ばぁば、前より意識がハッキリしているように感じるのだけど。前は何ていうか、大ばぁばを演じている感じだったけれど、今は本人と意思疎通がきちんと出来ているの。何故かしら?」

「食べた量…ですかね?」

 華子の問いに、店主がテーブルの上の食べこぼしを片付けながら、答えた。


「そうかもしれない。これまで、阿部君に貰ったものを一つずつ食べていたから。じゃあ、もしかして沢山食べれば、長く意識をはっきりしたまま過ごせるのかな?」

「私にも、分かりかねます。だって、このお菓子で痴呆が治ると言いう話も、まさかと半信半疑で聞いていましたから。おかしな話ですよね~。」

 沈黙が流れる。

 店主のギャグに白けたからではないようだ。


 静まり返った店内にドアベルの音が響き、三毛猫が姿を現した。

 店主の足元をすり抜け、フワフワのマットとクッションの置かれたスペースへと向かい、寝転ぶ。

 気持ち良さそうに、手足を伸ばす。


「いっそ、猫になりたいわね。」

 猫を見た曾祖母が呟いた。


「猫に、なれますよ!!」

 ニヤニヤした怪しさの滲む笑顔で、店主が言う。


「にゃあ~」

 すぐ側で寝そべり寝ていた猫が鳴いたようだ。

「ニヒ、お帰り。」

 店主が声を掛ける。

 猫は顔を上げ、こちらをちらりと見て顔を逸らし、前足で耳を掻くとまた寝に入った。


「昔、上客から噂で耳にしたことがあったけれど、まさか、本当に?人間が猫になれるの?」

 曾祖母が真剣な顔つきで、店主を見つめ話す。


「ええ、本当に猫になれるのです。」

 戸惑った様子の曾祖母に、店主がもう一度、同じ言葉を繰り返す。


 さらに店主が少し詳しく説明をすると、曾祖母はこう言った。


「人間が猫になるなんて、信じ難い話ではあるけれど、自分がこのまま痴呆に戻るのであれば、猫になって過ごしたい。皆に迷惑を掛けたくないわ。華ちゃん、私が猫になったら一緒に過ごしてくれる?」

 華子に曾祖母は尋ねた。


「私は大ばぁばと一緒に居られるのであれば、それでいい。大ばぁばのしたいようにして。」

 華子は優しく微笑んだ。


「ありがとう。店長さん、私を猫にしてください。そして、残りの人生、華ちゃんと一緒に楽しく過ごさせてください。よろしくお願いします。」


「分かりました。承りましょう。それでは、3日後の満月がこの喫茶店の屋根より高く昇る時刻に猫屋へとお越しください。コレを…ドアの鍵です。コレを使ってドアを開けてください。」

 掌の上にチェーン付きの鍵を受け取ると、曾祖母は鍵を握り絞めた。


 次の瞬間、勢いよく椅子から立ち上がる。


「こうと決まったら早く動かないと。いつどこで、戻ってしまうか分からないのだから、さあさあ、始めるわよ。ほら、華ちゃん急いで。」

 店を出ようと動く、華子を急がせる。


「大ばぁば、そんなに急いで、いったい何を始めるの??」

 慌てて席を立ち、上着を掴みながら、華子は聞いた。


「何って、エンディング計画よ。あとに何も後腐れが残らないように、全ての問題を片付けてから猫にならないと、家族に迷惑が掛かるでしょう。面倒な義弟もいるから。それでは店長さん急ぐので。また明後日に。」

 そう言うと、颯爽と喫茶店を後にした。


  ***


 3日後の夜。

 大きな満月が塵一つない澄んだ夜空へと浮かび、灯りのない猫屋を照らす。


 一台の軽自動車が、喫茶店の前にて停車した。


 後部座席のドアが開き、苔色に小さな柄があしらわれた品の良い着物を老婆が降りる。

 助手席の窓が開き、少女が顔を出す。

 老婆は、一言、二言と彼女と言葉を交わし、運転手にも声を掛け、泣きだした運転手と両手で握手をし、しばらくの別れを告げると店の方へ向かい歩き始めた。

 その後姿をしばし見届ける。

 運転手が涙を拭うと、テールランプを消して軽自動車が走り出した。


 老婆は店の前まで来ると、入り口のドアを軽くノックする。

 返事は無い。


 店主から預かっていた鍵を帯留めから取り出し、鍵穴に差し込み回す。

 カチリと音がして、ノブを掴み、ドアを引いた。


 眩いばかりの光が差す部屋。

 真っ白な部屋が、そこに存在した。

 いつもの喫茶店ではない。


 部屋に足を府に入れ、数歩歩く。

 完全に体が室内に入った時に、ドアがパタンと閉じた。

 閉まる音に気付き後ろを振り返ると、ドアは白い壁へと消えていき、完全に消えていた。

 背後も真っ白な空間となる。


 とりあえず前へ進もうと、老婆がドアから反対方向へと視線を移した瞬間、テーブルとイス、それから猫屋の店主の姿が目の前にあった。


 驚いて、ワッと、思わず声を上げてしまう。


「すみません、驚かせてしまいましたね。岩田ハルさん、こちらへお掛けください。」

 店主がニヤニヤした笑顔で、応対する。


「すみませんね、声を上げてしまって。いきなり目の前に居たので、少々驚いてしまったよ。大きな声を上げて、恥ずかしいね。それにしても、この部屋はいったい…こんなことが、本当に現実でありえるのね。正直、猫になるだなんて半信半疑だったの。」

 ハルは、椅子に座りながら、天井や遠くを見回す。


「いつもは、神格な雰囲気を作り出すために、少しばかり演出を加えたりするのですけどね。真っ白い何もない空間から、何だか凄いモノ現る!みたいな。まあ、今回は貴女の脳がいつまでもつか分からないので早めの行動をという事でそこは省かせていただきました。それでは、まずは…お茶を飲みましょう。」

 店主が湯飲みと急須をどこからか取り出し、ハルへとお茶を出す。

 あのボーロも添えて。


「少し食べてください。変態中に暴れられたら大変困るので。」

 そう店主に言われて、ハルは数個のボーロを手に取り齧り、お茶を飲んだ。


「このボーロは結局、孫の作ったものと何が違ったのですか?」

 手にしているボーロを見つめながらハルが質問する。


「おそらく、私が作り出すことで、何らかの力が加わってしまっているのでしょう。偶然の産物です。細胞を若返らせる、再生するといった力が働くのかと。」

「え??」

「こんな効果があるのならば、ぼろ儲けできますよね~でも大量生産は出来ないから、希少価値を売りにして高値で奴らに売るつけるとか…ブツブツ。」

 店主が商売人の妄想を述べだしたところで、声がする。


「おい、そんなものを売りに出したら、鼠に齧られるぞ。」

 机の下から声がして覗き込むと、そこに居たのは猫屋に居た三毛猫であった。


 声の主は三毛猫??と、頭に疑問符を付けたような顔をしたハルをよそに、ひょいと三毛猫が机の上に軽々と飛び乗る。


「じゃあ、始めるぞ。」

 目の前の三毛猫がそう言った。


「ちょっ、ちょっと、これはいったいどういう事??」

 ハルはかなり動揺している。


「見ての通り、三毛猫です。」

 店主が言う。

「そうですね…しゃべる三毛猫?」

 ハルは不安そうに三毛猫を見つめる。


「はあ、お前、何も説明していないのか?少しくらいはしておけよ。」

 三毛猫が不機嫌そうに悪態をつく。


「ハハッ、ごめん、ついうっかり。ハルさん、実はこちらのニヒ、三毛猫くんが、これからあなたを猫にしてくれます。何か質問はありますか?」

 じゃじゃーんっと、効果音が付きそうなくらい、テンション高めの適当な説明であった。


「えっと…まあいいか。質問はありません。この先の私の未来はあなた達次第。心残りもありませんし。ですので、どうぞ、始めてください。よろしくお願いします。」

 ハルは決心が固いのか、質問することもなく、猫にしてくれと頭を下げた。


「質問をしなかったのは、お前が初めてだな!面白い、何か要望はないのか?1つならば叶えてやろう。」

 三毛猫がそう言いうので、ハルは考える。

「では、痴呆を治してください。ひ孫に迷惑を掛けたくないのです。」

 これまでの行動の話を思い出したのか、寂しそうな表情のハルは、そう答えた。


「ならば、いっそ若返らせようか?そうだ、少しばかり利口にも出来るぞ。芸を覚えてやって見せたら、飼い主に可愛がられるだろう。」

 三毛猫がノリノリで提案したが、


「いいえ、三毛猫さん。私は今の寿命のままで、ひ孫と共に穏やかに暮らしたいのです。それが、何よりの幸福なのです。」

 穏やかな笑顔で、ハルは返す。


「ふんっ…そうかよ。」

 三毛猫は納得してないが仕方がないといった雰囲気で一言、返答した。


 ハルと三毛猫が手を重ねると、猫の口から光るものがあふれ出す。

 あっという間に2人を覆い、光の珠となり見えなくなった。


 しばらくして、三毛猫だけが光の外へと出てくる。


 ハルを覆っていた光が弱まっていき、小さくなる。

 どんどん縮む光の領域、現れたのは、ノルウェージャン・フォレスト・キャットだった。


 柔らかい豊満な毛の猫がそこに居た。


「どうだ?」

 三毛猫が問う。


 キョトンとした様子のノルウェージャン・フォレスト・キャットとなったハルが声に反応する。


「あ、もう終わりましたか?私は、どうなりましたか?」

 疑心暗鬼の険しい声で三毛猫の問いを無視し、答えた。


「おい!」

 と三毛猫が無視されたことに文句を言おうとしたが、割り込まれた。


「ハルさんは、ノルウェージャン・フォレスト・キャットの姿になりました。体調はどうですか?気分が悪いという事はないでしょうか?」

 店主がハルへと優しく聞いた。


「はい、気分は悪くないです。そうですか、ノルウェーなんちゃらという猫に、私はなったのですね。」

 自分の姿が信じられないのか、体を確認するために首を動かし、観察している。


「おい、お前の人間の時代の寿命と同じくらいは生きられるようにしておいたぞ。それと痴呆も治しておいた。これくらい、猫の王である俺様ならば、容易い事なのだ。俺は猫の王だからな!!」

 三毛猫が偉そうに踏ん反り返る。


「それはそれは、ありがとうございます。猫の王様。」

 ハルの落ち着いた短いコメントがやっぱり癪に障る三毛猫。


「お前はなんでそんなに落ち着いている。これまでの奴らは、俺の事を根掘り葉掘り聞きたがり、これからの自分がどうなるのかと、気になって前のめりに質問してきたぞ。お前の反応はつまらない。」

 言い終えると、プイッと横を向く。

 怒っていますアピールなのがバレバレだ。


「フフフ、そうですね。この年だと色々な経験を積んできておりますので、驚かないと言うか、そう言ったことに鈍くなっているのでしょう。それと、何事もやってみればどうにかなるものだと考えてしまうのです。そうですか、猫の王様は私に聞いてほしかったのですね。それでは、猫の王様はいったい何者なのですか?」

 流石、元大女将といった人柄で、どっしりと構えた性格、猫の王だろうと物怖じしない。


「ケーニヒだ!私の名は、ケーニヒ様だ。そう呼べ。」

 猫の王がハルにつっけんどんに言う。


「はい、ケーニヒ様。」

 ハルが優しく返す。


「さ~てと、自己紹介も終わったところで、後の説明や諸々を済まさないとね。とりあえず、場所を移動しようか。」

 店主が話に割って入り、そう言うと、床からドアを引きだした。

 扉を開けると、あの喫茶店の店内に通じている。


 店内で、猫になってからの説明などを受け一晩を過ごし、翌日、孫の元へとハルは引き渡された。


  ***


 その後、孫の華子とハルは店の常連となっている。


 華子の習い事の合間に時間を見つけては、ハルを抱っこした華子が店にやって来る。

 ケーニヒとハルはよく会話を楽しんでいるようだ。


 瑞樹君が時たま顔を出すので、華子も彼に会えて嬉しい様子だ。

 二月には手作りのチョコレートを渡し、瑞樹もホワイトデーのお返しをするのに店主に協力を頼み、手作りクッキーを用意した。


 そんな穏やかな日が過ぎた昼下がり、彼が猫屋への扉を勢いよく開け放ち、飛び込んできた。


「テンチョー!!急いで、母さんが、母さんが死んじゃう!!!!」


 瑞樹がカウンター前の椅子に飛び乗り、カウンター内で豆の確認をしていた店主の腕を掴み、強く引っ張る。


「落ち着いて、瑞樹君。今そっちに行くから。」

 今にも泣き出しそうな彼を宥め、手を離させてから、店主はカウンターを出る。

 瑞樹は駆け寄り、店主の腕を引くと速足で歩きだし、出入り口へと急がせる。

 店主が鍵を掛け終えると、瑞樹が走り出す。


「早く!!」

 瑞樹が強く発する。


 2人は急ぎ足で阿部家へと向かうのであった。


もっと、定期的に投稿できたらと思います…頑張ります。

素人が趣味で書いていますので、目を通してくれている人がいるというだけで、嬉しい気持ち満タンです。

読んでくださる方に感謝します。

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