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情報収集1

今年もよろしくお願いします。


「それで、どうだった?」

 そう切り出したのは蓮だ。


 瑞樹と華子が食べきれずに残した苺のケーキを、彼らが帰宅後に剣がテーブルにつき、口いっぱいに食し始めたのだが、早く情報を聞きたいと蓮が急かしている。


 口の中の物を咀嚼しながら、いつもの三日月型の瞳を蓮に向け、これでも食べて少し落ち着けと言うかのように、無言でケーキの皿を蓮の方へ寄せてくる。


 蓮は皿を奪い取ると、皿の上にあったシュークリームに勢いよく齧り付いた。

 その反動で、嚙みついた所と反対側のシューが破れて、中から薄ピンクのクリームが飛び出る。

 指から滴り、皿の上にポタリと垂れた。

 剣はそれを見て、勿体ないというような悲しそうな顔で頭を左右に振った。


「食い終えたぞ。ほら、早くしろ!」

 苛立ちを隠せずに、蓮は強い言い方であった。


「分かったから。」

 剣が観念しフォークを皿の上に置き、今日までの事を話し出した。


  ***


 行動開始宣言をしてから店を出て、店主は瑞樹の家に向かった。

 瑞樹は留守であったが、家の鍵を勝手に開けて、内側からきちんと施錠し、例のドアへと向かう。

 匠の勤務先である大阪に通じるドアだ。


 ガチャリとドアノブを回すと、開くはずのないドアが開いたとのことで、開けた先の扉の周囲に居た者たちが驚きの表情でこちらを見ていた。


 ひょっこりと顔を覗かせた者の正体が猫屋の店主であると分かると、“なんだ、あいつか”と言った表情になり、皆、何事も無かったように作業へと戻っていく。


 店主の方も、慣れたこの者達の反応に苦笑いを浮かべ、“やあ”と片手を上げて気軽に室内に入っていった。


 ここは大阪城の真下に作られた国家の機密施設のひとつ【錦城】。

 その中の一室。

 寄生動物研究所こと、阿部匠のラボである。


 店主はお構いなしに室内の奥へと進み、最奥の扉の前へ来ると、ヘンテコなリズムのノックをする。


ココッ、コッコ、コーンコーン

コココ、ココココ、コーン

コココ、ココココ、コーンコーン

コココココココ、コココココココ、コココココココ、コーン


 この叩くリズムを終えたと同時に、中から扉が開かれた。


 ガチャリと音がして、ドアが開いたと同時に、

「ねえ、普通に声をかけて!」

 と、言いながら匠が顔を出した。


 聞いていた研究員たちも、同感ですと心の中で呟いていた。


「いやーついつい。謎めいた暗号っぽくてカッコいいからやってしまうんだよね~ああそれよりも、聞いてください。モネラの王に頼み事があってやって来ました。おっと、ここでは清子さんだったか。彼女は元気になりましたか?」

 店主がそう言うと、露骨に嫌な顔をして、匠が答える。


「ええ、お陰様で元気になりましたよ。」

 匠がそう言うと、奥から絶叫が聞こえる。


「ギャアアアアー、Qがきたぁあ!!!来るなっ、あっちへ行け!!寄るなあぁぁー」

 その声に対して、店主が抑揚のない声で

「あ、元気そうですね。」

 と言った。


 ふぅーと大きく息を吐くと、匠は清子の元へ向かい、説得に乗り出した。


 店主は頼み事をしに来ただけで、清子を傷つけに来たわけではない。

 助けてもらった身なので、その依頼は受け入れる他ないと優しく諭してっくれているのだ。


 室内が静かになったようなので、部屋へと足を踏み入れ、奥の寝台の方へと歩み寄った。


 寝台と応接セットを仕切るカーテンを捲る。


 そこには店主をこれでもかと睨みつけるオカッパ頭の小柄な女性が寝台から体を起こし座っていた。


「私を見るな!目を合わせるな。さぶいぼが出る。さっさと用件を言え。」

 大人しそうな見た目とは裏腹に、声は高くぎゃんぎゃんと放つ。


「こんにちは、阿部さん。前からお伝えしておりますが、我々は、むやみやたらとあなた達を消したりしないのですよ。特に私は、そういう事が嫌いなので致しません。ですから、警戒を解いてください。」

 ニヤニヤとしたうさん臭い笑顔を浮かべて店主が話す。

 逆効果のようで、阿部清子は息をヒュッと吸い込み、目を見開きフリーズした。


 それを見て、匠が背中をポンッと軽く叩き、意識を蘇らせる。


 清子の表情に動きが戻る。

 戸惑いの強く、眉間に皺を寄せて、店主をまた睨みつける。


「…すみません。私は笑顔を作るのがもの凄く苦手でして…えっと、本題に入りますね。」

 空気が酷く重いので、先へ話を進めることにした。


「鳥の王を探してほしいのです。彼、現在、所在が不明でして…それ以外にも情報が欲しいのですよ。ですので、西日本の詮索に、こちらにいらっしゃるモネラの王の力をお借りしたく。ちなみに、東日本は、節足動物(arthropod)の王にお願いする予定でいます。確か今は、北海道でしたか?」


そう低姿勢な態度でお願いをする店主に、どうせ、これはお願いではなく強制的な命令だろうと、内心で反抗する気力を冷静に抑える。

 モネラの王である清子は、意志を強く保ち、取り乱すことなく返答した。


「ヤマトなら、今は北海道ではなく、熊本に居るわ。ほんの少し前まで沖縄にいたけれど、珍しい甲虫世紀の大発見と騒動が起きて、最近そっちに移ったばかりなのよ。」

「そうですか、今は熊本でしたか。」


 ニヤニヤした顔で返答してくる店主に苛立ち、本題に入るように清子が急かして言う。

「チッ、あんたのことだから、どうせ鳥の居場所も生存もだいだい分かっているのでしょうに。それなのに、一体全体、私に何を調べさせたいんだい?」


「流石、上界者は察しが良いですね。素晴らしいです。ですが、鳥の王の詳細な居場所までは、私もまだ辿り着けていないのですよ。とても巧く身を隠しているようでしてね。それと、もう一つ、ある者達を詳しく調べていただきたいのですよ。えっと、今、私の記憶を渡しますね。」


 そう言うと、店主は自分の額に二本指を押し付け目を瞑る。

 見開くと清子に向かって、野球の変化球を投げるかのように二本指でヒョイと何かを放る。


 瞬時に、清子に向かって風が衝突したかのような衝動が来たと思うと、脳内にある人物の姿が浮かび上がった。

「こ、こいつらは…」


 その言葉の真意は、その者達が誰かと店主に質問したものではない。

 見たことのある顔であった為に、衝撃を受けたのだ。

 声が震えてしまったのは、自身を脅かす相手かもしれないと悟ったからである。


「おそらくAxisかGHQのQですね。もう見た目がそうでしょ。」

 店主が軽く笑い言うので、自身の中に燻る恐怖心を見透かされたくないと、出来るだけ無表情の仮面を張りつけて清子は返事をする。

「ええ、そのようね…」


「それで、私にこいつらを探らせるつもりなのか!?私をこいつらに接触させて、危険に晒させようって……嫌よ!お断りだわ!!」

 怒りのキンキン声を張り上げて危険に晒せる気かと抗議する。


 耳穴に人差し指を突っ込んだ状態を外し、困った顔で店主が答える。

「いえ、あなたに危険は及びません。彼らには接触させません。彼らが通った道のりで彼らの情報を追ってください。ですので、消されると言う可能性はゼロに等しいかと…。」


「…分かった。それくらいなら…やればいいんでしょう、やれば!!!!」

 仕方がないと清子が首を縦に振る。


 その瞬間、満面の笑みを浮かべて、店主は言った。

「あなたならばそう言ってくれると思っていましたよ。」

 と、胡散臭い笑顔を張りつけて。


 それからすぐに、二日後に来ますと言うと、しゃがみ込み床に手をついた。

 床から扉をズズズッと引き出す。

 じゃあねと軽く手を振り、扉の中へと去っていった。


  ***


 店主が向かったのは、熊本城付近にある神社。

 扉の開いたすぐ前には今から饅頭に齧り付こうとするこの神社の宮司が座っていた。


 すぐさま姿勢を正した宮司に軽い挨拶をし話を聞く。

 節足動物《Arthropod》の王、ヤマトは先月熊本へ来て、ここに立ち寄ったのだが、ここは人の従来が多いので、すぐに別の場所に移ったとのこと。

 その際に、居場所は王か神のみにしか教えないようにと強く言い付けられたそうだ。


 店主は宮司から場所を聞き、ヤマトの居る高千穂へ移動する。

 鉄道とバスを使い、のんびりと向かうことにした。


 とある神社近くのバス停で下車すると、何処からともなく一匹のカナブンが現れ、肩にポタリと落ちた。

 動くことなく、じっとしている。


「ヤマトはどこ?案内をしてくれ。」

 そう店主が声に出すと、カナブンは飛び始めた。

 店主はその後をついて行く。


 川沿いを歩き、小さな橋を渡り、さらに歩き続けると河原が見えてくる。

 神聖な場所の様だが、ヤマトがいるのはここではないようだ。

 カナブンは停まることなくスルーして突き進む。


 ついて行っていた店主の足が止まった。

 なぜならば、カナブンが川の上を飛び、向こう岸へ行ってしまったからだ。


 店主は一息吐くと、仕方ないといった表情で、川へと足を一歩突き出した。


 彼は濡れることは無かった。

 川の上を歩いているのだ。


 彼が足を下ろすと、水面に波紋が起こる。

 その上をスタスタと歩き、川を渡り切ったのだ。

 人が目にしたら、どんな反応を見せるか…慎重に人の気配がない事を確認し、渡り切る。


 川を渡った先の岩場に足を乗せ、上を見上げる。

 カナブンは、そこからでも見える大きな木の中腹で旋回していた。


 どうやら、その場所に王が居るようだ。


 反動を着けて、店主がジャンプすると一気にそこまで到達し、軽く足を下ろした。


「やあ、久しぶりだね、ヤマト。元気にしていたかい?」

 木の幹のくぼんだ所からモソッと甲虫が顔を出した。


「ロク!?ロクだ!!会いに来てくれたの!?嬉しい。」

 そう返しながら勢いよく飛んできた。

 店主の掌に乗る。


「ええ、ヤマトに会いに来ました。実はお願いがあるのです。」

 店主はニコリと目をこの字にして微笑む。


「何?ロクの頼みなら断らないよ。あっ、セカンドの皆は元気?ゼロも?」

 興奮気味に話すヤマトとは対照的に、落ち着き優しげな声で店主は質問に答える。


「皆、元気にしていますよ…ヌルは相変わらずです。頼みと言うのは、ある情報の収集のお手伝いをお願いしたくて。どうか、私と共に来ていただけませんか?」

 言い終えようかと言った時に、ヤマトは返事をしていた。


「行く!!!!」

 その答えに、店主はありがとうとお礼を言う。


 店主はヤマトを胸の内ポケットに入れると、自身の立っている太い木の枝を深く踏み込みジャンプした。


 高く、高く、青い空へと舞い上がり、遠くかなたへと消えて行く。



長いので1と2で分けました。

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