5 異世界アレスと決意
剣と魔法の調査を終えた俺は、翌日から騎士団に混じって訓練スタート。
朝食後から訓練場で騎士団の訓練に混じって行うのだが。
「まずは基礎トレーニングでしょうな。それと平行して剣術の訓練をしましょう」
俺は圧倒的に体力不足。まずは筋肉を付けましょうってやつだ。
だが、周囲の騎士達を見れば「確かに」と納得してしまう。
訓練場にいる騎士達はどいつもこいつも筋肉ムキムキである。ちょっと細身の人でも細マッチョ。
なんでそんな事が分かるかって?
訓練の合間に汗を掻いたと鎧を脱いでインナー姿になる人が多いからだ。
しかも女性騎士も周りの目を気にせず胸当て等を外す。そして、中に着ているシャツ一枚になる。シャツをペロンと捲ってタオルで汗を拭く。
俺がチラ見する。見事なシックスパックに驚く。こんな感じだ。
対し、俺はどうだ。太ってはないが筋肉はない。
基礎トレーニングに吐きそうになり、木剣を持っての素振りは腕が破裂しそうになる。
地道にやりましょう、とジャック爺さんは言うが……。とにかく、開始された訓練に着いていくのがやっとといった状態。
昼食まで行い、昼食後からは別のメニューが俺を待っていた。
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「この国は英雄様のいた日本と同じように四季があります。現在は4月、桜の花も満開で王都ではお花見をする住民が多いです。他国からも桜を見に観光に来る方もいらっしゃいます」
昼食後、俺に課せられたのはアリアちゃんによる個人レッスンを受ける事。
ふふ。少し身長の小さい巨乳な彼女が指し棒と教科書みたいなのを持ちつつ、黒板に書かれた文字を説明する様はちょっぴり背伸びした子供が先生役をやっているようで大変可愛らしい。
でも彼女はこの世界において既に成人済みです。お忘れのなきよう。
因みに四季の件は、アリアちゃんに日本の事を質問されたので教えた結果だ。まさかこの世界にも四季と桜があるとは思わなかったが。
「エリオス王国と現在同盟を結んでいるのは3ヵ国。ルーベンス王国、ヘイム魔導国、オルダニア共和国です」
まず前提としてエリオス王国は大陸の南に位置する。
エリオス王国や他3ヵ国が存在する大陸は西大陸と呼ばれ、海を挟んで向こう側には東大陸と呼ばれる場所があるとの事。
だが、東大陸とはほとんど交流が無いので説明は省く。今の俺にとって最も重要なのは西大陸の国だ。
最初にルーベンス王国。
エリオスに次ぐ領土を持つ王制の国でエリオスの東に存在する国。
過去には東大陸からの侵略を抑えていた過去もあり、今でも軍事力は強大だそうな。現在は特に東大陸との戦争は無く、少量ながらも貿易をして向こう側の製品を西側に流通させている唯一の国だ。
ヘイム魔導国はエリオスの西側に位置する。
元々は一人の魔法使い――まだ現在の魔法使いが魔導師と呼ばれる前の時代――が興した国だったそうで、召喚陣を作った賢者の出身国。魔導国と言われる通り、魔導工学という魔法技術が盛んな国。
西大陸の魔導具はほとんどヘイム魔導国産。魔導工学を学ぶ学院もあるらしく、エリオスや他の国からの留学生も多い。
最後にエリオスから北西、ヘイム魔導国から北、ルーベンス王国の西側に接する国がオルダニア共和国。
オルダニアの領土は元々小国が隣接する地帯であったが、世界喰いとの戦いが勃発した際に団結して対抗した事が切っ掛けで一つの国として生まれ変わった。
小国が一纏めになった国なので王制は廃止されており、元々の小さな国を地方として扱っている。
そして現在は元小国だった場所を地方とし、地方から選ばれた立候補者の中から投票で大統領を決めている。
大統領に立候補するには細かい条件があるようだが、大統領となった者のいる地方が中央区となるそうだ。
なので、オルダニア領土内の最北端にある地方の立候補者が大統領になれば最北端の地方が『中央』と定められるらしい。
因みに現在はオルダニア東側にある地方が中央区として制定されている。
アリアちゃん曰く、3ヵ国の中で色々と複雑な事情を抱えているのがオルダニアだそうで、訪れる際は要注意と言われた。
これら3ヵ国にエリオス王国を加えた4ヵ国。これが西大陸の4大国と言われている。
他にも西大陸には離島のような場所に小国が2つあるようだが、船でしか行けないそうなので訪れる機会があれば教えてくれるとのこと。
「次にお金です。この国の現金通貨は1アレス硬貨以外は全て紙幣です。十・百・1千・1万と紙幣が用意されてます。これが10アレス札です」
1アレス硬貨だけは日本の500円玉のような大きさで鉄製のコイン。しっかりと彫り物がされており、魔法で偽造ができないようになっているらしい。
他の紙幣を一枚ずつ机に並べて観察すると、日本の紙幣みたいに数字と絵がそれぞれ描かれていた。
4枚の紙幣に書かれている絵は低い順に月、星、太陽、女神の絵が描かれていて、女神はこの世界で信仰されている女神アレスだそうだ。
この紙幣は4大国ならば共通で使えて、他の小国や別大陸にある国では使えない。当たり前の事であるが、使えない国ではその国のお金に換金して使うらしい。
「あとは、どの国も街に入る時や国境を通る時は身分証明書が必要です。英雄様の身分証明書は現在発行中ですので、少し待ってて下さいね」
ニコリと笑うアリアちゃん。天使だなぁ。
「不正入国とかするとどうなるの?」
「牢屋に連れて行かれてしまいます。法律の厳しい国では斬首刑です」
試しに聞いてみたら、即死刑なんてとんでもねえ国があるのか。
まぁ、俺は1人で他国に行くような事も無いだろうし大丈夫だろう。
「次に我が国の説明と一般常識ですが……」
ともあれ、先に他の3ヵ国の説明が入ってしまったが、一番重要なのは俺が召喚されたエリオス王国。
この国には他の国よりも多くの異種族――エルフ・獣人・ドワーフ・魔族と様々な人種が共存している。
異世界物語によくあるような奴隷制度も無く、種族間戦争も起きない平和な国。
最初は人間だけが住む土地だったが、初代英雄を召喚するきっかけにもなった世界喰らいと呼ばれる化け物との戦いで故郷を無くし、行き場を失った異種族を受け入れた事から始まって多種多様な種族の文化や知識を組み込んで大きくなった王国である。
人間と異種族間の結婚も多く、ハーフとして産まれた子供の寿命が少し長くなったり、種族の特性を受け継いで力が強くなったりと利点も多い。
アリアちゃんもお婆様がエルフらしく、身長が低いのはエルフの血が入ってるから成長速度が通常の人間よりも遅いと本人の談。
身長よりも育っているトコがあるよね? とは口が裂けても言えない。言ったら俺は間違いなく斬首刑だ。
エルフとのハーフは寿命も長くなっていて、病気にならなければ純粋な人間種より緩やかに老化しつつも100歳までは普通に生きる。
因みに純粋なエルフであるお婆様はご存命で、見た目は若いお姉さんにしか見えないらしい。
このようにエリオス王国は他3ヵ国に比べて異種族の住民が多い。それ故に異種族由来の技術が高く、特に優れているのは薬関係だ。
薬草を使って作り出すポーションはエリオス王国の特産品で、効能は他の国よりも抜群に高い。
理由はエルフのみが栽培方法を知っている特殊な薬草を用いていて、栽培に適しているエルフ族の森がエリオスの保護下にあるからだそうだ。
エルフは過去に起きた不幸な事情で数が減っており、現在はエリオス王国国内にある森で暮らしている。その森はエルフが多く住む都市扱いらしい。
他国で暮らすエルフもいるが、肝心の薬草が栽培できないのでエリオス程のポーションは作れないとの事。
他にもドワーフの金属精製技術や魔族の魔法など、エリオス王国が大国として成り立っているのは異種族を多く受け入れたからというのが大きい。
人間は異種族に敬意を。異種族は受け入れてくれた事に感謝を。互いに支え合っているのがエリオスという国の最大の特徴と言える。
だからこそ、種族間での争いが無いのだろう。
他の一般常識はほとんど日本と変わらない。セクハラ、パワハラ禁止。これは4ヵ国共通だ。
あとはエリオス王国とルーベンス王国には貴族制度がある。
エリオス王国の話になるが、庶民よりは貴族の方が社会的地位は上だ。だが、貴族だからといって好き勝手はできない。
頭のおかしい貴族がいたら教えて下さいとアリアちゃん言われた。王族ですものね。
最後に俺の立場だが、王様でも俺に対して無理難題は言えない。
召喚された英雄は無碍に扱ってはいけないと4大国共通の認識らしい。
世界を世界喰らいから救えたのは異世界から来た英雄の力があったからだし、先頭に立って戦った英雄を崇拝している国――ルーベンス王国がそれにあたる――もあるくらい、アレスと呼ばれるこの世界では重要な人物だからだ。
あとは、強制的にアレスへ呼んでしまった英雄に対して申し訳なさがあるからだろう。
無理難題や傍若無人な行いをしない限りは国に生活を保障される。
「こんなところでしょうか。あまり詰め込んでも大変だと思いますので、今日はここまでにしましょうね」
アリアちゃんがニコリと天使スマイルを浮かべたところで個人レッスンは終了。
「ありがとう。色々迷惑かけちゃうかもしれないけど、ゴメンね」
「いえ、突然召喚されてしまった英雄様に非はありません。わからない事があれば何でも聞いて下さいね」
なんて良い子なんだろう。でも俺は調子に乗ってアレコレ相談しているうちに恋が~なんて淡い希望は持ってはいけない。
そんな展開はイケメンに限るのだ。決して俺には起きないイベントなのだ。
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アリアちゃんの個人レッスンが終わった後、王城の食堂でアリアちゃんと一緒に夕飯を食べた。
もちろんテーブルマナーのレッスンも含まれている夕飯だ。フレンチのフルコースみたいな皿にちょびっとずつ乗っている料理が夕飯のメニューだった。
飯に関する事で意外だったのは米や醤油・味噌など日本食があった事だ。
なんでも、歴代英雄の中に日本と同じような世界から来た人がいて、その人が一生を賭けて再現したらしい。
ありがとう先輩英雄さん。今日の朝飯に出た白米と焼き鮭定食は最高だった。
満腹になった腹を摩りながらベッドに横になってこの2日間を振り返る。
地震が起きて、死んだかと思ったら異世界に召喚。
さらにはケツから武器を出し、魔法もケツから出るときた。
もちろん、俺の噂は王城中で囁かれている。
王城の廊下を1人で歩いていれば、メイドさん達が俺に視線を送りながら「尻から魔法を」とか「尻から剣を」と小声で話す。
王城勤めの貴族達も「あんなふざけた者が」と露骨に嫌そうな表情で俺を見ていた事もある。
もちろん、全員が全員同じような扱いをしてくるわけではないが……。
そんな扱いをされている俺が言うのもなんだが『そりゃそうだ』って言いたい。
だって、どこにケツから武器と魔法を出す英雄がいるんだ。
俺が産まれも育ちもこの世界の住人だったら、間違いなく彼らと同じ扱いをするだろう。
一緒に食事をしているアリアちゃんや王様と王妃様も心配してくれてるし、気にするなと言ってくれるが、あの人達は例外だ。
話していて王家の人達から感じられる優しさや気遣いと申し訳なさも十分伝わっているが、国や世界を守る為に異世界から召喚して国のトップとしての責任を果たさなければいけない人達だ。
だから俺に不快感を与えないようにという気持ちもあるだろう。
召喚される前は何も特徴が無く、至って普通――いや、ストレスと緊張で腹を下す情けない男で、召喚されたらふざけた能力を持ってしまった。
ハイパーブラック企業に勤めていた時は先輩からの苛めや上司の理不尽な叱責に耐えてきたんだ。
あれに比べたら今の状況なんて普通に感じる。
異世界に来て普通に生活させてくれるだけでも、俺には上等すぎる扱いだ。
むしろ王家の人達が心配してくれる事に申し訳なく思う。
「だからこそ……」
この世界に来れたのは転機だ。
異世界に召喚された今が、自分を変える転機。
ケツから武器と魔法を出すようなふざけた能力だが気にかけてくれるアリアちゃん、生活を保障してくれる王様と王妃様に受けた恩は返さなければ。
あの家族を裏切らないように。
俺は強くなろうと決意した。