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仮想姫  作者: イサキ
2章 不思議な仮想姫
12/13

1

 午前0時


 静まり返った職員室に女性が1人。

 彼女は、机の上で光るモニターを見つめて、ため息を吐いた。

 年齢に合わない身の丈のせいで、その態度は不貞腐れているようにも見えるが・・・・・・そうではない。

 ただ単に、モニターに映し出されている少年に対して、どのように接するべきなのかわからない。

 その感情が外にあふれ出してしまっているだけだった。


『夢乃君は今日もお休みですか? 彼の待遇が特別だからと言って、何をやっても許されるわけではないのですよ。担任である桃井先生からしっかり叱っておいてください!』


 昼間、学年主任の先生から受けた指摘。

 突きつけられた言葉は、夢乃深夜という少年が何者であるかを深くまで知らない人にとって正論でしかなく、言い返すことなどできなかった。

 しかし、女性が学年主任の言葉を深夜へそのまま伝えることはもっとできない事だった。




 彼女・・・・・・桃井叶恵ももい かなえは、夢乃深夜のことを深くまでよく知っている。




 いや、ただ知っているだけではない。

 あんなにも純粋だった彼を【今の彼】にしてしまったのは桃井達なのだから・・・・・・


「言えないわよ。ちゃんと学校に来なさいなんて・・・」


 わかりきっている言葉を口から吐いて、桃井が机に突っ伏した。

 その時だった。

 耳に着信を知らせる音が届いた。


「はい・・・桃井です」


『桃井様ですか? 夜分遅くに申し訳ありません』


 あまり、考えることもせずに出た仮想通話かそうつうわ〈電話〉。

 そこから聞こえてきた相手の声に、桃井は驚きをそのまま言葉にしそうになって止めた。

 それから、小さな声で通話の相手に話しかける。


「・・・メイドちゃん?」


『はい、ご無沙汰しております』


 届いた声の主は、桃井の知人の元で働くメイドちゃん。

 普段、彼女から桃井にコンタクトをとってくることは、ほとんどない人物だった。

 だから、桃井が何気なく口にしたのは当たり前の言葉になる・・・・・

 そのはずだった。


「メイドちゃんから連絡をくれるなんて珍しいね。どうしたの?」


『はい。旦那様より桃井様へ言伝を預かっておりまして、ご連絡させていただきました』


 桃井の問いに対し、通話口の先で一呼吸おいて、メイドちゃんが声にした言葉。

 それを聞いた時、すでに桃井は自身の発言を後悔していた。

 そして、同時に彼女が桃井に連絡をしてきた理由の大半を理解した。


 ・・・・・・あまりに平和ボケしすぎている。


 噛み締めた言葉を胸の内にしまって、桃井は通話先で返答を待つ彼女へ向けて次の言葉を口にする。


「話して、メイドちゃん」


『はい。では、旦那様からの言伝をお伝えさせていただきます—————————』







 ☆ ☆ ☆







 都心から離れた町にたたずむ1件の店【sleeping princess】。

 そこは、調子の悪くなった仮想姫が治療を求め訪れる、彼女たちの修理屋さん。

 仮想姫を使っている人々にとって、無くてはならない存在だ。

 そんな、彼女たちの生命線ともいえる修理屋さんは、本日も通常営業中。

 扉を開けると、会計近くの椅子に座る店主が唸るような声を上げながら、客を迎え入れていた。






「『仮想姫の技術に進歩は生まれていない』・・・か・・・」


 広くもない店内に1人。

 目的のものとは違う言葉を声にして、俺は椅子にもたれかかると、先ほどまで眺めていた紙束を投げ捨てる。

 ひらひらと宙を舞い、机の上に着地したそれらには、一様に【仮想姫】という文字が書き記してあった。


「やっぱ、そう簡単にはいかないか」


 心の声をそのまま言葉にして、ため息を吐く。

 そして、手に入れた成果を受け入れる。

 結局、昨晩は一睡もするとなく、【仮想姫】の情報をかき集めていたのだが、結果は見ての通り・・・・・・

 納得はいかないが、収穫はゼロ。

 リーナが見せたという【不思議な言動】の原因と思われる理由は、一切見つかっていなかった。

 まあ、そんな簡単に見つかるものだなどと、安易な考えをしていないというのが、正直な話ではあったのだが。

 そこまで期待はしていないにしても、状況が良くないことに代わりはない事も、急いで情報を集めなければいけない事も事実だった。

 とは言え・・・・・・

 いい加減、紙媒体の情報とのにらめっこも疲れてきた。

 俺は、凝り固まった首回りを自身の左手で軽く解す。

 すると、思っていた以上に効果があったようで、重くのしかかるようにしていた肩から力が抜けていくのを感じると同時に、狭くなっていた視野も自然と広くなっていった。

 そこでようやく俺は、店の入り口から手を振りながら、こちらへ寄って来る男性の姿に気がついた。


「深夜氏!」


 男性は、親しげな素振りで俺の名を呼ぶと、会計付近の俺が座る椅子の前で足を止める。

 そして、俺の言葉を待つことなく、向けられたのは彼のお気楽で陽気な笑顔だった。

 いつも通りの外面を用意し、大げさな動作を見せる彼。

 そんな彼に対して、俺も自分のいつも通りを返してやることを選択する。


多田おおたか・・・相変わらず、無駄に元気だな」


「『厄介な奴がきた』みたいな言い方はやめてほしいでござるよ」


 不愛想に言葉を返す俺へ依然として親しげな素振りを変えない男性。

 しかし、俺が彼の言動に苛立ちを感じることはなく、湧き上がる感情はそれとは全く逆のものになっていた。

 なぜか?

 理由など簡単だ。



 俺が、彼【多田慎一おおた しんいち】のことをよく知っていて

 彼が、俺【夢乃深夜】のことをよく知っている



 ただ、それだけのこと。


「本当の気持ちをそのまま表現しただけだろ」


「それをやめてほしいのでござるよ」


 返された答えに納得がいかない様子の彼を尻目に、俺は凝り固まった首周りから左手を離すと再び机の上に投げ捨てた資料に視線を落とす。

 そして、目に映った【仮想姫】の文字に再び、ため息を吐いた。


「何かお探しでござるか?」


「ん? ああ、ちょっとな・・・」


 俺の視線が自分から離れたのを察して、多田も机の上へ視線を移動させる。

 そして、ため息の理由を理解した。

 彼は、投げ捨てるように置いている紙媒体の山から1枚を手に取って、軽く目を通す。


「修理依頼でござるか?」


「そんなところだ。今回の依頼主ってのが、【あの】じいさんである以外はなんの変哲もない普通の依頼さ」


 特に意味のない質問に対して、そっけなく言葉を返すと、俺は彼が手に取った紙媒体を取り上げた。

 そして、本来ならば入店してすぐにいうべき問いを、ようやく彼へと向けることにする。


「それより、お前は何をしに来たんだ?」


「そうでござった。拙者、七葉氏にこれを届けにきたでござるよ」


 問いに対して、すぐに答えを口にすると、多田は思わせ振りな様子でポケットに手を突っ込み、俺に手を差し出せと合図を出した。

 仕方なく、その合図に従うことにする。

 すると、俺の手のひらに小さなストラップを乗せ、多田が自慢げに胸を張った。

 一緒に小さな紙切れが混ざっているが、気にしていないフリをする。


「なんだ? これ」


「知らないのでござるか? これは【ニャムニャ猫】と言って、ちまたで大人気なのでござるよ!」


 いきなり、手のひらに不細工な猫のストラップを乗せられた俺の心境など、知るよしもなく。

 多田は、不細工な猫のよさについて熱心に語りだした。

 久しぶりに熱心な彼へ適当な言葉を返しながら、俺は【自然に】を意識して、机の上に手を伸ばす。

 そして、紙媒体の資料に目を通すことを理由に外していた、仮想メガネをかけた。


「しかも、そのストラップは【ニャムニャ猫】の中でも、レア中のレア・・・」


 すると、それはすぐに生体認証を始める。

 その時間を利用して、俺はストラップが乗せられていない方の手で、多田が一緒に渡してきた紙切れを開いた。

 紙切れの内容をメガネ越しに眺める。

 数秒して、認証に成功した仮想メガネが今度は、紙切れに書かれた文字を読み取って、1つのフォルダを表示した。


「なんと、封入率が0.01パーセントで、コレクターたちの間では高値で取引されているくらいの白物なのでござる!」


「そうなのか? だったら、売って金にすればいいのに・・・」


 フォルダには【依頼資料】と名がつけられていた。

 俺は、それを視線を利用する方法で開く。

 すると、今度は文章ファイルが3つ表示された。

 その中から、【調査結果】と書かれた文章ファイルを選択して開くことにする。


「何を言っているでござるか! 拙者もそのコレクターの1人。そんな宝を草々に手放すなんて、するわけがないでござる・・・これは、しっかりと管理・保管するでありますよ」


「そんなもんを俺が触っても大丈夫なのか?」


 会話は成り立っている。

 そう確信しながら彼へ言葉を返すと同時に、俺はファイル内の文章に目を通す。

 多田は、相変わらず俺との会話を熱心に続けていた。


「ああ、それは布教用でござるから安心してくだされ・・・」


「ああ、オタくんだ!」


 が、ほとんど内容が頭に入ってない会話は、店の奥にいた少女の声で終わりを告げる。

 俺にとって、その事はたいしたことのないものだったため、多田の会話相手を彼女に譲り、その人物を視界に映した。

 

 ん? っていうか、あいつ・・・今、とんでもないこと言ってなかったか・・・

 まあ、いいか・・・


 多田の視線も声のした方へと移動する。


「七葉氏! お久しぶりでござるな」


「お久しぶりでござる!」


 声の主である少女・・・・・・七葉は、多田を見つけるとトテトテと小走りで近づき、にっこりと笑顔を見せる。

 多田も少女に笑顔を返した。


「珍しいね、オタくん。あんまりお店に来ないのに」


「今日は、これを七葉氏に持ってきたのでござる」


 話題の相手が変わったことで、手のひらにあったストラップが多田の手に戻り、ようやく俺の集中をすべて文章ファイルに注ぐ事が許される。

 多田が、七葉の気を引いてくれているなら、【自然を】意識する必要もない。

 2人が【ニャムニャ猫】の話を始めたのを確認して、俺は、先ほどより少しだけ堂々と文書ファイルに視線を向ける。


【仮想姫の技術革新は、仮想姫の父ともいわれている少年の失踪。それをきっかけに停滞している・・・・・・彼女達の安全性等を考えると、今後の仮想姫は、介護・福祉・育児分野等の人員が足りていない様々な職業への参入が見込まれる。そのために、仮想姫の技術進化は人類にとって必要なものであり、1番に望まれることとなるだろう】


 資料にまとめられていたのは、仮想姫の動向。

 表と裏の両面から、均等に集められたものだ。

 そして、今ちょうど目にしていたのは、表に出されていた動向だった。


 ・・・・・・ふざけている。


 裏を知らない者ならば、この動向をプラスに捕らえ、今の世界を肯定することしかしない事だろう。

 まったく・・・・・・うまく情報公開をしたものだ。

 仮想姫の制作・・・・・・あれの真実が肯定されるようにうまいこと市民の心を、情報を使って動かしている。

 それが、俺にとっては怒りでしかなかった。

 【アレ】を消し去るつもりなのか、あの野郎は・・・・・・


『なあ、多田』


『どうしたでござるか?』


 仮想上に乗せた俺の声を聞いて、多田の視線がこちらへ向いた。

 本当ならば、七葉の気を引いてくれている彼に声をかけるべきではないのだろう事はわかっていた。

 しかし、俺はそうする事以外に自分を抑える方法を知らなかった。

 ストラップを手に「すご~い」とはしゃぐ七葉を横目に俺は、言葉を続けた。


『メディアっていうのは、面白いもんだな。情報を使って世界をホイホイ変えやがる』


 俺の言葉を聞いて、多田は意図をすべて理解したらしい。

 当たり前か、俺の事情を知っている奴が、この情報を渡してきたのだから・・・・・・

 少しは顔色を変えるかと思ったが、動揺の色を一切見せずに返事はすぐに返ってきた。


『メディアというよりは、人間に問題があると思うでござるよ。人間は信じやすい生き物でござる、特にメディアというものに対する信頼は常軌を逸しているでござるよ』


 言葉に対し、多田は俺の欲しい答えを返して、笑顔を作って見せる。

 それを見て、俺もつい軽く笑ってしまう。

 全く、こいつにはいつも感心させられる。

 目的のものを持ってくるだけでなく、その先まで計算して行動してやがる。

 さすが、俺が認めた情報屋なだけはある。


「2人ともどうかしたの?」


 俺たちにしかわからない方法で、言葉を交わしていたせいだろう。

 2人の変な様子に、七葉がきょとんとした顔で俺たちへ交互に視線を向けていた。


「なんでもないでござるよ」


「ああ、なんでもない」


 ごまかすためにそう言って、俺は椅子から立ち上がり、七葉の元へ行くと頭を優しくなでた。

 そして、ごまかしを強化するためにちょっとだけまともな提案をする。

 

「それよりお前ら、楽しそうに話すのはいいが、奥でやってくれるか? 一応、ここは店だからな」


「・・・わかった!」


 恐らく、いくら聞いても答えないと、俺たちの様子から悟ったのだろう。

 七葉は、俺の言葉に諦めを込めてそう言うと、多田を連れて店の奥へと入っていった。

 俺は、2人が揃って店の奥へと消えるのを見届けて、再び椅子に座り、小さく息を吐く。

 そして、開きっぱなしの文章ファイルを閉じると、視界には最初に表示されていたフォルダだけが残っていた。


「奴隷の次は、仕事の肩代わりか・・・」


 心の声をそのまま言葉にして、俺は受け取ったフォルダをすべて消去した。

 こんなものを何度も見せられて、正常でいられるほど俺は強くない。

 人類が求めていること。

 それを理解はしていても、心が痛みに慣れてくれるわけではない。

 あの日。

 俺は・・・・・・

 俺は・・・・・・彼女たちを壊すべきだった。

 しかし、現実はそれを許してはくれなかった。



 だから、今がある。

 だから、俺の罪は増え続ける。


 現実への怒りが、痛みに耐えようとして生まれた感情が、俺の中を包み込んで・・・・・・

 力のこもった右手が机の上に振り下ろされそうになった。

 その時だった。

 店内に扉が開いたことを知らせる音が響き渡り、俺の思考は現実へと戻される。

 そういえば、今はまだ営業中だった。

 さすがにお客さんに、このままの俺を見せるわけにはいかない。

 俺は、反射的に仕事用の笑顔作ると視線を扉の方へと移動させた。

 そして、先ほどまでの感情を一切見せることなく、お客を迎え入れる言葉を声にしようとして・・・・・・

 入ってきた2人の女性の姿に言葉を失ったのだった。

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