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仮想姫  作者: イサキ
1章 依頼
10/13

4

『トントントン』


 夕方


 今日の仕事を終えて、後片付けをしていると出入口の方から小さな音が聞こえて、俺の視線は扉へと向けられるが、誰かのイタズラだろうとすぐに片付けていたものへと視線を戻した。

 そういった、バカなことをする奴がこの店には集まりすぎるから困る。「放っておけば、すぐにやめるだろう」と無視を決め込むことを決めた。

 再び小さな音が耳に届いて、俺は聞こえていないふりをする。

 しかし、音の主は諦めることなど全くせずに3度、4度と繰り返し俺が気づくのを待っているかのように『トントントン』と扉を叩くことを止めない。

 そして、出入口から『トントントン』と同じ音の届く数が5度目を迎えたとき、ふとあることを思い出して、俺は音のする方へと向かい、6度目の叩く音を待たずに扉を開けた。


「あ・・・」


「なんだ、やっぱりお前か。そんなことしないで勝手に入ってくればいいのに」


 扉を開けた先にいたのは予想通り、俺の身長の半分より少し高めの少女が1人。

 恐らく、俺を呼ぶために準備していたのだろう。

 握りしめられた右手を自分の背よりも高くあげて、ポカンと口を開けたままの彼女に声をかけてやると、何かを思い出したかのようにハッと大きく目を見開いて、求めてもいないのにわたわたと慌てながら頭を下げた。


「す・・・すこしの間、お世話になります」


「そういうのいいから、早く入りな」


 俺なんかに律儀な挨拶をする彼女・・・じいさんに頼まれた仮想姫に、そんな少し冷たいような反応を見せると、彼女が持ってきたのだろう。地面におかれた大きな鞄を持ち上げて店内に戻り、そのまま2階へ向かうことを決める。


「あ、あの荷物は自分で・・・」


「お前の部屋は2階の右な。七葉・・・そこの奴と同じ部屋になるから仲良くしてやってくれよ」


 荷物は運んどく


 彼女の顔に視線を一切向けずにそう残して、階段を上がる。途中、下から「よろしくね!」「うん・・・よろしく」とふたりの挨拶を交わす声が聞こえて、どうにかなりそうだと安心する。

 今更ながら、昼になって急に「今日は、ななもお泊まりする!」とわがままを言い出した七葉の宿泊に許可を出してよかったと心底そう思う。

 あいつがいなかったら、面倒事が増える一方だった。

 全く、あのじじいは・・・


「お陰で今日は1日中、このクソメガネをつけていなきゃいけなくなっちまったじゃねーか」


 仮想姫の少女をこちらによこすとじじいに言われ、仕方なく用意した来客用の部屋に彼女が持ってきた大きな鞄を置き、残っている片付けを終わらせようと下に戻ろうとする。

 が、2階へ運んだ鞄に違和感を覚え立ち止まる。

 違和感が確信に変わるのは一瞬だった。

 次いで出てきたのはため息で「やっぱ、今日の俺はため息が多いよな」と独り言を口にして、その違和感に手を伸ばした。


『やはり、気づきおったか!!!』


 違和感の正体。

 仮想姫には気づくことのできない、【ステルスフォルダ〔隠れフォルダ〕】を開けると出てきたテキストメモに書かれていたのは、俺に見つかることを察していたらしいあのバカ(依頼者のじじい)から俺宛に書かれた手紙だった。

 書き出しの1文目が非常に腹立たしいが、気にしないで読み進めることを決める。


『これを読んでおるということは、彼女が無事におぬしの元へ着いたということじゃな』


「何が『無事に着いたということじゃな』だ!」


 お前が、彼女の護衛役としていつもの最強メイドを後ろにつかせていたことを俺が知らないとでも思っているのか?

 窓のそばで俺の様子を監視する女の視線に、『安心して帰れ』と合図を送ると、先ほどまであった気配が一瞬で消える。それを確認して俺は再び、手紙へと視線を戻した。


『まあ、それほど心配はしておらんかったのじゃがな』


「だろうな」


 あの最強メイドを前にして勝てる人間などいないに等しい。そんな、人間を背につけておいてよくもまあこんな心配を装う手紙が書けるものだ。

 感心するよりも前に呆れるぞ・・・


『では、そろそろ本題に入ろうかの。おぬしに今回の依頼に使えるかもしれん情報を送るぞ』


 その1文が目に入ると、手紙に書かれていた文章はまっさらになり、紙の上部に小さなヒビが入ると本当に目の前で破れているかのようなアクションを俺に見せ、すぐに新しい物へと姿を変える。


「ほんっと、やること1つ1つに手が込んでるんだよな・・・」


 普通なら、驚くような光景に『じじいからの手紙はいつだってこんなものだ』と関心1つなく、俺は現れた物・・・1本の小さな鍵を右手の人差し指で下へ弾いてやる。

 現れたそれは、移動方向を決められるとすーと1つの場所を目指し、視界の端へと進み『ガチャン』と音を立てた。

 じいさんが本当に伝えたかったことを秘めた【隠されたファイル】を呼び出すために。


「網膜認証と指紋認証、それから心音とパターンって、どんだけセキュリティをガチガチにしてんだよ。そんなに中身が重要事項だらけだってのか?」


 たった数度の行動に隠された防衛プログラム。仮想世界にそこそこ詳しい人間ならすぐにわかってしまうそれをずいぶんと豪華に使用して送ってきたものだ。

 そう言わざるおえないほどに頑丈なプロテクトをかけられたじいさんの贈り物。はじめは大袈裟だと思っていた【それ】を開いた瞬間、俺はじいさんの意図を・・・正確には、大袈裟だと思っていたプロテクトの理由をすぐに理解して、その場に立ち尽くした。


「・・・なんの冗談だ?」


 音にした言葉は疑問でも自身の考えでもなく、そうであってほしいという自身の願いだった。



 ありえない

 ありえるわけがない

 あの計画は、あのタイミングで完全に破壊されたはずだ

 なのにどうして・・・

 どうして



『どうして、この計画の情報がでてくる?』


 言おうとしていた言葉を取られて、届く音をたどって、声の主がいるはずの方へゆっくりと視線を向ける。


「お前、知っててこの依頼を俺に投げたのか?」


 出来る限り、沸き上がる怒りを抑えて、誰もいるはずのない方向へと質問を投げかける。すると、思っていたよりも早く簡潔な答えが返ってきた。


『いいや、知ったのはおぬしにこの依頼を頼んでからじゃ。わしはそこまで空気の読めん人間ではないよ』


 届いた答え、雑音の混じる音に俺の中に生まれていた怒りの感情は自然と無くなっていった。

 それは恐らく、彼が急いで用意していなければ、いま使っているような低スペックな回線を使うような準備の悪い人間ではないことを知っていたからだろう。

 だから、そのままの口調で次の言葉、用意していた質問を何の感情も乗せずに声にする。


「今回の件に関わってるのか?」


『・・・正直に言えば、関わっていてほしくないと思いたいところじゃの』


 ただ・・・・・

 そう声にして、問いへの答えを渋るじいさん。それに対して、彼の言いたいことを知っていた俺は、自身の口から、両者ともに考えたくない答えを言葉にする。


「関係ないにしては事象が似すぎているって言いたいんだろ」


『・・・・・・・』


 この場合、彼が無言であることは俺が出した答えが【正】であるとそう表していた。

 声のなくなった部屋の片隅に腰を下ろして俺は再び、彼が送ってきたファイルに目を通す。


【人類電子化計画は最終フェーズへと移行した。残るは実践稼働実験の成功を待つばかりだが、状況はあまり芳しくない。やはり、彼の居なくなった今の私たちには本計画の成功は難しいと思われる。実験結果も散々だ。シンクロ率の低下で被験者は『植物状態』、仮想姫は壊れたロボットのような動きを見せ、急に何もない天井を見上げたかと思うといきなりこちらへ視線を向けて『ニッコリ』と笑うのだ・・・・・・】


 恐らく、誰かが書いた報告書だろうデータが4つ。

 そのすべてが示す1つの計画。

 その中に書かれた1つの計画名。


 【人類電子化計画】


 まさか、その計画名を再び目にするとは思っていなかった。

 すべての人々が自由で平等な生活を暮らせる世界を作る。そのための第一歩として進められていた【それ】は、その名の通り仮想世界を完成させた人類を次のフェーズ、【人体の電子化】によって仮想世界へと送り込んで人々を電子データの一部として生活させていくという計画。

 ある少年・・・俺が見つけ出し形にした、世界中に散らばっている目に見えないほどに小さな電子的粒子の塊。仮想姫製造の技術を応用して人間と作られた仮想姫を利用した計画・・・・・・俺の罪の結晶。


『悪い癖じゃぞ』


「は?」


 昼間も聞いたじいさんの言葉に報告書から視線を上げた。すると、『また、あのときのことを自身の罪だとか考えておったのだろう』と続く言葉に俺はぐうの音も出ない。


『・・・全く』


「治さなきゃとは思ってるよ。でも、分かるだろ」


『おぬしの生んだものによって日々、たくさんの人間と仮想姫が犠牲になっている・・・か?』


「そうだよ」


 どんなに抵抗したって変わらない現状に罪を抱くな・・・なんて、無理な話に決まってるだろ?

 続くはずだった言い訳を自身の中に抑え込んだのは、その言葉に対するじいさんの答えを知っていたからだった。

 代わりに出た投げやりになった相槌にじいさんの呆れを感じる声色が耳に届く。


『少年は、昔から変わらんの』


「悪いかよ」


『悪いなどとは思っておらん。ただ、なんでも1人で背負い過ぎなんじゃよ』


「・・・・・・うるせえ」


 そんなこと言われなくたってわかっている。でも、実際に俺に非がなかったとしても、周りにはたくさんの被害者がいるんだぞ?

 それを見て、知って、それでも自身を悪くないと言えるか?

 言えるわけがない・・・わかってるだろ?

 俺は、それだけのことをした・・・・・・あいつすら守れずなかったんだぞ?

 罪を持つなと言う方が間違ってる。


「この話はもうやめよう」


 言いたいことは色々あって

 でも、そのすべてが言い訳ですぐにじいさんはその言葉たちを跳ね返すことができることを知っていた。だから、俺は言いかけた声を押し殺し、会話の中断を提案した。

 それに対して、じいさんは了承しようとしてやめたらしい。提案の受け入れる代わりの物を俺に要求してきた。


『1つだけ聞かせてくれるか?』


「ああ」


 俺の了承に一呼吸おいてじいさんは質問を声にする。


『おぬしは、今回の件についてどう思う?』


 関わっていると思うか?

 大事な部分をあえて抜いての質問に俺は、彼の優しさを感じながら、それを意味のないことだと言わんばかりに、じいさんが聞きたいことを付け足した。


「それは、あのクソ親父のことか?」


『・・・ああ』


「関わっているなら殺す、関わっていなくても殺す。それだけのことだ」


 彼の問いに、決まっていた言葉を返して「答えになってるか?」と声をかけると無言の了承が届き、それを受け取った俺はじいさんの次の言葉を待つことにする・・・


『しん』


「じいさん!」


 つもりだったが、それをやめた。

 彼の言葉を遮って、続く言葉をすぐに口にする。


「まだ、物語の答えを出すには早すぎるぜ」


『物語って、おぬしの・・・』


 聞いて恐らく、彼は伝えるつもりだった言葉を控えることを決めたらしい。ごまかすように笑って、それから俺の答えを待つように無言になる。

 だから・・・


「じいさん」


『・・・・・・』


 だから、俺は決めた。

 呼んでも答えることのない彼に、どんな顔で俺の声を聞いているのかわからない彼へ向けて・・・恐らく、最善の言葉を送ってやることにした。


「死ぬなよ」


 伝えた言葉の答えを待たずに部屋を出ると、耳の奥の方から『プツン』となにかが切れるような音がして、届いていた雑音が消える。

 恐らく、あの部屋の中でのみ可能な通信を使っていたのだろう。急いで用意したわりには、そういった細かいところまで気を使っている辺りが本当にあのじいさんらしいと、【当分の間】思うことのない考えに軽く浸って・・・1階に戻るために階段を降りる。

 すると、下へ残したままにしていた2人が「深夜お兄ちゃん」「お兄さん」と名を呼びながら足元へ駆け寄ってきて、俺は自身の感情がバレないように彼女たちへ作った笑顔を向けた。



 ☆ ☆ ☆



『死ぬなよ』


 少年の声と共に切れた通話を目の前にして、ワシは笑っていた。

 恐らく、連絡をした時点で・・・あるいは、早すぎた情報を受けた時点で気づいておったのじゃろう。

 これから、ワシがどのような状況になろうとしているのか、ということを・・・・・・


「全く、探しましたよ」


 聞き覚えのある声に振り向くと、声の主はふざけた笑顔をワシに向け、やれやれと首を振って見せる。


「こんなところにお隠れになっておられたんですね」


「・・・・・・」


 答える義理はないと、相手からの言葉に口をつぐむと、声の主は、再び笑顔を見せた。そして、初めから問えばいい言葉をやっとこちらへ投げかけてくる。


「1人の少女を探しています。心当たりありませんか?」


「・・・・・・」


 問いに対して答えずにいると、再び、声の主は「やれやれ」と首を横に振って


「答える気はないと・・・なら、死んでもらうしかないですかね?」


 懐から取り出した拳銃の銃口をこちらへと向けた。


「・・・・・・」


 それでも、ワシは口を開くつもりはない。その程度の脅しで口を割るほど軽いものを持ったつもりはなかった。代わりに、切られたばかりの通話に軽い小細工を仕掛けてやる。


「喋る気はないのですか?」


 質問など、無意味であると知っていながら、声の主はもう1度だけ、これが最後だと脅すように問う。

 しかし、ワシは初めからこいつに情報を明かす気など更々ない。


「・・・・・・帰れ」


「頑固なお方だ」


『バンッ』


 向けられた銃口が発砲音を鳴らしたのはすぐだった。

 しかし、放たれた銃弾はワシには当たらずにその先のなにもない壁を撃ち抜いた。


「ここに来た時点でわかっておったのじゃろう」


「わからずに、私がこんなところに足を運ぶとでも?」


 ・・・そうであろうな

 残すのは、そんな皮肉を込めた言葉で次の瞬間にワシの体・・・仮想世界に作られた偽物が、声の主を目の前に散らばるように消える。


「今日はここまでですか。まあ、いいでしょう」


『威勢がいいのは嫌いではないぞ』


 遠くからヤツへと届けるその声を最後にワシは自身へ繋がるすべて通信を切った。そうでもしなければ、ヤツから逃げるのは容易ではないことを知っていた。


「全く、困ったの」


 この件を少年が片付けるまでは当分、少年たちに顔を見せることはできないだろう。


「【彼女】に頼るしかないかの」


 昔馴染みの彼女に助けを求めるのは忍びないが、仕方ない。

 次の行動を決めてすぐ、彼女の嫌そうな顔が目に映るように浮かび、ワシのいたずら心を踊らせる。



 さてさて、早めにリタイアしたわけじゃし。

 少年の健闘を祈りながら、見物させてもらうとするかの。

 彼が言った【物語】とやらを・・・・・・

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