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【幕間】

猫屋にて一幕

 

 扉の向こうは、いつもの猫屋だった。

 店内には誰も客はおらず、シンッと静まり返っている。


 そこに、怒りの声が投げつけられる。

「おい、何故そいつを連れて来たーー!!」

 声の主は猫の王ケーニヒだ。


 猫の王は、ヒトの王ことローランドを良く思っていない。

 なぜならば、猫の王が折角変化させたエンゲルを、元の姿(ヒト)へと変化させてしまう依頼があるため、その依頼をローランドが容易く引き受けては、戻してしまうからだ。

 その為に彼に良き印象を持っていないようだ。


 という理由もあるが、だいたいはケーニヒがローランドに対して、王としての強いライバル意識を一方的に抱いているとう点が大きい。


 ちなみに、ローランドは何も深い考えは持っていない。

 戻してと言われるので、言われるままに、いいよと戻してしまう、ただ、それだけである。


 ローランドは空気の読めないお気楽でポジティブな性格なので、ケーニヒの事は王仲間のなかでも親しい間柄と考えているようだし、よい友人認定もちゃっかりしていた。

 そのことも、ケーニヒは気に入らない様子で、親しくされるごとに不機嫌な態度なのだ。


 という、彼らはとても面倒な関係だ。


 だからローランドを猫屋に連れてきたくなかったと、剣は心の中で後悔しながら、背中の毛を激しく逆なでし、機嫌悪く聞いてくるケーニヒに、淡々と答えた。


「タモは帰国した蓮に会いに来ただけだから。」


 それを聞くと、ケーニヒはフンと首を横に振り、いつものスペースへ戻る。

 そして、気に食わないと言うかのようにドスンと音を立て、後ろ向きになり横たわってしまった。


 剣は、ケーニヒの態度を見て、もしかしたら、僕はしくじっってしまったのかもしれないと、反省する。


 もうケーニヒは、こちらと話しをする気はないようだと感じ取った剣は、ローランドへ向き直る。


「とりあえず、まだ蓮は学校から帰って来ていないし、そこに座ってくれ。今、プリンアラモードを用意するから。」

 カウンターへ座るように促した。


 ローランドはチラチラと、ケーニヒを見て、彼の近くの席に座りたいアピールをしてきたが、剣はそれを頑なに拒否し、無視した。

 自分の居る空間内で諍いが起きるのは好まないのだ。


「そこに座って。とりあえず、アルコールを出すよ。そうだな、赤でいい?」

 剣がそう言うと、パッと表情が華やぎ、上機嫌な声でローランドは返事をする。


「いいよ。」

 そして、すぐさま、カウンターへと腰を下ろした。


 彼は無類の酒好きなのだ。


 剣がワイングラスに赤ワインを注ぎ、ローランドの前へ置く。

 つまみのクラッカーにクリームチーズと生ハムを添えたものを出す。

 それで少し飲んで待っていてくれと差し出しながらそう言うので、ローランドは静かに頷き、ワインを口にし始める。

 あっという間に、一本空きそうなハイペースである。


 それを見た剣は、ワインごとローランドの目の前に置き、直ぐに調理へと取り掛かった。

 そうこうしている間に、蓮が帰宅した。

「た……だいま?」

 そこに居たローランドに気がつき、目を瞬かせた。


「あ、おかえり。もしかして、伊集院?あ、違う。今は、なんだったかな…猫ジン??」

 ローランドが蓮を見て、そう聞くと、

「蓮!!猫田蓮ですよ。私の弟です。」

 と、剣が即座に顔を覗き答えた。


 剣がローランドの前に、プリンアラモードをそっと置く。


 蓮がローランドの元へ掛け寄り、ローランドの容姿を隅々までチャックし、こう言った。

「おい、タモ。なんだ?その外見は?少し前のゴリマッチョ、ブルー隊長はどうしたんだ??」


「え、これの方がこの国の人間には気に入られるって聞いたからこうしたんだよ。」

「は?誰に?」

「白だよ。」

「ああ、あいつか。アニメオタクだからな。」

 蓮が目の下にくまを作り、大熊にこき使われパソコンを懸命に叩いている白崎を思い浮かべる。


「でも、あいつ。ネットの中の知識しか分からないじゃないか?実際、その外見にして、どうなんだ?」

 蓮がローランドに聞くと、少し考え、こう答えた。


「好まれてはいる…とは思う。道を歩いているとよく声を掛けられて色々誘われるからね。でも、全て断っているよ。あとあと面倒だから。事務所?モデル?video?ホスト?他にも色々ね。飲みに行く?って言う誘いには、ついて行くけどね!」


「ああ、知らない人からのいきなりの誘いは断った方がいいね。でも、飲みの誘いはいくのか!?」

 剣がそれを聞いて頷くと同時に、少し戸惑っていた。


「ああ、その見た目だと、変な誘いも多いだろうな。8年くらい前の筋肉ムキムキ、胸毛、腕毛、すね毛ボーボーのボディーの方が、俺は強そうでカッコよかったと思うがな。ほら、テレビの筋肉競争番組にきまぐれで出場して、大活躍してかなり人気が出たじゃなか!」

 蓮が昔を思い出しながらそう言うと、

「まあね。でも、番組終わっちゃったし。それに、今も胸毛と腕毛とすね毛は、ボーボーだよ。ほらっ。」

 と、ローランドは袖をセクシーに捲りながら、嬉しそうに答える。


 確かにボーボーだ。

 その顔とのギャップに剣は噴き出した。

 蓮は大爆笑だった。


 蓮がローランドの隣に座る。

「お前、やっぱ面白いな~」


「ああ、蓮も中身は変わらないね。あ、一緒にワイン飲む?」

 ローランドは蓮を誘うが、

「今の体は未成年だから。何かあってはマズいし、やめておくよ。」

 と残念そうに蓮は断る。


「それにしても、酒とソレって合うのか?」

 プルンプルンな黄金プリン、フワフワな大量のなめらか生クリームに、アーモンドが香るクッキーと濃厚なバニラアイスが添えられ、飾り切りの施された水分たっぷりの果物がこれでもかとクリームの上に乗った皿を指さし、蓮が問う。


「うん、最高の組み合わせ!!」

 ワインを左手に、クリームいっぱいのスプーンを右手に持ち、ニカッとローランドが笑う。

 白い歯が眩しい。


「酒飲みの甘党か。お前、体には気を付けろよと言いたくなるが、ヒトの王だしな。必要ないか…大丈夫だよな?」

 中年オヤジにするような説教を蓮がするかと思いきや、そうなることはなかった。

 逆に心配してきたので、ローランドは少し胸がキュンとなった。


「う、うん!いちおう、気を付ける、かな?」

 疑問符を語尾につけてローランドは答え、頬を赤らめて、バクバクとクリームを凄い速さで口へ運びながら答えた。


「あれ?そういえばジェイは?」

 たった今、気が付いた様で、蓮が剣へ尋ねる。


「エルフのところへ行っているよ。」

 剣が寂しそうに答える。

「ああ、フェイのところか。試作品を試す日だったのか?」

 蓮が思い出して答える。


「ジェイって?」

 ローランドが割って入る。

「ジェイはGHQに居たフェイのクローン。でも、目が生まれつき見えないから、すこぶる健康なわけ。前は押さなくて、誰もやり方を教えていなかったようで、力の制御の仕方が上手くいっていなかったから組織に捨てられて、urasimeに保護されたんだ。だけれども、何故か、俺達と一緒に住むことになったんだよね。」

 蓮が丁寧に説明してくれる。


「それで、今回は視覚補助装置は完成するって?」

 蓮が剣へ質問する。


「あ~、まだっぽい。エルフは完成を引き延ばして、ジェイと2人になれる時間を多く取れるよう小細工しているのさ。これからもC国に何度も呼び出されるだろうね。煩わしい。」

 不満げに剣が答えた。


「そうか、視力が無くても、目の前の映像を脳内に伝えられる画期的な機械の開発。成功はまだか。そうなると、ジェイは”そこにあるモノを見る”を捉える感覚はまだ味わえないのか…残念だ。」

 蓮も言い終わりしょんぼりする。


「でも、それってやってもいいの?目が見えるのと同じ感覚になるんでしょう?欠損が無くなっしゃうんじゃない?」

 ローランドの何気ない疑問に、ハッとさせられる2人。


「考えもしなかった。エルフに伝えよう。何かしらの兆候が現れたらすぐにやめるよう注意してもらわないと。」

 剣が慌ててそう言うと、奥の部屋へと急ぎ足で引っ込んでいった。

 奥にてフェイへ連絡をしているようだ。


「そういえば、蓮はいつまでこの国に居るつもりなの?」


 ローランドのその質問に、猫屋にピリッとした空気が走る。

 奥から戻る途中でその言葉を耳にした剣も、複雑そうな表情を浮かべていた。


「…まだまだ先かな。アイツら…ここの常連客の小学生たちなのだが、奴らが小学校を卒業するまでは、この格好でここにいると思う。進学したら、アイツらも自分の選ぶ道へと、目を向けて欲しいからな。俺はその先には、いちゃあいけない存在だ。」

 寂しそうに、蓮は答える。

 明らかに落ち込んだ。


「そっか、それならば、まだこの国に居るって事だね。うれしいな~また会いに来るね。」

 空気の読めない発言は何のそので、心から嬉しいといった表情で、ローランドがいうので、蓮はローランドの肩をポンポンと叩き、

「ありがとな!!」

 と気持ちを押し込めて、哀愁ある笑顔を向け、蓮は言うのである。


 (ツヴァイ)は、同じ形態に何年も維持することが出来ない。

 それが彼の欠損だ。

 それを知っているので、知る者たちはその話題には触れない。


 依頼を受け、世界へ形態を変えて別の国で数年間暮らす。

 それが、ツヴァイの生きる術なのだ。

 それは、それなりに、つらい感情も伴う事を皆は理解している。

 今は猫屋にてひと時の休み期間なのである。


 この期間が長く続いてほしいと、一番そう思っているのは、(ツヴァイ)であると、剣は分かっている。

 だから、あえてそれには触れないし、剣も次はいつ旅立つのかと知りたいけれど、聞きたくないと思ってしまう話であって、敢えて聞かないようにしていることであった。


 “そう…か…またここを離れるのか”

 剣は口に出せないその言葉を飲み込む。


 ローランドのグラスが開いたので、次に飲む酒は度数が強烈に強めなものをと、剣はカウンターへと運ぶのであった。



長生きするには欠損がカギらしい

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