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助けを求めて

本田の元へ近づいてきたエイトとイレブン。

その続きからです。



「ねえ、君は、もとは何だったのかな?猫?鼠?それとも犬?まあ、何だっていいか。」


 そう本田が声を掛けられた瞬間、少年が本田の間合いへ入り、彼の正面に立っていた。

 本田の体がビクッと跳ね上がり、強張りそうになったが、一瞬でそれを回避し、急いで少年から距離を取ろうと離れる。


 その瞬間、少年が腕を伸ばす。

 本田が回避した為、触れられることはなかったが、不快感が本田を襲う。


 ズキッと痛みを感じる。

 痛むところを確認する。

 痛みは左胸のすぐ下にあった。


 服を捲って確認してみると、指先程の小さな火傷のような跡がくっきりと残っている。

 火傷と言うより、肉片を毟られ、抉られたような傷跡。

 ぞっとした。


 “あの一瞬で、これを!?”


 本田はすぐさま少年から距離を取る。

 そして自身のズボンのポケットに手を突っ込み、まさぐった。


「ねえ、今ので分かったのでしょう。なのになんで逃げるの?もう、消えるって、確信したんでしょう?ねえ、諦めなよ。ねえ!!」

 笑いながら、少年がそう言うと、本田の視界から消えた。

 不意を突いて、全力で走って逃げたので、30メートルくらいは距離を置いたはずなのに…消えた少年の顔が、今、自分の目の前にあった。


 口づけが簡単に出来そうなくらいの距離に、その顔がある。


 この奇麗な顔、見たことがある。

 確か、昔、神原の講習で見た甘草家の…。


 それを思い出した瞬間、本田の脳内には一気に恐怖が支配した。


 体がガタガタと震える。

 それでも本田は、詰まる喉を動かし、声を出して、少年に尋ねた。


「何が…何が目的なんだ!?自分の死の理由くらい、教えろよ!お前らは、なんだ?その顔は…アクシス(Axis)のクローンだろう!?我々を、エンゲルを消すつもりなのか!?」

 本田が強気に質問をする。

 内心は恐怖しかないのに、言葉を必死で吐き出す。


「ああ、お前、結構しっているな…偉い奴なのか?アクシスを知っているなんて、urashimaの幹部か?俺達を知っているなら、消さずに本部に連れて帰った方がいいのかな?なあ、どうする?」

 迷っているようで、少年の動きが止まる。


「気にするな、イレブン。こいつは何も知らされていない。ただの下っ端のエンゲルだ。消すぞ!!」

 先程まではるか後方で見ていたもう一人の青年がいつの間にすぐそばまで来ていて、そう静かに言った。


「分かった。でも、エイト、君はもう、力を使わないで、僕がやるから、君は手を出さないで。」

 少年が睨みをきかせて、エイトと呼ばれる青年にそう言う。


「いいや、私が。」

 そう言って、手を伸ばしたエイトと呼ばれた青年の手首を瞬間移動して少年が掴んだ。


「いいから。だって兄さんは…残り僅かなんでしょう?俺がやるから、手だししないで。」

 そう明るい口調で言い放つ。


 それに対にて青年の顔が酷く歪む。

「何で…知って…」

「だって分かるから。」


 少年がくるりと向きを変え、青年の前へ背を向けて立ち、本田の方へ体を向けた。


 “マズい!?”

 本田がそう思った時は、手遅れであった。


 少年の右腕が本田の体にのめり込んでいた。

 心臓を儂掴み、体から引きずり出される。

 少年の左手が、傷ついた本田の胸の上へと撫でるようにスライドした。

 通り過ぎる掌の下は、傷一つない綺麗な肌へと戻っている。


「よし、任務終了。」

 少年が元気に言い放つ。


 その時すでに本田は地面に横たわり息絶えていた。


「ねえ、これからどうする?」

「うーん、猫を先にやるか、それとも鼠か…!?誰か来た。行くぞ。」



 ***


 この時、遠く離れた本田の自宅で、この一部始終を聞く者がいた。

 マンチカンのテツであった。

 パソコンから流れるその音声に、絶望している。 


 死ぬ間際に本田の絞り出すような最後の声に、震えていた。


「テツヤ、あとは頼む…」


 死ぬ間際まで人の為かよと、いつもの様に天邪鬼な思考になるが、

「まあ、そう言うなよ。」

 と、返してくれるお人好しな飼い主はもうこの世にはいないのだと、広い部屋の片隅で、虚しさを感じた。


 今すぐにアイツの為に自分に出来る事をしなければいけない。

 そう、歯を食いしばり、パソコンを操作して自動で録音されていた音声をメモリーに移し、届けることにした。


 猫になってから、遠くに行く時は本田が一緒であったので、ここからどのように誰に届けるかが問題となる。


 エンゲルの事件は警視庁だと本田に聞いたが、そこまで行くには距離があるし、誰も知り合いがいない。

 神原ならば信頼できるが、警察庁はもっと遠い。

 電車にもバスにも乗ることの出来ない、小さな猫の足だと何日かかるか。


 東北にある猫屋は論外だし、何か良い方法はないものか。


 そうだ!動物病院。

 あそこならば、ここから近いし、助けてもらえる!!


 急いで店主から紹介された、本田家からも歩いて行ける距離にある動物病院へと向かった。

 最初の顔合わせで一度しか行ったことがないが、自分は特別な患者だから覚えていてくれるはずだ。


 本田の留守中に出かけられるようにと、少しだけ開けてある寝室の窓から身を捩り、外に出る。

 器用に近くの木に飛び移り、石壁にさらに飛び移ると石壁の上を走り出した。

 石壁がなくなると、地面に降り立ち、裏路地を進む。


 本田が居れば、大通りをキャリーバックに入れられるか、両手で抱えるかして、動物病院までの道のりをスイスイ歩いて進んでいただろう。


 しかし、彼はもうこの世にはいない。

 自分の足で向かうしかないのだ。

 なるべく人目に付かぬように、最短距離で。

 この方向であっているはずだ。


 狭い路地を歩き続けると見覚えのある看板を見つける。

 あそこは、動物病院のある通りで見掛けた判子屋の派手でピンクな看板だ。


(よし、近いぞ。)


 気合を入れて、通りへと出る。

 日が照りつけ、明るくて眩しかった。

 人が、テツの横を通りすぎる。


 足元を見ない者も多く、蹴飛ばされないかと不安になりながら、止められた自転車と歩く人の合間をすり抜け、進んでいく。


 小さな子が、テツを指さし、猫だと母親に声を掛けていたが、今はそれどころではない。

 一心不乱に掛けて行き、動物病院の前に辿り着いた。


 しかし、どうしたものか、手動ドアを開けられないのだ。

 ドアの前にちょこんと座り、ひたすら誰かが気づくのを待つ。

 中の待合室だろうか、椅子が並んでいるが人はいない。

 受付に人はいるようだ。

 しかし一向に気が付かれる気配はない。


 すると、背後から声がする。

「猫だ。お前、入りたいのか?」

 身なりの良い恰好をした小学校高学年くらいの少年がペット用キャリーケースを持って立っていた。

 中にはパピヨンが居る。


 テツが鳴く。

「ニャー(開けてくれ)」


 男の子がドアを開けた。

 開けたと同時にテツは勢いよく飛び込んだ。


「あっ、猫ちゃん!?」

 少年がそう呼ぶも、振り返りもしない。


 テツは医院長を探した。

 二つある診察室、奥から声が漏れてくる。


“院長の声だ!!”

 声のするその部屋へと突進した。


「院長先生、ありがとうございました。」

 という声がして、誰かが部屋から出てくる。


 部屋から一歩前に足を出したタイミングがドンピシャで、その人の右足にテツはぶつかりそうになったが、危機一髪と言うところで避けた。


「わあ!?猫??」

 と、蹴飛ばしそうになった人が驚き声を上げたが、オールバックで丸眼鏡のスクラブを着た男が、足元へ駆け寄ってきたテツをヒョイと拾い上げた。


「院長先生の猫ちゃんですか?」

「ええ、そんなところです。」

「そうですか、ではまた。」

 会話を終わらせ、患者とその飼い主は帰っていく。


 看護助手が顔を出す。

「先生、次の患者さんを案内してもよろしいですか?」

 その問いに、

「申し訳ないが、急患が入ったから少し待つようにと伝えてくれ。」

「あ、はい。」

 慌てて、待合室の方へ戻って行った。


「どうした??一人か?本田はどこ…ん!?」

 院長がテツの口元に咥えているUSBを見つける。


「これを届けたのか?」

「ニャー(そうだ)ニャー(届けたいんだ)」

 会話をする。


 正確には、この動物病院の医院長、烏丸先生はエンゲルの言葉を聞き取ることが出来るが、エンゲルの言葉を話すことは出来ない。

 よって、烏丸がエンゲルの声を聞き、人の言葉で返し、人であった者達は理解出来るので会話を成立させている。

 彼は鳥の時から面倒見がよく、頭が良いという事から見出され、動物病院の医師として抜擢された者だ。

 烏から人となり、獣医となった人物である。


「誰に届けるんだ?」

 USBをクルクル手の先で回しながら、烏丸は聞く。


「ニャーニャニャー(警視庁の神原という男に頼む。本田が死んだんだ…)」

 そう、テツが言った瞬間に、烏丸の手が止まる。


「本田が何故!?コレ、俺も聞いていいか?」

「ニャー(ああ…)」


烏丸は急いでPCに差しこみ、イヤホンをして耳を澄ませる。

 なんの場面か分からないが、苦痛に歪む目元、目を見開いたり、眉間に皺を寄せ、瞳を潤ませる。

 アイコンしかないPC画面を見続けた。


 終わったようで、そっとイヤホンを取る。

 すると、無言のまま、動かなくなった。


「ニャ(先生?)」

「ああ、すまない…ショックがでか過ぎて…兎に角、これをすぐに神原さんに送るよ。」

 PCを操作して、キーを叩く。

 受話器を取り、どこかに電話をかける。


「もしもし、烏丸です。今、本田のデータを送りました。本田、死にました…えっ、あ、はい…そうですか、分かりました。はい、よろしくお願いします。それでは。」

 神原に電話したようだ。


 烏丸の目が潤んでいる。

「遺体はもう回収したって。」

 そう言うと、下を向いた。

 目元を手で覆う。


「あの~、先生、今、よろしいでしょうか?」

 先程、入り口でドアを開けてくれて少年が入室してきた。


「すまないが、急患でないのなら、別の日にしてもらえないだろうか?今日はこれ以上診察出来そうにないんだ。」

 目もとを拭い、烏丸が話す。


「院長先生…すみません、込み入った時に申し訳ないのですが、俺達も急を要するので、できたら話だけでも聞いてもらえないかと。僕は犬の王に頼まれてきたんです。東京で、エンゲルが襲われる事件が起きているそうなのですが、何か情報をお持ちでないでしょうか?皆の危険が迫っています。俺の弟も…この先どうなるか分からないので、一刻も早く情報を集めないといけなくて。」

 その少年の言葉に、院長は顔をあげる。


「エンゲルが襲われる事件だって!!犬の王が君にそう言ったのか!?鼠の王や鳥の王を頼らずに自ら情報集めをしているという事は…内部の犯行…いや、内通者が居るって事なのか!?本田を知る者が、あいつを売ったのか…クソッ、誰なんだ!!!!」

 両手を固く握り、デスクへと強く叩きつける。

 叩きつけられた反動で、机の上に置いてあった銀の筒が大きく跳ねあがり、倒れた。

 中に挿してあった舌圧子が雪崩れる。


 烏丸は拳を固く握りしめ、しばし沈黙する。


「あの、先生?」

 不安になり、少年が声を掛ける。


「ああ、大丈夫だ…私の持つ情報を渡そう。今しがた得た情報だがね。」

 烏丸が、ぎこちない表情で、少年へそう返した。


 烏丸は少年に本田の音声をコピーし、データを渡す。

「ありがとうございます。王のもとへ必ず届けます。」

 少年が礼儀正しく、お礼を言う。


「そう言えば、君の名は?」

 烏丸が尋ねる。


「僕の名前は、長谷川優一郎。こっちがよっくん。僕の弟、良喜です。」

 無邪気な笑顔で自己紹介をする。


「そうか、よろしく頼む。」

 烏丸がそれにより、少し冷静さを取り戻した。


「ニャー、ニャーニャー、ニャーーー(俺も、一緒に連れて行ってくれ!!)」

 テツが鳴く。


「猫ちゃん??」

 優一郎が心配そうに猫を見る。


「ああ、一緒に連れて行って欲しいと言っている。東京で事件が起きているならば、ここよりも、犬の王の所の方が安全だろう。一緒に連れて言ってやってくれるか?」

 烏丸がそう言うと、


「え?先生、猫の言葉が分かるのですか?猫屋の店主みたいだ、凄い!!」

 キラキラした眼差しを向けてくる。


「ああ、俺はエンゲル専門の獣医だからな、この能力を持たされている。君の弟君の声も聴けるぞ。」

「そ、そうなのですね!凄いな……いいなぁ……」

 最後の単語はごく小さかったが、聞こえたその言葉には、羨ましいという感情が汲み取れた。


 院長が、優一郎の頭を撫でる。

 その時、

「ニャーニャ、ニャー(早く行こう!!!)」

 と急かす声が聞こえる。


「アハッ、早くしろって。長谷川君、こちらの猫はテツといいます。連れて行ってくれますか?」

 烏丸が真剣な顔つきで言う。


「はい、お任せください。」

 優一郎は強い口調で返事した。


 優一郎が片腕に犬の入ったキャリーケース、もう片方に猫の入ったキャリーケースを持ち、動物病院を後にしようとしている。


「長谷川君、どうやって犬の王の所まで向かうんだい?僕もついて行こうか?」

 今更だが、入り口のドアを開く前に、烏丸が確認する。


「大丈夫です。すぐそこのパーキングに車を待機して貰って言いますから。だから大丈夫です。」

 優一郎が目の前の有料パーキングを指さして話す。


「そうか…では、気を付けて。」

 烏丸は余計なことを口にせず、送り出した。


「はい、お任せください。あっ、医院長もお気をつけてください。」

 ドアが烏丸の手により開き、優一郎はパーキングへと急いだ。


 数分後、どうやって止めたのかと思うくらい狭いパーキングから、そこには似つかわしくない黒塗りの高級車が顔を出す。

 人々の行き交う細い通りを、難なく走り去っていった。




事件が起きて、少しずつ日常とは違う事態へと進んでいってます。

ゆっくりですが頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。

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