第3話 裏組織との対談
街の行政としては、表であっても裏であっても、法を犯せば犯罪者で、法を守るなら一般人です。
魔法使いギルドを出たオレを待っていたのは、複数のチンピラだった。
その集団を叩きのめして聞いた話によると、彼らのボスがオレと話がしたいらしい。集団のリーダー格と思われる大男を案内役に、オレは薄暗い裏通りへと足を踏み入れた。
裏通りは華やかな表通りとは違い仄暗い雰囲気で、さっと見回しただけでも浮浪者と思われる者たちが複数居る。
どこの街にもこのような場所はあると知ってはいたが、聞くのと実際に見るのとでは全く違う印象を持つ。
(まさにアンダーグラウンドって感じだね)
大男に案内された場所はあの場所から結構離れた場所にあった。
そこは一見すると隠れ家的な趣の寂れたバーだ。中に入っても年配のマスターがグラス磨きに精を出しているだけで、賑わっている雰囲気でもない。数人の目つきの悪そうな客が酒を呑み、何事か話し合っているだけだ。
彼らは大男に連れられて足を踏み入れたオレに気付き、怪訝な目を向けるが、すぐに興味を失ったのか元の話し合いに戻ったようだった。
「おい、こっちだ」
呼び掛けられてそちらを向けば、カウンターの奥に古びた木製の扉があり、その扉に向けて大男が指を向けていた。ここからは先に行け、ということらしい。
近付いて見てみれば、扉の先は地下へと繋がる階段となっていた。どうやらここが彼らのアジトのようだ。
(うん、こういう“いかにも”な雰囲気、僕は結構好きだな)
浩輝の好みはさておいて、オレは大男を一瞥し、彼が頷くのを待ってから先へと進んだ。
視線に込めたのは「罠じゃないだろうな」程度の意味だが、思いの外彼の目が真っ直ぐであったことに気付き、心の中で疑ったことを詫びた。
階段を降りた先にあったのは、揺らめく蝋燭の炎で照らされた地下室。その中で、壁際の質の良さそうなソファに腰掛ける身形の良い男の妖精族が、地下室に入ってきたオレを見て笑みを浮かべた。
「おや? ……ふむ、どうやらこれは、少々嬉しい誤算のようだ」
丸眼鏡をかけた細身の男、というのが彼の第一印象だ。
ここのチンピラ共を束ねるにはどうにも実力不足のようにしか見えないが、人は見た目で判断してはならないとも言う。頭脳派のボスがその知略で部下を束ねているのなら、おかしくはないか。
と思ったのだが、続く大男の言葉でそれが早とちりだとわかった。
「すまん。だが、度胸も実力も事前情報通りだ。魔法は使われたが、おれも部下も怪我一つしていない」
「ふむ、なるほど。……ああ、失礼。不思議そうな顔をしていらっしゃいますが、彼と私は所謂同格、幹部のような立場でしてね」
キザっぽい笑みを浮かべた細身の男と、この大男が同格? しかも幹部だと?
「もう一人幹部がいるのですが……。ああ、来たようですね、ボスもお見えのようだ」
今気付いたが、地下室にはオレが入ってきた扉とは別の扉がもう一つある。大方、客を招く用の扉とコイツらが普段使う用の扉を分けているんだろう。用心深いことだ。
そのもう一つの扉の奥から、二つの気配がこの地下室に近付いてきていた。それがもう一人の幹部とここのボスなのだろうな。
ゆっくりと扉が開き、彼らのボスが姿を現す。
「いやいや、すまんね。俺の部下が失礼したようで」
その男は狼の獣人族だった。軽薄な言動が目立つが、その目に宿る眼光は鋭く、身の熟しに隙がない。体格はオレと変わらないくらいであるのに、纏う雰囲気が細身の妖精族ともオレを案内した大男とも違う。いうならば、オーラが違うというべきか。一目で良い生地を使っているとわかるシックな装いが、実に男の雰囲気にマッチしていた。
後ろに控えた女の雰囲気も、異常と言えば異常と言える。両目を覆う紫紺の眼帯。まるで血が通っていないようにも思える乳白色の肌と、それに負けないくらいに真っ白な髪。その上、着ている服装が殊更異常だ。それはどう見ても、暗めの室内でなければうっすらと透けてしまいそうなネグリジェである。
「ようこそ。裏組織『アガレス・グラフ』へ。俺たちはアンタを歓迎する。いろいろと疑問はあるだろうが、まずはそこに腰掛けてくれ。そしてワインでも呑みながら、今後について語り明かそうや」
ボスと呼ばれた獣人族の男が大仰な仕草で言う。
なるほど。どうやらオレは、とんでもないヤツらに目を付けられたようだ……。
「それはそうと、ディーネ? 貴女、寝間着のままですよ? アイマスクも付けたままですし」
「……しまった。通りで前が見えないと思った」
「は?」
こいつら、何を言っている?
「ボス、どうしてディーネに言ってあげなかったのですか? 一応、お客様の前なのですよ?」
「いや、その方が雰囲気があって面白いかな、と」
「巫山戯ないでください。大事なカネヅ……ゴホン、情報提供者になるもしれないんですから」
「なあ、今金づるって言おうとしたか?」
それはあまり良い意味で使われる言葉ではないと思うんだが。
「クロコダイルも、笑ってないで座ったらどうです」
「え」
「……すまん」
全然笑っていたようには見えないのだが。
「なに、緊張するこたぁねえ。俺たちは話し合いがしたいんだ。ディーネは今着替えに行ってるが、この場にいる全員、アンタに危害を加えようとは考えてねえ」
気付けば、ネグリジェの女はこの部屋から居なくなっていた。肉付きの良い女性で、目のやり場に困っていたからちょうど良い。
「ええ。大事な情報提供者様になるかもしれない方なのですから、いくら私が毒殺を得意としていても何もしませんよ」
「まったく安心できないのだが!」
冗談……なんだよな?
「……戻った」
着替えに行っていた女が戻ってきた。どことなく、この女は口数が少ないように思う。
今はアイマスクだったらしい紫紺の眼帯を外しており、血のような真紅の瞳は半開きのまま、眠た気な目でこちらを眺めている。
豊かな胸元を強調する衣服はネグリジェだった時と同様に目のやり場に困るので、非常に勘弁してもらいたい。
「さて、ディーネも戻って来たし、遅ればせながら自己紹介タイムといこうか」
「それでは僭越ながら私から。アガレス・グラフ参謀、ホークスと申します。本名は別にありますが、ホークスとお呼び下さい」
「参謀、ね。あんたにはよくお似合いだ」
「ハハ、光栄です」
皮肉が通じてないな。
オールバックに固めた金髪と、鼻に乗せた丸眼鏡が特徴的な妖精族だ。本名は別にあるということは、ホークスというのは偽名、あるいは、コードネームのようなものか。
妖精族は魔法適性の高い種族だ。先程の「毒殺が得意」というのもおそらく彼なりの冗談なのだろう。いや、きっと。
「次はおれだな。アガレス・グラフ実働部隊長、クロコダイルだ。部下のチンピラ共を使って、情報収集や脅威の排除などをしている」
「クロコダイルの趣味はパン作りなんだぜ。コイツの作るパンは、そりゃあもう絶品なんだ」
「……うん、クロの作るパンはおいしい」
クロ、というのは女がクロコダイルを呼ぶ時の愛称なんだろう。
大男の身体がピクリと動いた。どうやら褒められて照れているらしい。強面の顔は全く変わっていないが。
彼は強面のスキンヘッドで、両腕に刺青がある。どう見てもどこぞの暴力団関係者な彼がパン作りを趣味にしているというのだから、人は見かけによらない。
「……わたしの名前は、ディーネ。……えっと、癒やし担当?」
「ディーネは、まあマスコット的な可憐さもありますが、治癒魔法も得意なんです」
「よく、おれの部下が世話になっている。あいつらからも可愛がられているようだ」
「……照れる」
なるほど、ディーネという女は体付きこそ大人のそれだが、仕草や言動なんかは小動物的な可愛さがある。癒やし担当というのも強ち間違いではないようだ。
乳白色の肌に真紅の瞳とくれば、彼女は先天性白皮症なのだろう。彼らがこの地下室を根城にしているのも、光に弱い彼女の体調を気遣ってのことかもしれない。
「俺の次はアンタの番だ。何を言うか考えておけよ。……アガレス・グラフのボス、ウルス。ま、俺の名も偽名だ。俺とホークスだけじゃなく、クロコダイルもディーネもだがな」
「それには何の意味が?」
「何の意味が、だと? そんなもん、意味なんかないさ。なんとなくその方が面白いだろ」
かっかっか、と笑いながらウルスがそう宣った。
ウルスの外見は、乱暴に切り揃えられた消炭色の短髪に、雄々しい狼の耳が立つ。よく見ると耳の先端程黒くなっており、その雰囲気をより鋭利なものに変えている。
髪と同色の顎髭が似合う壮年の男性といった感じで、渋みのある顔付きはデキる男という印象を相手に与える。軽薄な言動の所為で台無しになっているが。
「ボスの思考は私たち常人とはかけ離れているので、無視して頂いて構いませんよ」
「ひでえ言い様だ。さて、お次はアンタの番だぜ」
今更ながらになるが、なぜオレは彼らに合わせて自己紹介することになっているんだろうか。
けれど、不思議と彼らに敵意は感じられず、むしろ歓迎されているように感じるのも確かである。
彼らがオレと話し合いがしたいと言った目的を知るためにも、彼らに合わせるのは別段吝かではない。
「名はベルゼという。旅の魔法使いをしている。一応魔法使いギルドに所属し、その仕事で路銀を稼いでいる身だ」
「へえ、クラスは?」
ウルスが尋ねてくるが、どう答えたものか。あまり詮索されたくはないが、彼らもある程度こちらの情報を握っているはずだ。隠し立てする意味はあまりないかもしれない。
「あまり吹聴されても困るが、『藍』クラスだ」
「ヒュー、幹部候補クラスじゃねえか」
「道理で……」
いまいちわかっていなさそうなディーネ以外が反応する。クロコダイルは何も言わないが、しんみりと頷いていた。
「もういいだろう? そろそろ、オレを呼んだ目的を聞かせてもらおうか」
「ああ? なんだ、クロコダイルもホークスも、伝えてなかったのか?」
「ええ。ボスが直々にお伝えするべきと思いましたので」
「ちっ、めんどくせえな。ま、しゃあないか」
消炭色の頭をガリガリと掻きながら、ウルスが諦めたようにこちらに向き直る。
「ベルゼさんよ、俺たちはアンタにちょいとばかし情報を提供してもらいたいのよ」
「ふむ、どんな情報だろうか。生憎と旅人の身で、知っていることは限られているのだが」
もちろん、旅人の身だからこそ知り得ている情報もある。けれど、日頃から常に情報収集を怠らない裏組織のボスが知らない情報を、オレ如きが知っているとは思えないが。
「アンタ、風の街で薬師ギルドに衰魔病の特効薬の情報を売っただろ」
「……どこでそれを?」
予想外のところから拳が飛んできた。ウルスの言葉は、それくらいの動揺をオレに与えた。
正確にはオレが売った先は魔法使いギルドで、更に魔法使いギルドの風の街支部のギルドマスター、ウィゼットが薬師ギルドに売り付けた形になる。
だがそれ自体は問題じゃなく、オレから薬師ギルドに情報が流れたと知られていることが問題なのだ。
「アンタが情報を売ってから、何日経っていると思っているんだ。人の口に戸は立てられない。アンタより先の情報源には辿り着けなかったが、俺たちは運良くアンタに接触する機会を得た」
オレが今日この街に着いたことを彼らは逸早く察知し、接触を図ったということだ。
「最初は、言い方は悪いが暴力で情報を聞き出すつもりだった。だがクロコダイルが返り討ちに遭うということは、こちらにも少なくない被害が出るということだ。クロコダイルの手に負えないなら、それはこの組織の誰にも手に負えないということだからな」
随分とクロコダイルの実力を信頼しているようだ。まあ、曲がりなりにも裏組織のボスを名乗るのだから、部下の能力くらい十全に把握していて当然か。
「それで、その特効薬の情報を売ってもらいたい、ということか」
「いや、それは間に合っている。この街にも薬師ギルドはあるからな、そちらから聞き出せば済む話だ」
「そちらの方が遥かに安全で、安上がりですからね」
キザっぽい笑みを浮かべたホークスがウルスの話を肯定した。オレが気にすることではないが、手荒な真似はしないで欲しい。
「俺が望むのは薬の情報じゃなく、その情報源の紹介だ。アンタが確かな筋だというのなら、それは俺たち以上の情報収集能力を持っていると考えられる。それを紹介して貰いたい」
ふむ、困った。その情報源は、オレ自身なんだがな。
読んでいただきありがとうございます。
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次回の更新は02/17(日)の予定です。
※2019/02/16 ディーネの名前が一部「ヴィーネ」になっていたので修正
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『アガレス』というのは、一種の悪魔です。
その姿は、大鰐に跨がり、手に大鷹を従えた老人とされています。
作中に登場する『ホークス』『クロコダイル』はこの姿がモチーフとなっていて、それぞれ鳥類、爬虫類を表しています。
それに対応して、『ウルス』は哺乳類、『ディーネ』は毛色が違うのですが水の精霊ウンディーネがモチーフです。
『アガレス・グラフ』は作中のオリジナルですが、グラフはGraphではなく、どちらかというとGraphics=図案という意味で、
組織名が意味するところとしては“アガレスの図案”となります。どことなく悪巧みが得意そうなイメージですね。




