89 組織 3
青年が初めて感じた感覚は視線だった。
液体の中にいるとは想像もできず、朧気な意識とぼやける視界からの情報で脳がそう処理をして。
僅かな感覚を覚えてまた意識が無くなる。この繰り返しが何度あっただろうか。
だが、遂に青年の意識が覚醒する。
自分は液体の中にいるのだ。口の中に何か管のような物が入れられている。自分を見ているのは3人であるとハッキリわかる程の視覚情報も得られた。
青年の目には正体不明の機械を操作する男が中央に見えた。手前には腕を組んだ美女がいる。奥の壁には青年と同年代に見える男が壁に寄りかかって。
それぞれ3人は口をパクパクと動かし、何かを喋っているように見えるが聞こえない。
数分後、ビーというブザー音が聞こえると自分を満たしていた液体が抜けていく。
クリアになった視界で自分はガラスケースに入れられていたのだと、たった今気付かされた。
機械を操作していた男が近寄って、足元にある部分に触れる。
するとガラスケースが開いて肌には空気に触れる感触が襲う。腰に装着されていた拘束具が解かれると、青年は地面に倒れ込んだ。
「私を覚えているかね?」
倒れ込んだ青年の口から管を引き抜いた後、首に首輪を装着した男は顔を覗き込みながら問う。
「あ、う……」
知らないと言うが、青年の口からは言葉にならない呻き声が出るだけ。
「覚えているかね?」
だが、男はお構いなしに問い続ける。声が出ない青年は首を振って否定した。
「まぁ、当然か」
否定されたというのに男はどこか嬉しそうだ。いや、覚えていて欲しくなかったのだろう。
フン、と鼻を鳴らして立ち上がると青年を見下ろしながら言う。
「私はお前が最初に見捨てた国に生まれた」
何の事だ? と青年は話が分かっていない様子。それを見て、男は「ああ」と言いながら一番最初に教えなければならない事実を思い出す。
あまりにも自分の復讐心を前面に出し過ぎてしまった。
「お前は英雄だよ。この世界に異世界から初めて召喚された初代英雄、ルイ」
そう言われ、青年の頭の中になったモヤが晴れていく。
自分が何者であったのか。どんな人生を送っていたのか。そして、どうやって死んだかを思い出す。
「な、んで……」
ようやく言葉になった声は疑問だった。当然だろう。自分は死んだはずだと思い出したのだから。
男は戸惑いを隠せない青年――ルイを心底嘲笑うかのように口を歪めた。
「何で? 馬鹿な事を聞くな! 私はお前に復讐する為に生きてきた!」
今が正にそうだ、と男は言葉を続ける。
「お前が見捨てた国は大地ごと消えた! 私の妻も子供達も! 友人達も! 貴様はマギア・ステラに世界喰らいが襲い掛かった時に助けに来なかっただろう!」
男の脳裏には当時の記憶が蘇る。もう500年も前の事だが、今でも鮮明に思い出せる。
空が黒く染まり、祖国の大地を埋め尽くさんとばかりに溢れた魔獣達。
世界喰らいの生み出した魔獣が人を襲い、喰らい尽くして行く様を。
瓦礫の下に埋まった中で、家族や友人が喰われていく音だけを聞いたあの日の事を。
「私は誓った! 世界喰らいも、この世界も、英雄と女神にも復讐してやると!」
男はローブを脱いで上半身を曝け出す。右肩から心臓部まで黒い金属のような物質に覆われて、左手には手首から顔の額まで伸びる黒い入れ墨。
ルイは生前の記憶を取り戻した事で直感的に理解する。
彼は世界喰らいの力を取り込んでいると。
「私は復讐する為に永遠の命を手に入れた。怨敵である世界喰らいの力を使ってでもな! 私はあのおぞましい力を完全に制御しているのだ!」
世界喰らいは確かに彼の家族を奪った敵である。だが、同時に利用しない手は無かった。
負の力を用いて、完全に制御する事で世界喰らいを屈服させたと叫ぶ。
世界に未だ蔓延る負の力は手中に収めた。だからこそ、次は残りに復讐の鉄槌を下す。
「その1つが、お前だ。お前は確かに死んだ。だが、私の持っている知識で復活させた。そこで、その首輪さ」
男はルイを見下ろしながら、自分の首を指でトントンと叩いた。
「その首輪は世界喰らいの力に反応して動く、制御用の首輪だ。お前はもう、私に逆らえない」
ニヤァと笑った男は、
「お前は私の駒となってもらう。生前の記憶を持ったまま、自分が守った世界が崩壊していく様を見せてやる」
ルイに死よりも恐ろしい体験をさせてやると言った。
「お前が救った世界も。お前が愛した女神も。私とお前の力で壊すんだ」
「…………」
ルイは男を見上げながら、これから起こるであろう苦痛の日々に顔を歪める。
だが、同時に死ぬ間際に女神から聞かされた言葉を思い出す。
『絶望の渦に飲まれたとしても、諦めないで』
そう言った彼女は、この事を言っていたのだろうか。
あの時、彼女は他にも――
『貴方は貴方の友が救う』
そうも言っていたと思い出す。
友とは誰か。脳裏に浮かぶのは親友の姿。
「ユ、ウ……」
一旦区切り。読んでくれてありがとうございました。




