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どうしてこうなってしまったんだろう―――――
気づけなかった
考えもしなかった
違う・・・・
こんなことのために俺は・・・・・・・
「よくやった」
何を言ってやがる・・・・・
お前はなんでそんなに笑っていられるんだ・・・・・
「これで当分の間、遊んで暮らせるな」
ふざけるな・・・・
お前は、そんなことのために母さんを・・・・・・
「ああ、あいつか。あいつは使えなかったな」
なんだと・・・・・・
てめえええええええ
「黙ってろ・・・・子供のお前がどうあがいたって、大人の俺たちにかなうはずもないんだよ」
クソ・・・・・
クソ・・・・・
ごめん、母さん・・・・・
ごめん・・・・・
「ちっ」
「どうします?」
「ほっとけ、ほらさっさと次の実験始めるぞ。連れて行け」
待て、そいつをどうするつもりだ・・・・
『・・・・・しん・・・・・・くん』
やめろ・・・・・・・
やめろ・・・・・
「うるっせーな。ガキは引っ込んでろ!」
そいつから手を離せ、やめろ・・・・・・
やめろ・・・・・・
「やめてくれええええええええ!」
目を開けた時、深夜は屋上でベンチの上に転がっていた。
伸ばした右手は何も掴むことなく、助けを求めるように空へと向けられている。
それが痛々しい気がして、彼はその手を顔の上へと移動した。
「・・・・・・夢か」
寝ていたベンチから体を起こそうとした時、『ズキン』と頭が割れるような痛みに襲われる。
やはり、まだダメらしい。
悪夢と言うのはそんな簡単に馴れることはできない代物と知っていながら、それでも彼はそんなものに立ち向かっていた。
「現実でもだいぶダメージ大きいってのに笑っちまうな」
頭のいい人はきっと、そんなことをせずに切り替えて行動できてしまうだろうことに時間を使う自分は、他人をバカにしているくせに頭が悪い。
そう知っていてもその行為を逃げているように思えてしまって行動に移せないのが彼の悪いところで良いところでもあった。
痛みで頭へ触れていた手を払うように地面に下ろすと出てきたのはやっぱりため息。
・・・・人生なんてうまくいかないものばかりさ
あのとき、爺さんが言っていたことを噛みしめて自分の現実を受け入れる。
それもまた日常になってしまっていた。
「ばかだよなー」
口にしたって意味のないことはわかっていて、深夜は伸びをしながら誰もいない校庭を見下ろせるところで足を止め、持ってきていた眼鏡をかける。
目が悪くない彼が眼鏡をかけるのは、現実と言う名の非現実へと足を運ぶため。
『認証完了・・・・ユーザ名、【シンヤ】・・・仮想開始します』
耳障りな声が聞こえると、世界はまばたきひとつで景色を変える。
足りなかった情報が付け加えられていく。
何もなかったところに植物を・・・・
動物がいなかった空に、鳥たちが・・・・
そして、誰もいないはずの校庭に人間(仮想姫)が・・・・
見下ろした校庭を埋める人間(仮想姫)の数に驚く前にこの光景を毎日のように見ていながら普通に暮らせている生徒たちに対する驚きの方が大きすぎて、いろんな意味で言葉を失う。
この光景を見て何も思わないのか?
自分と同じような感覚を持つことはないのか?
聞きたいことはたくさんある。
しかし、それが無駄であることを深夜は知っていた。昔、何度も問いただして返ってきた言葉が『それで?』、『まあ、普通でしょ』の2つだけ・・・・
それを聞いて、感情の共有は不可能でどんなに行動しても無駄だと一瞬で理解した。この世界の人間は仮想姫の扱いを当たり前だと思い込んでいる。
その時点で、この世界での常識はそれになる。
仮想姫の扱いは変わることはない、校庭のこの光景。それこそが世界の常識。
主人に命令されて、見えない檻に閉じ込められて、主人の指示があるまで動けない。
「そんな、【自分だけの奴隷】にするためにあいつらが生まれたわけじゃ・・・・」
母さんとアイツが犠牲になった訳じゃない・・・・
大体、仮想姫の真の製作理由は『平等な暮らしを人々へ』のはずだった。
それが制作者である少年が、自分が利用されていることも知らずに大人に使われて結果として世界に生み出した際、気がつけば謳い文句が『人々に平等な恋愛を』へと変わっていた。
そうして生まれた仮想姫の今の扱いがこれだ。
遊び道具にされ、物のように放置され、必要なときだけ利用される。
せめて、『人々に平等な恋愛を』を謳うならそれぐらいの法整備はとってほしかった。それもできないくせに・・・・
「深夜くん」
ぐちぐちと文句を口にしながら、校庭を眺めている深夜の名をかわいらしい声が呼ぶ。
その口調やしゃべり方だけでそれが誰なのかはっきりとわかる。深夜は、イライラした表情をいつものものに治すと振り返った。
「どうした? ことり」
声をかけてきたのは、深夜がよく知る人物。
癖ひとつないきれいな黒髪を背中まで伸ばした女の子、永瀬ことりは深夜の問いに対し遠慮がちに答える。
「大丈夫ですか? さっきの授業の深夜くん、少し変だったから・・・何かあったのかなって」
別に遠慮するような仲でもないのに彼女は、いつもそうやって深夜に接していた。
それが、どうもむず痒くて深夜もまたいつものように返してしまう。
「いつも言ってるけど、別にそんな恐縮しなくたっていいんだぞ?」
「あ、いえ・・・別にそう言うつもりは・・・・」
正直に言えば返ってくる答えはわかっていた。
それでも深夜がいつものようにいったのは雰囲気に流されたのと同時に彼女を心配して・・・・ではなく自分のためだった。
今の気持ちのまま彼女と会話を続ければ彼女に見せたくない自分の【本当の姿】を見せてしまいそうで恐かった。
いずれ見せることになったとしても今はまだ・・・・・
気持ちが深夜に嘘とも言える偽物の自分を彼女に披露する。
「そんなに困った顔しない。かわいい顔が台無しだぜ」
「か、かわいいなんてそんな・・・」
ことりは、褒められるという行為に弱い。
いじるとすぐに顔を赤くして両手で隠すそのしぐさが好きで、ことりに会うといつも深夜はこのネタでいじってしまう。
顔を隠すことりを見て笑顔を浮かべ・・・・・深夜の笑顔は消えた。
「ことり、またやられたのか?」
「え?」
顔を隠す手をしっかりと見て見間違いではないことを確認する。
「それ・・・」
深夜の右手が指を指すそれ、顔を隠していたことりの右腕の甲から肘にかけて何かで切られたような跡と共に固まった血の線ができあがっていた。
前に見た時はなかった傷、おそらくは最近つけられたものなのだろう。
「変わらねーんだな」
世界が変わっても人間は変わらない。
人は比べたがりでいつだって自分の下の存在を求めている。
その結果生まれるのが迫害・・・・学校で言うところの【いじめ】というやつだ。
それは、どうあってもなくならない。
人間が生きていく限り続いていく一生ものの問題だ。
「なんのこと?」
「その傷・・・・」
深夜が指をさす先に視線を向けて彼女は嫌そうな顔をする。
「おまえ、ちゃんと報告しろっていってるだろ!」
「だ、大丈夫だよ。わたしは平気だよ」
「そういう問題じゃ・・・」
多分、彼に対しての遠慮があるんだろう。
ことりは、自分のことに深夜を巻き込ませまいとこういった報告をしない。
「はぁ・・・ほらいくぞ!!」
「どこに?」
「どこって、これをやったやつらのところに決まってだろ。とっちめてやる」
「それは、ダメだよ!!!」
どうにかつれていこうとするも、ことりは抵抗をして手を引く深夜を止めようと必死になっていた。
「ことり!」
「だめだって!!!」
嫌がる彼女を無理やり連れていこうとする深夜。
はたから見れば、何か悪いことをしているかのような状況。
そんな屋上での光景に終止符が打たれたのはすぐのことだった。
「ゆめの・・・しんやーーーーーー」
「ぐおおお」
深夜の後頭部にきれいな跳び蹴りが直撃する。
その勢いで彼は屋上の端へ飛ばされ、ことりは尻餅を着いた。
「夢乃くん。君は授業をサボってこんなところで何をしていたのかな?」
「・・・・その声、いいんちょー?」
跳び蹴りを食らわせた犯人がクラス委員長だとわかり、深夜は彼女に詰め寄った。
きれいに決まった跳び蹴りなんて今はどうでもいい。
それより今はことりの件が最優先事項だ・・・・
「委員長、そんなことよりことりの手を見てくれよ」
「え? ・・・・永瀬さん。その傷・・・・」
さすがは、委員長。
すぐに事態を察してくれた。
「・・・・夢乃くん」
そこに正座しなさい。
「え?」
「女の子に怪我をさせるなんてサイテーです!!!!」
「えええええ!!!!!」
「あの、委員長さん。これをやったのは深夜くんじゃな・・・・」
「ことりさん。あとは私に任せてください」
委員長は、おそらくこの状況を見て深夜がことりに怪我させたと勘違いしたのだろう。
鬼の形相で深夜を見下ろす委員長に、深夜もことりもどうにもできない。
「全く、久しぶりに登校してきたと思えば・・・・・・」
「あの、委員長? 話を聞い―――――――――」
「言い訳しない!!!」
「はい」
その後、勘違いした委員長の説教は続き、誤解が解けたのは放課後になる少し前だった。
午後、深夜が授業に出ることは無かった。