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仮想姫  作者: イサキ
1章 依頼
11/13

5

 じいさんから、預かった仮想姫の少女。

 先ほど、名前を尋ねたところ「リーナ・・・です・・・」とそう答えた彼女を迎えたその日。

 夜も深くなり、静かな自室で俺は1人、毎日の日課となったいつもの作業に取りかかっていた。

 今ごろ、七葉たちは割り当てられた部屋で仲良く会話でも楽しんでいることだろう。

 最後に見たふたりの雰囲気から頭の半分にそんな情景を浮かばせて、俺はパソコンの画面に並ぶ英数字を眺る。

 そして、要らない部分の削除と新たに必要な部分の追加を繰り返しながら、残った半分でじいさんから受けた1つ目の依頼についての対処方法を考える。


「う~ん。どうも、噛み合わないんだよな・・・・・・」


 しかし、うまい解決策が見つかるはずもなく、進むのは画面に映された作業だけだった。

 俺はあまりいいとは言えない気分を晴らすために1度、キーボードから手を離すと大きく伸びをする。

 それから、再び作業へ戻ろうとキーボードに手を戻した。

 その時、自室のドアの側から小さな音が聞こえた気がして、画面を向くはずだった視線はドアへと変わる。



 気のせいか?



 そう思ったが・・・・・・

 どうも気になって俺は作業中のパソコンにロックをかけた。

 そして、座っていた椅子から立ち上がりドアへと近づいた。

 すると、今度はしっかりとドアを叩く小さな音が耳に届いて、俺はドアノブを握り【無愛想な顔】を作ると音の主と対面する。


「・・・あっ」


「なんのようだ?」


 ドアを開けて、出来るだけ機嫌の悪そうな声で彼女と顔を合わせる。

 そんな俺に対して彼女は胸の前で小さく両手を握るしぐさを見せると、オドオドとなにか言いたげな様子を全身を使って表していた。

 そんな彼女に俺が抱いた感情は『めんどくさい』とか『早く部屋に戻れ』とかではなく、純粋な『驚き』だった。

 普通の仮想姫なら、顔やしぐさから感情を読み取って、すぐにこの場を去る場面だったはず。

 そうさせたくて、俺はこんな態度をとったのに彼女は・・・・・・


「言いたいことがあるなら、早く言え」


 いつもなら、「用がないなら閉めるぞ」とそのままドアを閉め、彼女を放って作業に戻るところだった。

 しかし、そうしなかったのはじいさんとの通話を思い出してしまったからだろう。

 余計な情報のせいで仮想姫の彼女のイレギュラーな行動に敏感になっていた。


「あの・・・あの・・・」


 気づかないうちに、緩んでいた俺の表情を不思議に思ったのか。目の前に立つ少女は、俺の顔を下から覗き込むと七葉が困っている時と同じ表情を俺に見せる。

 彼女の行動が再び、俺の心を大きく動揺させて、いつもとは違う言葉を口にさせた。


「言いたいことがあるんだろ?」


 俺の言葉を受けて、彼女はコクコクと首を縦に振り、緊張をほぐすために自身の前で組んだ両手を大きく左右に広げた。

 大きく深呼吸を2度する。

 そして、少女の視線は俺へ向けられる。

 決心を固めたと言わんばかりの表情で・・・・・・でも、恐る恐るといった感じに口を開いた。


「あの・・・少しだけ、わたしとお話してくれませんか?」


「は?」


 少女が発した言葉があまりにも意外すぎて、俺は思わず彼女の【おねがい】ともとれる質問を聞き返すような言葉を吐いてしまう。

 すると、彼女は再び、先ほどと同じように恐る恐る同じ言葉を繰り返そうとするので、それを手のひらを彼女の前に出すことで制した。


「えっと・・・わたしと・・・」


「まて、大丈夫だ。理解はしてる」


 そう告げて、リーナの顔を見ると彼女は『ほっ』と安心したように顔を緩め、少し息を吐く。そして、どうしたものかと再び落ち着かない態度を見せると、『どうすればいいですか?』と問いかけるような視線を俺へと向けた。


「その・・・迷惑でしたら・・・」


「はぁ、わかったよ・・・汚いけど中に入りな。話をするぐらいの時間ならある」


 そんなリーナの態度に俺は負け、自室を指差して中に入るよう促した。すると、彼女はパーっと笑顔になって、「ありがとうございます!」と一生懸命に頭を下げるから参ってしまう。


「いいから、さっさと入ってくれ」


「はっはい!」


 そう言って、彼女より先に自室にはいると、「適当なところ座りな」と声をかけて、中断していた作業を保存してパソコンを閉じた。

 一方、リーナは礼儀正しくお辞儀をして「しっ失礼します!」と緊張を隠せない様子で挨拶をすると、少しの間、部屋をうろうろして、遠慮しながらベットの端に座った。

 ほとんど使うことのないベットのため、彼女が座るとフワッと包むように沈みこみ、それに驚いた彼女を見て俺が笑うと恥ずかしそうに頬を赤く染めていた。


「ほら、飲みな」


「あっありがとうございます」


 そう言って渡したのは、寒さが増してきた深夜作業の途中、飲むためにたまたま用意していたホットミルク。彼女はそれを両手で受けとると、湯気の出るそれを冷ますために小さな口で「フーフー」と数回、息を吹き掛けて少しだけ口をつけた。


「うまいか?」


「はっはい!とっても美味しいです」


 それはよかったと、俺は自分のために注いでおいたお茶を口に運んで、ふと彼女へ視線を向ける。

 それから、改めて感じたことをつい口にしそうになって再び、お茶を喉に流し込む。


 彼女たちは本当に不思議な存在だ


 仮想姫がそこにいることを認知できるのは、人間が仮想世界と現実世界を繋ぐチューナーを身に付けているときだけだ〔俺の場合は今かけているこの眼鏡だな〕。

 しかし、仮想姫は消える訳じゃない。

 チューナーを外した人間は見えなくなるが、目の前に確かに存在している。

 そもそも、ある少年が作り上げた仮想姫という存在は、空気中に舞う目に見えない本当に小さな粒子を電流を使用し、繋いで作り上げたもの。

 仮想なんて言葉は嘘っぱちな存在で、それをチューナーを使って脳波に刺激を送ることで映るようにした・・・・・・と言う、うまく説明できないことをどうにか物にするために生まれた隠語的な言葉だ。

 だから、体を持つ彼女たちは現実世界に干渉できるし、俺が眼鏡を外してリーナを見れば、彼女の持つコップだけが宙に浮いて見える。

 要は、人間の脳波をちょっといじり錯覚を起こさせることで見えるようにしている世界が仮想世界と言う偽りの世界の正体なワケだ。


「あっあの・・・」


 不意に少女が声をかけてきて、俺はお茶の入った容器から口を離すと、彼女の声に答える。


「どうした?」


「ごっごめんなさい!!!」


 そう言って、急に頭を下げる少女。

 正直、俺は彼女のいきなりの行動に理解ができず、頭に【はてな】を浮かべていた。

 が、そんな気持ちを気づかれる前に、俺はあくまで冷静に彼女の謝罪に問いを返した。


「なぜ、いきなり謝るんだ?」


「あっあの・・・七葉ちゃんが寝ちゃって・・・そしたら、こっちの方から音が聞こえて・・・来てみたら電気がついてたから気になって・・・あの・・・ご迷惑でしたよね?」


 彼女への問いに対して返ってきた言葉に俺は再び驚いて、持っていたコップを落としそうになるが、どうにか持ち直す。

 どういうことなのか・・・・・・正直、理解できない彼女の一言。

 それに対して俺は思わず、考えてしまった質問をそのまま言葉にして彼女へ届けてしまう。


「・・・お前、この部屋からの音に気がついたのか?」


「はっ・・・はい。『カチカチ』って本当に小さい音でしたけど少しだけ・・・」


 少女の答えに嘘がないか。

 仮想姫たちとの仕事を多く経験してきた俺にとって、そんなものを判断するのは簡単で、目の前で座る仮想姫の少女、リーナが俺に嘘ではなく真実だけを伝えていることはわかっていた。

 しかし、俺はそれを真実であると受け止められなくて・・・恐らく、目の前にいる少女には俺がとてつもなく動揺して、言葉も出せなくなっていることは気づかれてしまっているだろう。

 それが分かっていても俺の思考は、自身の下らないプライドなんて無視し、次々と目の前の少女についてだけを考えて、彼女が「大丈夫ですか?」と体を揺すっていることすら気づかない。



 ありえない!



 少女が俺の部屋から届く微かな音に気がついて、俺を訪ね部屋までやって来たなんてありえるわけがない。

 浮かんだ言葉を声にせず、自身の中に響かせる。

 仮想姫は、確かにそこにいて俺たちが見えなくなってもずっと、そばを離れずにチューナーが繋がれば、すぐに仮想世界でのいつもを届けてくれる。

 物を持てば宙に浮くし、人や物にぶつかれば1人で転んだりする。彼女たちだって立派な人間だ。当たり前なことなのだ。

 しかし、そんな彼女たちでも唯一できないことが1つだけあった。

 それは、【遠くに離れた音をとらえる】こと。

 彼女たち仮想姫は、人間なしで物をとらえることができても音だけはどうしても認知することができない。

 研究していた少年ですら、最後まで解くことのできなかった謎が、小さな手で俺の服を掴んで揺する彼女には謎ではない。

 むしろ、当たり前だというのか?


「お兄さん?」


 仮想姫が音をとらえることができる範囲はせいぜい、彼女たちから半径10メートルくらいの距離であるはずだ。

 しかし、七葉たちがいる部屋とこの部屋は、廊下を挟んで真逆、30メートルも離れた場所にあった。

 その程度なら、聞こえてもおかしくないのでは・・・・・・と思う人もいると思う。

 俺もできるなら、そう思いたかった。

 でも、ありえない。

 仮想技術に至っては、そんなこと絶対にありえない。

 精密ゆえに、寸分のずれすら許されない。

 仮想世界とはそんな場所なのだ。

 それなのに彼女は、俺に『自身の聴覚が届く範囲から20メートルも離れた場所の音が耳に届いた』と言うのだ。

 仮想姫にずっと携わってきた俺がそんなことを聞いて、「そうか」と簡単に答えられるほど、知識が浅い訳がない。


「本当にこの部屋から音が聞こえたのか?」


「えっと、はい」


 質問に対してすぐに頭を縦に振る彼女。

 そんな彼女の様子に俺は、頭を抱えそうになって、その手を無理矢理抑える。それから、リーナが「あの、どうしたんですか?」と声をかけてくるのを耳で聞き流して、パソコンと向かい合う。


「ありえないだろ?」


 問いかけるように出たその声に対し、パソコンは検索結果を正確に俺へ向けて突き付けてくれる。


 【仮想技術の発展。再び頓挫する】

 【光の見えた技術の発達は、失敗で幕を閉じる】

 【まだ見ぬ技術は遠い】


 答えとして目に届く文字はそればかりで、『発展した』と言ってくれたらどれだけ嬉しかったか・・・・・・と、自身の現状に今度は、頭を掻く。

 じいさんが言っていた事。

 嫌なことばかりが、頭に浮かび消えていく。


「お、おにいさん!」


 そんな思考を止めるきっかけになったのはリーナが俺の体を揺すって、真剣な声を耳に届けてくれたからだった。


「あ・・・ああ、悪い。どうした?」


「あのあの・・・」


 やっと、冷静になった自身の視線をパソコンから離して、リーナの顔へと移動する。

 すると、彼女はなぜか急に顔を赤くして視線をずらすとモゴモゴと俺に届かない声を発して、首を振り深呼吸をする。

 そして、勢いよく頭を下げた。


「お兄さん。あの、先日はありがとうございました!」


「先日?」


 思考を戻したばかりの回らない頭が生んだ言葉をそのまま漏らして、言葉の意図を理解した時になって『しまった』と後悔した。

 最近、多くなってきた自身の癖にイライラしたものを覚える。


「・・・覚えて・・・ませんか?」


 案の定といった感じにリーナは少し寂しそうな声で返ってきた答えに再び、問いを投げる。

 そんな彼女の様子に俺はなんといったものかと考え、強めに頭を掻いた・・・・・・時だった。

 そういえばと、俺は彼女との出会いを思い出していた。



 彼女と出会ったのは数日前。

 外部での仕事を終えた帰りにたまたま見つけた人通りが全くない裏路地だった。

 飼い主にどんな扱いを受けたのか、ボロボロの体で顔を伏せる少女。

 全身を包むように膝を両手で覆って冷たい地面に座る彼女の姿に何を思ったか?

 そうだった。あの時、俺は彼女に・・・・・・



「忘れてないよ。ただ、感謝されるようなことをした覚えが無かったんだよ」


 半分だけ本当と言える言葉をリーナに伝える。

 すると、彼女は『ぶんぶん』と大きく首を振って、俺の言葉を否定した。


「そんなこと・・・お兄さんがいなかったら、わたしはきっと、ここに・・・こんなに優しい人たちと出会うことができませんでした」


 だから・・・・・・


「それは違うよ」


 自身の気持ちを全て乗せ、俺に感謝を伝えるリーナの言葉を最後まで聞くわけにはいかない。

 その気持ちが、俺に彼女の言葉を遮らせる判断をさせた。

 俺は、伝えたい想いを遮られ困惑するリーナのことを気にせず言葉を続けた。


「リーナがあいつらに出会えたのは、リーナが頑張ったからで俺は関係ない」



 違う

 違うんだよ

 俺はキミを助けてなんていない

 俺がいなければキミたちはこんな目に合うことなんてなかった

 こんな存在になることなんてなかったんだ

 俺は感謝されるような人間じゃない

 むしろ、恨まれなきゃいけない人間なんだ



「きっと、俺がリーナと出会ってなかったとしても優しい誰かに出会えていたと、俺はそう思うよ」


 出会ったあの日、彼女へ感じた罪悪感。

 本当に伝えたいことを心に秘めて、笑顔で言った俺の言葉にリーナは小さな声でなにかを呟いて、ホットミルクを口に運んでいた。

 俺は、彼女が言いたいことがなんとなく分かっていたがそれ以上なにもいうことはなく、手に持っていたお茶に口をつけた。

 その時、なにかを目にしたリーナが「あっ」と小さく声を漏らした。


「どうした?」


「もう、こんな時間なんですね」


 リーナが目にしたのは壁にかけてあった時計だったらしい。

 彼女にそう伝えられて、俺も時計で時刻を確認した。


「そうだな。30分くらい経ったか」


「お仕事中なのにそんなに・・・ごめんなさい」


 気にするほどでもない時間なのにリーナはベットから立ち上がり、俺に対して頭を下げた。

 それから、カップに入った残っているホットミルクを飲み干すと部屋の出口へと走っていき、ドアを開ける。


「今日はありがとうございました。おやすみなさい」


 最後にもう1度、お礼と共に頭を深く下げて「お仕事頑張って下さい」とドアを閉めた。

 一瞬の出来事に俺は「ああ」とだけ返して、閉まるドアを見つめていた。

 そして、彼女がトテトテと廊下をかけていく音が聞こえなくなったと同時に思わず笑ってしまった。


「不思議で律儀な仮想姫ね・・・あのじじいもまたずいぶんと面倒なものを置いていったもんだな」


 今までにないタイプの仮想姫。

 じいさんに言われた症状はまだ出ていないが、気になる部分は少し見ることができた。


「・・・今日は寝れそうにないな」


 ため息を1つ。

 その後、俺はパソコンの前に座り、中断していた作業と同時に調べ事を始めるのだった。

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