6 英雄の1日
俺こと原平 勇気の朝は早い。
便器と共に召喚されてから今日で2週間。
俺は早朝に起床して、毎日の日課である王城から王都を周るランニングを行っていた。
努力しようと心に決めた翌日から、俺は騎士団長ジャック爺さんの指導で騎士団との訓練の他に自主練を始めた。
「体力をつけるには、やはりランニングでしょう」
と、ジャック爺さんに言われ、一緒にランニングコースを考えてもらってからひたすら毎日こなしている。
朝日が昇ったばかりのこの時間に走り始め、王城から西区と呼ばれる地点を走る。
大体40分程度のコースを1周するのが日課となっていた。
朝早く起きてランニングをするという行為は辛そうに思えるだろうが、会社で働いていた時は「始発電車で毎朝朝一に出社しろ」と先輩と上司に言われて虐めに近いシゴきを経験していた事もあって早起きはお手の物。
当時と比べて、自分の体に目に見えて結果が出る今の状況は全然苦にならない。訓練を積めば積むほど、ゲームでいうスタミナや筋力的なモノが上昇していくのが感じられる。
「ふっ……はっ……おはようございまーす」
「あら、今日も早いわねぇ。おはよう」
毎朝散歩をしている獣人族のお婆さんに挨拶しつつ、ひたすら走る。
毎日続けたおかげか、挨拶をする余裕も生まれた。この辺りが目に見える結果と言えるだろう。
挨拶したお婆さんのような、ちょっとした顔見知りが出来るのも楽しみの1つだ。
ランニングを終えたら、ケツから出る水魔法(清らか)でタオルを冷たく濡らして体を拭けばサッパリだ。
次は朝食前で誰も訓練していないこの時間に訓練場へ行って、剣の素振りと魔法の自主練習。
剣の素振りは騎士団での訓練で最初に行うエリオス剣術の型を行う。
上段に構えて振り下ろす。それだけだが、これがエリオス剣術において基本中の基本。
素振り200回を終えたら、残された時間で魔法の自主練。
ケツを向けて魔法を発射するのを見せるのは流石にまだ恥ずかしい。なので、人のいない時間に練習している。
練習しながらケツから魔法が出ているのをバレないようにするにはどうするか、という問題の解決方法も模索する。
火魔法や風魔法の相手にケツを向けなければいけない攻撃魔法以外はどうにかマントや外套で隠せば誤魔化せた。
光魔法を使うと隠しているマントや外套の中からケツがほんのり光っているのがバレるのでダメだった。
魔法の自主練を朝食の時間まで行ったら王族専用の食堂へ。
モリモリ食ってモリモリ出す。相変わらず突発的に腹が痛くなるような事態も少なくはないが、これは召喚される前と変わらない。
王城のトイレ事情も完全に把握した俺に隙はない。
朝食を食べ終えた後、毎日学院へと通うアリアちゃんを見送るついでに朝の雑談。
王城の入り口で別れて、俺は再び訓練場へ向かう。
「おはようございます。英雄殿」
一番に訓練場へやってくるのは決まってジャック爺さん。
その後、遅れて他の騎士達が訓練をしに訓練場へやってくる。
決められた騎士団訓練の開始時間になり、訓練用具を準備すれば剣術訓練の開始だ。
「では、まずは素振りを100回。ゆっくりでも良いので型を崩さないように」
午前中の剣術訓練は騎士団の新兵と一緒に行う。
総勢30名いる新兵達は今年の4月に採用試験を通ったばかりのピチピチナイトだ。
中には貴族のお坊ちゃんも混じっていて、小さい頃から剣術の家庭教師を雇って励んできた者もいるとの事だがジャック爺さんは贔屓しない。
新兵はどいつもこいつも平等に同じ訓練をさせる。
剣術なんて習った事がない俺は、丁度良いのでその訓練を一緒に行うようジャック爺さんに言われたのだ。
練習メニューは手始めに型を意識した素振り100回。その後、案山子に打ち込み100回。
そして、昼飯までベテラン相手に組み手を繰り返す。
この最後の組み手だけはジャック爺さんが相手になってくれて俺を直々に指導してくれていた。
「セイッ!」
「まだまだですなッ!」
ガツンガツンとお互い木剣を当てて攻防戦を繰り返す。
最初の頃は一撃も当てる事ができないどころか、剣で防御させる事すら出来なかった。
しかし、この2週間の訓練でようやく剣の扱いにも慣れて、爺さんに剣でたまに防御させる事が出来るようになってきた。
いや、これは防御してくれているのだろうか?
現にジャック爺さんはフェイントやらを使わず、俺が防御できる速度で真正面に剣を打って来る。
何度か攻撃・防御をターン制のように繰り返すと、爺さんの攻撃が段々と苛烈になっていく。そうなれば防戦一方で、これが始まってからは痣や擦り傷が絶えない。
でも、不思議と苦ではなかった。知的なデスクワークや営業よりも俺には脳筋が似合っていたのだろうか?
「ふむ。ここまでに致しましょう」
「ぜぇ……ぜぇ……ありがとうございます……」
昼飯の時間になる頃には、反撃を食らった痛さと疲労感で虫の息。
呼吸が落ち着くまで訓練場で屍となり、土埃塗れになった顔をケツの水魔法(清らか)で濡らしたタオルでさっぱりさせる。
水魔法を使えない爺さんや他の騎士に「使うか?」と勧めた事があるが、自前の水魔法を練習するからいい、と頑なに断られてからは自分だけでサッパリ感を楽しんでいた。
昼飯。
騎士の宿舎に設置された食堂で、爺さん達に混じって昼食。
超絶ホワイト企業とかの上層階にある食堂みたいな、トレーを持って好きな料理を取って行くタイプのアレ。
毎日選べる3タイプ。肉系、魚系、まさかの麺系。麺は歴代英雄の1人がこの世界に伝えたモノで調味料も充実しているのか、ラーメン、うどん、ソバ、ヤキソバまである。
旅のお供の携帯食料として乾麺まであるんだから驚きだ。
俺はサラダと冷やしうどんを選んで、席に着いてからサラダうどんに合成させる。
隣の騎士のお姉ちゃんが「その発想は無かった」みたいな顔をしていた。
午後は3時頃まで訓練したら、学院から帰ってきた美少女アリアちゃんとの個人レッスンだ。
内容としては、この世界の歴史と一般常識の勉強と魔法についての勉強を1日ずつ交互に行う。
以前、アリアちゃんに質問すると俺の近くに体を寄せてきた時があった。
彼女の無防備さと純粋さ、そして鼻腔を擽るフローラルな匂い。
それらが原因で緊張感から腹を下してからは、個人レッスン前はトイレを済ませて万全な状態にしてから臨む事にしている。
今日は一般常識を学ぶ日。
だが、さすがに授業を開始してから2週間ともなれば若干、ネタも無くなってくる。
俺とアリアちゃんは机を挟んでソファーに座り合い、今日の授業は雑談タイムとなった。
「一般常識はほとんど教えることは無くなってしまいました。ですので、今日はお話しませんか?」
「お話?」
「はい。英雄様にこちら来て頂いて2週間になりますが、訓練は順調ですか?」
「うん。毎日少しずつ結果が出るのがわかって楽しいよ。アリアちゃんは学院ではどう?」
ふふ。美少女と長時間会話なんて、俺のような童貞には無理だ。返す話題も無難にいくぜ。
「学院ですか……」
んん? なんかアリアちゃんが落ち込み気味だぞ?
「私が王女というのもあってか、学院のクラスメイトも私とお喋りしてくれないんです……。お友達とお喋りしたり、お買い物に行ったりしたいのですが……誰も声をかけてくれません……」
はああああああああああああああ!?
話題間違えたあああああああああ!?
「お昼ご飯も1人ですし……。授業の合間の休み時間も、自分の机で本を読むだけです……」
やべえよ! アリアちゃんぼっちだよ! 家の権力ありすぎて恐れ多い系ぼっちだよ!
今日もお昼は庭園の木陰に座って食べました……。とか異世界ぼっち飯だよ!
しかも、机で本読むキャラとか異世界召喚されたら人生サヨナラホームラン級のチート貰っちゃうタイプのぼっちだよ!
「ほ、ほら。アリアちゃんに話しかけるのも勇気がいるじゃん? アリアちゃん王女じゃん? 恐れ多い系じゃん? 超絶ハイパー深窓の令嬢じゃん? だからアリアちゃんから――」
「私から声を掛けても一言二言で会話が続きません……。皆さんに避けられているわけでもないと思うのですが、業務連絡みたいになってしまうのです……」
勇気を出してアリアちゃんから声を掛けてみたら? と言いかけた途端にこの有様よ。
俺はどうしたらいいんだ……。あ、やべえ。腹痛くなってきた。
「じ、じゃあ、今度俺と買い物行こう! 俺も街に出て雰囲気とか感じたいからさ! あー! まじ街の空気を肌で感じたいわー! 異世界シティボーイになりてぇわー!」
この話題は続けてはいけない。ともかくこの話題を終わらせなくては。俺の胃腸の為にも。
正直、俺もアリアちゃんのような美少女と街で買い物などハードルが激高だが提案せざるをえない。
まぁアリアちゃんも俺との買い物なんて社交辞令で受け取るだろうし、いつ果たされるか未定で不明な約束をして茶を濁す作戦しかない。
「本当ですか!? じゃあ明日いきましょう!」
深き深淵へと沈んでいたアリアちゃんのお顔がパァァと輝きを放ち、俺のフォローは成功したようだ。
しかし、俺の胃腸への代償はあまりにも大きい……。
どうしましょう、どこにいきましょう、とめっちゃノリノリである。
「う、うん。明日は街に出て色々な店や買い食いとかしたいなぁハハハ……」
「買い食いですか! 私もしてみたいです!!」
この食いつきよ。
俺は明日までに街のトイレがどこにあるか把握しなければならなくなった。
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「便雄……英雄様。明日はアリア様と一緒に街へ向かうとお聞きしましたが」
夕食後、俺が部屋のソファーで休んでいると英雄専属メイドとなった狼獣人のロザリーさんが声を掛けてきた。
俺が異世界に来て2週間経つが彼女とはあまり打ち解けてはいない。
何故なら俺のお世話をすごく嫌そうにするし、毒舌を吐きまくるからだ。
最初は、俺のふざけた能力のせいかと思っていたのだが原因は違った。
「ああ、うん。なんか午後の授業の時に色々話していたら決まっちゃって……」
「チッ。貴方のような英雄風情が、あの慈愛に満ちたアリア様と一緒に街へ行くなんて……妬ましい」
そう。彼女はアリアちゃんの狂信者だった。
ふざけた能力が英雄として相応しくない、なんて理由じゃなく、ただ単に俺がアリアちゃんと話しているのが気に入らないだけだった。
元々彼女はアリアちゃんのメイド衆の1人。主であるアリアちゃんを神のように崇め、アリアちゃんのお世話をする事が何よりも喜び、と充実感溢れる生活をしていたのだ。
しかし、現在は俺の専属メイド。
アリアちゃんのメイドに戻りたいが王様に言われて任命されたので逆らえない。
「いいですか便雄様。明日、アリア様に何かあったら貴方の粗末なモノを削ぎ落としますからね」
「今、便雄って言った?」
俺の質問は完全にスルーして、アリアちゃんと一緒に歩く際の距離感やら注意点をめっちゃ早口で説明しだした。
面倒だからロザリーさんも連れて行こうかな?
護衛はいるだろうけど、店の中などでアリアちゃんと2人っきりになるのは俺もキツイ。胃腸的に。
「じゃあ、明日はロザリーさんも一緒に行けるようアリアちゃんにお願いするよ」
「ふん。良いでしょう。貴方も最近は真面目に訓練していますからね。アリア様と外出できるという身に余る光栄を噛み締めなさい」
毒舌メイドはチョロイ。射殺すような視線と不機嫌そうな表情が緩み、そわそわしだした。
「私の必要性をアリア様に説いて絶対に連れていきなさい。……ふふふ。明日は新しいメイド服を着用しましょう」
などと言ってゴキゲンなご様子。
でも、さっきから君が話しかけているの俺じゃなくて一緒に召喚された便器だからね?