2 魔剣はケツから出る
目を開ければそこは家のトイレじゃない。俺は混乱しながらも周りを見渡した。
鼻を摘まみながらこちらを凝視している人達はパリピの如く金髪であったり、社会に反旗を翻したような赤い髪のおっさんもいるじゃないか。
どう考えても日本人じゃない。
俺は平均的なちょっと腹の緩い日本人。つまりは黒髪だ。自慢じゃないが生涯一度も髪を染めたことはない。
観察した通り、髪の色もハッチャケてるが顔立ちもどこか欧米風の人々だ。
なんでこう、外人はみんなイケメンに見えるんだろうか。
とにかく俺は現状を把握しようとお決まりで当たり前な叫び声を上げた。
「どうなってんだ!? ここはどこなんだ!?(プリピリ)」
俺は便器に座りながら、目の前にいる白いローブを着た青色の地毛らしき毛と白髪の混じる爺さんの顔を見て、とんでもねえファンキーな爺さんがいたもんだと思いながら問いかける。
問いかけながらケツに溜まってるのも、この際だから全て召喚した。
だが、ただ召喚しただけじゃない。ブツを召喚しながら叫んだ声で誤魔化すというセルフ音姫と名付けた高度なテクニックだ。
叫び声と同時に一瞬で全てを出さなければならないし、ケツの音を声で消さなければならない。
声のボリュームは大きければ良いという訳じゃない。大きすぎれば相手に「コイツ、今何か誤魔化したな?」と悟られてしまうからだ。
俺の華麗なるテクニックは……うん、成功だな。誰も気づいちゃいねえ。
「オゥフ……。今の状況で出すかね……。い、いや、き、君は我々の英雄召喚に応えし英雄なんだ。だから……そのぉ……」
爺さんは眉を顰めながら鼻を摘みながら俺の問いに答え始めるが、どう説明していいかわからんといった様子。
周囲にいた者達の反応は二通りだ。鼻を摘んで我慢しながらその場に残るか、ウエエエと叫びながら部屋の外に出て行った者。
因みに10人程度いた人達が今は3人だ。ファンキーな青髪爺さんは残ってくれた。ありがたいね。
「つまり、俺は異世界に召喚されたのか」
「そ、その通りだ。しかし、き、君は何故、ズボンを降ろしながら座っているのかね?」
「いやぁ、それが……トイレ中に地震がきて気付けばここにいたんです」
「そ、そうか……」
爺さんは相変わらず鼻を摘みながら「それはトイレなのか、なんてタイミングで」と呟いていた。
トイレをご存じない?
まぁしょうがないね。俺の家のトイレは一か月前に最新式へ変えたばかりだ。
蓋も自動で開くし、便座は除菌機能つき、高性能なウォシュレットも完備。こんなハイテク便器が異世界にある訳がなかろうよ。
なんて一瞬だけ現実逃避するが状況は変わらない。
爺さんの隣にいる人も「こんな英雄召喚なんて……」とボソボソ言っているのが聞こえたが俺に文句を言わないでほしい。
俺だってトイレ中に召喚なんて最低の異世界召喚を経験したくなかった。
最近のラノベやアニメを嗜む俺は、異世界召喚というジャンルについての知識はある。
よく寝る前にベッドの上で電子書籍を読みながら「俺も異世界行ってチートハーレムしてぇわ~。ダークエルフの嫁さん欲しいわ~」とよく妄想していた。
ブラック企業で働き、磨り減った心を癒すには妄想するくらいしか無かったんだ。
だが、まさか本当に異世界召喚されるとは……しかも、家の便器と共に。
「と、とにかく我が国の王に会ってはくれまいか?」
「わかりました。しかし、まず俺の願いを聞いて下さい」
「願い? 何かね?」
爺さんの顔を真剣な表情で見つめながら、俺にとって最重要なお願いを要求する。
「ケツを拭くモノを下さい」
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無事にケツを拭けた俺は爺さんの案内で王様に会う場所へと向かっている。
俺の前を歩く爺さんは服の袖を嗅ぎながら頻りに「匂いうつってない?」と部下らしき人に聞いていた。
そんな青髪の爺さんを横目に、ようやく王様のいる広間に到着。
扉の左右に控える騎士がドアを開け放つと、赤い絨毯が玉座まで伸びる大部屋。所謂、謁見の間というやつだろう。
「王よ。英雄召喚に応えし英雄をご案内致しました」
青髪の爺さんとその部下は玉座に座る中年のオジサンに膝をついて礼をする。
俺も爺さんのように礼をしなければいけないのだろうが、それどころじゃない。
玉座に座る王様の隣にいる、美少女に目を奪われて動けなかった。
薄い水色のドレスを纏い、白い肌と青い目。さらには金髪ツーサイドアップなどという全童貞男子の憧れをギュギュッと凝縮してこの世に顕現させたような美少女。
しかも160cmくらいであろう身長なのにも拘らず、胸がでかい。お顔も若干幼さを残して大変可愛らしい。そう、彼女は可愛い系ロリ巨乳だ。
まさかこんなにも属性を詰め込みましたと言わんばかりの美少女が目の前に立っていて、目を奪われない事などあるだろうか?
いや、ない。
時間にして2秒ほど。目の前にいる彼女を見つめてから、不審に思われる前にサッと目線を王様に戻す。
イケメンではない俺が美少女を見つめるなど、事案に発展してもおかしくない。
ただでさえ異世界に召喚されたというのにセクハラで肩身が狭くなったら今後の人生に差し支えるだろう。
便器と共に召喚された事実は……置いておこう。悲しくなる。
とにかく、動作が遅れてしまった俺は日本式で腰を折って頭を下げる基本的なスタイルを選択。
(異世界召喚の原則としては良い国か、悪い国か最初に判断するのがベター……。どっちだ?)
どちらにせよ、頭を下げておけば王様や周囲にいる他の人に何か言われても「すいやせん、ぼくの世界ではこうやって挨拶するんすよ。ヘヘヘ」と言えば一回は見逃してくれるはずだ。
「よくぞ参られた。英雄召喚に応えし英雄よ。頭を上げてほしい」
王様の言葉通りに頭を上げる。よかった怒られなかった。
「私の名前はアルフォンス=ローマン=エリオスという。このエリオス王国の王をしている。英雄殿の名前を伺ってもよろしいかな?」
「俺の名前は原平 勇気といいます」
ともかく最初は自己紹介。コミュニケーションの基本だね!
「まずは、謝罪をせねばならぬ。英雄召喚は、異世界の者を強制的にこちらへ召喚してしまうもの。英雄殿にも元の世界にはご家族がいただろう。それなのにも拘らず、こちらの世界へ呼んでしまい申し訳なかった」
王様と左右に立っていたもう一人の女性と先ほどの美少女は一緒に玉座から降りて頭を下げる。
急に頭を謝罪されてしまえば、日本人としてはいえいえ、と言ってしまうだろう。
「いえいえ!」
例に漏れず、俺もそうです。日本的な社畜なので。
「我らの都合で召喚してしまったからには、惜しみない支援をさせて頂く事を誓おう」
王様は本当に申し訳無さそうに謝罪の言葉と頭を下げてくれた。
どうやらラノベにあるような腹黒でヤベェ国から逃げ出すパターンでは無いようだ。
王様から丁寧かつ誠意を持って深々と頭を下げて謝罪してるし、周囲に控える鎧を身に着けた騎士らしき人達と貴族っぽい人達も揃って頭を下げているし、大丈夫そうじゃない?
むしろ、トイレ中に召喚された俺の方が申し訳なくなる程に謝罪されてしまった。
「いえ、本当にお気にせず。むしろ、俺は元の世界で英雄って呼ばれる程に優秀な人間じゃないのですが……」
俺なんてストレスと緊張で腹を下す豆腐メンタルの持ち主で、能力も学力も特徴の無い平凡な人間。
就活も最悪だった。事前にトイレを済ませたのにも拘らず、面接中に緊張で腹を下して途中退場からのお祈りコンボ。
最終的にはブラック企業しか合格できず、人生を諦めてつまらない毎日を送っていた。
そんな人間を英雄だなんて何かの間違いだろう。
「英雄召喚とは異世界の英雄たる人物の魂をこの世界の女神が選定し、召喚されるものなのだ。女神に選ばれ、こちらに現れた時点で英雄の素質は確かにあるのだろう」
王様の説明によれば召喚陣を通って召喚された者は身体能力の向上と魔法の適正、さらには英雄の能力が付与されるそうな。
と、いうことはアレか。
「ステータス!」
シーン……。
王様や謁見の間にいる人達は、いきなり叫びだした俺を不思議そうに見つめる。
うん。何も出ない。ステータスなんてモンはこの世界に無いようだ。
今の俺は顔が真っ赤に違いない。
「何でもないです」
俺は顔に熱を感じながらも平静を取り繕う。
ふむ。俺の世界で知られる異世界とは違うようだ、と付け足すように小声で呟いたからセーフ。
「ゴホン。召喚陣を通ってやって来た英雄には、女神アレスによって授けられた聖剣を扱えるという唯一無二の力が与えられるのだ。聖剣は英雄の体に宿り、意思の力によって顕現すると言われておる」
「意思によって顕現……念じれば出現するんですか?」
「いや、我らには正確な方法はわからぬ。英雄召喚された英雄は自然と最初から方法を知っているそうだが」
王様の言葉を聞いた後、俺は脳内でやり方を考える。
ラノベやアニメのように音声認識か? それとも呪文か? と、うーんうーんと唸っていると召喚陣の効果なのか、使い方を思い出すような感覚が湧き上がる。
英雄にはメイン武器となる剣があり、その剣は他者への武器を創造する為、魔法を使う為の触媒としても使用する事。
他者へ特別な武器を作る『武器創造――ウエポンクリエイト』を行使できるが、絆を結んだ相手じゃないと作れない事。
英雄が使う剣は紡ぐ絆によって強さが増す。
この3つが過去を思い出すかのように脳内に浮かんだ。
「英雄専用の剣は魔法の触媒にもなるのか。俺も魔法使えちゃうのか……?」
「おお! 先代の英雄も聖剣を触媒にして強力な魔法を使用しておったぞ!」
どうやら正解だったらしい。
先代という単語も気になるが、まずは俺のメイン武器を作り出して英雄の証明をしなければ。
俺は意識を集中させながら「武器でろ武器でろ」と脳内で唱える。
すると――
バチバチバチ、と赤い稲妻が俺の体の周りを駆け巡り、なんだかそれっぽい雰囲気になる。
チラッと王様を見ると「おお! 英雄の武器を顕現させるのか!」とか言ってるから方法としては合ってるのだろう。
ならば、後は意識の集中を高めて気合と根性だろう。腹を下しながらブラック企業で生き抜いてきた俺を舐めるんじゃあない!
「うおおおおッ!!」
俺が気合の入った雄たけびと共に意識を集中させると、体の周りに駆け巡る赤い稲妻が強くなっていく。
唇を噛み締めながら、腹に力を入れて――ダメだ! 出るッ!! これ以上腹に力入れると出るッ!!
「ふぐうううううううッ!」
別の物が出ないよう、下唇を噛み締めながらケツを制御しつつ気合一閃!
しかし、赤い稲妻は閃光を放ち霧散する。
俺の目の前や手の中には武器は存在しない。つまり。
「失敗……か?」
何がいけなかったのか、と頭の中で考えていると俺の側面に移動していた美少女ちゃんが叫んだ。
「え、英雄様! 剣が!!」
「え?」
剣? 剣なんてどこにもないじゃないか。
俺は自分の手の平を見たり、目の前180度をキョロキョロするが彼女の言う柄は存在していない。
「いえ! 英雄様のお尻|から剣の柄のような物が出ています!!」
「エッ!?」
え、ケツ!?
俺は首をぐるりと捻って自分の尻へ向ける。
そこには尻の前にに魔法陣が浮かんで、魔方陣から確かに剣の柄が飛び出していた。
「はああああああ!? なんでケツ!?」
嘘だろ!? ケツから剣の柄が出てる!
手やら体の前やらにカッコイイ魔法陣が浮かぶんじゃなくて、ケツの前に魔法陣浮かんでる!
「ひ、引き抜いた方が良いのでは!?」
美少女ちゃんは的確なアドバイスをくれた。
そうだね。引き抜かないとヤバそうだね。
俺は柄を握り、グッとケツから引き抜こうと試みる。
「ぬぅぅ! なげええええ! この剣、微妙になげええええ!」
柄を掴んで引き抜き始めたは良いが、剣らしき物は意外と長かった。
腕のリーチが足りなくて全部出し切れないッ!
「腰を前に折って! 前かがみになって! ガンバレ! ガンバレ!」
美少女ちゃん、更なるアドバイスをありがとう。すっごい真剣に応援してくれる。めっちゃ良い子。天使か?
彼女のアドバイス通りに腰を折りながら前かがみになりつつ、腕を上げる。
必死になって腕と腰を動かすが、先っちょが抜ききれない!
これはイカン、と周囲を見渡して手伝ってくれる人物を探すと、口元を引き攣らせる王様が目に入った。
「王様ァ! ちょっと抜くの手伝ってくださぁいッ!」
「え!? 我れ!?」
「先っちょ引っかかってるし、腕も腰も限界なんでぇッ……!」
俺の必死さが伝わったのか、王様は恐る恐る剣の柄に手を伸ばして握る。
王様が柄を持ったのを確認すると、俺は唇を噛み締めながら前かがみの状態でカサカサッと前に移動する。
「ヌゥゥンッ!!!」
途中、少し引っかかりを覚えた俺は気合を入れて前に最後の一歩を踏み出す。
すると、ズプズプ……と嫌な音を出しながらも、ようやく引き抜くことに成功した。
引き抜かれた剣を王様から渡され、しっかりと握る。
王様が頻りに柄を握っていた手の匂いを嗅いでいたが見なかった事にした。
手に持った剣をまじまじと見れば、正体不明の赤いオーラをモヤモヤさせた黒い長剣。
この赤いオーラって俺のケツの血が……いや、考えるのはやめよう。
「これは……!」
握った剣を凝視すると、脳内にはまた過去を思い出すかのように剣の事が浮かぶ。
これは『結盟魔剣 グラムシリブリンガー』
選定された英雄に与えられる元聖剣。
元々はグラムという銘の聖剣だったが、今代の英雄が尻から生み出したことで魔剣に改造されてしまったようだ。
…………。
「俺のせい!?」
ケツから出たから!?
俺の深淵たるケツから出たので魔剣になりましたってか!?
俺だってケツから剣なんて出したくなかったわ!
もういやだぁぁ!