第4話 裏組織の目的
副題(裏):ウルスと愉快な幹部たち
水の街に存在する裏組織『アガレス・グラフ』なる集団のアジトで、オレは衰魔病の特効薬の情報を得る元となった情報源について問い合わせを受けていた。
そもそもその情報源はオレであり、特効薬の情報はオレのいた時代では一般常識であったため、その問い合わせに答えることはできない。
だがだからといって、素気ない答えを返すことも憚られる。ここに来た経緯は些か特殊ではあったものの、アガレス・グラフのボスであるウルスに会ってからは彼らに妙な親近感を抱いてしまっているためだ。
そもそも、裏組織とは何だ?
単純に考えれば、表でできないことをやる組織。後ろ暗いこと、つまり、諜報や暗殺などをやる組織と推察できる。だが、それは決して“悪”とイコールではない。世の中には、“必要悪”というものが存在するからだ。
だとするなら、オレはこの問い合わせの目的を知る必要がある。
「答える前に、一つ確認したい」
「いいぜ。答えられる範囲でなら答えてやるよ」
「その情報源を知って、どうするつもりだ?」
努めて真剣な調子で、オレはウルスに問い掛けた。暗にはぐらかすなよという意味を込めたのだが、この軽薄な男に正しく伝わっただろうか。
「ホークス」
「ええ、構いません。ただ、あまり公の場では話さないようにして頂きたいですね」
オレの問いを受けたウルスがホークスを呼ぶと、それだけで意図が伝わったのか二つ返事で回答がきた。組織として意思の統一がなければできない芸当に、思わず感心する。
それはさておき、ホークスの視線に対しオレが神妙に頷いてみせると、ウルスは語り出した。
「それほど警戒するような話でもないがな。要は、ある人物の居場所を突き止めたいだけだ」
「人探しか?」
「ああ。その人物は、一年前にこの水の街をモンスターの大軍で襲撃した首謀者と見られている」
「な!?」
この美しい水の街を、襲撃? なぜ?
「襲撃自体は、魔法使いギルドのギルドマスターや街の魔法使いたちでなんとか撃退できたんだが、その首謀者と見られる人物には逃げられちまってな」
「それで、その人物を探している、と」
「そうなるな。だが、俺たちの情報網を駆使してもその人物は依然として見つからねえ。どこかの誰かが始末した可能性もあるが、それならそれで、その証拠が欲しい」
証拠というのはつまり、その人物がもう存在していないことの証明だろう。もういない人間を探すこと程無駄なことはないからな。
けれど、そういう情報も見つからなかったということは、その人物がまだ生存している可能性が高い。
「いい加減別の方策を、と考えていたときに、あなたのことを知ったのです。誰も知らなかった衰魔病の特効薬の情報を齎したあなたなら、あるいは、と」
「ふむ。重ねて質問するようですまないが、この街はなぜ襲撃を受けたんだ? 驚きよりも、どちらかというと疑問の方が強いんだが」
そう。この水の街が襲撃を受ける謂れは、オレの思いつく限りでは特にないはずなのだ。
だからこそ、まず真っ先に「なぜ?」と思ってしまったのだ。
「それがわかれば、こんな躍起になってねえよ。ただまあ、推測ならある」
「それは?」
「襲撃を受けた後に発覚したことだが、いくつかの貴族家で盗難があった。それらの家は、貴族自身か、護衛の何人かを襲撃の迎撃要員として送り出していたことがわかっている」
「つまり、警備が通常時に比べて手薄だったということです。その隙を突かれた、ということですね」
「襲撃することが目的ではなく、襲撃による陽動が目的だった、というわけか」
「火事場泥棒にしちゃ、タイミングが良過ぎるからな」
本当に火事場泥棒だという可能性もないわけではないが、彼らはその可能性は低いと見ているようだ。
まあそもそも、ただの火事場泥棒が、警備が手薄になっているとはいえ貴族家に盗みに入って無事でいられるはずがないという考えもあるのだろうが。
「盗まれたものは?」
「大抵はその貴族家が持つ家宝的な代物らしい。それ以外の共通点は、ありそうでなかったと聞いている」
ありそうでなかった、か。一見すると用途や特徴が似ていても、全体で見ると当てはまらないものもあった、というところだろう。
統計的に見れば何かわかる可能性も捨てきれないが、望み薄といったところか。そんなことを考えるなら、別の策を考える方が建設的だ。
「……貴族家以外の盗難被害は?」
「あ? そんなもん聞いてどうする?」
「ただの杞憂ならいいが、貴族家の盗難も、陽動だった可能性があると思ってな」
これは、盗人が本当に必要だったものは、実は貴族家の所有物ではなく、一般民家や公共の施設にあったのではないか、という仮説だ。
被害が大きいのは、当然貴族家の盗難である。貴族からの圧力もあり、そこへ人員を割かなければならないということも想像に難くない。その上でなら、貴族家以外の盗難には目が向き辛くなるはず。
「もちろん、調べさせていますよ。結果から言えば、貴族家以外の盗難はありませんでした。ついでに言いますと、他の被害についても精査していまして、特に計画的な犯行と見られるものはありませんでした」
ということは、本当にただの杞憂だったというわけだ。
それに、参謀というだけあってホークスの観察眼もなかなかのものだと言える。さっきのオレの一言だけで、その先の思考まで読み取ってしまったのだから、脱帽する他ない。
「ほう、流石だな」
「なにせ、一年もありましたので」
「まあ、そうだろうな」
それで、藁にも縋る思いでオレに接触したわけか。逆に言えば、首謀者に関しては丸一年かけて手がかりすら掴めていないのだから。
「それで、どうだ。アンタは俺の期待に応えてくれんのか?」
ウルスの目がギラリと光る。これは相手を見極めようとする眼だ。もし今、オレが下手なことを言えば、即座に首を取りに来かねない。実際にはそんなことにはならないだろうが、そう思わせるだけの鋭い眼光がオレを射抜いていた。
「……ふむ。その質問になら、答えはイエスだ。だが、オレが衰魔病の特効薬を知った情報源については、諦めてもらう」
「どういうことだ?」
凄みを利かせた声がウルスの口から漏れ出る。彼を納得させるだけのものを出さなければ、本当に首を取られかねない。
「情報源は明かせない。これはいくら金を積まれようと変わることはない。だが、お前たちのいう首謀者を捕まえるのには協力してやる」
「理由を聞いても?」
そう尋ねたのはホークスだ。ウルスの眼光は未だオレに向いたままで、オレが敵か味方かを判断しかねているように見える。
「その襲撃の首謀者を見つけたいということは、お前たちは裏組織と言いながらも、どちらかと言えばマトモな類の組織なのだろう」
オレの言うマトモというのは、安易に非合法的手段を用いないということを指している。例えば、現実で言うところの警察や探偵に近い役割と言えばわかるだろうか。
「そうだな、どちらかと言えばマトモな部類だろう。だが、あくまで『可能な限り』だ。非合法的手段を持ち出すことがないとは言わねえ」
「それは構わん。オレだって聖人君子ではない、その手段を選ばざるを得ない時があることくらい分かる。……だから協力する。ここまではいいな」
全員の顔を見回す。ディーネは相変わらずぼうっとしており、何を考えているのかわからないが、少なくともウルスやホークスがわかっているなら大丈夫だろう。
クロコダイルはといえば、ディーネとは違う意味でさっきから無表情を貫いており、まだオレのことを警戒しているのだと感じられる。
「情報源を教えられない理由だが……」
正直な話、ここでうまく話を作ることができなければ、オレはウルスの信用を勝ち取ることができない。そうなると、折角の“イベント”がただの無意味な会合になってしまう。それはオレにとっても浩輝にとっても、望むことではない。
この“イベント”の結末がどうなっているのか単純に興味があるし、何より、話に聞いただけだが、オレもこの街が襲われたと聞いて腸が煮えくり返っている。この水の街の美しさが脅かされたと聞いて黙っていられる程、オレの性根は腐っていないつもりだ。
「まず第一に、その情報源は、この国外にある」
「……チッ、国外で仕入れた情報ってわけか」
これは前提。これを言うことで、次の発言の重みが上がる。
「そして第二に、それを明かすことは、オレの出自を明かすことになる。自由な旅の身に、その枷は重すぎる。できれば御免被りたい」
オレの言いたいことはつまり、特効薬の情報は国外の実家から得たものであり、この国を旅する身としては身元が割れると自由に動けないので勘弁してくれ、ということだ。
後半はオレの身勝手ではあるが、前半部分を躊躇いなく教えることは、通常は憚られる。
「外国の、どこか裕福な家の御曹司って訳か」
実際には未来の元魔王なのだが、それはここで言っても到底信じられる話ではない。だから今は肯定も否定もせず、オレはただにこりと微笑むに留めた。
「ま、そんな簡単にボロを出すようなタマじゃねえか。いいぜ、あんたの情報源を頼れねえのは痛えが、あんた程の実力者が協力してくれるってんなら、それはそれでありがてえ」
「貴方を通じて、低コストで魔法使いギルドの情報を知れるのは単純に嬉しいですね。……え? そんなことは言ってない? またまた、協力というのはそういうことでしょう?」
「そんなわけあるか」
「ん、ベルゼは仲間?」
「ああ、そうだ。よろしく頼む」
図々しく協力の意味を拡大解釈するホークスをあしらい、オレの方を向いて可愛らしく小首を傾げたディーネにそう告げる。
彼女は「そう」とあまり興味なさそうに頷いただけだったが、どうやら今まで彼女なりにオレを警戒していたらしい。その証拠に、胸の谷間から取り出したクッキーの小包をオレに差し出してくれた。
「いや、どこにしまっているんだ」
「……? 要らない?」
「……貰っておこう」
「ん」
そんなほっこりするやりとりを挟みつつ、リスのようにクッキーを齧るディーネを眺める。
その後、上階の酒場のマスターがワインとチーズを運んできたので、ウルスの最初の宣言通りの展開となるのだった。
宴が始まってしばらく。
「ところでよ、どうだった? ディーネのネグリジェは」
「いきなり何だ」
「バカ野郎ー! ウチのディーネが可愛くねえとでも言うつもりか!」
「おいウルス、お前酔っ払っているな?」
「相変わらず、ボスはお酒が好きな癖に弱いですねえ、ヒック」
「お前も大概だろ」
そういうホークスこそ、顔には出ていないが目の焦点が微妙にずれている。あいつ、実はすでに限界なんじゃなかろうか。
「……」
「おいクロコダイル、お前からもベルゼに何か言ってやれ」
「ディーネを貶すヤツは、おれが殺す」
「物騒だなおい」
ソファに腰掛けたクロコダイルは、ワインではなくウォッカを呑んでおり、皿に並々と積まれたビーフジャーキーを肴にしていた。元々の巌のような雰囲気が、がらりと剣呑に変化していて、先の言動と合わせて近寄り難い。とりあえず、まずはオレを睨むのをやめろ。
「……」
「おい、ディーネ? さっきから黙ってオレの膝の上に頭を載せようとしているが、くすぐったいからやめろ」
「……だめ?」
「くっ?!」
オレの膝上から上目遣いで見上げられると、思わず陥落してしまいそうになる。豊満な肢体をオレの座るソファに投げ出しているため、見る角度によっては柔らかそうな双丘と底の深い谷間が丸見えなのだ。
「いいぞディーネ、やっちまえ!」
(もうだめだ、この酔っ払いたち……)
そんな感じで、語り合いと称した宴は気を良くしたウルスが酔い潰れるまで続くのだった。
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