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学校とは、世界について全く知らない人間に【希望】などと言うきれいごとを植え付けて夢を抱かせてくれる・・・・嘘を詰め込んだ箱庭である。
深夜の目に映る学校と呼ばれる組織へのイメージはその程度のものでしかなかった。
だから、都心の高校なんかに通うつもりなんて無かった。
本当は、家の近くにある学校で自分を知らない人たちに囲まれて細々と生活していくつもりだった。
それがどうしてこうなってしまったのか・・・と言ってもこれが自分の判断で決めたことなのだから仕方ないと思うしかないことは彼自信が一番よく知っていた。事実、深夜は学校を決める際に強制されたことは1度もなかった。
ただ、条件的に半強制的なものであったと言わざるを得ないのも事実だったわけだが・・・・・
ほとんど、登校していない彼にとって条件を満たせば何をしても構わないこの学校は案外悪くないもののような気もした。
あいつもいるしな・・・・・・
それにどうせ、自分の学校から【アレ】を作った人間が卒業したという名目が欲しいだけなのだろうことは分かっていたわけで、世界の腐った部分を知らずにのうのうと生きているよりも、人間の汚い一面を意識できるだけこっち方がましに思える。
昔なら、それに対し反感を持っていたであろうことをこんなにも簡単に受け入れられるようになるとは・・・・・・
「俺も大人になったってことかな」
思わず頬を緩めた俺を珍しく思ったのか、黒板にチョークを走らせる先生が手を止めこちらに視線を向けた。
その時、深夜は思い出す。
今、自分が教室の割り当てられた席で頬杖を着き、授業を受けるふりをして窓の外を眺めていたということをすっかり忘れていた。
意識しなければ見ることのない黒板に向けて、深夜はゆっくりと視線を移し、安心して再び外の景色へ視線を戻した。
「なんでまた外を見るんですか!」
深夜の態度にかわいらしい怒りを見せる小さい先生が彼の席に近づいてくる。
それに対し、深夜は先生のことをまったく気にしていないかのように視線を変えず、先生が自分の席にたどり着いた瞬間を狙って窓の外を指さした。
「先生、あそこ見てくださいよ。あんなところに猫がいますよ」
「え? あ、ほんとだ」
外と言ってもここは1階と言うこともあり、見られるものはただのグラウンドと校舎の近くに生えている草花くらいしかない。そんな中、この小さな女教師の気をひけるものなんてそれくらいしかないのだが、思っていた以上に好印象だったらしい。
彼女の目は、校舎の側を歩く小さな仔猫に釘付けになっていた。
「かわいいわね」
かわいらしい声を発する先生に『この人は本当に自分より年上なのだろうか?』という疑問を持ってもあえて口にしないのが深夜なりの優しさだ。
「先生は猫派なんですか?」
「猫と犬、どっちも好きだけど。どちらかと言うと猫が好きよ」
「そうなんですか」
「あの愛らしさ、たまらないわね~」
「そうですね」
「って、そうじゃないでしょ!」
やっぱ、ダメだったか・・・・
どうにか、先生の気をそらせたかと思ったが、そう、うまくはいかないらしい。先生は両手をブンブン振り回しながら説教を始める。
「久しぶりに登校してきたと思ったら・・・・・・夢乃くんは、真面目に授業を受ける気はないの!」
「ないことは無いですけど・・・・・」
怒る先生に対し、あえて本音を言わない。体育担当のゴリラ教師だったら本音でぶつかり合うところだろうが、この先生にしようと思わなかった。
見た目もあるが、深夜がこの先生を嫌っていないことが理由の大半を占めていた。あのゴリラは生理的に受け付けない・・・・・
あとは
「ないですけど、なによ?」
「いえ、何でもありません」
「全く、夢乃くんは―――――」
彼女の説教が言い訳をすればそれだけ無駄な時間を生むことを知っていたからと言うのもある。
「聞いていますか?」
「はい」
とりあえず、終わるまで待とうかと思ったが再び見た黒板の文字をきっかけにそれを止める。
「いいですか、せっかく学校に来たんだからしっかり授業を受けて――――」
先生が言い切る前に彼は席から立ち上がった。
深夜のいきなりの行動に驚いたのか、先生は黙って教科書を両手で抱きしめる。
顔は、多分見られていないはずだ。
「・・・・・先生」
「どう、しました?」
恐る恐る聞き返すその口調に深夜はどうにか冷静さを取り戻す。
そうだった。この人に当たったって何も生まない・・・・
「先生。嘘はいけないよ」
「何のことですか?」
彼の指がゆっくりと上げられ、黒板のある文字を指さす。
「【仮想姫】を作り上げた少年は最後に笑って喜んでなんかいない。泣いてすべてに絶望したんだ」
黒板に書かれていた偽りの過去。
『人々のためになると、彼は笑って喜んだ』
「先生もその場にいたはずでしょ?」
最後は、笑顔で・・・・でも、耐えきれなくなって、深夜は教室から出る決断をした。
教室を出て廊下の壁にもたれかかる。
「今日の俺、どうした?」
そうだった、あの先生の授業は【仮想学】。真実を塗りつぶしてきれいな偽りの物語をあたかも真実であったかのように紡いだ近代社会の授業。
それをいつもの状態で受けようだなんてどうかしている。
深呼吸をして立ち上がる。これから、また教室に入って授業を受ける気には・・・・・・なれそうもなかった。
「どこか行くか・・・・・」
次の授業から出ればいいだろうと、目的地を決めずに歩き出す。
不意に先ほどの女教師の声が耳に届いた。
仮想姫、それは人々の心をいやすために作られた仮想世界初の仮想人間です。
その技術によって、人々は新たなフェーズへと進化の過程を進めるきっかけをつかむことができました。
そのきっかけを作った人物がこの―――――――
それを聞いてつくづく思う。
やっぱり、ここは【偽りでできた箱庭】で真実を知らない者たちはみんな騙されて生きている。




