表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/40

Axisの犬1

頑張った!

 

 某日、警視庁特殊課にて。


「あ、そうだわ。私、明日はこっちへは出勤しない予定なので、もし何か聞きたいことあるならば、今日中にお願いね。先方の回答次第ではそのまま出張になるかもしれないし。」

 警視庁には似つかわしくない普段着のようなラフな装いで、見るからに優しそうなおばちゃんは急須から並べられたコップへ緑茶を注いでいる。

 そして、そのおばちゃんの前のテーブル席に座り、届いたばかりの出前を掻き込む若者たちにそう用件を伝えた。


「えっ、市原さんが休みってことは、明日は王の保護士の任務(付き添い)か。」

 箸を止めて、市原にありがとうと軽く頭を下げお茶の入った渋い色合いの湯飲みを受け取り、甘草が呟く。


「ええ、チッチのね。(チン)様の所に行くの。ここのところ、色々起こっているでしょう。情報をまとめたものを報告しに。」

 某アニメの可愛いキャラクターが描かれた限定品マグカップを益田に渡しながら、市原はそう答え、欧州の高級ブランドのカップを上品に持ち上げ、緑茶を口にする。


「そっか。じゃあ、本田さんの事件の考察も昼食後に聞いてもらおう。益田は?長谷川少年の処置は全部片付いたって報告書が届いていたでしょう?事実調べと見落としがないかの最終確認は全て終わったの?後々面倒になるからしっかりやってね。」

 甘草が益田に聞く。


「あ、はい。終わっています。あの…この長谷川君ってまだ7歳ですよね。それでエンゲルになったのって、やっぱり親が無理やりとかなんですか?それで都合が悪くなったからって、子供をもとに戻したとかなんですかね?子供が犬になるなんて…そんな選択を親が強いるとか信じられない…なった経緯が掛かれていないから…」

 益田は怒りがにじみ出た声で聞いてきた。


「違うわよ!詳しくは話せないけれど、長谷川君は自ら望んでエンゲルになったのよ。確かに幼い少年だけれども、彼が決めて選んだの。エンゲルの多くは悩み苦しんだ者が多いわ。この世から消えてなくなりたいと願う者も大勢いる。そんな想いに手を差し伸べくれるのが王たちよ。人として生きづらいならば、人としての人生を休んでみようと提案してくれる。逆に、人が好きで、人の役に立ちたくて一緒に生きたいと望むモノもいる。人と生きるために人間にしてほしいと願いエンゲルになったモノも大勢いる。その手助けも王たちはしてくれているの。彼らは皆、それぞれに悩みや苦しみを抱え生きてきたし、重荷を抱えて生きている。そして、彼らに共通する事は、これまでの人生でも自分をよく理解していること、自分の責任を受け止め、エンゲルとなり強い覚悟を持って生きているという事。彼らは尊敬すべき存在なのよ。決して憐れむような存在ではない。」

 益田の口調に、これまでの事を想うと苛立ちを覚えた甘草が、強めな言い方で怒りを滲ませた。


「そうですか……俺、ちょっと便所行ってきます。」

 顔色を青くしながら益田がそう言うと、そそくさと席を立ち、部屋を出て行った。


 その様子を見て、2人は溜息をつく。

「あれで、スパイが隠せていると思っているのだから困ったものですよ。すぐに顔に出ちゃうのにあんな大層な役目。」

 甘草が愚痴る。


「確かに、アレでは疑ってくれと言っているようなものよね。彼の態度が何かを隠しているようでおかしいのだと、甘草刑事に相談されてから半年以上経つけれど、その間、こっちは必死で知っているということを悟られないよう過ごすのに、本当に大変だった。」

 うんうんと、大きく頷きながら、市原も応戦する。


「その節は、報告が遅れ、危険に晒させてしまい、すみませんでした。まさか、猫屋に検証に行ったその日に襲われていたなんて…はあ、正直、あいつの妹が留学先で何をされるか分からない状況で仕方がないのだと分かっていても、この裏切りは許せないです。家族の事を守りたいのは分かるけれど、安易に従い過ぎている。我々に相談するとか、もっといくらでも解決方法はあるというのに…やっぱり、私の事も無能な本家の者って思っているのかな…」

 最後の方は悔しそうに顔を歪め、甘草は呟いていた。


 ***


 その夜、都内某所。

 ソファーに腰かけ、トランプをする少年2人。

 そして、奥のバーカウンターでパソコンをいじりながら、話を聞く眼鏡を掛けた真面目そうな青年、それと、少年たちの前に佇む益田がいた。


「来たの?椅子に座りなよ。ゴーも一緒にトランプする?やりながら話そうよ。」

 イレブンがそう言うが、隣にいるエイトは無言であった。


「手早く話して帰りたいから、俺はいい……明日、鼠のところへ鳥が出向くらしい。鳥は今、お前達が襲撃した所為で雲隠れしているから、居場所が全く掴めなかった。だから、(あいつら)をいっぺんに片付けるには絶好のチャンスだ。それから、おそらく、俺がスパイだと言うことに周囲が勘繰り始めている。俺はもう、手を引く。お前らには協力できない。ここまで従ったのだから、妹を解放してくれ…頼む。」

 益田は綺麗に少年らに向かってお辞儀をした。


「ハーン、違うぞ!!そうじゃないだろう。日本人なら、心からの頼み事をする時にはお決まりのポーズがあるんだ。僕は物知りだから知っているのさ。さあ、あれやってくれ、ド・ゲ・ザ!!ギャハハハ。」

 イレブンが煽る。


 益田は、険しい顔でスッと右足を後ろに引き、土埃の目立つ床に両足を折り座る。

 手を重ねて床について、前へと頭をゆっくり倒した。


 重い感情が沸き上がるが、空気と共に飲み込む。

「お願いします。妹を解放してください。」


  その時、グッと後頭部をまだ小さな手に押された。

床に額が付く。


「いいよっていうか、最初からあんたの妹なんて拉致してないけどね~ちゃんと家族と連絡を取らないような馬鹿な妹を持つからこうなったってだけだよ~ギャハハハハハ。」

 椅子に座り直し、トランプを楽しみながらの益田への冒涜を続けるイレブンに、益田は怒りの表情を向け、立ち上がった。


「妹は、何もされていないのか!?全てお前らの口からの出まかせだったというのかよ!?」

 少年たちの座るソファーに歩み寄り、益田が問う。


「だからそう言っているじゃーん。」

 イレブンがトランプを机に二枚置き、そう言った。


「なんてこと…お前らは卑怯だ。」

 益田がそう渋り出すように言う。


「何を言っている?お前はそんなことが言える立場か。お前は我々の脅迫を盾にして、日頃の鬱憤を晴らしていただろう。本家の人間にしか当主になれない。あんな人間たちより、自分の方が能力は高いのになぜだって、日頃から考えていたくせに。奴らが無能なことを証明できる場が出来たって、大いに喜んでいただろう?」

 エイトが苛立ちを露わにして口を開く。


 グッと喉の奥に言葉を詰まらせ、益田は何も言えなくなった。

 今回の事を利用して、本家が出世している警視庁、警察庁を少し懲らしめてやろうと考えが過り、安易に手を貸してしまった事は否めない。

 その所為で、殺人まで発展するなんて、思いもしていなかった。

 今になって酷く後悔している。

 自分の知るエンゲルの居場所の情報を彼らに流してしまった事で、益田は罪悪感に蝕まれ続けるだろうと。


 的を得た発言に顔を歪め、黙りこくった益田の事を観察していたエイトは、飽きたのか、視線をトランプへと戻した。


 奥に居た眼鏡の男がパソコンを閉じ、徐にこちらへとやって来た。

 眼鏡のブリッジをクイっと中指で持ち上げる。


「お話は終わりましたか?それでは、明日の指示をお伝えします。お二人には、本丸への襲撃を命じます。最上階の検事総長室を目指し、室内にいる鼠と鳥を捕獲してください。生け捕りが好ましいですが止む終えない場合は死体でも構わないそうです。Mr.益田、あなたは妹さんの元へ向かうことをお勧めします。そして、そのまま国へは帰らぬ方が良いでしょう。あちらでしたら監視はつきますが、協力さえして頂ければ、命の保証はなされます。それから私ですが、ここをいったん離れます。ナインがこちらへ空路で向かっているはずなのですが、今日になっても日本に到着していません。大まかの位置情報からK国までは来ているようなので、今から彼を探しに行ってきます。私がいなくても、お二人には強い力がありますので、作戦の成功は当然のことでしょう。ですが、この国に粗相のないよう、お手柔らかにお願いしますよ。お二人とも、明日は頑張ってください。」

 背負っていた鞄を傾け、パソコンをしまい、バーカウンターの上に置かれていた細々としたものを片づけ始めた。


 眼鏡の男は益田に

「空港までならば、乗せていきますよ。」

 と、車のキーを見せながら声を掛ける。


 益田は、混乱している頭で、全ての身辺整理を終わらせてからでないと俺は妹の元へは行けないからと口にし、誘いを断った。


 三人を背にして、眼鏡の男は部屋を静かに出て行った。


 益田もすべて話し終えたので、ここから立ち去ろうと扉へと向かう。

 すると背後から声が掛かった。


「ゴー、明日も僕らの指示通りにちゃんと動いてよね。」

 イレブンは益田に笑みを浮かべ、いつものように陽気な口調でそう言った。

 エイトも益田へと視線を向け、笑っている。


 妹の心配よりも自分の安全を考慮しなければいけない事態であったのだと、今になりようやく思い知った。


 絶望が支配する。

 益田は静かに頷き、部屋を後にした。


 ***


 Piririririri

「はい、何?」

 煙たそうにスマートフォンに耳をかざし、電話に出たのは、エイトであった。


「Qか?俺だ、益田だ。もうこちらには向かっているのか?」

「もうすぐ着く。」

「えっ、早いな!?ちょっと待ってくれないか。実は、鼠の王だが、今日は警察庁ではなく、警視庁の方へ出向いているようだ。保護士の警察庁長官殿が私的な急用という理由で欠勤しているらしくて、今はお前らのこともあるから、警備の関係で、今日は警視総監室で過ごす予定となったらしい。合同庁舎へ向かっても王はそこに居ないんだ。」

 益田は前日の彼らの言葉に従い、今まで通りのスパイを続行していた。


「そう…それで、僕らは何処に向かえばいいの?」

 エイトが少し考え沈黙したのち、抑揚のない声で質問する。


「隣の建物へ。そこの13階。そこのフロアの奥の部屋が警視総監の部屋だから。そこにいるはず。」

 そう言い切ると、プツリと電話は切れた。


 スマートフォンの画面を目視し、やはり切れていると確認したのち、エイトはイレブンに声を掛けた。


「イレブン、こっち。場所変更だって。」

 言い終えた後、目の前の建物から出てきた人物にワザとぶつかる。


「イタッ!」

 中年の男性が声を漏らした。

 男はエイトを見にして、自分のぶつかった相手が未成年だと認識したようで、怪我は無いか聞き、優しく接してきた。

 エイトがその声に問題ないと返答し、ぶつかったことに対しても丁寧に謝罪したのでトラブルなく男は立ち去った。

 男には急ぎの用事があったようで、そそくさと走って行き、手を挙げてタクシーを止めている。


その男を透視(スキャン)したのだが、薬品関係の仕事でのトラブルが起きているようで、その事で頭の中が埋め尽くされており、警察庁長官の情報は得られなかった。


「やはり、広範囲索敵をしなきゃダメだな。」

 そうエイトが呟くと、イレブンが慌てて問う。


「エイト、使った?力を使ったの!?もう使わないでって、あれほど言ったでしょう!!索敵なら俺がするから。だから、そんなことで力を使わないでよ…だってあなたはもう…」

「うん、分かっているよ。でも、索敵はそんなに力を消費しないから大丈夫、お前は索敵苦手だろう?ここは僕に任せてくれ。敵地に乗り込むのだから、それくらいは自分で確認しておきたいんだ。」

「でも…」


 イレブンが言いかけると、イレブンの頭をエイトが撫でた。

 大丈夫と諭すように。


 ***


「来ました。」

 その男の報告とともに長い一日は始まった。


 エイトとイレブンが、警視庁の正面玄関から一般人に交じり入館してきたのである。


 イレブンは周囲をキョロキョロと見回し、13階まではどう上がるのかと探している。


 エイトは冷静に足を運び、いったん立ち止まると、受付を見つけ歩み寄る。

 目の前に来ると、

「どうしましたか?」

 受付の女性にそう聞かれた。


「13階に行くにはどうすればいい?」

 エイトが聞くと、女性は困惑した。

 13階は警視総監室があるフロアだ。

 そう易々と教えることは出来ない。


「あの、どういった御用件で?どなたかとお約束でしょうか?」

 と、はやり質問の答えは得られず、逆に聞き返されてしまった。


 怪しまれたと考えたエイトは言い訳をする。

「ああ、父にどうしても直接話したいことがあって、職場まで押しかけてしまったのですが…携帯を忘れてしまったようで連絡が付かないのです。上の階への行き方が分かれば、勝手に行きますので、方法を教えてください。」

 と、誤魔化した。


 女性は事情を知って、疑いを少し緩めたが、その情報は教えられないのだと、断られた。

 だが、エイトにはそれで充分であった。

 彼女の肩に触れる。


「ゴミがついています。」

 肩に着いたゴミなど無いのに払うふりをして軽く触れ、思考を覗いた。

 案の定、ゲートを抜けて、進んだ先にあるエレベーターに乗るという映像が流れ込んでくる。


「あ、すみません。ありがとうございます。」

 彼女は丁寧にお礼を言った。

 どういたしましてと、ニコッと微笑むエイトに、彼女も微笑見返す。

 しかし、次の瞬間、彼女は再度キッパリと言い切った。


「申し訳ありませんが、セキュリティ対策からその質問にはお答えすることが出来ません。お父様にこちらから連絡を入れさせてもらいますので、お名前と部署をお教えください。」


 エイトはあっと、小さく声を出し、思い出したといった表情をして見せる。

 後ろを振り返り、イレブンを指さした。


「弟のバックにキッズ携帯が入っているのを忘れていました。それを使って連絡してみます。」

 そう言って、踵を返し、イレブンの元へと戻って行く。


「分かった。あそこだ。」

 エイトは奥に二つ並んだゲートを指さした。

「あそこを通り抜けて、奥のエレベーターで行けるみたい。」


 それを聞いたイレブンは流石エイトと無邪気に誉め讃えた。

 二人は軽い足取りでゲートへと向かっていく。


 電話をするふりをして、しばらくゲートを観察していると、駅の改札のようなピッと機械にかざすカードが必要だという事が分かった。

 皆、首から下げたカードをかざし、ピッと確認音がすると、開閉式の板が開き、中に入れるような仕組みになっている。

 失敗すると、大きな音を発しランプが点き、屈強そうな警備員が勢いよく駆け付け話を聞いていた。


 どうしようかとエイトはアレコレ考えていたが、イレブンは短絡的であった。

「もう、そんな考えなくても力を使って通っちゃえばいいじゃん。」


 改札前に来ると、後ろを振り向き、イレブンはエイトを手招きする。

 エイトは良い考えが浮かばないので、従うことにした。


「じゃあ行くよ。」

 そうイレブンが言い、手を触れると、ゲートからバチバチと一瞬火花のようなものが走る。

 次の瞬間、ゲートが開いた。

 音も鳴らず、ランプも光らない。

 イレブンはズンズンと奥へと進み、エイトもそれに続く。

 してやったりという顔を向けてくるイレブンに、エイトは苦笑いであった。


 だが、すぐさま、腕を掴まれ、警備員に捕まった。

 それはそうだ、若い青年と少年が、カードも使わずに警視庁のセキュリティを通過したのだ。

 不審に思わない方がおかしい。


「ちょっと坊やたち、外で話を聞かせてもらおうか。」

 と、ゲートの外へと連れ出そうとする。


 力強い大人の男の腕力には、とうてい太刀打ちできなかった。


 そして、イレブンは当たり前のように力を使う。


 ドンという大きな音と共に、警備員が押し退けられ、背後のゲートに強くぶつかり、その場に座り込むように崩れ落ちた。

 意識を失っているようだ。


 騒ぎを聞きつけ、何人もの警備員でない男達が走り寄ってくる。

 ここは警視庁である。


 急いで、エイトはイレブンの手を引き、逃げた。

 エレベーターの前に来る上を見上げる。

 箱は上層階で停まっているようだ。

 このままでは追い付かれてしまうと周囲を見回す。

 すると、階段の表示を発見した。

 そこへ向けて、2人は駆け足で移動する。


 彼らは兎に角、足が速かった。

 追いかける者達は追いつくことが出来ない。


 階段下まで来たエイトとイレブンは、より一層気合を入れる。

「イレブン、筋力強化だ。行くぞ!」

 その声とともに、2人は上層階へと駆け上がっていった。


 男達が階段フロアに到着するころには、2人の姿は跡形もなかった。


 あっという間に13階に到達した2人は、何処の部屋が正解なのか廊下の両脇にある扉を見つめ、考えていた。


「やっぱり奥、あの部屋じゃない?強い気配がする。」

 イレブンが言うと、エイトも頷き、進む。


 おかしなことに、フロアには人の気配が全くしなかった。


 でも、得体のしれない強い力を奥の扉の方から感じる。

 そこを目指し、扉の前まで高速で移動する。

 ドアノブに手を掛け、緊張を背筋に感じながら静かに扉が開く。


 内側へと扉は開け放たれた。


 

続きは見直しを終え次第、投稿します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ