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仮想姫  作者: イサキ
1章 依頼
9/13

3

 忘れられないこと


 忘れてはいけないこと


 誰にだって、それがあって

 それは、いつだって自分を傷つける凶器に変わる


 あの日の記憶。

 俺にとってそれが【忘れてはいけないこと】そのものだ。

 なのに、俺はそれから逃げた。

 痛みに耐えられなくなって逃げた。


「おぬしは間違ってなどおらぬよ」


 嘘だ


「嘘などではない。おぬしは充分に自分の罪と戦った」


 違う

 俺は自分の罪と戦ってなんてない。

 罪に耐えきれなくなって逃げただけだ。


「そうか? わしはそう思わんがの」


 嘘だ


「嘘ではないよ。おぬしはやらされた罪に立ち向かった。初めから罪になると決められた運命に逆らったんじゃ」


 逆らってなんかない

 罪に耐えきれなくなって、自身の罪を壊してなくしてしまおうとしただけだ


「違うわ。あなたはただ、大人の勝手な妄想に付き合わされただけよ」


「悪いのは【進化】と言う言葉に弱かったわしらじゃ。おぬしは悪くない」


 ふざけんな

 こんなことをやらせておいて、今さら何を言ってやがる

 これは、俺が犯した

 俺の大罪だ


「だからって、そんな償い方は間違ってるよ」


 あんた、知ってるはずだろ

 俺が死ねば、この世界は終わる

 あんたも協力者ならそれくらい知らされてるはずだ


「・・・・・・」


「しかし、そんなものがおぬしの死ぬ理由になるとは思えんの」


 俺は、母さんとあいつを助けられなかった

 知らなかったからって、それが許されるはずがない

 俺が生きていい理由なんてない

 それが、俺の死の理由だ

 世界はそのついでに巻き込むだけさ


「無理じゃよ」


 なんだと?


「おぬしは、そんなことできん」


 なら、ここで実践してやるよ

 今ここでお前の言う【できないこと】を目の前でやってやるよ


「待ちなさい!!!」




 その日、世界は終わるはずだった

 1人の少年の罪からの逃避で世界のすべてが無に変わる

 人々の進化がすべて消えてなくなる


 ・・・そうなるはずだった






 ☆ ☆ ☆



「嬢ちゃんと少年が手を繋いでいるなんて、珍しい。明日は雪でも降るのかもしれんの」


 応接室を出た俺たちを視界にとらえた【お得意様】・・・常連客のじいさんが向けた言葉の理由は、前を歩く少女が嬉しそうに俺の手を引いて歩き、俺がそれに抵抗の1つもせずに彼の目の前に立っているからなのだろう。

 いつになく輝いて見える【お得意様】の視線を浴びて、俺はすぐに離す予定だった七葉に掴まれた右手から力を抜く。すると、彼女はその意味をすぐに理解して、少し寂しそうに両手を離してくれた。

 そんな、彼女の行為に礼を言うように俺の手はすぐに彼女の頭という定位置に収まった。


「下らないことを言いに来ただけなら、さっさと帰ってくれないか?」


「少年は冗談が通じんの」


「冗談を言う暇があるなら、自宅でもっと有意義に過ごしたらどうなんだ?」


「若者に向けて冗談をいい歩くのも、暇なじじいの趣味の1つなんじゃよ。少しは付き合ってくれてもよかろう」


 俺に頭を撫でられて、嬉しいのと【お得意様】の前だという恥ずかしさでいっぱいになっている彼女を気にすることなく交わされる、俺とじいさんとの下らない言い合い(あいさつ)が終わり、じいさんは、そのまま特等席にしている店の端のソファーに腰を下ろす。

 その間に俺は七葉に小さく耳打ちをして、じいさん・・・もとい、お得意様にお茶を持ってくるよう指示を出し、ゆっくりと座るお得意様に1枚の紙を差し出した。


「ちゃんと読めよ」


「誘っておるのか?」


「・・・帰らせるぞ」


 じいさんの冗談に少し本気の答えを返すと、彼は笑いながら差し出された紙を受けとり、視線を向けた。

 頬は緩んだままだと言うのに向ける視線は真剣で、思わず呆れを覚えるが、『真剣にしてれば、頼りになるじいさんなのにな』なんて、からかわれて終わるだけと知っているから、あえて言わない。

 代わりに、今の俺がじいさんに対して聞いておきたかった質問を投げる。

 少し不安があったから聞くのは躊躇われたが、俺には聞かなければいけない義務があった。


「それより、あいつは元気なのか?」


「ああ、あの娘なら楽しそうに暮らしておるよ。今朝も早くから『川辺で遊んでくる』とメイドを1人連れて出て行ったわい」


 すると、返ってきた言葉は俺を安心させるもので「そうか」と興味なさげに答えてみるが、自身の中に喜びと安心のような感情が生まれたことを知らせるように、『バクバク』と緊張を表していた心音が静まっていくと、同時に俺は自身の心の弱さを反省をした。



 また、俺はそうやって小さな救いで自身の罪を償ったつもりになる。



 許されるはずのない罪。

 忘れてはいけない俺の・・・向き合わなければいけない過去。

 それをこんなことで償えるなんて思ってはいない。

 でも、少し救えただけで俺の心は軽くなってしまう。

 そんな心が憎らしくて・・・・・・


「少年にも会いたがっておったよ。今度はあの娘も一緒に連れてこよう」


「やめとけ。あの娘は俺と関わらない方がいい」


 反射的に出た声は俺が常に用意していた言葉を発して、俺は自身を苦しめ続ける永久の思考から解放される。

 気づけば、じいさんがニコニコと作り上げられた笑顔を俺に向け、先ほどまで視線を向けていた紙をこちらへ差し出していた。

 俺はそれを受け取る。


『悪い癖じゃぞ』


『わかってるよ』


 その際に交わされる2人の視線は他人の介入を許さない。俺とじいさんにしかわからないアイコンタクトで、俺は彼の視線の意味に自身の視線で言い分けをする。

 その言い訳に「でも、仕方ないだろ。だって・・・」と付け加えなかったのは、その先に待っている言葉を知っていたからだった。


「そうか?」


「ああ、どう転がっても不幸になる未来が決まってる。思考の余地はない」


「じゃが、嬢ちゃんはいつも幸せそうにしとるぞ?」


「あれは【例外】だ」


 その答えに声を上げて笑うじいさんに、俺は『またか』と諦めのため息をついた。「呼んだ?」と話題になっている当人の声が聞こえたが無視する。

 今は、あいつに構うよりじいさんの言葉を否定する方が先決だ。


「考えすぎじゃよ。少年が幸せにできるものはたくさんある。嬢ちゃんのようにの・・・だから、あの娘もきっと少年と関わることで幸せになれるよ・・・」


「そんなの思い上がりだ」


 じいさんの意志を伝えすぎる言葉。

 何度も聞いた【ソレ】を遮った自身の声に「まだ、おぬしはアレを罪だと言い張って背負い続けるか」とじいさんがため息混じりの声を吐く。



 ・・・・・・あれに罪以外のどんな言葉が似合うって言うのさ



「そろそろ、本題に入ってもいいか?」


「少年・・・・・・そうじゃの」


 また、ダメだった。

 自身の感情をすべて丸出しにする彼の顔を見て悪いことをしたと理解はしていた。

 しかし、それを理由に自分を許すなんてできるわけがなくて、俺は会話を変えるために次の言葉を探して、見つけたそれを考えなく頭の中で組み合わせると用意したそれを声にする。


「今回の依頼は今までのとは少し違う。だから、【コレ】を読んでもらったわけだが・・・内容は理解できたか?」


「要するに簡単にはいかんかもしれんと言うことじゃろ」


 先ほど、じいさんに渡した紙の予備にと用意しておいた自身が持つもう1枚の表面を彼の方へ向ける。

 すると返ってくる堅苦しい内容を噛み砕いた簡潔な答えに少し安心して話を続ける。

 彼の表情が少し暗いのは自分のせいだと知っているから、あえて触れないことにした。


「今回のケースは少しばかり状況が奇怪なんだ。いつもみたいな短期での解決は無理だと思ってほしい」


「そんなに複雑な状態なのか?」


 今回、じいさんから受けた依頼は、1体の仮想姫の修理。

 だったのだが、調べたところ・・・その仮想姫は彼女たちの心臓となる部分に欠損が起こっていた。

 こんなケースは異例で、深夜でさえも扱ったことのないものだった。

 正直、治るかさえもわからない

 それ以外の答えが見つかるはずのない問いに俺はわざと口をつぐんだ。


『わからない』

『できない』


 俺が決めた、自身に与えたタブー。



 これだけは、絶対に言わない

 言ってはいけない



 心唱えて、自身に伝えて、俺はいつものようにふざけた笑顔を表情を変えずに視線をじいさんに向けた。


「俺が失敗するとでも思ってんのか? あんまり見くびんなよ」


「見くびってなどしておらんよ。ただの・・・」


 続きを言おうとして、首を横に振りかけたじいさんに『続けろ』と言わんばかりの勢いで俺の両手が彼の肩を少し強めに掴む。

 こういう時の彼はいつだってなにか大事なことを隠そうとしている。

 俺はそれを知っていた。

 バツが悪そうに口をつぐむ彼は不意に俺と目を合わせて、仕方ないと諦めたのか、大きなため息を1つすると、閉じたままだった口をゆっくりと開き、先ほどの続きを語りだした。


「大したことではないよ。今回の内容がいつも通り短期のものだったら、頼もうと思っていたことが1つあっただけ、ただそれだけじゃ」


「まだ、続きがあるんだろ」


 じいさんの答えに迷うことなく、俺は続くはずの言葉をすぐに要求する。

 そうできたのも、長年の付き合いというやつなのだろうと思いたいが、今のじいさんの顔を見れば、言葉は違えど誰だって疑問を覚えるはずだ。

 途中で終わった言葉の続きを求めるはずだ。


「相変わらず、勘だけはするどいの」


「『恋は疎いくせに』とか言って、誤魔化すの無しな」


「全く、おぬしは末恐ろしいやつじゃ」


 恐らく、そこでじいさんは続きを語らないことを諦めたのだろう。

 決心したように少しだけ顔をこわばらせるとすぐに元の笑顔を浮かべた。

 そして、先ほどから渋り続けた言葉の続きを声にする。


「ここ最近、おかしな行動をする仮想姫が1人おっての」


 仮想姫を1人と数えるのは彼ぐらいだろう。

 通常の人間は彼女たちを1体や1匹と呼ぶ・・・

 今は、関係ないな。

 久しぶりに聞いた数え方に無駄な思考をしてしまったが、彼の会話に適当な相槌をして俺はまた彼の話に耳を傾けた。


「おかしな行動ね」


「いつもは普通なのじゃ。しかしの時折、おぼろげな瞳で空を見上げるんじゃよ」


「そら?」


 じいさんの言葉に疑問の声を上げる。すると、彼は「ああ」と小さく相槌をすると、その彼女と同じことをするように空の代わりに少しばかり低い天井を見上げて話を続けた。

 俺は、その話を黙って聞くことにする。


「ただ、黙って空を見上げて・・・それから、何をするでもなく数時間、彼女は急にどこかから戻ってきたようにビクッと大きく震えるとゆっくりこちらを見て微笑むんじゃよ。決められたことをするだけの機械のようにの」


「・・・機械か」


 本当に機械なら、その行動がパターンに沿った行動で「安心しろよ」とすぐに彼へと軽口を混ぜた口調で答えてやることができたのだが、それができないことは俺とそして、話を続けるじいさんが1番よく知っている。

 今ほど、彼女たちが【ただの機械】だったら・・・と願うこともないだろう。

 それができないのがすごく辛い。


「引き受けるよ」


 声にできない言葉の代わりに出たのは、仕事を了承する言葉。

 しかし、彼からの返答は首を横にふるというもので、答えを知っていた俺は即席の依頼書を突き出した。


「サイン」


「少年に無理をさせてまで頼むようなものではないのじゃ。今回の件は忘れてくれ」


「いいからサイン」


「少年」


「さ・い・ん!」


 こうなってしまうと俺は絶対に引かない。

 昔からそうやってよく無茶を突き通してきたから、じいさんはそんな俺のことを知っていてなかなか話そうとしなかったのだろう。

 紙を受け取って、じいさんはまた、小さくため息。それから、受け取った即席の依頼書を軽く眺めると書かなければいけない部分にサインをして、それを俺へと戻す。


「本当にいいのか?」


「昔から世話になってるじいさんの頼みを聞かないわけにいかないだろ」


 じいさんにはこの店の件といい、いろいろと世話になっている。自分の身を削ってでもやる価値は大きいと思う。



 そんな気持ちを持ったことを後悔したのはその数秒後・・・



 少しでも、じいさんを疑う気持ちを残しておくべきだったと、その時は本気で思った。


「本当にいいんじゃな」


「いいって言ってるだろ。大丈夫、心配は要らないよ」


 自身への心配を込めて問うその声に俺はしっかり心を許して、戻ってきた紙を握った瞬間だった。

 彼が『してやったり』と言わんばかりにニッコリと不気味な笑みを浮かべた。


「じゃあ、任せたぞ」


 受け取った紙に書かれた仮想姫の名前を見て、すぐに彼の笑みの理由を知る。



 ・・・やられた



「おい・・・」


「早速、今日から頼んだぞ!」


 俺の言葉を最後まで待たずにそう言うと彼は「夜にはここにつくように伝えておくぞ」と右手をあげ、先ほどのムカつく笑みを浮かべたまま、店を出ようと立ち上がりこちらへ背を向けた。

 俺はそんな彼の肩をガッチリと掴み、出口への歩みをむりやり止める。

 なぜ、紙にあの娘の名前がかかれているのか問う権利くらいはあるだろう。まあ、理由はわかっているも同然な訳だけど。


「なんで、彼女の名前がここに書かれてる?」


「なんでと言われてもの。先ほど話した挙動不審な仮想姫は彼女のことじゃからとしか言いようがないの」


 問いの答えに予想通りの答えが返ってきて、俺は本日、何度目になるかわからないため息をつく。

 最近の俺、ため息が多くないか?

 よく『ため息をすると幸福が逃げる』と言うが、本当のことなのだと実感する日が来るとは思わなかった。


「いや、それは一応・・・わかりたくないけど・・・理解はしている」


「なら、ワシに聞くことはもうなかろう?」


 こちらに背を向けたまま話すため、彼の表情がどんなものなのかわからないが、予想はついた。

 だから、俺はこちらに顔を向けない彼の背へ向けて会話を・・・いや、訴えを続ける。


「聞くことはなくても、言いたいことは山ほどあるんだよ」


 このタイミングでこの娘の名を出すなんて卑怯だろ!

 俺は、やらないぞ!

 そう言いかけて、止めたのはその言葉が自身の掲げたものを否定してしまう言葉だったからで、代わりの言葉が見つからずに彼の肩を掴んでいた手から力を抜いた。


「『1度引き受けた仕事は必ず遂行する。それが自身で決めたことなら尚更』なのじゃろ」


「わかっててやりやがったな」


「いいや、ワシはおぬしなら引き受けると信じて、この話をしたんじゃよ」



『あの嬢ちゃんと同様に彼女も幸せになれるはずじゃよ』



 最後にそんな言葉を残して、じいさんは出口へと歩き出す。

 俺は、その後ろ姿を止めることなく見送ることにした。


「はぁ、ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


 頭を下げ、気持ちの込められていないお客様用の挨拶が彼の背へと向けられて、言葉を受けた本人は再び、右手をあげて店から出ていった。

 『カランカラン』と客が出ていく合図が耳に届いて俺は顔を上げる。それと同じくしてお盆に2つのお茶を乗せた七葉が店の奥から戻ってきた。


「おとくいさま、帰っちゃったの?」


「ああ、大きな置き土産を残してな」


「おきみやげ?」


 彼女が持ってきたお盆の上のお茶を空いている左手で持ち、口をつける。

 すると、彼女は少し軽くなったお盆を持ったまま少しだけ首をかしげた。


「おきみやげってなあに?」


「面倒事のことだ」


 七葉の疑問に答えて、またため息。

 あのじいさんは昔から変わらない。

 俺をいじるのが大好きで、いつだって仮想姫の事に真剣だ。


「全く、悪ふざけが過ぎるぜ」


 じいさんが置いていった紙に目を落とし、名前を書く欄の少し下に視線を向ける。欄もなにもない空白の空間、そこに書かれていたのは小さな文字。


『あの娘をよろしく頼むぞ』


 最後の1文にそう書かれていた【それ】を見て俺は思わず小さく笑った。

 こういうところ、あのじいさんらしいな。

 そんな俺を見て、七葉が再び首をかしげる。


「深夜お兄ちゃん?」


「一応、これ契約書なんだけどな」


 とりあえず・・・・・・

 七葉の声を聞いて、俺は自身の右手に持つ紙を彼女の方に向け、心配ないぞと笑ってやる事にする。

 それを見て、「おとくいさまらしいね」なんて言いながら、彼女はこちらにいつもの笑顔を向けた。



『あの娘は何かある。気を付けろ』



 指で隠されたじいさんから俺へのメッセージに気づかないまま・・・

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