表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮想姫  作者: イサキ
2章 不思議な仮想姫
13/13

2

「こんにちは。夢乃くん・・・」


「いっ、いらっしゃいませ」


 店に入ってきた女性の1人が店長へ向けて挨拶をしたところで、ようやく俺は、彼女たちを迎え入れる言葉を口にする。

 と、同時に止まりかけていた思考をすぐに動かし始めた。

 もう、遅いかもしれないが、なにもしないでこの空気を受け続けるよりはまし・・・・・・なはずだ。


「本日は、どのようなご用でございますか?」


 言葉を続けながら、女性達にばれないように視線を動かし、素早く店内の状態を確認する。

 が、その行為はすぐに1人の女性の声によって遮られた。


「あら、とても良い挨拶ですね。学校でもそのくらい愛想良くしてくれると、とても嬉しいのですけど」


 自身へと届けられた強張った声に、俺の視線はゆっくりと彼女の方へ向けられる。

 視界に映ったのは、笑顔だった。


 ・・・・・・目は、全然笑ってないが


 彼女は、現状を言葉にしようとしない。

 しかし、感覚的にわかる。

 この場から逃げることは、絶対にできない。


「お、お客様・・・」


「わかってるわよね? 私が何を言いたいのか」


 女性から漂うオーラを振りきるための言葉は、すぐに彼女の声で打ち消される。

 もう、抵抗すら許されなかった。


「・・・夢乃くん」


「はい」


「正座」


「・・・・・・はい」


 この状況で、今にも怒りを爆発させそうな女性・・・・・・俺が【委員長】と呼ぶ、彼女に逆らうことなどできるはずもなく。

 俺は言葉に従うことを決断した。

 委員長のそばで、すまなそうな表情をしていることりを横目に、俺はゆっくりと膝を曲げる。










 今日の空は、青かったのだろうか?











 意味のない言葉を胸にしまって俺は俯き、ゆっくりと目をつぶった。














☆☆☆











「全く、夢乃くんは自分が学生という自覚を持って行動してください」


「・・・はい、すいませんでした」


 委員長の説教が始まってから、どれくらいの時間が経っただろうか?

 わからないが、委員長の言葉は止まることなく、定期的に俺の心に突き刺さり続けていた。


「学校に来るのは、学生にとって当たり前のことですよ!」


「おっしゃる通りで・・・」


 委員長の口から出てくる言葉は全て正しい。

 だから、俺は彼女の言葉になにも言い返すことなく、正座を崩せない。


 相手が委員長だから・・・・・・

 言葉が正論だから・・・・・・


 どちらかが違っていれば、もう少しやりようがあったのだが。

 その現実だけが悔やまれる。


「お兄さん? あのあの・・・何してるんですか?」


 そんな、抵抗すら許されない闇の空間に光を差し込ませたのは、1人の仮想姫だった。

 聞こえた声に俺は顔を上げる。


「・・・リーナ」


 漏れ出た言葉に委員長の視線も、自然と彼女へと向けられる。

 仮想姫、リーナは俺の様子に小首を傾げると、次に周囲を見渡し、急におたおたし始める。

 が、すぐに気を取り直して店の奥へと走っていった。


「・・・どうしたんですか? あの娘」


「さあ?」


 彼女の様子に頭に【はてな】を浮かべる委員長。

 本当は、「委員長が怖くて逃げたんじゃ?」なんて冗談をいう場面なのかも知れないが、そんな勇気はない。

 と、そんなことを考えていると、店の奥からお盆を持った彼女がとてとてと足早で戻ってきた。

 お盆の上には、飲み物が入れられた2つのコップがのせられている。


「あの、どうぞ・・・」


「あ、ありがとう?」


 突然のリーナの行動に疑問のみが生まれ続ける委員長。

 そんな中、一連の行動に俺は1つのことを思い出していた。




 それは、今朝のことだった。




『お店を手伝わせてください』





 徹夜明けの俺に、急にリーナがそんなことを言い出した。

 正直、仮想姫を自分の店で働かせるつもりはない。

 だから、いつも通り何かしら理由をつけ、断るつもりだった。

 が、リーナの熱心に頼む姿になぜか、彼女を拒む言葉が見つからなかった。

 半分は嘘・・・・・・言い訳である。

 本心を言えば、朝から無駄に頭を使いたくなかった。

 そこで・・・・・・


『そうだな。じゃあ、お客さんが来たらお茶を出してくれるか?』


 なんてことを彼女に伝えて、その場を適当に乗り切ることにしたのだった。





 そして、先程の行動に至る。





 どうやら、リーナは正座する俺の目の前で、仁王立ちしている委員長と彼女の後ろに立つことりを見て、お客さんだと思い込んだらしい。

 おたおたし始めたのは、それが原因だろう。

 だが、今朝の俺の言葉を思い出したらしく、すぐに気を取り直して、店の奥へとかけていった。

 そして、急いで飲み物を用意すると、お盆に乗せて委員長の前に戻ってきたのだ。


「ど、どうぞ・・・」


「ありがとうございます」


 そう、彼女は俺に言われた『お仕事』をしているのだ。

 今も、ことりに飲み物を差し出して、どこか誇らしげにしているように見える。

 表情が怯えていて、確信は持てないが・・・・・・

 と、そんな思考に耽っていた。

 その時だった。

 頭の中に電流が走る。


 閃いた!


 委員長の性格上、出されたあのお茶に、間違いなく口をつける。

 お茶には、人を和ませる力があると言う。

 それを使えば、彼女をどうにかできるかもしれない。

 ついでに、リーナのフォローもしておくことにしよう。

 これは、チャンスだ!

 考えたら即行動。

 早速、委員長にお茶を勧めてみる。


「粗茶ですが、もしよろしければどうぞ」


「話そらそうとしてない?」


「俺が委員長にそんなことする男に見えますでしょうか?」


「見える」


 軽口を言いながらではあったが。

 予想通り、彼女は受け取ったお茶に口をつけていた。

 直後に見せた表情は、先ほどまでのきついものでは無く、ほっこりとした笑顔。


「あら、美味しい!」


「お口にあったようで何よりです」


 今が攻め時!

 と言わんばかりに、ゴマをすっていく。

 が、それを受けた委員長の顔から、笑顔は無くなっていた。


「夢乃くんが入れたわけじゃないでしょ」


「おっしゃる通りで。はは、ははは・・・」


 まずい。

 流れがたった一言で断ち切られてしまった。

 くそ!

 なにか、この状況を変える確実な一手はないのか?

 と、そう考えた時には、もう遅かった。

 委員長の顔に強張った笑顔が作られる。


「こんなことじゃごまかされないからね」


「・・・はい」


 よく考えればわかることだった。

 母親に怒られていた最中に電話が鳴って、それに出た時の声が優しいものに変わってるから「あ、これ怒りおさまったんじゃね?」って期待したけど。

 電話終わって戻ってきたら、まだ怒りマックスで説教の続きが始まってしまう。

 その時と同じだ。

 やはり、母お・・・・・・違う。

 説教中の委員長から逃れることは不可能。

 俺の正座タイムは、もう少しだけ続くことになるらしい。


「そうでござったか! 小生もまだまだでござるな〜」


「まだまだでござるよ〜」


 と、これからのことを諦めることにした。

 その時だった。

 面倒な奴が、この場に合流したのは・・・・・・


「七葉殿は、物知りで羨ましいでござるよ」


「オタくんも色んなこと知ってるよ?」


「小生のは、無駄知識でござ—————」


「あ、あんた!!!」


 止める間もなく、その人物は店先へと戻ってきてしまう。

 直後、ピリピリとした空気が店内を包みこんだ。


「むっ、委員長」


「なんで、あんたがここにいるのよ」


「小生がどんな理由でここに来ようと委員長殿には関係ないでござろう?」


「あるわよ」


「何が関係あるでござるか?」


「夢乃くんが学校に来ないのは、あんたに原因があるかもしれないじゃない」


「委員長殿は、妄想力が高いでござるな」


「なんですって?」


「小生がここに来ただけで、深夜氏が学校に行かなくなるなんて妄言もいいところでござるよ」


「なら、関係ないって証明できるわけ?」


「どうでござろうな〜」


「できないんじゃない。というか、あんたも学校にちゃんときなさいよ!」


「嫌でござるよ。あんなところ行くだけ無駄でござる」


「あんたが見てるアニメの方がよっぽど無駄だと思うけど?」


「アニメを馬鹿にするなでござる!」


「あんなの子供が見るものじゃない」


「違うでござる。アニメは深く様々な感情を教えてくれるものなのでござる」


「何が『深く様々な感情を教えてくれる』よ」


「まあ、勉強ばかりしている委員長には一生かかっても理解できないでござろうな」


 犬猿の仲という言葉を知っているだろうか?

 多田と委員長は、まさにそれを体現しているような存在と言えるだろう。

 顔を合わせるだけで、今のような会話が一瞬で成立してしまう。

 まあ、原因は俺と同じ学校に通うクラスメイトの多田にあるわけだが、それはまたの機会に話すとしよう。


「何よ!」


「なんでござるか!」


 睨み合う2人。

 交わす視線からは、火花が散っているようにすら見える。

 と言うか、悪いのは多田だと言うのに、なんでこいつは委員長へ強気に出られるのだろうか?


「どこがでござるか!」


「人の心を読むなよ」


「誰が鬼ですって!」


「それは言ってない・・・」


 一瞬、怒りの矛先を俺の方へ向けて、すぐに白熱する言い合い合戦を始める2人。

 結果、ようやく委員長の説教から解放されて、会計近くの椅子に腰を下ろすこととなった。

 同時に大きく息を吐く。


「ごめんね。深夜くん」


「ん?」


 疲れたと、言いかけて・・・・・・やめる。

 声をかけてきたのは、ことりだった。


「ことり、どうして謝ってるんだ?」


「あの、急にきて、騒がしくしちゃって、迷惑をかけちゃった、から」


 たどたどしく言葉を紡いで、彼女は頭を下げようとした。

 その瞳からは、申し訳ないという感情だけが伝わってくる。

 だから、俺は彼女の右手をそっと握ることにした。

 ことりの性格上、どんな時にどんな事をするのかぐらいすぐにわかるからこその行動だった。


「気にするなよ。賑やかなくらいがちょうどいい」


「で、でも・・・」


「それに、うるさいのはいつもの事さ。なんなら、もっとうるさいくらいだ」


 優しく笑って、ことりの瞳を見て、嘘偽りない真実だけを伝える。

 彼女は、人一倍感情に敏感だ。

 こういう時は下手な嘘は逆効果。

 ことりの事を誰よりも知っている俺が言うのだから、間違いない。


「うん。ありがとう」


「感謝されるようなことは言ってないだろ?」


「うん、そうだね」


 実際、ことりの表情に笑顔が生まれたのだから、事実なのだ。

 そう、心で誰かに解説しながら、俺の視線が次に捕らえたのは、やっぱり机の上に積み上がった資料の山だった。

 自然とことりの視線も、それへと移動する。


「お仕事、ですか?」


「そんなところだよ。いつも通り、じいさんが面倒事を置いて行ってな」


「一応、ちゃんと仕事してるのね?」


 ことりとの会話に割り込んで、机の上の資料を手に取ったのは、委員長だった。

 どうやら、白熱したバトルは、いつも通り『引き分け』に終わったらしい。

 委員長の後ろで、多田が【こちらに背を向けて】七葉との会話を楽しんでいる。


「まあ、お店だからね」


「ふうん」


 軽く相槌を打って、委員長は手に取った紙切れに目を通し始める。

 すると、彼女の表情が少しだけ変わった。

 紙切れの間から見たから、よく見えなかったが。

 多分、驚いたんだと思う。


「夢乃くん。ここに書かれている仮想姫の事を調べてるのよね?」


「え? まあ、そうだけど」


 答えを気にせずに、内容を読み続ける委員長。

 そして、最後まで読んだところで、ようやくこちらに表情を見せる。

 その顔は、やはり驚いていた。


「夢乃くん」


「はい」


「うちにもこんな症状の子がいるんだけど、もしかして故障なのかしら?」


「はい?」


 委員長の言葉に立ち上がる。

 彼女が目にした紙切れは、じいさんとの契約書の一部。

 療養中の仮想姫の症状が書かれているものだった。


「ちょっと、いきなり何なのよ」


「あ、ごめんごめん」


 いきなりの事に驚いて、思わず身を乗り出してしまっていた。

 真っ赤な顔の委員長との距離は、わずか数センチ。

 俺は、落ち着いて彼女から離れると、再び椅子に座ることにした。

 そして、事情を聞くことにする。


「で、どういうこと?」


「最近、新しい仮想姫がうちに来たのよ。でね———」


 こほんと、咳をしながら話を続ける委員長。

 彼女の話を要約すると。



・新しくうちに来た最新型の仮想姫の様子がおかしい。

・初期不良かと思ったが、問い合わせて見てもらった

 ところ問題はないらしい。

・そして、この症状の全てがじいさんに頼まれた仮想

 姫の行動と一致している。



 とのことだった。


「なるほどね」


「うむ、もしかして何か関係しているのでござるか?」


 いつの間にか、会話に参加していた多田と共に、少し考えてみる。

 が、現物がないこの場所で、答えを見つけることができるはずもなく。


「実物が見れればな・・・」


 なんて、安易な事を口にしてしまった。


「いいわよ」


「え?」


 独り言のように呟いた言葉に声が返ってきて、その主へと視線を移す。

 そこには、綺麗な笑顔を浮かべた委員長の姿があった。


「いいって、何が?」


「実物が見たいんでしょ?いいわよ」


「本当に?」


「ええ。明日にでもうちに来てくれればいいわ」


 依然、笑顔を絶やさない委員長。

 言葉の裏なんて感じさせない、自然なソレに俺は疑うことなく、答えてしまっていた。


「ありがとう。なら、明日の夕方ごろに向かわせてもらうよ」


「その代わり条件があるわ」


 言い切ったのを確認して、彼女の笑みが悪いものへと変わる。



 しまった!



 思った時には、もう遅い。

 委員長はすぐ条件を突きつけてきた。


「夢乃くんは、明日学校にちゃんとくるの!」


「いや、それは・・・」


「いい?」


 拒否は許さない。

 声音がそう伝えてくる。


「はい」


 だから、俺は委員長の条件を受け入れて、仕事へと戻ることにした。


「深夜殿も大変でござるな〜」


「何いってんのよ。あんたもくるの」


「な、なんででござるか!」





 そして、俺たちは翌日の登校を余儀なくされたのだった。





「だから、なんで小生もなのでござるか!!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ