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第二話:「先生は正常です」

蒼疾「人には思い出話というものがやはり一つはあるものです」伊万里「先生にもあるんですか?」蒼疾「ええ、一応は………高校生のときは非常にもてていましたよ」伊万里「へぇ、知りませんでした」蒼疾「ですがまぁ、三年生のときにいざこざとかあって逃げ出してきました。あのままいたら命がなくなっていたでしょうから」伊万里「怖いんですね〜」

第二話

「おはようございます、みなさん」

「「「おはようございます」」」

 比較的今日は普通に入ってきたなぁとクラス大半が思った。衝撃的な初対面で生徒たちは圧倒的に先生に置き去りを食らっていたのだが、もしかしたら昨日のあれは冗談だったのではないかと全員が思っていた。

 が、それは少し甘い見通しだった。

「先生、昨日篠原美咲さんに言われて精神病院にいってきましたが……異常ではないといわれました。これが診断結果の紙できちんと医者のサインも貰ってきました。左側からまわしてくださいね。ああ、改竄しようとしても無駄ですよ。それはコピーですから。本物は先生の家の机においてますから」

「……」

 自然と全員の視線が篠原岬に向かう。彼女はあははと笑ってすごしたが顔にはすごい汗が。

 視線が篠原岬に向かっていることを気にしていないといった風に蒼疾は足利伊万里へと視線を送る。

「では、ここで一番成績のよい足利伊万里さんに学級委員長が決まるまで授業の始まりと終わりの挨拶をしてもらいます」

「はい、わかりました」

 足利伊万里がそういうと先生はため息をついた。

「足利さん、そこは否定とかしないと……いわれたとおりをすべてこなしていては駄目な人間になってしまいますよ?」

「そ、そうですね、すみません。私、そんなの出来ません」

「おや、では先生の言うことが聞けないと?」

「……先生、あのぅ……やっぱりやります。というか、やらせてください」

「そこまで言うのなら仕方ないですね、いいですよ、お願いします」

「……」

 クラス全員が沈黙するが、一人だけ声を上げた生徒が……

「うわ!本当だ!先生本当に精神科に行ってる!」

「……舞錐さん、あなたですか……」

 一度だけ蒼疾はため息をつくと舞錐好へと目を向けた。

「先生の話は聞いていましたか?」

「え?も、もちろん!」

「では、舞錐さん、あなたに質問ですが……このクラスで学級委員長は誰でしょう?先生の話を聞いていたらわかりますよね?」

「え?え〜と。すみません、わかりません」

「よろしい、素直に答えたので今回のことは不問で……では、これより授業を始めるとしましょうか?」

 なんだか授業より苦痛だなぁと生徒全員がまとまって思ったのだった。

―――――――

 意外や意外、なんだかひねくれたような性格をしている天川蒼疾教師だったが比較的まじめというか、熱心に授業をしていた。

常に生徒のほうを見て黒板に文字を書いているのだが字は比較的上手であり、スピードも早くもなく遅くもなかった。少しでも不思議そうな顔をしている生徒がいたら当てることなく繰り返し繰り返し説明。そして、すでにその部分を理解している生徒たちのために黒板の隅のほうに四文字熟語などを書かせてそれの意味を調べさせていた。

「はい、ではここで当ててみることにしましょうか……」

 にやりと笑い、生徒たちがびくっとした。どうやらここから授業前のひねくれモードに入るらしい……そんなことを軽々と予感させるような顔だ。

「じゃ、まずは先生のことを精神異常者であるというレッテルをはった篠原岬さん。では、篠原さんに精神異常者であるといわれた先生の心の傷はどのくらい深いか答えてください」

「え?え〜?」

 それ、ぜんぜん授業に関係ありませんよぅとこれまたクラスがそう思ったが当てられるのが怖いので黙っていた。前日のこともあったので篠原岬は友人を当てにすることなく少しの間考えをまとめる。

「えっと………タンスの角で小指をぶつけるくらいですか?」

 冗談でいった篠原岬は愛想笑いをしてみるが、だいぶ苦しかった。まぁ、生徒の大半がそれはかなり痛いなと思っていたが。

「惜しいですね、家族にプリンを食べられてしまったぐらいが正解です」

「そ、そうなんですか?」

「そうです、篠原さんも一度ぐらいはあるでしょう?」

「一応は……」

「名前を書いておくべきだったと気がついたところですでに後の祭りです」

 ああ、それはわかるなぁと生徒たちがつぶやく。

「はい、この間に舞錐さん、黒板は写せましたか?」

「え?あ、先生の話に夢中」

「……はぁ、いいです、それなら次の質問ですが……」

 先生の目線がじろじろ〜と生徒たちの顔をうつっていくが、誰一人として顔を合わせようとはしなかった。特に足利伊万里は先生からいじめられているような錯覚を覚えたので一生懸命勉強してますみたいに下を向いていた。

「はい、では足利さん」

「……」

 人生が終わったといた顔をする。それに対して生徒たちは両手を合わせて合掌。

「すみませんが自己紹介をしてくれませんか?先生はよくみなさんのことがまだわかりませんから。ああ、クラスメート全員に聞こえる程度の声でお願いしますね」

 明らかにうそっぽい笑顔を足利伊万里へと向ける。警戒しながら立ち上がる。しばしの間突っ込んでこないかどうか蒼疾を確認し、何を言うか頭の中でまとめる。短くても長くてもきっとあの教師は突っ込んでくるに違いないと彼女、いやクラス全員は考えていた。

「えっと、足利伊万里です。好きなものは読書、嫌いなものは肉の白い脂部分です……」

 先生のほうへと視線を向けるが目をつぶって聞いているようだった。もしかしたら嵐前の静けさかもしれない。

「………これから一年間、よろしくお願いします」

「よろしい、実によくありそうな自己紹介ありがとうございます。これで先生は足利さんについて少しは知ることが出来ました」

 あれ?いじらないのかなと生徒や足利伊万里が思ったときにやっと蒼疾は笑った。

「今、何もいじらないのかなぁって思いませんでした?」

「え?い、いえ……」

 実際はそのとおりだったので少しだけ動揺し、しっかりと蒼疾を見れなかった。

「まぁ、それはいいとして……実際にそんなことを思っちゃった人はMっ気がある可能性があります……あくまで可能性ですが……さて、舞錐さん、黒板は写せましたか?」

「大丈夫」

「そうですか、それなら次に進みたいと思います」

 笑みは消え、まじめな顔がのぞく……それを見て大半の生徒がほっと胸を下ろしたのだった。

――――――

「はぁ、授業中はいい先生なんだけどなぁ……」

 クラスメートたちがうんうんとうなずいていた。今は掃除の時間であり、なぜだか蒼疾はいなかった……まぁ、いたらこんな話はしないのだが。

「すごくひねくれてるよね。四十度ぐらいかな?」

「顔はいいのに……」

「残念だよね〜」

「今頃ほかのクラスでもうわさになっているだろうから今から聞いてきてみようよ!」

「「「うんうん!」」」

 ほとんどのクラスメートがそんなことを言ったのだが一人だけ首を振った。足利伊万里である。

「みんな、そんなところを天川先生に見られたらまた何か言われちゃうよ」

「大丈夫よ、伊万里。どうせ今頃職員室にいるだろうから……」

 そういって篠原岬と舞錐好を筆頭としてクラスメートたちは教室を去っていったのだった。

 それから少し経ってから蒼疾が教室へと入ってきた。しばしの間教室内をきょろきょろとする。

「おや、今は掃除の時間ですよね?」

「え、ええ…えっと……」

 挙動不審に箒を持ってあたふたと床をはわく。

「ほかの生徒はどうしたのでしょうか?消失ですか?それとも早退?保健室送りにしたのでしょうか?」

「え、えっと、用事があっていなくなりました」

「そうですか、しかしまぁ、足利さん、あなたは掃除は下手なほうなのですか?箒がきちんと床についていませんよ?」

 あまり興味がなさそうにそんなことをつぶやく。

「え?あ、すみません……」

 あわてて綺麗に箒を持ち直して掃除を再開する。

「ああ、いづらいなぁ……みんなについていけばよかった」

 そんな言葉がついつい心の中でこぼれてしまう。そんな足利伊万里の心境を知ってか知らずか近づいていき、頭に右手をのせる。

「いい子ですね、というわけで頭をなでてあげましょう」

「へ?」

「よしよし。どうですか?これで大体の子供は喜ぶものです……まぁ、今の生徒たちはどうかは知りませんがね」

 それだけ終わらせると教壇へと近づいていって位置を修正する作業を始める。足利伊万里はきょとんとしてそんな蒼疾を見ていた

「あ〜あっ、かなりいい先生だったとしか聞けなかったねぇ!」

「そうだねぇ!」

 そんなことを言いながらほかの生徒たちが帰ってくる。

「おやおや、いまさらお帰りですか?掃除はどうしたんですか?」

「せせせせせ先生!?」

「いつここに!?」

「少し前ですが……それが何か?」

「い、いえ、実は全員でトイレに…」

「そうですか、あなた方がもどってきたのは左側、トイレがあるのは右側ですが?」

 誰も何も言えずに黙って掃除へともどる。そして、数人がすでにいた足利伊万里へと小声で話しかける。

「先生に何か言われなかった?」

「え?う、う〜ん、意外といい先生じゃないかな?」

「!?」

 それだけいって前よりも掃除をがんばっている足利伊万里。そんな彼女は頬を少しだけピンク色にそめてうれしそうだった。

 そして、渦中の蒼疾はあごに手を当てていた。視線の先には教壇が……

「……微妙ですね、角度が」

 大半の生徒は急いで掃除を終わらせようとしていたのだった。


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