『ヘレン・ケラーは魔法使いだった』
その言葉は、誰が放ったものだっただろう。
ある姉弟は、ある時期まで大変に仲が良かった。姉は体格が小さく気弱な性格の弟を守るように、常に一緒について回った。弟もまた、姉にべったりでいて、後ろに隠れるように歩いた。それは世の中のあらゆる兄弟姉妹の多くの場合と同じく、ほとんど生まれつきの習性であるかのようだった。
彼女らは年子である。生年より一年の違いがあった。
姉は周りの同年代たちより身体の成長が早く、保育士たちも目を見張るくらいには体格が良かった。言葉を操るのも常より早いようで、両親が学者という偏屈な立場だったのも相まって、小学校に上がる時分では彼女を害するものはなかった。
対して弟は、正反対のように、身長はなかなか伸びず体重も増えない。幸いにして大病を患いはしなかったものの、度々通っていた保育園は休んだし、入院を繰り返した。同年代の子どもたちに虐められることがあった。ただ姉はいつも味方だった。
あるとき――姉が八歳だった頃――、姉弟のどちらかが、学者である父に宣った。それは小学校の授業で習った、かつての偉人に対するものである。どうやら未だ幼い思考の内に思うところがあったらしい。過去の偉人の功績と伝説を述べて並べて、父に披露した。勿論、そこでも姉弟は一緒でいる。二人はおそらく、まだ小さい瞳をきらきらとさせて、熱心に話をしたに違いない。
そこで父親はどういう態度でいたか。
彼女らの話す内容は、お伽噺よろしく、また幼い創造力も重なり、荒唐無稽であった。世の中の親の多数が、愛想笑いと適当な相槌とで済ませてしまうような話である。姉弟の父親も、他の大多数と同じようであったか?
答は否である。
二人の熱心な話口に、父はじっと耳を傾けた。溢れ出す一語一句を逃すまいと、実に真剣な表情と真摯な態度をして、黙って話を聴いていた。
だから姉弟らは更に舌先に熱を込めて、何度も何度も同じ話を繰り返した。普段は忙しく交流の少ない父親を、二人占めして、掛け替えのない楽しい時間を共に過ごした。
その時の話を、十数年経った後の姉弟は覚えているだろうか。
――不幸にして、父は早くに亡くなった。事故だった。姉が中学に上がってすぐの頃である。夏の夜遅く、車を運転して帰宅している最中に、対向してきた居眠り運転のトラックにぶつかった。ほとんど即死だった。彼は妻と姉弟を遺して、ほとんど親としての教育を完遂できぬまま、一言も遺せないままに亡くなった。
母と、姉弟は、三人きりになった。
父の死は完全に過失のない、本当に不幸なものだった。突然に降って沸いた悲しみに、彼女らは打ちのめされる――。
そんな折り、弟はなにかを言った。慟哭の内に、悲しみに落ち込んだ大人たちに。
それを聴いていた姉も、ほとんど無意識に、なにかを口走った。
周囲の大人たちが驚き、訝しんで見る視線を構わず、彼女らは何事を発したのであろう。年月を過ぎてそれは、忘れられていく。親戚の少ない家系だったのは勿論、ある程度成長したとはいえ、所詮は子どもの言うことだと断じられてしまった。亡父と違って、その他の大勢は、姉弟を理解し得なかった。
そしてこの頃から、仲の良かった姉弟の間柄は変化する。
姉は、弟を庇護することはなくなっていった。
弟は、後ろをついて歩くのを止めた。
その変化は、一番気難しい歳の時期に由来する、ごく自然なものだった。あらゆる仲の良い肉親同士が、ある時期を境に、険悪と嫌悪の感情に支配される。互いに互いを避けて、それ以降に、以前の関係に戻ることはない。彼女ら姉弟も、たぶんに漏れず、互いに距離をおくようになった。
二人の間に再びの変化が訪れたのは、大学受験の際である。
姉は不運にもほんの少しだけ失敗して、一年間の浪人生活を送った。ただ努力と苦労とを重ねて、次の年には、第一志望である、家の近くの大学に合格した。それは喜ばしいことだった。
ひとつの問題は、弟である。彼は体躯は小柄に育ったが、学業は秀才と言って過言でない程に成長していた。都内の有名な国立大学や、早稲田慶應を狙えるような成績だった。それが、蓋を開けてみると、姉と同じ大学に行くという。正確には、本命を落としてしまい、滑り止めとして受けたらたまたまそこだけ合格したらしい。
同じ家の姉弟が、同じ大学の同じ学年に通う。その事実を突き付けられた姉は、一体何を思っただろう。彼女の内に渦巻く感情は、想像に難くはない。ただ直接本人の口から聞き出さない限りは、その心の奥底にある色々は、精確には計りし得ない。
七五三野家の二人の姉弟は、こうして、奇妙な大学生活を送ることになったのだった。