オカメインコ
この前の戦い後。
こうなりました。
砂利を踏む足音。
「ここだ。」
眼鏡を掛けた男が、モニターを見てそう声に出し、しゃがみ込んだ。
そこは、まだ蕾も膨らんでいない、桜並木の下。
見渡すと、そこかしこに墓石が鎮座していた。
ここは、都内某所の外国人墓地。
Qたちは、ここで亡くなった。
眼鏡の男が、ほんの一握りこんもりと積もる白い灰を手粗く払う。
その下から二つのピアスが見付かった。
「イレブンとエイトの物だ。遺留物を回収する。」
何かに報告をしているかのように、男は空中に向かって話している。
後ろに佇む少年が彼の背後から覗き込み、話し掛けた。
「カール、それ、なんですか?」
眼鏡の男ことカールは、淡々と答えた。
「任務の際に装着する音声記録機器だ。お前も着けることになる。これだ。」
そう言うと、ポケットから1つ同じものを取り出し、呆けがちな少年に手渡した。
少年は疑うこともなく今まで着けていたピアスを外し、今手渡されたものと付け替える。
装着し終えると、褒めてというように嬉しそうに微笑む。
だが、ふと何かに気が付いた。
「カール、それがそこにあるってことは、 2人はどうなったのですか?」
2人の安否が気になり、少年は慌てて聞いた。
「2人は死んだ。我々は間に合わなかった。」
揚々の無い口調で、カールはそう言った。
ただ、黒手袋をはめている拳は堅く握られている。
「僕が、迷子になっていたから…ですよね。僕が早く来てさえいれば、助かったのに。ごめんなさい。」
大きな瞳に涙を溜めて、少年は反省する。
「ナイン、これは仕方ないことだ。確かに、君の能力はここ最近のQの中でももっとも優れたモノだ。なんたって、王シリーズを一瞬で消す力を有しているのだからね。君には、試しの場を設けるはずであったのだが…致し方ないね。」
眼鏡の男は立ち上がると、内ポケットからスマホを取り出した。
バイブ音が鳴っている。
カールは画面をスライドしスマホを耳に当てた。
「おい、見ていたか?」
カールが通話の相手に繋がった瞬間に質問をする。
ガサっと音がして、木の影から、青年が姿を現した。
「おい、姿を現すなよ。サイ。」
眼鏡の男がスマホを切り、青年に説教を始めた。
「まだ近くに奴らの耳や目が潜んでいるかもしれないんだ。大人しく電話だけにしておいてくれよ。直接会うのはリスクが高い。」
カールはそう言うが、すでに遅いとサイと呼ばれた青年が言い、近づいてきて話を続けた。
「カール??彼は?」
ナインに質問されて、しまったという表情をカールはした。
だが、それは一瞬で、組織の人間だと答えた。
「おいおい、それじゃあ分からないでしょうよ。初めまして、俺はPQのサイ。特技は瞬間記憶能力カメラアイ。それと、念写。君達の戦いの記録係だよ。これからよろしくね。」
右手を差し出し、握手を求めてくる。
「PQ?」
カールを見て首を傾げる。
「こいつらはPSI保持者のクローン。君達Qとはまた別の特殊部隊だ。君達の任務に同行することも多々ある。」
と、ぶっきらぼうに言い放つ。
ナインは差し出されていたサイの手を握り返し、こちらこそよろしくと挨拶を返した。
「カール、これからどうするんだ?」
握手が終わると、サイはカールに聞いた。
「彼らが2人共居なくなった以上、任務は遂行不可能だ。まずは分析が先。本国に帰ろう。」
そう言って、フライトの時間を調べ始めた。
ナインは先程ピアスが落ちていた場所に、リュックから出した飴を二つ置いた。
その様子を見ていたサイが呟く。
「ここは、春になると、綺麗な桜の花が咲き誇るらしい。それだけが救いだな。」
サイの寂しげな言葉が微かに耳に残る最中、カールからチケットが取れたとの報告が来た。
明日には本国へ向けて出国するようだ。
***
所変わって、警視庁の取調室では、益田が容疑者の座る椅子に座らせられ、取り調べを受けていた。
「洗いざらい吐けーーー!!!」
いつもは優しいおばちゃんこと市原さんも、今日と言う今日は鬼神となっている。
それもそうだ、彼は身内を危険にさらし、スパイ行為をしていたのだから。
その所為で、鳥の王と共に、市原さんもQに襲われているのだ。
許す事なんて到底できないだろう。
「すみませんでした…言い訳もありません。俺が、未熟だったんだ。その所為で、命が奪われた…俺はどんな重い刑罰も受け入れる。それだけのことを俺はやらかしたんだから。」
益田は、そう言い終えると、ボロボロと涙を流し、何度も首を縦に振り謝った。
「それなんだけれど…」
***
警視総監室内は荒れ狂っていた。
物が散乱し、カーテンは切り裂かれている状態のままである。
そんな中で、応接セットのソファーに座り、白崎は仕事をしていた。
「ほら、これも見てください。A国の彼ら、フライトの予約を突然キャンセルしています。来週には日本に入国予定だったのに、いったいどうしたのでしょうか?」
画面とにらめっこをして、白崎が推理を始めている。
「おそらく、必要なくなったのだろう。」
神原がそう言いながら、報告書の束を持って入室して来た。
その後ろには、栗栖が掃除用具を持っている。
神原は、黒光りした高級椅子に座る人物の名を呼び、報告書を手渡した。
「警視監、報告書です。それから掃除の手伝いにきました。彼だけでは進みそうにないので。」
彼は大熊忠大警視監、クマネズミのエンゲルだ。
ちなみに、鼠の王の保護士の警察庁長官は、甘草本家筋の者である。
「そうだ、白崎君、君に伝えなければならないことがあるんだ。」
書類の束を渡し終えた神原が白崎へと振り返り、そう言った。
「なんですか?」
白崎はそう返事をすると、不思議そうな顔をして神原の答えを待つ。
「入りなさい!!」
扉に向かって、神原が大声を投げた。
扉の前で待っていたのか、すぐさま扉が開き、女性が中に入ってきた。
おわん型にした両手で包み込むように、何かを大事そうに持っている。
近くまで聞いて、それが何なのかハッキリした。
手に包まれていたのは、ブチ模様の子猫であった。
「白崎君、彼は本田君だ。瀕死でギリギリのところをある御方に助けられ生き延びた。奴らに襲われた者達は、皆、怪我を負ったが最初の犠牲者一名を覗いて死んでは居ない。王たちの力を借りて、皆、瀕死の所を助けられ、こうやって生き延びている。」
そう神原が言い終えると、女性は白崎の太ももの上に子猫をそっと下ろした。
「にゃーん。」
子猫が嬉しそうに鳴き、白崎が添えた手に擦り寄る。
「生きて…る…」
一言発すると、白崎は泣き出した。
次第に大きく声を漏らし、一目もはばからずに、ワンワン泣いた。
良かった良かったと、何度も声に出して。
子猫を両手で包み、温かみを感じながら、彼は泣き続けた。
「これからは、君が本田君の飼い主だ。しっかりするんだぞ。」
神原は温かい目で、白崎を見つめ言った。
「ハイ!!」
白崎は神原の言葉で自分がしっかりしなければならないと強く決意し、涙を拭い力強く返事をした。
その言葉に、子猫の本田は相槌をうつ。
「ニャン。」
頑張れよと励ますかのように、本田タマは一声大きく鳴いた。
***
「つまり、あなたが敵に教えたエンゲルは、殺されてはいないのよ。」
甘草が益田に説明すると、益田は涙を流した。
最初の犠牲者であったエンゲルの意識から、益田へと辿り着いたQたちは、益田に情報を流させたのだが、逆に益田の分かりやすい動きが同僚に疑われ、こちら側もすぐに対策が組まれていたのだった。
益田と接触のあるエンゲルには王たちの監視と言う補助があった。
「よかった…本当によかった。俺、自分のしでかしたことを凄く後悔していた…怖くて…怖くて、恐ろじがっだ…グズズッ。」
袖口で、流れ出る涙をゴシゴシと拭いながら、益田はそう言葉にした。
「そうね、皆、痛くて怖い思いをしたわ。今まで通りの生活に戻れなくなった者もいる。いくら妹さんの事があったとはいえ、あなたがしでかしたことは、許されることではない。分かっているのよね。」
市原は厳しい言葉を投げかける。
「あい…わがっでまず。」
益田は鼻を詰まらせ、返事をする。
「豪の処分だけれど、上層部で話し合いが行こなわれて、懲戒免職が妥当という厳しい意見が出たわ。でも、事情もあったし、君が組織に狙われるかもしれないという状況を踏まえて、ある提案が出されたの。」
甘草が少し言いにくそうに語り、声がしぼんでいく。
被せる様にハツラツした声が降ってきた。
「益田君は鳥になるのよ。」
市原は甘草が言いにくそうだったので、ズバッと言いのけた。
「へっ?鳥???」
益田の涙はいっきに引っ込んだ。
「ええ、このままだと狙われるだろうから、それならば、少しの間、エンゲルになり姿を変えたらいいとなったの。そこで、あなたの行き先なのだけれどね~|甘草刑事が名乗り出てくれたんだけれど、彼女は実家住まいだから、それは難しいってなってね。私がチッチと一緒にお世話をするって事で話がまとまったの。だから、君はこれから鳥になります。」
市原が満面の笑みで言い放つ。
益田は呆気にとられ、反論の余地も無かった。
すでに提案ではなく、決定事項であると言われてしまっているようだし、自身もこのままでは危険であるという自覚もあるので、少し心を落ち着かせてから慎重い考えて、命を受け入れることを自ら望んだ。
***
その夜。
身辺整理を終わらせ、最後の晩餐を済ませて、益田は市原の住む高層マンションを訪れた。
子供はもうすでに独立しており、小説家の旦那さんと2人暮らしだそうで、それにしては広々とした住まいであった。
「部屋は無駄に空いているのよ。」
と、息子と娘のいた部屋を指さして話してくれた。
どうやら、嫁いだ娘さんの部屋が、鳥部屋となっているようだ。
「では、始めましょう。」
そこには、甘草も同席していた。
なぜ、甘草が居るのかと聞けば、驚きの答えが返ってきた。
「本家の人間は、話は出来ないけれど、王の言葉を理解する能力を持っているの。君がスパイだと知っていたからそれも黙っていたのよ。本家の人間はもう一つ特殊な能力を持っているし、君が思っているよりも、彼女は凄いのよ。まあ、でも、秘密にしなければいけないから、色々と舐められているみたいだけどね。」
市原が秘密を漏らした。
「市原さん!!」
それ以上話されては困ると、甘草が止めに入る。
本家にそんな秘密があったとは知らなかったと、自分の能力の高さを自惚れ、彼女を蔑んで馬鹿にしていた自分に、恥ずかしさを覚えた。
彼女は優秀で優しい先輩であったと、今さら認識し、深く後悔する。
「さぁ、では、チッチの所に行きましょうか。」
居間のソファーセットから腰を浮かせ、移動した。
***
部屋に入ると、三角屋根のようなものが乗っている大型のゲージ、もはや鳥小屋と言うのが相応しい巣が置かれている。
「これなら一匹増えても大丈夫ね。」
甘草が大きく頷きながら、ケージを観察する。
市原がゲージを開けて、チッチを指先に乗せる。
「じゃあ、始めましょう。鳥の王!」
そう言い、益田へとチッチを突き出した。
市原が告げた瞬間、益田の視界は大きく歪んだ。
戻ったと思った時には、そこはもう別の場所であった。
そこは、一面が真っ青な空の上であった。
足元は空想に出てくる白い雲のようで弾力のある綿のようなモクモクとした物体で、その上を歩くことが出来る。
見上げると、少し離れた場所にいくつか同じようなものがプカプカと浮かんでいるのが見えた。
「益田刑事、後ろ気を付けて。下に落ちないようにね。」
市原が優しい口調で背後を指さした。
益田が振り向くと、後ろは雲の端だった。
おそるおそる膝をついて真下を覗き見ると、はるか遠くに緑が生い茂っているのが見える。
それは遠く、遥か遠く、ここがどれだけ高い場所なのかを実感させられる。
すると、背中に一筋の水滴が流れ身震いが起きた。
少し顔を上げた位置で再度遠くを見つめると、空とは違う青さが広がる。
海もあるようだ。
地平線がキラキラ輝きを放っている。
「おーい、豪、行くよ。」
甘草に呼ばれ、立ち上がると、皆が建物に向かって歩いて行くところだった。
いつの間にか、神殿のような石造りの建造物が建っていた。
益田も急いで後を追う。
「鳥の王が神殿に移動しろって。」
甘草が追い付いた益田に教えた。
「ここは何なんですか?」
益田が質問すると、
「ここは王の空間、王の間と呼ぶ人もいる場所だよ。」
と、甘草が返す。
神殿の中に入り、高い柱が並びに豪華な壁画や装飾、天井に目を奪われ、歩くスピードをついつい緩めながら、前を歩く市原について行く。
市原は鳥の王の保護士だけあって、これを見飽きているのだろう、見向きもせずに奥へと進んでいく。
そんな2人の距離が離れすぎないように、甘草がちょいちょい益田に声を掛けた。
幾度か繰り返したのちに市原が足を止め、言った。
「どうせ、鳥になったらここへは四六時中チッチと来る羽目になるのだから、早く来なさい。」
益田は鳥なった自分と一緒に神殿で飛び回るチッチを想像し、何とも言えない気持ちになった。
「さあ、ここだよ。」
アーチ状の入り口へ足を踏み入れた時に、甘草が言った。
そこは、広々とした空間で、中央には女神の石膏が瓶を持ち噴水に水を注ぎこんでいて、その周りに石畳の道がぐるっと一周引かれており、そこにはバードバス、バードフィーダー、人が座る大きさのベンチが不等間隔に置かれている。さらにそれらの周りを囲むむように様々な木々が植えられている。
ベンチまで来ると、市原は鳥の王を背もたれの場所へ降ろした。
ちょんちょんちょんと背もたれの上部を左へ左へと移動し続け、良い位置を見つけたのか、制止した。
すると、
「ピロロローン」
と、可愛らしく鳴く。
「豪、チッチが横に座れって。」
甘草が鳥語を通訳をする。
緊張気味に益田はベンチに腰かけた。
すると、市原と甘草が入ってきた入り口の方へ向かいだす。
「えっ、えっ!?俺はどうすればいいの?」
さっさと行ってしまう2人を見て、焦った益田は立ち上がり大声で聞いていた。
「ハハッハ、怖がることはないよ。そこに座ってさえいれば、全て済むから。チッチに身を委ねなさい。」
市原が頼もしい口調で、ただ座っているだけでよいのだとアドバイスをする。
益田は顔を強張らせ、再度、椅子に腰を掛けた。
背後で、2人の楽しそうな笑い声が聞こえ、消えて行く。
シーンと静まり返った空間に、益田とチッチが残された。
益田は緊張していた。
じっと、セキセイインコのチッチを見つめる。
チッチも見つめてくるので、お互いに見つめ合い、時間が流れて行く。
数秒しかたっていないはずなのに、一時間くらい見つめ合っていた気がする。
その時、目の前のインコの口がパカッと大きく開いた。
「おっ!」
と、益田は声を上げてしまう。
次の瞬間、インコの口から星のように眩い物体が流れるように出てきたのである。
益田はこの光景に目を疑った。
アニメオタクの益田は、アニメ内でキャラクターが吐瀉した際の虹色の修正に似ているなと脳裏に過ってしまい、それが自分に向かって伸びてきて、自身の周囲を螺旋状に包みこんでいく状態に、ゾワゾワと肌が疼き、体をブルっと震わせた。
あれには触れられたくないので固まった。
動けない状態の益田は、考えるのを辞めて目を瞑ることにした。
早く終われ~と念じながら時が過ぎるのを待つ。
無意識であったが手を祈りのポーズにし、強く、強く握っていた。
しばらくして、声が聞こえた。
「終わったっすよ!いつまで目を瞑ってるんすか??」
声に反応し、益田はそっと目を開ける。
目を開けると、目の前には変わらずセキセイインコのチッチが居た。
ただし、距離が近い。
対等な目線に不思議な感覚を覚える。
真横を見ると、先程まで座っていた椅子の背もたれが、壁のようにそそり立つ。
「へ?」
周囲の変化から、自身の体か小さくなっていることに気が付いた。
「お、戻ってきたっすね。」
そう、チッチが豪の背後を見ながら話すのを聞いて、鳥が喋っていると恐怖した益田は、またもや固まった。
「あっ、ほら!市原さん、見て見て、オカメインコですよ!!」
甘草が興奮気味に言う。
「あらやだ、本当ね。オカメインコだわ。甘草刑事の予想が当たったわね。」
「でしょう。豪は昔から甘えん坊でビビりなんですよ。」
と、市原と甘草のやり取りが聞こえ、益田は我に返る。
どうやら、自分はオカメインコになっているようだと、悟った。
「豪、これから市原さんの家でお世話になるけれど、迷惑かけないようにね。当主は事の顛末を知っているけれど、伯母さんたちには知らされないわ。あなたは海外へ長期出張に行ったとなっているから…あなたの家は本家に対する意識がアレだから、大熊総監長の方から伝えてくれるよう頼んでおいた。安心して。」
何とも言えない顔で口角を上げ、微笑む甘草を見て、日頃、自分の家族がする本家への裏でしている悪態を知っているのだなと、申し訳なく思う。
「ところで、インコを呼ぶのに益田刑事っていうのは妙なので、今からオカメインコのゴーとして接します。エサは、人間が食べる物を食べても差し支えないと聞いたけれど、カロリーや濃い味付け、化学物質で負担は多少あるらしいので、ゴーにはチッチと同じ鳥の餌を食べてもらいますよ。うちは、無農薬のミックスシード、ベジタブル入りなのよ。チッチのお気に入り。仲良く食べてね。もし、何か伝えたい時は小さなあいうえお表を鳥かご内に入れておくから、嘴で突いてね。私は甘草刑事と違って言葉が通じないから。めちゃめちゃ可愛がるわよ!」
「わ、分かりました。これからよろしくお願いします。」
益田は精一杯鳥として丁寧に頭を下げ、そう言った。
「何だって?」
市原が甘草に聞く。
「分かりました。これからよろしくお願いしますだそうです。」
甘草が通訳する。
益田は、ああ、本当に自分は鳥で、人とは会話もままならないのだなと少し凹む。
「元気だすっすよ、相棒!鳥は鳥でめっちゃ楽しいんすから!」
チッチに励まされる。
はあ~と益田が大きく息を吐くも、ピロロロロ~と綺麗に鳴り響くだけであった。
のんびりと書いております。
筆が遅くてすみません。




