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犬の王【前半】

不定期投稿にも関わらず、続けて読んでくださる方々、ありがとうございます。

ありがとうございます!!

202x年2月某日 都内I公園にて。


早朝、苔色の池の水が湯気をだす中で、小さな遺体がベンチへ座らされ置かれていた。

 近くを散歩していた老人が、けたたましく鳴く犬の声を聞きつけ、駆け付ける。

 そして、それを発見し通報した。


 検死の結果、凍死と判断された。


 3日前に隣県の雪山に家族で出かけた彼は、山間のドライブインで忽然と姿を消し、行方が分からなくなっていた。

 両親による本人確認から、遺体は居なくなっていた男児であると分かった。


 男児の名前は、長谷川良樹。

 長谷川コーポレーショングループの現会長の孫である。


 彼がなぜ、居なくなった場所から遠く離れたI公園に居たのか、それは現在も分かっていない。




 その一月前。


 東北の閑静な住宅街の一角にある喫茶店の駐車場に、店には不似合いな高級車が停まった。

 運転席からスーツの男が降り、後部のドアを開ける。

 そこから、小学生高学年らしき少年が降り、続けて降りようともたもたしていた少年の手を引き、車から降りるのを手伝った。

 どうやらお互いの呼び方からして、この2人は兄弟のようである。


 車を降りて、兄は不安気に店を見つめた。

 弟が、強張った表情をし、兄の裾を強く握る。


 兄が弟の手を裾から外し、手を握り、強く引いて、建物の入り口へと向った。

 入り口のドアに手を掛け、ひと呼吸おいて勢いよくドアを押す。


 シャランシャランと軽やかな音が鳴り響く店内へ、歩みを進めた。


 カウンター前まで来た時に、カウンター奥から、年若い青年が姿を現した。

「これはこれは、とても若いお客様ですね。いらっしゃいませ、お二人ですか?」


 店員らしき青年の言葉に、手を引いている兄が大きく頷く。


「分かりました。では、あちらの席へお座りください。」

 案内されたのは、敷物とクッションが床に置かれた場所から、すぐ近くのテーブルであった。


 弟の手を、兄がしっかり引き、そちらの席へと引っ張っていく。

 弟を先に座らせ、兄もその横に座った。


 店員が水を運んでくる。


「こちらがメニューになります。決まりましたら、お呼びください。」


 説明を終えると店員が踝を返し、立ち去ろうとした。

 その時、兄が叫んだ。


「あの、店員さん、僕の弟を猫にしたいので、店長さんに合わせてくれませんか?」


 振り返った店員の目に、涙目で必死の形相の男子の姿が映る。


 店員は背を向けていた体を返し、先程の位置へと戻った。


「私が店主です。詳しくお話を伺ってもよろしいでしょうか?」

 そう店主が優しく語り掛けた。


「はい、聞いてください。」

 強い目力を放ち、弟を猫にしたいと言う兄が不安の混じる声色で返事をした。


 兄の名前は、長谷川 優一郎はせがわゆういちろう

 名門私立小学校の5年生で、弟想いの優しい子である。


 弟の名前は、長谷川 良喜(はせがわ よしき)

 私立小学校の1年生で、のんびりとした性格で、人見知りが激しく、少し変わっている。


 弟は、人と行動するのが兎に角苦手で、いつも遅れを取ってしまう。

 でも、頭はとても良いそうだ。

 計算はスラスラ出来るし、九九を幼少期にあっという間に覚えてしまった。

 漢字もすぐに覚えて、高学年用の図書の本も、スラスラ読めてしまうのだ。

 兎に角、弟は天才なのだと兄は言う。

 でも、集団になると、行動に後れを取ったり、我を強く出してしまい問題行動を起こしては周囲を驚かし、周囲の流れを止めてしまう。

 そんな彼を煙たがり、周りの奴らが嫌がらせをする。

 それを弟はやられっ放しにしないでやり返すのだが、それが必要以上になる場合も多く、大事になってしまうのだとか。

 そして、母親が学校へ呼ばれる。

 その繰り返しで、最近、母親がおかしくなってしまっているのだそうだ。


「僕のママ、電話だと、ずっと壁に向かってお辞儀しているの。終わると直ぐに僕を見て、抱きしめてくれるのだけれど、力が強くて痛いんだ。それに、いつも泣いているの。」

 良喜が説明の途中で口を挟む。


 兄が、弟の頭を撫で、お前は悪くないと繰り返す。


 この兄弟の父は、長谷川コーポレーションの有力な跡取りで親族からのプレッシャーもあるのだろう。

 兄は両親の希望した名門小学校へ入り通っているが、弟は面接で落とされてしまった。

 ようやく面接の無い学校で入学が決まった。

 だが、問題ばかり起こすので、悩みをどこにも相談できない母親が、もう1年以上、1人で苦しんでいるのであった。


「この前、母が良喜の顔を見た瞬間、トイレに駆け込んだのを見た。吐いていた…もう、あの人は限界だと思う。」

 優一郎が母親の様子を苦しそうに話した。


 最近は、帰宅すると弟を連れ出して、家の敷地内にある曽祖父の住んでいる別邸へ行くようにしているそうだ。

 その方が、母親がホッとした顔をするから。


 囲炉裏を囲んで話をしている時に、良喜が曽祖父に言った。

「僕、猫になりたい。」

 そうしたら、曽祖父がこう返したと言う。


「よっくんは、猫になりたいのかい?そうかそうか、なれるぞ、なってみるかい?」

 と、良喜の頭を撫でながら言ったのだ。


 最初は冗談かと思っていたが、曽祖父が内緒の話と言って詳しく話し始めたので、優一郎も興味が湧いてきて聞き入った。

 そして、その夜に、兄弟2人で話し合い、猫になることを決めたのだと言う。


「本当に、猫になることは、出来るのですか?」

 優一郎が良喜の肩を掴みながら、店主に問う。


「ええ成れますよ。あなたが望むなら。」

 少し不気味さの漂うニヤニヤした笑顔を弟に向けながら、店主は答えた。


 子供二人は唾を飲み込む。


「でも、勿体ないですね。あなたの脳はとても素晴らしい出来です。」

 店主が目を細めて弟を見つめながら話す。


「僕もそう思います。でも、よっくんの事を分かってあげたいのに出来ないです。それはお互いに、とても苦しい…僕もどうして普通に出来ないのかと攻めてしまう時があって、自分が嫌になる。うちの家族にとって、弟が猫になる事は最善の形なのだと…そう思うしか…。」

 兄が悲しそうに弟を見つめて話す。


「そうですか。やはり、人間とは難しい生き物ですね。」

 彼の言葉に店主がそう呟いた。


 三毛猫がふらっと現れ、店主の足元へやって来る。

 そして、フワフワの絨毯のもとへ行き、上に乗り寝そべると目を瞑った。


「くしゅん。」

 弟がくしゃみをした。

 一度では止まらず、立て続けにくしゃみをする。


「よっくん、どうしたの?大丈夫?」

 兄が心配する。

「分からない。くしゃみ、止まらない。目も痒いの。」

 弟が嘆く。

「そういえば僕もお店に入ってから鼻がムズムズしてしかたがないんだ、ティッシュがあったかな。」

 兄も言いだす。


「あれ?ひょっとして、お二人ともアレルギー持ちですか?」

 店主が2人に尋ねる。


「アレルギー?」

 弟が首を傾げる。

「ええ、猫アレルギーです。」

 店主が猫の方を見て言う。


「食べ物はピーナッツだけと主治医から聞いていますが…猫は分かりません。飼っていないし、近づいたことがないので…」


***


 1週間後、再び猫屋にて。


「猫アレルギーでした。しかも、家族全員がそうでした。」

 と、報告を受けた。


「どうしましょう。猫アレルギーがあるならば、猫になっても家に住めなくなってしまう。」

 泣きそうな顔で、不安を口にする兄の横で、弟はボーっと観葉植物を眺めていた。


「そうですね、アレルギーの起きないように弄った猫にすることは可能なのですが、家族全員がアレルギー持ちの家で飼われ、皆が何ともないとなると、不審がられるでしょう。下手したら、調べられるかもしれません。そうなったらかなりマズイ。」

 顎に手を当てながら難しい顔をして店主が答える。


「じゃあ、よっくんがお母さんに抱っこしてもらうのは、もう無理なの!?」

 兄が責め立てる様な反応をした後、我に返り意気消沈する。


 その時、店のドアが開き、ベルが鳴る。

 シャランシャラン。


 入って来たのは、頭に小さなレース付きの帽子を身につけて、フリフリの衣装を着た(パピヨン)を腕に抱いている男。

そんな服を犬に着せなさそうなキリっとした面構えの黒髪のスマートな青年であった。


 青年が店内を見回し、店主を見つけると、近づいてくる。


「あぁ、よかった。来てくれましたか。」

 店主が青年を見て、ホッとした様子の声を出す。


「やあ、天主(テンシュ)殿。依頼を受けに来ましたよ。」

 そう笑顔を店主に向け、話し掛ける。


 笑うと可愛らしく見え、さらに近づいてみて分かったのだが、彼の眼の色は透き通ったブルーでとても魅力的であった。


「受けてくれてありがとう。こちら、電話でお話した依頼主の長谷川良喜君、こちらが彼のお兄さんの優一郎君です。あ、良喜君、優一郎君、こちらは、犬飼さんです。」


 突然、やって来た人を説明もなしに紹介された2人は戸惑っていた。

「どうも…長谷川優一郎です。」

「良喜です。」

名前を言って小さく首を下げた。


「こんにちは、始めまして。犬飼 蓮樹(いぬかい れんじゅ)です。よろしく。」

 爽やかに挨拶をする。


「連樹さん、実は、まだ2人に例の話をしていないのですよ。」

 店主が言う。


「そうなのか、では返答次第ということですね。」

「ええ。」

 2人が子供らへ向き合い、店主が話しだす。


「先程のアレルギーの件で、やはり猫になるのは難しいと考えまして。そこで、私からの提案があります。良喜君、犬になりませんか?」

 驚きの提案だった。


「犬ですか?」

 優一郎も思わず聞き返す。


「ええ、猫がダメなので、犬はどうでしょうか?こちらの犬飼さんは犬にしてくれる方と知り合いなのです。」

 そう店主が犬飼の方をチラッと見て言った。

 その視線につられて、子供二人も彼を見る。

 目が合い、犬飼が優しく微笑む。

 腕の中に居たパピヨンが一声鳴いた。

 その声に2人が体をビクッとさせる。


 優一郎と良喜は目を合わせ、耳元でコソコソ話を始める。

 言い合いを終えて向き直る。


 そして、良喜が店主に返答する。


「よろしくお願いします。」


「交渉成立!」

 犬飼が嬉しそうに言い放った。


 そして、10日後にと約束をして、子供2人は店を後にした。


  ***


 店を出て、高級車に乗り込む2人の横を、男の子がサッカーボールを抱えて通って行った。

 入り口のドアが開き、ドアベルが鳴る。

 シャランシャラン。


「瑞樹君、いらっしゃい。今日はどうしましたか?」

 店主がすかさず声を掛けた。


「テンチョー、お願いがあるんだ。」

 もじもじしながら、瑞樹は話す。


「実はさ、この間貰ったボーロって菓子、アレの作り方を教えてくれ…欲しいです。その、人に頼まれて。何度も断ったんだけど、しつこくて。レシピを聞いてきてくれって言うんだ。」

「ええ、構いませんよ。少し待っていてください。今、紙に書いてきますから。」

 店主がカウンター奥へと消えて行く。


 店内を見回すと、珍しく客が居た。

 もの凄く顔の整った男性で、膝の上にいる犬の世話を甲斐甲斐しくしている。

 こんな喫茶店内がまるでお洒落なセレブ空間ように見える。

 瑞樹はその男を見て世の中にはこんなに整った顔の人が居るものなのだなと唸る。


 そこに、レシピを持って、店主が戻ってきた。


「テンチョー、あの人、この辺の人?もの凄くイケメンだね。芸能人?」

 瑞樹が聞く。

「あ~、彼は、私の知り合いで芸能人ではありませんね。」

「そっか。じゃあ、俺行くね。これ、ありがとう。」

 そう言うと、瑞樹はそそくさと立ち去った。


「客も居なくなったことだし、さっきの続きを話すぞ。」

 犬飼でも、店長でもなく、何処からか聞こえる。


 犬飼が抱えるパピヨンからであった。


「エリザベス様。まだ営業時間中です。お客様が来るかもしれませんので、話は閉店後と言っていたではありませんか。」

 犬飼がパピヨンに言い聞かせる。


「何を言う、お前がアレに力を付与しているだろう。」

 ドアベルの方へ体を向けて、首をグイッと動かし吠える。


 パピヨンがさらに話を続ける。

「あれは、人を選ぶのだろう。どうせ、ここの事を知る者だけしか入れないように細工してある。そうなのだろう?」


「ええ、よく分かりましたね。先程の少年は関係者でありますが、秘密を教えられていません。あれのお陰でここへは秘密を知る者しか、入れないようになっています。彼は特別です。フフッ、全てベスの言う通りです。」

 店長がニヤニヤしながらパピヨンに向けて言った。


「お前の気味の悪い笑い顔も変わらずよのぉ。それよりも、さっさと話を進めよ。さっきいた小さい子供を犬にすればよいのだろう?」

 パピヨンが言う。


「ええ、そうなのですが、少しばかり雲行きが怪しいようなので、助力をお願いできますでしょうか?」

 店長が珍しく眉間に皺を寄せ話す、


「ハハッ、イイ顔ぞ。よいぞ、お前の頼みだしな、協力しよう。それよりも…あいつはどうした?ケーニヒだ。あいつは何故、此処にいないのだ!?」

 パピヨンが吠える。


「ああ、ニヒならベスが来るって分かったから、出掛けましたよ。あっ、コレを言うのはマズかったのかな?」

 店長が犬飼を見ると、犬飼は眉をハの字にして頷いている。

 マズかったようだ。


「なんですって!!私が来るからと言って逃げたですってぇええ!?私は楽しみ…あっ、オホン…猫の尾っぽをへし折るつもりだったのよ。何でいないのよぉおおお!!」

 かなり怒っている。

 はて?何に対してそんなに怒っているのだろうか?と、店主は不思議そうに眺める。


 猫と犬、生物の分類的にも近いため、彼らはよく揉めている。

 それはなぜか、猫の王は容易く犬の者を塗り替えることが出来る。

 あっという間に猫から犬へ大変身、おちゃのこさいさいなのである。

 そして、逆もしかり。

 更に王の能力も弱いが使えてしまうと言う。

 そんなことから、棲み処の縄張り争いのような感覚でぶつかる。


 だから、お互いをライバル意識が強く、仲が悪い…仲は悪いとされているのだから会うのは嫌なはず、居ない方が良いのではないのか?と店主はそう考えるのだが、女心はとてつもなく難しいらしい。

 店主には理解できない部分だ。


  ***


 長谷川兄弟との約束の日、ここは雪山。


 周囲は木々が白い化粧を施し、家や店もまばらの道路を一台のSUVが爽快に走り抜ける。

 毎年恒例で、長谷川一家は冬になるとスキーをしに、この山へとやって来る。

 今年はこの日にどうしても行きたいと兄弟で父へおねだりした。

 そして願いを受け入れてくれた父の運転で、スキー場へと車を走らせている。

 スキー場へ行く際には、決まって国道沿いの売店のある休憩施設へ立ち寄りトイレ休憩を取る習慣があるのだそうだ。


 トイレに親子が入ってくる。

 そして、打ち合わせ通りに、良喜が大の方をしたいと言って、個室へやって来た。

 父親と兄は小便器の方で用を足している。


 その隙に、良喜が個室のドアノブを回す。

 開けるとそこは、あの喫茶店の店内であった。


 目をパチクリさせて身を乗り出し、ドアの中を確認する。


「早くお入りなさい。」

 犬飼に言われて、良喜は急いで店内に体を滑らせた。

 ドアが閉まると、あの寒さはすっかり消えていた。


「あの、僕、さっきまで山に居たはず…」

 良喜は戸惑っていた。


「ええ、居ましたね。まあ、そこの所は深く考えないで流していきましょう。それよりも、君は、このあとの家族の反応が知りたかったのでしょう?」

 店主が良喜に問う。


「なんで分かったのですか?」

「どうしてでしょうね、私が人間を好きだからですかね?さあ、さあ、見ましょう。」

 そう言うと、入り口のドアを少しだけ開く。

 手招きされ、すぐに向かう。

 隙間から一緒に外を覗くと、そこは、先程いたトイレではなく、トイレの外であった。


 トイレの前で父と兄が消えた弟の名を呼び必死に探している。

 そこに売店から出てきた母が合流した。


「駐車場脇に設置されていた滑り止めの砂袋が入れてあるボックスの扉から覗き見ているので、少し距離があり見えにくいかもしれませんが、目を凝らしてよく見てください。それでは、彼らの声が聞こえるようにいたしましょう。」

 店主がそう言った後、良喜の耳元で指をパチンと鳴らす。


 すると、家族の会話が聞こえてきた。


「いったいどういう事なんだ。なぜ良喜はいない。トイレの中は全部確認した。窓はない、入り口に行くには俺達の後ろを通らないといけないのに、通っていない。だよな、(ゆう)?」

「うん、通っていなかったよ。」

 父が軽くパニックになっている。

 その逆で兄の優一郎は冷静で淡々と返事をする。


 父は周囲を探してみると言って、慌ただしく走り出し、優一郎もその後を追う。

 母親は警察へ通報し、トイレの前で待機するよう走り出す前に父に言われていた。

 それに従い、母が電話を掛ける。


「もしもし、警察ですか!!あの、子供が、子供がいなくなったんです!!場所は、G県M町の国道沿いなある〇△パーキングです。今すぐ、すぐに来てください!子供が居なくなったんです、良喜が、良喜がいなく……いなくなって……いない、良喜がいない……いないいないいない…」


 母の言葉は詰まり、動きも止まった。


 その時の表情は、彼女の本性を物語る。


 暫しの間、その様子を良喜は苦しい表情で見つめていた。


「ありがとう、店長さん。僕、決めたよ。僕は猫になる……見たでしょう?今の母さんの安心した顔を。僕は、あの人を苦しめている。」

 良喜が俯き加減で、言い終えて下を向く。

 唇が小刻みに震える。

 うっ、うっと声を漏らしボロボロと涙を流して、静かに泣く。

 鼻水を静かに啜り、袖で流れ落ち続ける涙を拭う。


「ああ、幼子にしてこの理解力。君の頭脳はこんなにも素晴らしいのに勿体ない。勿体ない。将来を見据え、家族を切るという選択肢もあるよ、本当にこのまま話を進めていいのかい?」

 店主が覗き込み、優しく問う。


「いいです。僕は、家族を誰も傷つけたくない…僕も…もう、うっ、ヒック、ヒック、うう。」

 顔を袖で覆い隠し、嗚咽を鳴らして泣き始めてしまった。


 ドアをそっと閉じる。

 店長は彼を両腕で包み、抱きしめた。


 服の隙間から漏れ聞こえる泣き声が、静かな店内へと響いていた。




少し長いので二つに分けます。

後半に続きます。

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